暗黒騎士物語

根崎タケル

第6章魔界の姫君 エリオスの女神達

 光が溢れるエリオスの空中庭園は、雲の上に作られている。
 庭園の植物は柔らかい雲に根を張り、美しく花を咲かせている。
 庭園には天の川が流れ、川の水は陽光を反射して輝いている。
 その反射した光はキラキラと庭園をより美しく見せている。
 庭園の周りには多くの綺麗な空船が浮かび、女神達が楽しそうに笑っている。
 空船の周りには女天使やハイエルフが宙を舞い、瑠璃色の鳥が綺麗な鳴声を響かせる。
 誰もがこの庭園を見て美しいと思うだろう。
 今この場所は間違いなく世界でもっとも美しいに違いない。
 もっとも、知識と書物の女神トトナにとっては眩しすぎる場所であった。
 出来れば来たくないし、遠くから見るだけで済ませたかった。 
 しかし、姉である医と薬草の女神ファナケアがどうしてもと言うから来た。
 そして、思った通り後悔している最中である。

「トトナ! 何故! 貴方はそんな姿なのですか!? 薄汚い格好をして! 恥ずかしいとは思わないのですか!!」

 空船の甲板の上でトトナは対面に座る母フェリアから説教をされる。
 その怒声に側に控える女天使達が慌てだす。
 トトナの母フェリアは結婚と出産の女神と呼ばれ、このエリオスの女神達や女天使達の頂点に立つ存在だ。
 そのためか、このエリオスの女神達の中で一番豪華な衣装を着ている。
 その母から見たらトトナの格好は薄汚いといえるだろう。

「私はこの恰好を別に薄汚いとは思わない。だから、恥ずかしくない」
「何を言っているのですか! 周りを見なさい!!」

 怒った声でフェリアが周りを指す。
 そこにはエリオスに属する女神達と女天使達が集まっている。
 全員が美しい服を着ている。
 誰もトトナのように、暗い黒い服を着ていない。
 側から見れば、美しい鳥達の中に、場違いな鴉が迷い込んだように見えるに違いなかった。

「お母さん! トトナをあまり責めないで! また、引き籠ってしまうわ!」

 側にいるファナケアがトトナを庇う。
 その言葉でフェリアは言葉を詰まらせる。
 トトナはあまり外に出たがらない。
 それを今日は無理やり連れて来たのだ。また引きこもられると困るのである。

「はあ……。ファナがそう言うのなら、仕方がありません。トトナ。取りあえず私の衣装を渡します。着替えて来なさい」

 フェリアはやれやれと首を振る。

「いやだ……。着替えるくらいなら私は帰る」

 トトナは拒否する。
 天空の女神と呼ばれる母フェリアの衣装は蒼い空色を基本として派手である。
 そんな服を着たら目立ってしまう。
 だから、トトナは母の服を着たくなかった。

「トトナ!!」

 フェリアは席から立ち上がり再び怒鳴る。
 怒りでわなわなと振るえている。
 だけど、それでもトトナは言う事を聞くつもりはない。
 トトナはそっぽを向く。

「フェリ~。あんまり怒らないで~。綺麗な顔が台なしよ~」

 突然何者かがフェリアの後ろから現れると、その胸を後ろから鷲掴みにする。

「その声はイシュティ!? 何をするの!!」

 フェリアは突然現れた者に抗議をする。
 突然現れた者の名前は、愛と美の女神イシュティア。
 ルビーの髪に豊満な胸をした美しい女神である。
 そして、フェリアやレーナと同じく三美神の一柱でもあった。
 本来なら彼女こそが女神の頂点である天の女王を名乗るべきなのだが、面倒くさいのか、その地位を母に譲った経緯がある。

「あんまり、怒るべきではないわ。トトナちゃんにはその服でなければならない理由があるのよ。誰が何を言おうと着たい服を着たいと思う事は当然よ」

 イシュティアはそう言ってフェリアから離れると、自らの衣装をひらひらとさせる。
 フェリアの着ている衣装に比べて肌が露出している部分が多い。
 いや、むしろ半裸と言って良いだろう。
 それを見てフェリアは眉を顰める。
 フェリアとイシュティアは正反対の性格をしている。
 フェリアが夫である神王オーディス一筋なのに対して、イシュティアは複数の男性と関係を持っている。
 露出が多い衣装を好んで着ているのも、美しい物は隠すべきじゃないという考えだからだ。
 そして、その考え方の違いは信仰する人間にも影響を与えていたりする。

「イシュティ。そんな格好はあまり良くないわ。その事で他の娘達の不評を買っているわよ。それに、その首飾り。いい加減、ヘイボスに返すべきだわ」

 フェリアはイシュティアを見て言う。
 イシュティアは気に入った男性であれば、他の女神と恋仲であっても平気で誘う。
 そのため、女神達の多くから不評を買っている。
 女神達を統率する立場のフェリアとしては頭が痛いところであった。

「あら、そんな事は気にしないわ。ちゃんと繋ぎ止めないから悪いのよ。フェリみたいにね。それに首飾りもヘイボスが持っているよりも私が身に付けるべきだわ」

 その言葉にフェリアは溜息を吐く。
 イシュティアに言う事を聞かせるのは誰にも不可能であった。
 何しろ神王オーディスの言う事だって聞きはしない。
 フェリアとイシュティアはトトナ達の存在を忘れて言い争う。
 ファナケアは言い争いにどうして良いのかわからずおろおろとしだす。
 しかし、トトナにとって、これ以上叱られずにすんで助かっていた。

「はあ……。もう良いわ。イシュティ。何を言っても無駄だもの」
「わかってくれたかしら、フェリ」

 やがて、いつものようにフェリアの方が降参する。

「はあ、まったく貴方は……。それにしてもイシュティ。今日はどうしたの? 貴方がここに来るなんて珍しいわね」

 フェリアは不思議そうな顔をする。
 愛と美の女神イシュティアはトトナと同じように女神達の御茶会に出て来ない事が多い。
 それが今日は出てきている。何があったのかフェリアでなくとも気になるところである。

「理由はレーナちゃんに会うためよ。今日は来るのでしょう? あのレーナちゃんが好きな男が負けて引き籠るなんてね~。今日はどんな顔をして来るのか楽しみだわ」

 ふふふと意地悪そうにイシュティアは笑う。
 レーナは恋人である光の勇者が暗黒騎士に敗れて以来長期間引き籠っていた。
 それが、今日久しぶりに顔を見せるのである。
 実はその事で女神達の話題になっていた。
 レーナは若い女神達で一番美しいと言われている。
 トトナの兄であるトールズを初め、数多の男神から求婚を受けているが、全て袖にしている。
 そのレーナが恋をしたのだから話題にもなる。
 相手の光の勇者が何者なのか?
 レーナの事が好きな男神達は殺気だっている。
 もっとも、その光の勇者は暗黒騎士に負けてしまい、レーナはその事で心に傷を負って引き籠ってしまったのである。

「イシュティ。それは悪趣味だわ。レーナは落ち込んでいるのよ。慰めてあげるべきだわ」

 フェリアはイシュティを窘める。
 だけど、トトナもイシュティアと一緒の気持ちだ。

(あのレーナが落ち込むなんていい気味。ふふ、さすが私のクロキ)

 トトナは心の中でクロキを褒める。
 トトナはレーナの事があまり好きではない。
 レーナはフェリアの義理の娘だ。
 だから、トトナとレーナは義姉妹になる。
 世代もほぼ一緒だったためか、比べられて育って来た。
 美しく、賢く、強いレーナにトトナはいつも負けていた。
 誰もがレーナを可愛がり、トトナは忘れられていたのである。
 現に母フェリアも兄トールズもレーナばかり気にしていた。
 トトナを気に掛けてくれるのは姉のファナケアぐらいであった。
 言ってしまえばただの嫉妬である。
 しかし、この気持だけはトトナもどうする事もできなかった。
 そして、極めつけに嫌だったのが、トトナとレーナは好きになる物が似ている事だ。
 子供の頃、お気に入りの服が似ていたので、ますます比較の対象になってしまった。
 お陰でトトナはレーナが好きにならない物を好きになる努力をしなければならなかった。
 今は慣れたが、少し辛かった記憶がある。
 トトナが黒い服を着るのはそのためだ。
 さすがのレーナも黒い服を着たりはしない。
 これで比べられる事はなくなった。
 だけど、そんなレーナと男性の趣味までは似る事はなかった事にトトナはほっとしていた。
 光の勇者の姿を見た事があるが、トトナの好みではなかったのだ。
 どちらかといえば暗黒騎士であるクロキの方がトトナの好みなのである。
 実はトトナはクロキが本を読みに来てくれるのが密かな楽しみだったりする。
 だから、クロキが来る時はいつもよりオシャレをしていたりするのだ。
 そして、トトナがそんな事を考えている時だった。
 突然女神達が騒ぎ出す。
 トトナは何事かと思い、騒ぎのする方を見る。
 すると遠くから空船が近づいて来るのがわかる。
 その空船は白く壮麗でトトナはその空船に見覚えがあった。

「あら、どうやらレーナが来たようね」

 フェリアはその壮麗な空船を見て言う。
 レーナの空船はその美しさから有名で、誰もが知っている。
 当然トトナもレーナの空船を何度も見ていた。
 レーナの空船は真っ直ぐトトナ達の方へと近づいて来る。
 近くに来ると船の上にレーナとその配下である戦乙女達が立っているのがわかる。
 その姿を見た女神や女天使から感嘆の声が漏れる。

 知恵と勝利の女神アルレーナ。

 通称レーナと呼ばれる彼女の美しさは間違いなく天界で1、2を争う。
 白い服に金色の装飾品。
 光を反射して髪がキラキラと輝いている。
 その姿にトトナも思わず魅入ってしまう。
 悔しいけどトトナもレーナの美しさを認めざるを得ない。
 レーナは女神達の船の間を通り抜けるとトトナ達のいる空船へ横付けする。

「お久しぶりです。フェリア様。今まで顔を見せずに申し訳ありません」

 レーナはフェリアの船に乗り込むと優雅に挨拶をするとにこりと笑う。
 その笑顔はとても朗らかで、とても恋人が負けて引きこもっていたようには見えない。

「良いのですよ。レーナ。もう大丈夫なのですか? かなり落ち込んでいたと聞いていたのですが?」
「はい。大丈夫ですフェリア様。いつまでも引き籠ってはいられません」

 ちらりとレーナがトトナを見る。

(これだからレーナは嫌いだ。間違いなく引き籠ってばかりの私を嘲笑っている)

 トトナはレーナから目を反らし、ぷいと横に顔を向ける。

「久しぶりね。レーナちゃん。元気そうじゃない」
「これはイシュティア様。お久しぶりでございます」
「ふうん。ますます綺麗になったんじゃない? やはり愛を知ると女は変わるものね。貴方を綺麗にした光の勇者に興味が出てきたわ」

 そう言うとイシュティアはぺろりと舌なめずりする。

「やめなさい! イシュティ! 悪い癖だわ!!」

 フェリアが大声を出す。
 愛の女神であるイシュティアは気に入った男性を寝所へと連れ込む癖がある。
 それは他者の夫であっても変わらない。

「あら、良いじゃない。良い男は独占するものじゃないわ」

 当然イシュティアはフェリアの言葉を聞く様子はない。
 それはいつもの事であった。

「イシュティア様。レイジに手を出すのは、できればやめて欲しいのですが……」

 レーナは困った顔をする。

(さすがのレーナも恋人を取られるのは嫌なのだろうか?)

 トトナはレーナの表情を見るが、判断はできなかった。

「さすがの貴方も好きな男を取られるのは嫌みたいね。だったら、貴方の恋人を倒した暗黒騎士の方に会ってみようかしら?あっちも気になるしね」
「「それは絶対駄目!!」」

 なぜかトトナとレーナの声が重なる。
 トトナとレーナは怪訝な表情をして互いの顔を見る。
 急に大きな声を出したのでフェリアにイシュティアにファナケアは驚く。

「びっくりしたわ。どうしたの?貴方達?」

 イシュティアは驚いて聞く。

「大声を出したくなります! イシュティア様! 暗黒騎士はあの魔王モデスの配下です! エリオスの敵です! そのような者に興味を持つべきではありません!!」

 レーナは厳しい顔をして言う。
 そして、どこか慌てている。

(敵の男だからだろうか、イシュティア様を暗黒騎士に近づけたくないみたい。理由は違うかもしれないが、私も同じ気持ちだ……)

 トトナはクロキに他の女性をなるべく近づけたくない。
 その点はレーナと同じである。

「イシュティア様。暗黒騎士はレーナの恋人である光の勇者を傷つけた者。それに興味を持つのはレーナが可哀そう……」

 トトナは嘘を吐いてレーナに同調する。
 レーナは奇妙な視線をトトナに向けた。
 トトナとレーナの仲は良くない。
 だから、不思議に思ったのだろう。

「レーナとトトナの言う通りです。イシュティ。あのおぞましい魔王の配下に興味があるだなんて……」

 そう言うとフェリアの顔が変わる。
 その表情に見えるのは恐怖であった。
 フェリアは体を震わせる。
 フェリアはモデスを嫌い、怖れている。
 正確には、モデスの母親である破壊の女神ナルゴルを怖れているのだ。
 トトナが聞いた話ではフェリアはナルゴルが祖母である聖母神ミナを殺す所を隠れて見ていたらしい。
 ミナを殺すナルゴルの姿はとても怖ろしかったらしく、フェリアはそれ以来ナルゴル恐怖症になってしまった。
 そのため、ナルゴルの力を受け継いだ魔王モデスも怖れているのだ。
 フェリアはエリオス女神達の頂点に立つ存在なだけに影響力がある。
 フェリアが嫌えば女神達のほとんどはその者を嫌うだろう。
 それが、魔王モデスの追放劇に繋がってしまったのである。
 フェリアの体が震えて顔が青ざめている。
 その姿を見て周りにいる女天使達が慌てだす。

「ご、ごめんなさいフェリ。暗黒騎士には近づかないから。だから、落ち着きなさい」
「冗談でも言わないで。イシュティ。あの黒い兜で見えないけど、間違いなく醜悪な顔に決まっているわ。貴方もエリオスの女神なのだから、あんなのと付き合うべきではないわ。そうでしょうレーナにトトナ」

 フェリアはトトナ達を見て言う。

「はい、フェリア様。その通りです。イシュティア様は絶対に暗黒騎士に近づくべきではありません」

 レーナは微笑んで言う。
 トトナはその様子を見て首を傾げる。
 敵に近づかない事を安心したようにも見えるが、どこか違うような気がしたのだ。
 トトナは不思議な気持ちでレーナを見るのだった。






「お帰りなさいませ。レーナ様」

 レーナはフェリア達の元から帰って来ると戦乙女のデネボラが頭を下げる。

「ただいま。デネボラ。コウキの様子は?」
「それが、レーナ様がいない事に気が付いて泣きはじめまして」
「そう。それは大変だわ」

 レーナはコウキの元へと行く。
 コウキはレーナとクロキとの間に生まれた男の子だ。
 チユキから日本語を習ったレーナは生まれた子に光樹と名付けたのである。
 赤ん坊のコウキは部屋の中央の寝台でぐずり始めている。
 レーナはコウキを抱き上げる。
 抱き上げるとぐずるのをやめて安心したのかその胸で眠り出す。

「コウキは絶対に父親似ね」

 レーナは自身の胸ですやすやと眠るコウキを見る。
 父親であるクロキと同じように大きな胸が好きみたいであった。

「まったく、父親と同じように私を苦しめてくれる」

 レーナはコウキがお腹にいるために引き籠らなければならなかった。
 エリオスの女神が敵の子を孕んだと知られれば大変な事になるだろう。
 特にフェリアには秘密にしなければならない。
 だから、この事はレーナと戦乙女だけの秘密だ。
 レーナはコウキが大きくなれば最強の戦士になると疑っていない。
 そうなればレイジは不要になるだろう。
 レーナは愛しい気持ちで赤ん坊であるコウキを抱きしめる。

「ふふ、私の可愛い勇者。早く大きくなりなさい」


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

今日から「カクヨム」でロイヤリティプログラムが始まります。
PCで読まれている方は、出来れば「カクヨム」にも来て下さると嬉しく思います。

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コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    エリオスの女神達から修正報告を追加します。


    出来れば来たくなく、遠くから見るだけで済ませたかった。

    出来れば来たくないし、遠くから見るだけで済ませたかった。

    文法的には間違ってないのでスルーしてきましたが、よくよく考えたら意味合いとしては間違っていることに気づきました。
    通常、文章とは“文A”だから“文B”の順に書きますが、実は指摘した文は“B”、“B´”の形なんです。
    つまり、指摘の前の文、“~眩しすぎる場所であった”がここではAとなる文にあたります。
    BとB´を1つの文にするのであれば、終止形+並列“し”で接ぐのが自然です。
    “B”だし“B´”だ、の形はBとB´;を入れ換えても不自然にはなりません。

    3
  • ノベルバユーザー286789

    レーナ、クーナ、トトナ、リジェナ、シェンナはメイン、サブ問わずヒロイン確定。
    正直、シロネはもう何か、頑なに自分の内面と向き合おうとしないから、向き合わざるを得ない事件がないと、クロキのヒロインに昇格することはないと思う。
    それよりもキョウカが先にヒロイン枠に入りそうだよ。
    あと、どっかの賢者さんがヒロイン枠入りしそうな気がしてならないんですよね。

    6
  • 天魔波旬

    誤)知恵と勝利の女神アルレーナ。
    多分レーナの名前がアルフォスとごっちゃになってますよね?

    今度カクヨムも覗いてみます。

    1
  • とる

    レーナ&クーナ、トトナ。このヒロイン達が大好きです。頑張って貰いたい。

    正直シロネはざまぁでいいや

    4
  • 黒剣

    まさかどっちも同じ男を愛してるとは思わんよなー

    3
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