美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

はろー♪



(うーん、やっぱショボいな)


 間違っても俺のコミュニケーション能力の話ではない。
 始まった1番チームと2番チームの試合をボンヤリと眺めた、正直な感想である。


 上級者向け、と宣うものだからそれなりに期待していたのだが、どいつもコイツも「まぁまぁ」の域を出ない。そんなところ。
 止める、蹴るといった基本的なプレーはともかく、プレーそのものがどうにも浅い。


 即席チームという不安定な状態で、リーダーシップを取ってボールを回す奴はいない。
 俺の仕事は点を取ること、ドリブル突破すること、守備で身体を張ること、と個性を感じる奴もいない。


 ただなんとなく、ダラッとボールを回しミスが出たらチャンスになる。
 ゴール前で逆にミスが出て、あっさりピンチを迎える。そんな展開の繰り返しだった。


 フットサルというスポーツは、コートの狭さ故に生まれるスピーディーな展開が魅力の一つである。
 だが、そうして面白さはこの試合からは感じない。お遊びのミニサッカー、本当にそんな印象。
 上級者と言ってもこんな程度か。長瀬が入ったら無双噛ますんじゃないかこれ。


 すると、サイドでキープしていたプレーヤーに対し、相手の一人が上手く身体を寄せボールを奪った。
 そのまま一気に駆け上がり、カウンターのチャンス。グラウンダーのクロスを待ち構えていた一人が冷静に推し込み、ゴールが生まれた。


「今のはええ守備やな」
「ねー。あのゼッケンの4番、さっきから良い守備してるし、視野も広いよ」
「ん。左足が使えてへんけど、その分位置取りで上手いことカバーしてるな」
「あー、確かにそうかもっ。よく見えてるねー」
「まぁそれくらい――――――って、うん?」


 視野が広い云々の言葉は俺ではない。というか今、別に会話をしていたわけではないのだが。
 思わず声の飛んできた左側を向くと、思ってもない奴が隣に座っていた。


「はろー♪」
「…………あ、どーも」
「なんだ元気無いな田中っ! ほれ、あたしとお喋りしよーぜ」


 他でも無い、金髪ショートの美少女、金澤瑞希である。


 独り言にも華麗に対応し、会話を広げるそのスキル。
 俺にも分けて欲しい。自然すぎる。割とビビったぞこの野郎。


「……アイツらの相手はええんか」
「あー、あれはダメだね。見る目無いわ。あたしが好きな選手言っても知らないとか抜かしたから」
「あ、そう」
「おいおい、そこは誰が好きなのって聞くところっしょ? もしかして田中陰キャなん?」
「うっせえな。見て分かること聞くなっての」
「お、なんだ。全然喋れるじゃん。やっぱ中二病かー」


 俺の数少ない属性を悉く究明しやがって、癪だ。顔に悪気が無いのがまた。


「……はー。で、誰が好きなんですか。教えてください」
「そんな露骨に興味無さそうに聞くなよなー……? あのね。あたし、ストイチコフが好きなんよ」
「……フリスト・ストイチコフ? また古い選手だな。そりゃ知らん奴もおるやろ」
「おっ、知ってんの!?」


 オーバーすぎるリアクションだが、純粋に驚いている様子だった。
 まぁ、そりゃそうか。いかにも興味無さそうな顔してるしな。別に俺も詳しくないけど。


 フリスト・ストイチコフとは元ブルガリア代表の攻撃的プレーヤーである。
 名門バルセロナで活躍し、ワールドカップで得点王を獲得した実績もある90年代を代表する選手だ。
 晩年は日本でもプレーしている。すぐ帰ったけど。


 スピードと技術を兼ね備えた華のあるレフティーだ。FKも上手い。性格はやや難ありだが。
 東欧を代表する名選手であることに違いはない。俺も好きな選手だし、参考にしている。していた。


「いいよな。ストイチコフ。緩急の付け方が抜群やったな」
「そうそうっ! 一人だけ違うところで試合してるっていうか、そんな感じだよね!」


 なんだこのマニアは。なんで俺はJKと90年代の選手の良さを語り合ってるんだ。怖すぎるこの状況。


「あとはね、ベタだけど、カッサーノとか、カントナとか好きだよ」
「テクニシャンっていうか、問題児ばっかやんけ」
「あははっ。それは言えてるっ。いやー、でも田中が知ってるとは思わなかったわ。意外と詳しいの?」
「別に、普通だろ。真面目にサッカー勉強してれば誰でも知っとるわ」
「あ、やっぱ経験者なんだね。確かに脚もしっかりしてるし、意外と体格も……」


 マジマジと俺の身体を凝視してくる金澤さん。やめて。そんな物色するような目で見ないで。


 少し喋り過ぎた。どちらかというと、こういう知識は披露したくないものだが。
 どうにも彼女と話しているとペースが狂う。長瀬とはまた違ったタイプの面倒くささだ。


「田中、一人で来たの?」
「いや、あそこに女おるやろ。アイツと」
「あ、なーんだ。彼女持ちか」
「馬鹿言うな。あんなんと付き合ったら口が100個あっても足りねえよ」
「えぇー」


 なんか引かれた。間違ったこと言ってないし、うん。
 別に彼女の長瀬に対する評価とかどうでもいいし。はい。


「……なんか、面白いね。田中」
「元の評価が低いからそう思うんだよ。俺は今やっとスタートラインに立っとんの」
「あははっ! なにそれ、ヤバいね田中っ! あたしそういうの好きだよ」


 そして無駄に気に入られる。俺、一切面白いこと言ってないんだけど。
 自分と周囲に対して悪口言ってるだけで気に入られるなら、俺はもう二度とポジティブな言葉を発しない勢いだぞ。全方位射撃や。みんな死ね。




「うん、いいわ田中。気に入った。超気に入ったわ。友達なろ」
「え、やだよ。お前、超パリピじゃん。無理ムリそういうの」
「んなことないってっ! あ、ほら試合終わったよ。行こーぜ相棒っ!」


 勝手に相棒にされても困るんですけど、あの。


「ちなみになんだけど、田中。いくら詳しくても、プレーがショボかったら速攻でゼッコウだかんねっ」
「えぇ。秒で友達のハードル変わっとるやん」
「いいからいいからっ!」


 大きめの溜め息を引き連れ、白線を越えコートのなかへ。


 試合。そう、試合か。


 分かってはいた。それが着々と近付いているのは分かってはいた。
 彼女との会話で気を紛らわせている部分も、きっとあったのだろう。
 それくらい、この一歩は俺にとって大きいのだ。


 でも、何故だ。
 少しだけ。いや、これまで味わったことのない高揚が、俺を襲ってくる。


 人工芝の乾いた匂いがそうさせるのか。
 それとも、彼女の自信ありげな表情がそう思わせるのか。




「で、田中は誰が好きなの?」
「あー、うん。そうだな。廣瀬陽翔とか」
「え、誰それ」
「俺の名前」
「ほーん…………え、田中は!?」
「知らん。誰やそれ」
「偽名だったのッッ!?」




 使い古された左脚が、歓喜と不安で震えていた。







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