暗黒騎士物語

根崎タケル

花嫁選び3

 ブリュンド王国の王城の中心にある広間。
 その広間にいる者達は新たに現れた少女を見て言葉を発する事が出来なかった。
 その少女はとても美しく、人間とは思えない程であった。
 少女は銀色の髪を靡かせて、広間の奥へと進む。
 少女が進む先にはブリュンド王国の王子クーリがいる。
 銀髪の少女は真っすぐにクーリの元へと向かっている。 
 クーリは立ち上がり、銀髪の少女を待つ。
 いつの間にか体は動くようになっていた。 
 ザシャの麻痺の視線は少女が現れた事で効果が消えてしまったようであった。

「お前が王子だな? どうした何を突っ立っている」

 銀髪の少女は不機嫌そうに言う。
 クーリは何も言えずにいる。
 それは、クーリ以外の者達も同じで突然現れた銀髪の少女に目が釘付けになり、動けずにいる。
 
「はははは、まさか、これほど美しい姫君がいたとは! 来て良かったよ!」

 そんな中で、唯一ザシャだけが、動き喜びの声を上げる。
 ザシャの目元が垂れ下がり、いやらしい笑みを浮かべながら、銀髪の少女に近づく。

「クーナに近寄るな。なめくじ」

 クーナと名乗った銀髪の少女がそう言った時だった。
 光の壁が現れてザシャを突き飛ばす。
 吹き飛ばされたザシャは壁にぶつかり、無様な悲鳴を上げる。

「ぶぎゃ! 何っ!? これは!? かの天上の美姫と同じ力だと!」

 ザシャは起き上がると、クーナの作り出したものを見る。
 クーリもその光の壁に見覚えがあった。
 偉大なるエリオスの女神アルレーナと同じ力であった。

戦乙女ワルキューレ……」

 思わずクーリは呟く。
 すると広間にいる者達が、呟き始める。

「まさか、ここに戦乙女ワルキューレが……? それにしてもこれ程美しい戦乙女ワルキューレが地上にいるとは、ハアハア……。何ておいしそうなんだ……」

 ザシャは興奮したように呟くと姿を変えていく。
 肌はヌメヌメとしたものになり、体は赤く膨らんでいく。
 銀髪の少女クーナを求めるように突き出された両方の掌には牙の生えた口が開き、涎を垂らしている。
 目は白く濁り顔も赤く膨らむ。
 そこには、美少年の姿はない、おぞましい化け物がそこいる。
 複数の口を持つ巨大な吸血ヒル。
 それこそがザシャの本当の姿なのだ。しかし、本人は美少年の姿でいることを好きなので、こちらの姿でいることが多い。

「ふん、醜いな……。気が進まないが、相手をしてやるぞ」

 クーナはそう言うと何もない空間から大きな鎌を取り出す。
 それを見て、広間の者達はどよめく。
 クーナが持っているのは明らかに魔法の武器であった。
 魔法の武器は簡単に手に入らない。
 これで、彼女が只者ではない事を示していた。

「何て冷たい瞳なんだ。本当に美しい……。その生命力の輝き。ああ、ぜひとも、僕の花嫁にしたい。ねえ、君。一緒に来て、楽しい事をしようよ」

 醜い本性を現したザシャは三つの口から長い舌を出して笑う。
 それを見たマローナは小さく悲鳴を上げる。
 それに対してクーナは冷めた表情でザシャを見ている。
 冷たい視線を浴びてザシャは嬉しそうにする。

「行くわけないぞ。お前がクーナを楽しませる事が出来るものか」
「公子様! 相手が戦乙女ワルキューレだと手ごわいはずです! 我々も戦います!」
 
 クーナとザシャの会話に吸血鬼達が割り込んで来る。
 地上の住む人間の戦乙女ワルキューレは皆、女神アルレーナに選ばれた者だ。
 天使に力を貰った者よりも強い。

「そうだねえ。まあ良いか彼女を傷つけてはいけないよ」
「はっ!」

 ザシャの命令で吸血鬼達がクーナを取り囲む。
 その時に側にいたクーリとマローナは押しのけられる。

「ふん。お前らごときに捕らえられるものか。かかって来い、ナメクジ共」

 クーナは鎌を構える。
 そのクーナの周囲には青く光る蝶が舞い、彼女を幻想的に照らす。

「一斉にかかれ! 傷つけるなよ!」

 ザシャの号令で吸血鬼達は一斉にクーナに迫る。
 全員武器を持っていない。
 代わりに出したのは魔法で呼び出した黒いイバラ。
 それでクーナを捕らえるつもりであった。
 しかし、光る蝶がクーナを覆うと突然、その姿を消す。
 驚く吸血鬼達。
 
「太陽の輝きを持つ黄金の甲虫よ。クーナの呼び声に応えよ」

 広間の頭上から声がする。
 クーリが見上げるとそこには逆さになったクーナがいる。
 逆さになっているにもかかわらず衣装はそのままで、垂れ下がっていない。
 天井を床にして、上下逆になっているようであった。
 逆さになったままのクーナの周りには光る蝶の代わりに金色に輝く虫が飛んでいる。
 黄金の甲虫は矢のように飛ぶと吸血鬼に迫る。

「夜の衣よ!」

 吸血鬼達は光を防ぐための防御魔法を唱える。
 黒い靄が吸血鬼達を覆う。

「無駄だぞ。それでは防げない」

 クーナの言う通り、黄金の甲虫は黒い靄の中に潜り込む。

「ぐあああああああ!」

 吸血鬼達は悶え苦しむ。
 甲虫は確実に吸血鬼達の体を焼いていく。

「陽光の魔法の輝きに比べれば弱いが、それでも、お前達には効くだろう。苦しみ消えろ」

 クーナは天井から降りると、大鎌を振る。
 魔法の大鎌は光る刃を出すと吸血鬼達を消滅させていく。

「えっ!? 嘘!? 全員やられたの?」

 ザシャは信じられないという表情でクーナを見る。
 
「さて、お前だけだぞ」

 クーナは鎌を向ける。

「ふふ、やるじゃないか。だけど、僕は死の御子。人間の戦乙女ワルキューレぐらいじゃ負けないよ。君も虫を使うみたいだね。僕も連れてくれば良かったよ……。本当に……」

 ザシャは少し慌てた様子で言う。
 ザシャは神族ではあるのだが強くはない。 
 下位の種族である天使にも負ける事がある。
 過去に炎の天使アータルから無様に逃げ回った事もあった。
 そのため、ザシャは様々な強い僕を作り、弱い自身を補うのである。
 ザシャもクーナと同じように虫を使うが、その自慢の虫達を連れて来てはいなかった。
 ザシャはクーナを見る。
 普通なら人間の戦乙女ワルキューレに負ける事はない。
 しかし、クーナからは強い気配がしていた。
 だから、ザシャは迷っているのである。 

「公子様! 緊急事態です!」

 クーナとザシャが相対している時だった。
 広間の壁から靄が出て来て、それが晴れると何者かが現れる。

「おお、ジュシオ卿か? どうかしたのかい? 」
「姫様から連絡が入りました。すぐに戻って来るようにとの事です」

 出てきた者は吸血鬼であり、その吸血鬼は出てくると頭を下げる。

「何!? 姉上が!? くっ、仕方がない。戻るか」

 ザシャは踵を返す。

「逃がすと思っているのか? 行け! 黄金の甲虫よ!」

 クーナが命じると黄金の甲虫はザシャに向かう。
 しかし、黄金の甲虫は届く事はなかった。
 クーナとザシャの間に入ったジュシオと呼ばれた吸血鬼が黄金の甲虫を叩き落したのだ。

「馬鹿な! クーナの黄金の甲虫を防いだというのか? たかが、吸血鬼が?」

 クーナは驚く。
 ジュシオは赤い光る剣をクーナに向けて静かに立っている。

「さすが、ジュシオ卿だ。本当は君の相手をしたいのだけど、姉上から連絡が入った。今は退くよ。だけど、必ず君を迎えにいくよ。待っててね」

 そう言うとザシャは笑うとジュシオと共に広間から去って行く。
 ザシャが去ると、辺りは静寂に包まれる。
 そして、一時の後、広間の人々は歓声を上げる。

「ちっ、もう少し痛めつけるつもりだったが、うまく行かなかったぞ。まあ良い、予定通りだ…… 」

 人々が歓声を上げている中、クーナは小さく呟くのだった。

 


 ブリュンド王国の王城の屋根からクロキは幽霊空船が去って行くのを眺める。

「う~ん。クーナに任せきりだけど、良かったのかな」
「大丈夫ですよう。クロキ様あ。クーナ様なら、あんなナメクジに負けるはずがないのですう」

 クロキが言うと、その肩に乗っているティベルが答える。

「まあ、確かにそうだったけど……」

 クロキは下を見る。
 すぐ下には広間があり、クロキは感覚を研ぎ澄まし、中の様子を探っていた。
 もし、危なくなれば飛び出すつもりだったのである。
 しかし、クーナの言う通り、クロキが出るまでもなかった。
 これで、クロキの存在を悟られずに済む。
 ザシャはワルキアの地に引きこもっていたはずなので、クーナの事を知らない可能性がある。
 もっとも、クーナの情報を知っていたら、意味がない。
 だけど、耳を澄ませて、中の声を聴く限り大丈夫のようであった。
 クロキはクーナと人々が無事だったので安心する。
 本当の事を言えばクーナはブリュンドの人達を救うつもりはなかった。
 もちろん、クロキは見捨てておけなかった。
 だから、何とか助けようとしたら、クーナが代わりに動くと言ったのである。
 クロキは心配したが、クーナは大丈夫だと言った。 
 クーナだけでザシャに立ち向かったのである。
 謎なのはなぜクーナがザシャの強さをわかったのかという事だ。
 クーナはザシャの強さを完全に把握していた。
 その事がクロキには謎だった。 
 クロキは首を傾げる。

「ついでにあの船には道化を乗せています。あれにも働いてもらうです」

 ティベルは「ふふん」と可愛らしく笑う。
 クーナは連れて来た道化を幽霊空船に乗せた。
 クロキとしては本当に大丈夫なのかと心配になる所であった。

「まあ、これで、死都モードガルの場所がわかるのならそれで良いのだけど……」

 クロキは幽霊空船が去った方角を見る。
 死神ザルキシスの都モードガルはワルキアの地にあるというだけで、正確な位置がわからない。
 エリオスの神々は何度かその位置を探ろうとしたが、見つからなかったらしい。
 まるで、移動しているかのようであった。
 クロキがクーナから聞いた情報によると、死の御子でも、その位置を把握する事は難しく、ザルキシスが呼ばなければ位置がわからないとの事であった。
 コアック大臣の情報からザシャが近いうちにブリュンド王国に来ることはわかっていた。
 だから、ブリュンドで待ち構える事にしたのである。
 そして、偶然なのか必然なのかわからないが、クロキ達がブリュンドに来た日の夜にザシャは現れた。
 クーナはザシャの乗る幽霊空船に道化を乗せたのである。
 道化はクーナのシモベであり、クーナはその気配を感じる事が出来る。
 後はそれをたどればモードガルへとたどり着くはずである。
 クロキはワルキアの方角をじっと見る。
 その先には死の神の都があるはずだった。



 幽霊空船の中でザシャはクーナの姿を思い出す。
 あれ程、美しい娘を直に見たのは初めてであった。
 その姿がザシャの脳裏に焼き付いて離れない。
 ザシャの周りには裸の人間の女性達がいる。
 その全員が体中から血を流している。
 興奮したザシャの相手をしたのだから当然だろう。
 今のザシャは美少年の姿を保てていない。
 全身からヌメヌメとした粘液を出し、蛭と人を掛け合わせた姿になっている。
 これだけの人間の娘を凌辱して、ようやく落ち着いたところであった。
 もはやザシャの目に女性達は入らない。
 ザシャが思い描くのは銀髪の少女クーナだけであった。

「ああ、なんて可憐で美しいんだ……。必ず手に入れてやる、僕の花嫁……」

 ザシャはクーナを思い、悶えるのであった


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 ちょっと短いです。
 じつはクーナとザシャの出会うシーンを書いた方が良いかもと思い、この話を書きました。

 また、この時期は花粉症でつらかったりします。
 今週から体調を崩しました。いつも3月はこんな調子です。

 そして、ついに自分の住んでいる県でコロナ感染者が……。
 これから、どうなるのでしょうね(;´・ω・)

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コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    花嫁選び3から修正報告を追加します。


    広間の壁から靄が出て来て何者かが出てくる。
    出てきた靄は収束すると人型へと変わる。

    広間の壁から靄が出て来て、収束すると人型へと変わった。
    or
    広間の壁から靄が出て来て、それが晴れると何者かが現れる。

    原文のままですと、靄とジュシオは別の存在なのかな、と思えますが、この後に靄の方に言及がないので、靄はジュシオの魔法で変化したのか、まとったのかと思いました。


    どうしたのかい?

    どうかしたのかい?
    or
    どうしたのかな?

    ザシャがジュシオに向けたセリフです。
    おそらく打ちミスか、誤って消えたかです。

    1
  • ノベルバユーザー339645

    更新お疲れ様です。

    まさかクーナがレーナのコピーとは製作関係者以外は知りようもないですねw
    ただ戦乙女以上=天使相当?と勘違いされたのは、純粋な神族相当の強さはないってことなんですかね?
    単純に本気を出していなかったから?
    彼自身が天使に負けそうになる神族なので幅は広いんでしょうが……。

    0
  • ゼロ

    お疲れ様です、花嫁選び3の誤字報告です

     魔法の武器は簡単に手に張らない。

    魔法の武器は簡単に手に入らない。
    もしくは、簡単に入手できないの方が良いかもです

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    それでは花嫁選び3より修正報告を。


    1個目は修正ではなく提案です。

    それこそがザシャの本当の姿なのであり、美少年の姿は偽りなのである。

    それこそがザシャの本当の姿なのだ。しかし、本人は美少年の姿でいることを好きなので、こちらの姿でいることが多い。

    神々の強さに関する詳しい設定が公開されていないのでその辺りはわかりませんが、アリアディア共和国に潜伏していたアトラナクアは人間形態もあり、どちらも本来の姿であるためナオにもわからなかった、という設定が本文中にありました。
    なので、神々の強さあるいはランク如何に関わるか不明ですが、別にザシャにも人間形態が本当にあっても良いと思います。


    ここからは修正報告です。

    地上の住む人間の戦乙女は女神アルレーナに選ばれた者だ。

    地上の住む人間の戦乙女は皆、女神アルレーナに選ばれた者だ。

    人間の戦乙女は複数いるんですよね?いないならシズフェだけになっちゃう……
    不特定多数なので一纏めに“皆”として加えました。


    実は神族ではあるが、ザシャは強くない。

    ザシャは神族ではあるのだが強くはない。

    ザシャが主語なので前に。


    だから、ザシャは迷う。

    だから、ザシャは迷っているのである。

    “だから”のあとは理由が来るので、“だ”などで終わらせましょう。


    まあ、良い予定通りだ……

    まあ良い、予定通りだ……

    読点の位置が間違っています。


    ~、クーナは大丈夫だと言い。

    ~、クーナは大丈夫だと言った。
    or
    ~、クーナは大丈夫だと言い張った。

    本当は読点で、そのあとに何か続いていたのでしょうか?
    とりあえず文を終える形にはしましたが。
    二つ目の方は強く主張した感じにしました。


    ~ザシャが近いうちにブリュンド王国に来ることはわかった。

    ~ザシャが近いうちにブリュンド王国に来ることはわかっていた。

    事前に情報を得ていたのですから、“知っていた”が正しいです。

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    面白いお話でした。

    正直、クーリ王子が銀髪以外はレーナそっくりのクーナに求婚して終わるかと思ったのですが、そうはなりませんでしたね。

    戦乙女扱いされてますが、確かにクーナは所属以外に魔王側っぽいところがなかったと思いますし、誤解されるのも仕方ないかもしれませんね。

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