美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

サウンドオブミュージックの主人公的なひらひら



 日曜日。
 汗と罵倒に塗れた昨日とは打って変わり、やたらソワソワしながら改札前で人を待つ俺がいた。


 良く晴れた週末の駅。
 それも昼過ぎとなれば人でごった返すのはこの世の常であり、避けられぬものである。
 目の悪い俺には、どこから彼女がやって来るのか見当も付かない。
 というか、見付けて貰えるのか。そこが問題。


「廣瀬くんっ」


 あ、良かった。見付かった。ごめん、見付ける気も更々無かったんだ。ごめん。


「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「いや、今来たところだし、別に構わんけど」
「えっと……今日はよろしくお願いします」


 遅刻を詫びもせず俺に非難を向ける長瀬とは大違いである。
 丁寧に頭を下げる彼女、倉畑比奈は、見慣れた制服姿ではなく。


(なにその、サウンドオブミュージックの主人公的なひらひら)


 普段の真面目な学生生活ぶりからは想像も出来ない、ファンシーな私服で登場してきた。動揺。


 真っ白のエライ小さなトップスと、脛辺りまで覆い隠すネイビーカラーのロングスカート。
 とりあえず、お洒落な格好であることには間違いない。
 ファッションとか分からんけど。しかし意外だ。倉畑も女子高生だしな。そりゃそうか。 


「新鮮やな、そういう格好」
「あははっ……お母さんの趣味なの、私服はこういうのばっかりなんだよね」
「まぁ、似合ってるからええやん」
「そ、そうかなっ……?」


 分かりやすく照れている。可愛い。女の子ってこうだろ。誰だよ長瀬とか金澤とか。知らん。




 すると。倉畑は突然、綻び掛けていた顔を引き締め、周囲を機敏に見渡し始めた。
 え、なになに。エージェントか何かに狙われてるの貴方。映画の見過ぎ。


「なに、どしたん」
「あっ……いや、ううん。なんでもない。もしかしたら、って」
「え、なにがよ」
「ううんっ! 本当に、なんでもないの。気にしないでっ」


 とは言うものの、やはり周囲を気にしている。
 現実的な話で言うなら、ストーカー被害にでも遭っているのだろうか。
 確かに可愛いし、倉畑。見た感じ気弱な印象だから、着け込まれても不思議には思わない。


 それにしても、過剰な反応だ。いったい、どうしたというのだろう。
 気にするなと言われてはどうしようないが……。


「昼飯は?」
「あー……うん、朝ちょっと食べたけど、もう少ししたら空いてくるかも」
「じゃ、先に買い物やな。行こか」
「そう、だね」


 並んで歩き出す。まだ若干目線が泳いでるけど、まぁいいか。


 しかし、これが美女と野獣じゃなかったらどれだけいいことか。
 俺なんて学校指定の白ワイと1,000円のジーンズだぞ。釣り合い悪すぎる。着替えさせて。


 あれか。俺といるところを見られたくないから、こんなにキョロキョロしているのか。
 なるほど。それなら納得だ。死の。




「この辺りで何度かお買い物したことあるけど、スポーツのお店があるのは知らなかったなぁ」
「駅から直結やし、意外と目立たんよな」


 上大塚駅は、高校の最寄りと都心とを結ぶ市内有数のハブステーションである。
 駅周辺も繁華街としてそれなりに賑わっていて、人口も多い。
 唯一の欠点は、10分先に市内最大のターミナル駅があるので、若者があまり集まって来ない点か。
 まぁ、俺はどちらにも縁の無い存在なわけですけれども。哀しい。




「うーん、涼しいぃー……っ」
「その恰好、似合っとるのはええとして、暑くないんか」
「まぁ、ちょっとね……でも、女の子は我慢だから」


 その言葉、長瀬に正座させて五時間ぐらい聞かせてやりたい。俺は本気だ。


 店内を歩き回って、ようやくサッカー用品のコーナーを発見。
 フットサル専門のコーナーというのは、中々に見付けるのは難しい。同じような扱いされるし。


「まずはシューズか。ウェア選んでるうちに馴染むかどうか分かるし」
「へー。詳しいね廣瀬くん」
「まぁ、ほどほどには」


 棚には見上げるほどのサッカースパイクがズラッと並んでいる。だが、お目当てはここじゃない。
 少し端に追いやられた、トレーニング用のスパイク。これだ。


 試合用と練習用では、足裏に付いているポイントの数が異なるのである。 
 サッカーの試合は芝生でのプレーが前提なので、芝を掴みやすいようポイントが少なく作られている。


「すみません、レディースのシューズってありますか」
「あー、こちらですね」
「フットサルシューズは?」
「えーっと、あ、はい。そんなに多くないですけど。ご用意していますよ」


 店員に声を掛け連れられると、小さなシューズが大量に並んでいるコーナーに辿り着く。
 なんだ、これだけあれば十分だな。


「最近、女性のプレーヤーも増えてきたので、沢山入荷してるんですよ」
「へー」


 俺の周り、今のところ女しかいないわけなんですけれど、うーん。流行が濁流に飲まれている。


「なにを基準にして選べばいいのかな」
「まぁサイズは大前提として、最初はデザインでええんちゃう。で、履いてみて合うかどうかやな」
「へえー……あっ、これちょっと可愛いかも」


 手に取ったシューズは、後方がピンク、つま先に掛けてがブラックの実に女性向けといったデザイン。
 外側のニワトリのマークが合っているのか不似合いなのか。
 俺なら選ばない。100%。なんならデザインとかいらん。無地でも可。


「おー、中々やな」
「うん、ちょっといいかも…………よし、これにしよ」
「え、早いな」
「こういうのは直感かなって。あ、履き心地悪かったら変えるけどね。これは中履き用?」
「ん。外のは……まぁフットサル用でも普通のでもええんちゃう」


 シューズを履いたまま、外履き用のシューズを探す。
 本当はこれ、ダメなんだけどね。ましてや普通の靴屋とかだと。
 でもスポーツ用品店だと許される謎。


 結局、もう一足は当たり障りのない白のスニーカーの強いものを選んで、シューズの買い物は終了。
 奇しくも、両方とも同じメーカーだった。足に合ったのか、デザインが好きなのか。




「廣瀬くんは買わないの?」
「あー、どうしよっかな。使ってたやつはあるけど……」
「せっかくなら買っちゃいなよ。ほら、じゃあお揃いにしよ?」


 そう言って彼女は、同じメーカーのシューズを持ってくる。
 俺、そのメーカー使ったこと無いんだよなぁ。まぁずっと外履きしか持ってなかったからだけど。


 お揃い、というフレーズに惹かれたとかそういうわけじゃないけど。
 彼女の提案を無下にするわけにもいかないので、とりあえず履いてみる。




「……意外とええな」
「ほんとっ? じゃあ、買っちゃおうよ」
「軽いなぁ……まぁ、別にええけど」


 いよいよフットサル部のためにわざわざ新品まで買ってしまって。どうすりゃいいんだ。
 もう逃げられないな、本格的に。そんな勇気も、やる気も無いけど。


「次は、練習着かな?」
「ん。レディースはあっちか」
「これは廣瀬くん買わなくていいの?」
「捨てるほどあるし」


 正しい読み方は金と勇気が無い、だ。




*     *     *     *




 シューズに劣らずレディース用のトレーニングウェアが沢山用意してあった。
 随分と楽しそうにウェアを選ぶ倉畑を眺めていると、普通にデートで買い物に来たような錯覚さえ。


 あくまでこれは、新しいことを始める彼女の手助けであり、それ以上でも以下でも無い。
 でも、もし俺に恋人がいたら。
 きっとその相手は倉畑みたいな奴で、こんな感じのデートをするんだろうな。
 と、内心どこかで思っていたりも、したり、しなかったり。




「はい、これはどうっ?」
「おー、似合ってる似合ってる」
「……さっきから同じことばっかり言ってるっ」
「いや、それ何着目だよお前、どんだけ悩んでんねん。シューズは直感で決め取った癖に」
「これなら私でもちょっと分かるし、いっぱい試した方がオトクだもんっ。次はちゃんと感想言ってね」


 少し不満そうに頬を膨らませた彼女は、なんというか、もう、あざとさが過ぎる。
 それを不快に感じないのは、倉畑の持つ純粋さが成せる業なのだろう。




「……まぁ、悪くは無いな。たまには、こういうの」
「はい、次っ! どうっ?」
「おー。ドーナツみたいな色やな」
「…………どゆこと?」


 数十分後。
 この和やかな空気をブッ飛ばす奴が目の前に現れることを、俺たちはまだ知らない。





コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品