美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

プライド無いのかコイツ



 土下座。


 みんな、知っているだろう。でも、実際にしたり、された経験はどうか。
 俺は無い。ついぞ今さっきまで。しかし、それは目の前で起こった。




「勘弁してくださいッッ!!!!」


 こちらこそ、勘弁してください。




 いや、違う。
 常識的に考えれば救済を乞うべきは彼女である。それは間違っていないのだが。


 なにが問題かと言えば、学校一の美少女と評判名高い長瀬愛莉ナガセアイリが。
 俺みたいな人間に美しい土下座を噛ましているという、不可解な状況そのものである。


 俺は彼女の渾身の謝罪を受け入れる必要がある。
 が、この場合に限っては謝罪どころか、頭を下げるのも勘弁願いたい所存であった。


 この場面を誰かに目撃されようものなら。
 明日にでも俺の住居は爆破され、身ぐるみ剥されたまま海へ放棄されるに違いない。




 ほとんど生徒が残っていないほどの遅い時間帯も幸いし。
 どうやら「うだつの上がらない男子生徒が高校のスターを侍らせている」という訳分からん噂を掻き立てられる心配も無さそうだが。


 それにしたって気分は悪い。土下座ってするよりされる方が嫌かもしれない。
 というか、同い年の人間にホイホイ頭下げるなよ。プライド無いのかコイツ。




「あの、別に怒ってないんで、とりあえず、土下座をね。やめてほしいんですけど」
「やれることならなんでもしますからッ! 仲間の皆さんに引き会わせるのだけは止めてくださいッ! お願いしますッッ!!」


 俺を何だと思ってるんだよ。


 埒が明かないので、スマートフォンをあまり綺麗とは言えない人工芝に置き頭だけでも起こす。
 かなり怯えていた様子だったが、少しずつ落ち着きを取り戻したようだった。
 何に怯えてんだよ。同人の読み過ぎだろ。


 学校指定のスカートのままへたりと座り込んだ彼女の視線と、同じくらいにまでしゃがむ。
 まだ若干あるのだろうか。威圧感。無駄に身長デカいからかな。あと髪型。




「とりあえず、怪我とかしてないから。あんま気にすんなって」
「いや、でも思いっきりぶつかってたし……頭に当たると後遺症とか怖いしさ?」
「別に、これくらいの衝撃で死んだり記憶が飛んだりしないから安心しろ」




 素直な感想だったのだが、彼女はその一言になにか思うことがあったのか。
 少しだけ不満そうに唇を尖らせた。何が気に障ったのか。興味は無いので聞きはしない。




「それで、その……長瀬だよな?」
「あ、うん。えと、廣瀬陽翔ヒロセハルトくんで合ってるよね?」
「おー、正解せいかい。良く知ってんな」
「まぁ、クラスメートだし……ていうか、こんなところで何してたの?」


 まぁ、彼女からすれば気になるだろう。
 俺みたいなクラスで全くと言っていいほど存在感の無い人間が。
 放課後人気のない場所にのこのこやって来るなんぞ、怪しさ爆発である。




「体育委員だからな。一応。掃除と見回り」
「え、うそ、ホントに? なんかスッゴイ意外なんだけど……」
「意外?」
「だって、授業もちゃんと受けてないじゃん、廣瀬くん。そういうのしっかりやるんだね」
「いや、サボってたのバレて、ツケが回って来たっていうか」
「あ、やっぱそんなんか」


 想定通りの答えが返って来たからか、呆れたように笑う長瀬。
 どうやら先ほどまでの恐怖心はすっかり忘れているようだ。
 やっぱ脅そうかな。怯えた顔おもろかったし。


 うん。まぁ、ほぼほぼ初対面にしてはしっかり会話できている部類だろう。
 新しいクラスになって数ヶ月は経つのに初対面って、というツッコミは一切受け付けない。


 そんなものだ。いくら同じクラスだからと言って、グループが違えば会話することなど滅多にない。
 それが異性となれば大して珍しいことでも無いだろう。


 しかし、うーん。違和感が。




「で、そういう長瀬はなにしてたん」
「わたしっ? えーっと…………自主練?」
「なんで疑問形なんや」
「いや、練習って言えるほど大したことないし……」




 彼女の視線が見据える先には、テニスコートには不釣り合いな頭一つ分ほどの球体が転がっていた。
 俺の意識を一瞬でも奪った元凶。真犯人である。


 サッカーボールにしてはやや小さい。
 だが見た目と形状からして、それに近いものであることは分かる。




「……フットサルボールか」
「おぉっ! よく分かったわねっ! もしかして廣瀬くん、サッカーとかやってた?」
「いや、パッと見で……つうか、長瀬ってそういうのやっとんのな。そっちの方が意外やわ」
「うん、まぁね。誰にも言ってないし。廣瀬くんがゴリゴリに関西弁なことの方が意外だけど」


 まぁ、誰にも言ってないし。と丸っきり同じ答えを返す。口には出さないが。




「この高校って、フットサル部とかあったっけ」
「ううん」
「じゃ、あれか。外のチームでやってるとか」
「あー、昔はね。今はどこにも入ってなくて」




 となると、彼女はそれなりの実力を持った選手であると考えて良いのだろうか。


 しかし、腑に落ちない。
 何せ、唐突な出来事とは言え人間一人にそれなりのダメージを与えるほどの一撃を。
 よりによって、あの長瀬愛莉が繰り出したとなれば。




「勿体ないな、あんなに良いキック持っとるのに」
「あ、そ、そうっ? ありがとっ……」
「あれや、フットサル部とか作ればええやん。女子サッカー部とか」
「いやぁ、それ良く考えるんだけど、誰も協力してくれる人がいなくて……」
「ほーん…………」


 暫しの沈黙。


 ふと気が付くと、彼女。長瀬愛莉は何かに囚われたかのように。
 俺のことを瞬きも疎かに見続けている。


 なんだ、やめろ。恥ずかしいだろ。
 女の子に凝視される恐ろしさ、知らんのか。ヤメテ。コワイ。




「…………廣瀬くん。いや、陽翔くん。いや、ハルト」
「何回言い直すねん」
「ヒマ、だよね?」
「…………うん?」


 急に立ち上がってなにを言い出すかと思ったら。
 とんでもないペースで呼び名を改められ、ついには暇人扱いである。
 お前、いくら美少女とはいえやって良いことと悪いことが……。




「…………あ、待って。読めた。その先は言う――――」
「暇だよねっ? 授業も出たくないくらい毎日退屈してるんだよねっ?」
「いや、それは単に面倒くさ」
「じゃあ、なんか新しいこと始めようってなっても、大して抵抗無いよねっ!?」
「あの、人の話聞いて」




「フットサル部、一緒に作ろッッ!!!!」




 嗚呼、終わった。







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