美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

あ、分かった。陰キャだ。



 後で裁判沙汰になっても不利にならないように、一字一句漏らさず丁寧に説明したい。


 5月下旬、天気は晴れのち曇り。
 たまには気分でも変えて、真面目に受けてみるか。と思った授業が案の定クソほどつまらなかったので。
 今日も図書館やら中庭やら屋上やらパソコン演習室やら色々と回って暇を潰していた俺こと廣瀬陽翔ヒロセハルト


 五限も終わりさぁ帰ろうと教室に戻る途中。
 顔も名前も知らない「体育委員長」なる人物に捕まり「いい加減に仕事しろ」とお説教を食らい、泣く泣く箒片手に新館の掃除に出向いた。というのが本日の大まかな流れである。


 新館、とは教室がある本校舎と渡り廊下で繋がっている、ここ私立山嵜ヤマサキ高校が誇るまぁまぁ規模のデカい建物である。
 体育館を筆頭に、主に運動部の住処となっている場所だ。


 各場所を次々と回り、適当に箒をブン投げて遊んだ俺はだいぶ満足していたのでさっさと切り上げて帰ろうとしたのだが。


 体育館の入り口脇には、ソファーがある。何故か。無駄に。
 恐らく、生徒達が昼食時などに利用できるオープンスペースと思われる。
 せっかくなので身体を休めようとそちらに向かうと、そのすぐ近くに扉があることに気付いた。


 ガラス張りの壁に大きなカーテンが掛かっていることから、外に繋がっていることはほぼ間違いない。
 だが、この高校にやって来てから日の浅い俺は、その先に何があるのかを知らなかったのだ。


 なんの不思議なことも無い、興味本位の行動である。
 で、扉を開けたら、もの凄い勢いでボールが飛んできて、顔面に直撃した。


 そのままブッ倒れて意識を失い、目を開けたら美少女が土下座していて。
 気付いたらフットサル部に勧誘されていた。というわけである。




 いや、はい。ごめんなさい。
 どこが丁寧なのかサッパリ分かりませんね。反省します。
 ついでに俺にも教えてほしいな、この状況。




「…………黙ったままだけど、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。ちょっと一日の流れを確認してた」
「う、うん……?」




 無理やり納得させたところで、次は説得だ。


 まず、こちら側の主張はハッキリと述べなければならない。
 このままだと彼女の口車に乗せられたまま、とんでもないことになりそうな、そんな気がしたのだ。


「えーっと、そのですね。なぜ、フットサル部なのかな、と」
「それなら男女一緒でできるでしょ? いいよね、はい、けって――――」
「あ、お断りします」
「エッ!? ナンデッッ!?」


 ナンデって、嫌なんだからしょうがないだろ。


 よりによって、`こんなところ`でフットサルなんて。




「暇なんでしょっ!? ならいいじゃないっ!」
「いや、そんなことないで。結構忙しいし」
「なに、バイトとか?」
「いや、帰って腐るほど寝るっていう予定が」
「…………………………へー」
「あ、いや、暇。超ヒマ。ウルトラ暇」


 小動物なら躊躇いなく殺せるくらいの冷えた目ェしてたぞコイツ。仮にも女だろお前。


 女子の割にはやたら背が高いというか。
 普通に今こうして立っているだけでも結構怖いというか。


 よく分からない威圧感がある。
 実際、背は俺の方が高いが、妙に気圧されている。


 事実、彼女がこの高校一の美少女と評されるのにはこうした要因が大きい。
 腰まで伸びた栗色のロングヘアーに後れを取らない整った容姿。
 少し外国の血が入っていると言われても驚かないほどの高い鼻と吊り気味の大きな瞳は、どこか浮世離れしていて。


 彼女が放つ独特のオーラは、クラスは勿論、この高校においてはあまりに特異である。
 大して学校の事情も人も知らない俺ですらここまで饒舌にさせるわけだから、相当だ。


 あと巨乳。めちゃめちゃデカい。
 もう動くたびにぷるぷる震えてる。コイツ、生きてるぞ。




「なら別に良いじゃない。結構体格ガッチリしてるし、向いてるかもよ。スポーツとか」
「はぁ……」
「ったく、何が嫌だってのよ!? この長瀬愛莉ちゃんが誘ってるんだから、ここは素直に頭を下げてでもお願いするべきじゃないの!?」
「いやおまっ、さっきまでの女々しい態度どこ行ったん」


 そう、これだ。違和感の正体。


 俺の知る限り、というか見た限り聞いた限りの話であるのだが。
 長瀬愛莉という美少女は「クールビューティー」とか「容姿端麗完璧才女」とか「高嶺の花」とか「この世の天使」とか。


 そういうイメージで語られることが多い人間らしいのだ。
 らしい、というのは大して興味が無かったからである。悪く思うな。


 時折教室に顔を出しても、彼女が友達と騒がしくお喋りをしているという印象は無い。
 一人でスマホを弄っているか、席の近い者と静かに会話している程度のものである。


 故に、彼女のここまでの態度は極めて不可解だった。
 軽率な土下座に始まり、意外にも軽い接し方。軽いどころの話じゃないけど。


 更に加えて、先ほどの清々しいまでのナルシズム発言。
 整合性が皆無というか、多重人格を疑うレベルである。




「……なんか、聞いてた話と全然キャラ違うな」
「あー…………まー、あれよ。私、こう見えて人見知りだから」
「嘘つけってお前、初対面の相手に土下座する人見知りがどこにおんねん」
「いや、あれはもう防御本能って言うか……下手な真似したら〇されるかなって」
「俺をなんやと思ってんねん貴様」
「えっ? ガチDQN」
「マジでブチ〇すぞテメェ……」
「ヒィッッ!!!!」


 あ、本気でビビってしまった。
 いっけね。顔だけはおっかないからあんまり睨むなってばっちゃん言ってた。うん。多分。




「あの、ボール当てたのはホント謝りますから、マジで勘弁してください……ッ!」
「いや、冗談やて。お前、ホンマに発言と行動が別人やな……」
「うぐっ。そっ、それは……っ!」


 あー、うん。でもなんとなく分かってきたかもしれない。
 本当はめちゃめちゃプライド高いっていうか、自信家ではあるんだろうな。


 でも根本が人見知りだから、実際の自分を周囲に曝け出せなくて。
 本音を吐き出す場所が無いというか。




 あ、分かった。




「陰キャだ。お前」
「はっ!? え、な、なにっ!?」
「無駄に顔とスタイルええから自信はあるけど、他になんの取り柄も無いから友達少ないんやろ。で、俺が同じようなタイプだと思った途端、急に上からになって、ちょっと怒ったらすぐ頭下げる。ほら、間違いないわ。お前、クソ陰キャやん」
「…………言わせておけばアンタねぇ……ッ!」




 あ、怒った。


 うーん、怒った顔は中々に凄みがあって雰囲気だけはあるんだけれど。
 それ以上に図星を指されたのか顔が真っ赤であんまり怖くない。
 ちょっと可愛い。元も可愛いけど。




「今のマーーージでキレたっ! ホントにキレたからっ! もうアンタなんかに頼まないしッ! ふんだっ! 後悔しても遅いんだからッ!!」
「いや、ありがとうございますむしろ。あの長瀬さんが陰キャ呼ばわりされて顔真っ赤にして怒ったってことだけ知れて、感謝してます。今日はホンマにありがとうございました」
「………………ぅの……?」
「え、なんて?」




 なんか下向いてブツブツ言っている。
 ちょっと言い過ぎちゃったかな。まぁ金輪際関わることは無いだろうけれど。




「……のこと、言うのっ…………?」
「だから、声小っちゃくて聞こえへんわ陰キャが」
「誰かに今日のこと言うのかって聞いてんのよこの、クソDQNがッッ!!!!」




「…………えぇ」




 すごい、しょうもないこと気にしていた。
 世間体って大事だし。うん。でもちょっと引くよその必死さ。




「無理ッ! ダメだからッ! こんなこと広められたら、わたしもう生きてけないッ! アンタが「今日のことは絶対に喋りません」って言うまで、監視するからッ! 良いっ!? 分かった!?」
「いや、言わへんて。言う相手がおらんし」
「とにかくっ! アンタは私とフットサル部作るッ! 私のことは誰にも言わないっ! これを守って、初めてアンタにボール当てたことがトントンになるのっ! 分かるッ!?」


 分からないです。とんだ暴論です。




「明日、またこの時間にここ来なさいよっ! ソファーのとこでもいいからっ! 来なかったら、ここでアンタに襲われたって先生に言って回るからッ!」
「ハイっ!? いや、ちょっ、それはシャレにならんてッ」
「嫌なら来るッ! 絶対よッ!? 絶対なんだからっ!!!!」




 彼女はコートの脇にあった鞄を乱暴に拾うと、そのまま正門に繋がる通路目掛けて走り去ってしまった。


 取り残される俺。おかしい。何かがおかしい。


 いや、だって、最初オレって被害者だったよね? なんでものの数分で暴行犯扱いになってるん? えっ? んんっ?


「…………フットサル部て、いやいやいや」


 嫌なことを思い出さないように、なるべく彼女のことを考えるようにはしているのだが。
 そうしようとすればするほど、事の理不尽さにどうしようも出来なかった無力な自分を恨むしか無かった。




「…………天使どころか悪魔も殺すわ、アイツ」




 嵐のような罵倒と脅し合いが、長瀬愛莉との出会いであった。





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