美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

誰に向かって話しているのですか



 駅から少し歩いて、辿り着いたアミューズメント施設。
 五階建てになっていて、一階はゲームセンター。上に連れてカラオケ、ボウリング。
 様々な施設が入っているなか、四階に鎮座するはスポーツ体験の出来る小さなコーナーの一角。


「じゃーん。どうかな、廣瀬くん」
「おー。似合ってる似合ってる。さっきも見たけど」
「……運動着、ですか? 珍しいですね、比奈がこういうところに連れてくるのは」
「いや、ここまで来たらなんの部活なのか察しろよ」
「…………誰に向かって話しているのですか?」
「お前……」


 相変わらず、俺と対話を図る気は更々皆無のようであった。そろそろ怒るぞ。


 お手洗いから出て来た倉畑は、先ほど購入したウェアに着替えていた。
 ピンキーな半袖短パンのシンプルな構造でも、彼女の魅力を引き立てるには十分すぎる。


 で、なんだ。この、所謂キックターゲットというやつか。
 俺、こういうの好きじゃないんだけど。なんか見世物小屋みたいで。


 二人で説明するより、具体的に見せた方が分かりやすい。という考えか。
 半分、俺の言語能力を否定されたような気が、しないでもないけど。泣くものか。




「フットサル、というのはそのボールを使う競技なんですか?」
「そうそう。ほら、こういうのは廣瀬くんに聞いた方が早いよ」
「…………そうなんですか?」
「その態度で質問と捉えて良いものか甚だ疑問やけど、まぁそうやな」


 どうしても俺と会話はしたくないらしい。いや、もう気にせんけど。




「これは簡単なゲームやけどな。ボール蹴って、数字の的に当てたら得点ってわけ」
「なるほど。随分と簡単そうですね」


 言ってくれるな。9分割した的に当てるって、けっこう難しいんだぞ。
 本当なら、楠美が実際に体験するのが一番早いんだけど。
 まぁ倉畑がやる気だし見てみるか。




「200円もするんだ、これ。結構高いんだね」
「クリアしたら景品貰えるってよ」


 ゲージに引っ掛かっている看板には「クリアでクレーンゲーム件10枚プレゼント」と書かれている。
 まぁ景品とか死ぬほど興味無いけど。クレーンゲームとかやらん。ぬいぐるみとか縁が無さ過ぎる。




「まっ、気楽にやってみいや」
「がんばりまーす」


 ゲージに入り、小銭を取り出してゲームスタート。


 ボールは一つしか用意されていない。制限時間とかは特に無いようだ。
 チャンスは15回。先のラインをボールが超えたらキック判定か。
 それなりに距離もあるし、初心者じゃまずクリアは出来ないだろうな。




「えいっ!」


 右足から繰り出された、初心者らしい脆弱なシュートは、的まで届かず失速する。
 女子のパワーじゃ届くだけで精一杯か。長瀬なら破壊する勢いだけど。


 何度か蹴り出されたシュートは、一向に的へ届かない。
 こちらに戻って来るか、見当違いな方向に飛ぶばかりで中々成功しない。
 しかし、8本目のキック。ボールは中々に綺麗な軌道を描き、ついに。




「やったっ! 当たった、当たったよ! 9番!」
「おー、おめでとさん。難しいところ抜いたな」




 これが経験者だと、下手にボールが浮いてしまうので下の的は逆に当てづらかかったりする。
 まぐれと言えばその通りだが、彼女にとっては大きな一歩だ。




「あー、結局あの一本だけかー……やっぱり難しいね」
「まだボール蹴り出して二日目だろ。そんなもんや」
「ボールも一緒に買っちゃえばよかったかな?」
「あぁ、なら買い直すか。フットサルボールは長瀬しか持っとらんし」
「あ、あのっ」


 会話に混ざってきた楠美は、どこか焦ったような表情で。
 無性にソワソワしている。なんだ、お前もボール蹴りたくなってきたのか。




「比奈っ、本当に、その、フットサル部というものに入るんです、よね……?」
「うん、そのつもりだよ」


 表情こそ大した変化はないが、その声色からは焦燥感が見て取れる。


「…………本当に、普通の部活動なんですか……?」
「なにを持って普通と言うのか分からんけど、お前が想像していたような活動じゃないのは見りゃ分かるやろ」


 その言葉に、彼女は小さく肩を落とす。
 それより小さな声で「そうですか」と呟き、こちらに背を向けた。




「琴音ちゃんっ?」
「飲み物を、買って来ます」


 その後ろ姿は、分かりやすく負のオーラをまき散らしている。
 髪の毛が長い分、背後から見ると貞子やな。振り向かれた瞬間殺されそう。




「……大丈夫、かな」
「お前が突き放したんやろて」
「そうだけど……ちょっとね」


 とぼとぼと歩く楠美を、ゲージのなかから心配そうに見つめている。
 トドメ刺したのお前だからな。その辺忘れんなよ。俺のせいちゃうぞ。




「じゃあ、廣瀬くん。代わりにやってみてよ」
「え、俺?」
「廣瀬くんが本気でボール蹴ってるところ、見たことないし」


 唐突な出番に慄く。マジかよ。全然やる気無かったんだけど。
 以前より精度が落ちていることは、火を見るより明らかである。恥を晒すのも。
 だが、彼女にすればしっかりとした手本を見たいだろうし、これを断るのもな。




「あ、やってくれるの?」
「ん。あんま期待すんなよ」
「がんばってねっ」


 そんな甘ったるい声で言われると頑張りたくなってしまうじゃないですか。やめて。


 200円を投入し、ゲームの開始を知らせる音楽が喧しく鳴り響いた。
 ボール、ベッコベコだな。これじゃ上手く蹴れなくても仕方ない。空気入れろよ。




(……遠いな)


 昨日とはまた違った違和感を覚える。
 フットサルのゴールよりも遥かに小さいのだからそう見えるのは当たり前なのだが、何故だろう。
 かのストライカーも言っていた。調子の良いときは、ゴールが広く見えるのだと。俺の場合は逆だが。


 やはり、左脚を使う気にはなれなかった。コントローラーの線が切れているみたいで。




「おぉっ。すごい廣瀬くんっ。いきなり5番当てちゃった」
「まぁ、これくらいは」


 いくら利き足では無いとはいえ、真っ直ぐ蹴るくらい経験者なら容易い。
 しかし、残り8枚。トライは14回か。あんまり自信無いな。


 ふと、彼女たちのことを思い出した。
 長瀬の放つ、繊細かつ豪快なシュート。金澤の糸を通すような鋭く芸術的なシュート。
 そのどちらも、今の俺に、体現できるだろうか。




(違う、こうじゃない)


 右上、3番の的が点滅する。
 金澤を真似て蹴ったシュートは、思い通りの場所には飛ばない。
 本当は、真ん中右、6番を狙ったのに。




(違うっ)


 今度は長瀬のフォームを真似て蹴ってみる。
 1番の的が点滅した。そうじゃない。俺はその下、4番を狙ったのに。


 意図したところに蹴り込むことが出来たのは、最初の5番の的だけ。
 何度も、何度も蹴り直したって、俺の理想通りにボールは飛んで行かない。


 俺が蹴りたいのは、こんな出来損ないじゃなくて、もっと二人のような、綺麗で、破壊的な――――!




「すごぉーい! クリアだよ、クリアっ! 全部当てちゃったっ!」




 興奮気味の倉畑の一言で、我に帰る。
 がむしゃらに蹴り続けたボールは、いつの間にか全ての的を射抜いていた。
 トライ回数は、まだ6回残っている。なんだ、全部当てていたのか。




「見てみてっ、なんか出て来たよ」
「あぁ……クレーンゲームの回数券ちゃう」
「本当に全部当てちゃった! やっぱり廣瀬くん、すっごく上手いんだねっ」


 彼女に限った話ではない。傍から見れば、大した偉業なのだろう。
 しかし、心に掛かった靄は、いつまでも晴れることは無い。
 俺からすれば、失敗だ。こんなものは。




「…………あの」




 振り向いた先には、ベンチに座っていた筈の楠美が。
 いきなりなんだ。やっぱりやってみたくなったのか。




「コツを、教えてください」
「えっ…………琴音ちゃん?」
「比奈、観ていてください。この方に出来て、私に出来ない筈がありません。そうでしょう?」




 なんか、対抗心燃やし始めたんだけど。うん?





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