暗黒騎士物語

根崎タケル

嵐のあとで

「黒い嵐と共に悪魔の軍勢来たる
 率いるのは邪悪なる暗黒騎士
 光の勇者が挑むれど
 暗黒騎士に敗れ去る
 されど光の女神来たる
 光の女神の威光の前に暗黒騎士は敗れ去る
 かくて人の都は救われり」

 知恵と勝利の女神レーナの神殿の前で吟遊詩人が歌っている。
 その歌を参拝する者達が聞いている。
 黒い嵐事件の後から3日、女神レーナに感謝しようと連日大勢の人々が参拝に来ている。
 シズフェも事件が終わってから毎日のように神殿へと来ている。
 つい先ほど祈りを捧げたばかりであった。
 シズフェは待ち時間が長かった事を思い出す。

「シズフェ~」
「ケイナ姉」

 シズフェが振り向くと、通りの向こうからケイナがやって来る。

「また、来てたのかよ?」

 ケイナはシズフェを見て呆れた顔で言う。

「当たり前よケイナ姉。レーナ様には感謝してもしきれないわ」

 シズフェは当然のように言う。
 ケイナは1回参拝した後、来るのをやめた。
 もう少しレーナ様に感謝の気持ちを持つべきだとシズフェは思う。
 シズフェは黒い嵐事件の事を思い出す。
 黒い嵐と共に来た悪魔の軍勢。
 その軍勢を率いていたのは巨大な竜に乗った邪悪な暗黒騎士。
 その暗黒騎士はとんでもない強さだった。
 最強のデイモンロードに勝った光の勇者レイジですら敵わなかった。
 その光景は魔法の映像で多くの人々が見ていた。
 シズフェは城壁を見る。
 そこには巨大な穴が開いている。
 暗黒騎士はドワーフ製の強固な城壁を簡単に壊してしまった。
 改めて暗黒騎士の恐ろしさがわかる。
 その暗黒騎士は城壁を突き破る勢いでレイジを突き飛ばした。
 今でも神殿前の広場の石畳は大きく壊れている。
 そして、倒れたレイジに止めを刺そうと迫ったのである。
 勝ち誇った悪魔達はアリアディア共和国の空を覆う。
 悪魔達の勝ち誇る声にアリアディアの人達は絶望に打ちひしがれた。
 シズフェも、もう駄目だと思い、膝をついて泣きそうになってしまった。
 その時だった。女神レーナが天使様達を率いて降臨したのだ。
 突然現れた光り輝く美しい女神にアリアディア共和国の人々は目を奪われた。
 そして、女神レーナが現れるとその威光によって暗黒騎士は前屈みとなって苦しみだしたのである。
 シズフェは魔法の映像で見ていたが、それはとても感動的な光景だった。
 暗黒騎士は前屈みの状態で苦しみながら退散するしかなく、こうしてアリアディア共和国は救われたのである。
 その感動的な光景はシズフェ以外の人も同じように思ったらしく、壁画にして後世に残す事が決まった。
 壁画には女神の前で前屈みとなった暗黒騎士が描かれ、永遠にアリアディア共和国の人々に語り継がれる事になる。
 その壁画を見た人々は女神レーナの偉大さを思い知るだろう。

「まあ、確かにそうだな……。だけど、この人だかりを見ていると、さすがに何度もお祈りは無理だ
ぜ……」

 ケイナは人だかりを見てげんなりして言う。
 非常に人が多い。まるでお祭りのようであった。
 レーナ神殿は大きいにも関わらず中に入りきれず、その前の広場まで人でごった返している。
 シズフェも参拝するのに時間がかかってしまった。
 レーナの司祭であるレイリアも参拝する人の対応で忙しいようであった。

「じゃあ、せめてここからでもお礼をしようよケイナ姉」

 シズフェは本当はケイナも中に入ってレーナ様の像に祈るべきだと思う。
 しかし、我慢することが苦手なケイナに何時間も並ばせる事を強要までは出来なかった。

「まあ、それぐらいなら……」

 そう言って、ケイナは祈る。
 シズフェも同じよう祈る。

「偉大なる知恵と勝利の女神レーナ様。私達を救っていただきありがとうございます」







 城壁外に造られた仮設劇場に多くの人が集まっている。
 劇は女神レーナに捧げるために特別に講演している。
 悪魔達がこの国を襲った事件「黒い嵐」を収めた女神レーナを讃える声は大きい。
 舞台では扮装したシェンナが演じている。
 主演が戻り劇団ロバの耳は講演を行う事にした。
 舞台は予定通り「アルフェリア」。
 ちなみにこの劇には女神レーナが登場する事になっている。
 この物語の最後の方でアルフェリア姫が魔女に負けそうになった時にレーナが現れて姫を救うのである。
 この「アルフェリア」以外でもレーナが最後に出る劇は多い。
 もちろん、どれも混乱した状況を解決して物語を収束させるデウス・エクス・マキナとしてだ。
 アリアディア共和国を襲った「黒い嵐」事件も最後はレーナによって解決した。
 まさに、この物語のようにである。

「綺麗っすねチユキさん」

 チユキの隣で一緒に見ているナオがシェンナを見ながら言う。
 舞台の中央で舞うように演じているシェンナはとても綺麗であった。
 シェンナは行方不明になっている間、シロネの幼馴染の彼と共にリジェナの家にいた。
 待遇も悪くなかったらしい。
 むしろ彼女に優しかったそうだ。
 助けてくれて、またレイジを殺さなかった所からも、けっして悪い人間ではないはずだ。
 その彼が、なぜ魔王に従っているのかチユキは疑問であった。
 一説には一緒にいた白銀の魔女クーナが原因との事である。
 シロネが言うには何でも彼女はあの魔王の娘らしい。
 チユキはあの醜い魔王にあんな綺麗な娘がいたとは驚きだ。
 その白銀の魔女はリジェナが言うには彼女は暗黒騎士の彼と共にアリアディアを観光しに来たそうだ。
 しかし、チユキとしてはそれを言葉通りに捕らえる事はできない。
 彼女は間違いなく、グールや地下水路の魔物と関わっていた。
 何しろチユキ達に地下水路に来いと言ったのは彼女だ。
 彼女はほとんどナルゴルにいたみたいだが、自身がいなくても配下を使えば問題ない。
 ただ、白銀の魔女はシェンナが兄であるデキウスを助ける手伝いをしたとも聞いている。
 この2面性がチユキには気になるところであった。
 しかし、地下水路の奥にデイモンロードのウルバルドがいた以上は魔王がこの国に災厄をもたらそうとしていた事は間違いない。
 だから、シロネが言うように彼女が危険な存在なのは間違いなさそうであった。
 そのシロネはチユキ達と共に演劇を見ている。

「本当にそうね。ほらシロネさんも見なさい。とても綺麗よ」
「そうだね……。チユキさん」

 そのシロネは、返事とは反対に全く劇を見ていない。 心ここにあらずと言う感じだ。
 幼馴染が白銀の魔女をかばった事が許せないようであった。

「もうシロネさん。彼は白銀の魔女に操られているの。だから仕方がないわよ。そうよねリノさん?」

 チユキは一緒に演劇を見ているリノに同意を求める。

「うん、多分そうだと思う。レーナの精神魔法を受けて影響を受けたみたいだもの。たぶん強力な魅了の魔法をかけられていたのだと思う」

 リノはうんうんと頷いて言う。
 あの時レーナは精神魔法を解く魔法を使った事にリノは気付いた。
 精神の魔法には魅了や忘却等があるが、彼が何の精神魔法を使われていたのかはわからない。
 だけど普通に考えて魅了の魔法をかけられた可能性が高いとチユキは推測していた。
 魅了の魔法は術者が対象にとって魅力的であればあるほど効果が高くなる。
 白銀の魔女はレーナに匹敵する程の美女であった。
 あんな美女に魅了の魔法を使われたらイチコロだろう。

「そういう事よシロネさん。だけど希望はあるわ。完全に魅了にかかったら解けないらしいのだけど、レーナの魔法が効いたと言う事は完全に魔法にかかっていないって事よ。彼を取り戻すチャンスはあるわ」

 チユキはそう言ってシロネを勇気づける。

「うん、わかっているよチユキさん」

 シロネは力なく返事をする。

「ところで1つ気になったっすが、本当は魔法にかかっていなくて、白銀の魔女の色香に迷って騙されているだけって事はないっすか?」

 ナオがそう言うとシロネは項垂れる。
 確かにナオの言う事も可能性があるからだ。
 そもそも、操られていない可能性もある。
 普通に白銀の魔女の色香に迷ったという事もありえた。
 そして、これはカヤが言い出した事であった。
 そのカヤはキョウカと共に既に聖レナリア共和国に戻っている。
 何でもやり残した仕事があるらしかった。

「う~ん。確かにクロキって女の子にもてないから。あんな綺麗な子に言い寄られたら、ころっと騙される可能性は確かにあると思う。もし、クロキが魔法にかかったのではなくて、ただ色気にやられただけなら鉄拳制裁しないとね」

 シロネが握りこぶしを作って「ふふふ」と笑う。

「まあ……。お手柔らかにね」

 チユキは小さくシロネを止める。
 ちょっとシロネの顔が怖かった。

「それなんだけど、シロネさん。幼馴染の彼は顔も悪くないし、性格も優しいみたいだし、なんで女の子からもてないの?」

 リノは不思議そうに言う。
 確かにそれはチユキも気になっていた。
 シロネの幼馴染は普通に彼女がいてもおかしくない容姿をしている。

「ああ、クロキって綺麗な子だとうまく話せないみたいなのよね。まあ、理由はちょっと言えないけど……」
「えっ!? でもシロネさんやキョウカさんとはうまく話せていたみたいだけど」

 シロネは額を押さえながら言うとリノは首を傾げる。

「まあ、私は昔からの付き合いだからね。キョウカさんとはわからない。もしかしてあの子の影響かも……」

 シロネは目を伏せる。
 その様子は自身の知らない所で幼馴染が変わるのが嫌のようであった。
 
「大丈夫よシロネさん。彼は私達を助けてもくれたわ。レイジ君の時は操られていただけだわ。あの子の元から連れ戻せばきっと元どおりになる。でも今はそれよりも演劇を楽しみましょう」

 横で聞いていたチユキはシロネを慰めるように言う。
 舞台ではシェンナの演じるお姫様が魔女を倒す場面になっている。
 魔女役の女性は本来ならアイノエが演じるはずだった。
 しかし、アイノエはレッサーデイモンに連れられて逃げたそうだ。
 代わりに仮面をつけた代役が魔女役をしている。代役の割には中々の名演技だ。
 やがて劇が終わり、役者たちは舞台裏へと戻る。

「チユキ殿。ここにいると聞いて来ました」

 舞台が終わり帰ろうとすると突然声を掛けられる。
 やって来たのはデキウスである。

「デキウス卿。どうかされたのですか?」

 デキウスは「黒い嵐」事件の後始末に追われていたはずで、どうしたのだろうとチユキは思う。

「事件の後始末が1段落つきましたので報告に来た次第です。そういえばレイジ殿とキョウカ殿がいないようですが? 復興資金を出して下さった事に対してお礼を述べたいのですが……」

 デキウスはあたりを見ながら言う。
 請われたアリアディア共和国の復興資金の半分をレイジが負担した。
 実際はキョウカとカヤの資金だが、それをレイジの名で出しているのである。

「レイジ君はサホコさんと一緒に療養中よ。傷は問題ないけど魔力をほとんど失ったみたいなの。だから今安静にしているわ」

 レイジは療養中である。そしてサホコが一緒についている。
 命に別状はないが、戦いでほとんどの魔力を消費してしまった。
 膨大な魔力を持つレイジが魔力を使い切っても勝つ事ができなかった。
 改めて暗黒騎士である彼の強さをチユキは思いしらされる。
 そして、魔力が枯渇すると再生能力や耐性が下がるので、怪我が治りにくくなり病気になりやすくなる。
 別に体が傷ついているわけじゃないから治癒魔法では回復できない。
 魔力を回復する薬もあるが、レイジの膨大な魔力を回復させるだけの量はこの国にはない。
 そのため、今レイジは魔力を回復するための特殊な眠りについている。
 そのうち目を覚ますはずであった。

「そうですか。いないのでは仕方がありません。それでは、報告ですが、逃げ去った悪魔達は迷宮へと向かい、その地を占拠したようです」
「そうですか、迷宮を……」

 迷宮はかつて邪神ラヴュリュスが支配していた場所だ。
 デキウスの報告で今度は魔王が支配する地に代わったようであった。
 だけど、チユキとしては再び攻略する気は起きない。

「それから、被害ですが。運が良かったと言うべきかわかりませんが一般の市民で亡くなった者はいないようです。しかし、地下水路に入った自由戦士達の中には戻って来なかった者もいるようです」

 デキウスは沈痛な面持ちで言う。
 地下水路のネズミ人ラットマンの数が多く自由戦士達の多くの被害が出た。
 シェンナが笛を吹かなければもっと多くの自由戦士の被害が出ただろう。
 ネズミ人ラットマンに変えられた人達はサホコの魔法で人間へと戻ったので、今頃療養中のはずだ。
 ただし、全てのネズミ人ラットマンを元に戻せたのかどうかはわからない。
 耳が悪い者や足が悪い者がいたら地上へは誘い出せないからだ。
 また笛はシェンナが刀と共に暗黒騎士の彼に返してしまった。だから今、笛はこの国にはない。

「そして、アイノエ殿ですが、行方は全くわからないそうです。魔女狩人ウィッチハンター達が悔しがっていました」

 魔女狩人は人間でありながらデイモンや邪神と契約した者を狩る人達の事だ。
 オーディス教団の正式な捜査官ではないが黙認されている。
 その追求は厳しく、拷問もする。
 また、魔女を狩るためなら無関係な周囲の人を巻き添えにする事も躊躇わないらしいので、大変怖れられている。
 アイノエも見つかったら酷い拷問を受けるだろう。

「はあ、彼女の行方はもう良いわ。重要な事も知らないみたいだったし……。それに見つけても魔女狩人に引き渡す気にはなれないわね」

 チユキ達で彼女を気にしている者はいない。
 また、見つけても魔女狩人に引き渡す気にはなれない。
 拷問はさすがに可哀想であった。

「確かにそうですね。魔女狩人は少しやりすぎです。彼らは妹のシェンナまでも疑っていました」

 デキウスが少し怒った表情で言う。
 妹が魔女と疑われて嫌な思いをしたのだろう。
 シェンナはデイモンと契約を結んではいなかった。尋問でそれは明らかになったが魔女狩人は納得していない。
 だからチユキ達がシェンナを魔女ではないと保証したのである。
 魔女狩人も勇者が保証したので引き下がった。
 そうでなければシェンナを拷問していただろう。

「まあ、とにかく、こっちはもっと考えなくてはいけない事があるの。今はアイノエさんの事を考えている暇はないわ」

 チユキは首を振って答える。
 今は白銀の魔女の事を調べるのが先であった。
 
(さて彼女は今何を企んでいるのかしら?)

 チユキは白銀の髪の彼女の事を考えるのだった。







 幕が下りるとシェンナは舞台裏へと戻る。
 後ろには新しい劇団員であるエイラが付いて来ている。

「シェンナ! なんだい今の演技は! 私だったらもっとうまくやれたよ!!」

 2人きりになるとエイラが仮面を外してシェンナに文句を言う。

(全く顔が変わっても性格は変わらないみたいね)

 シェンナは苦笑いを浮かべるとエイラを見る。
 エイラの顔は本当の顔ではない。魔法で顔を変えている。
 だから仮面を被る必要はない。
 しかし、魔力が高い者が見たらそれが魔法で顔を変えている事に気付くだろう。
 彼女の正体に気付かれたら魔女狩人ウィッチハンターが来てしまう。
 だから、仮面を被って演劇をしているのだ。
 シェンナは魔女狩人に尋問を受けた時の事を思い出す。
 シェンナはデイモンと契約したのではないかと疑われたのだ。
 もちろん、それは違う。
 シェンナが力を貰ったのはクーナであり、クーナはデイモンではなく、もっと上位の存在だ。
 だから、デイモンとは契約をしていないのである。
 そのためオーディスの司祭の嘘感知に引っかからなかったのである。 
 それでも。兄デキウスや勇者達がいなければ拷問をされていたかもしれない。
 危ない所であった。
 刀や笛はリジェナを通じて魔女狩人に尋問される前に返している。
 もし、持っていたら没収されていただろう。

「はいはい、ご指導ありがとうございます。アイノ……エイラ」

 思わずシェンナは彼女の本当の名で呼びそうになる。
 アイノエという女性はもういない。
 代わりにエイラという女性が生まれた。
 何故、彼女がここにいるかと言えば、シェンナがクロキに頼んだからだ。
 この劇団に彼女の代わりになる人はいない。
 だから、アイノエにはエイラとなって戻って来てもらったのだ。
 この事を知っているのは団長のミダスとシェンナだけである。
 ミダスは演劇が続けられるなら魔女かどうかはあまり問わない。
 アイノエももちろん戻る事を了承した。
 そもそも、アイノエが演劇を捨てられるはずがない。
 レッサーデイモンに頼めばもっと楽な方法で栄達できたはずなのだ。
 しかし、アイノエはそうはしなかった。
 アイノエは彼女なりに演劇を愛していたのである。
 だから、シェンナの提案に飛びついた。
 こうして、アイノエは再び舞台に立っている。
 もちろんシェンナは主役を譲るつもりはない。

「また、喧嘩をしているのですか?」

 突然シェンナ達のいる場所に誰かが入って来る。

「リジェナさん!!」
「リジェナ様!!」

 入って来た人物を見てシェンナとアイノエは言い争うのをやめる。
 リジェナは新たな劇団の後援者となった。
 だから、その花形女優であるシェンナ達の所に来てもおかしくない。

「喧嘩はやめてくださいね。貴方達の事は旦那様から頼まれているのですから」

 リジェナは困った顔をする。

「嫌ですよリジェナ様。別に喧嘩なんて……」

 エイラは愛想笑いを浮かべる。

「エイラさん。シェンナさんは旦那様が後援をしている方です。もし危害を加えるようならそれ相応の覚悟をして下さいね」

 リジェナは笑う。だけど、その目は笑ってはいなかった。
 アイノエの顔が恐怖に染まる。
 そりゃ怖いだろうとシェンナは思う。
 リジェナはアリアディアを恐怖に陥れた暗黒騎士の使徒だ。
 わずかだけど、同じ力を使う事ができる。
 その気になれば優秀な人間の戦士数十人を相手にしても勝つことができるのである。
 そして、リジェナにとってクロキの意志は絶対だ。アイノエがシェンナに危害を加えようとすれば演劇を続ける所ではなくなる。
 だから、命を狙うような真似はもうしない。
 光の勇者とも繋がりのあるリジェナの後援のおかげで魔女狩人もシェンナ達を捜査できなくなっていた。
 おかげでシェンナ達は助かっているのだ。

「あの、リジェナ様。できればそれくらいで」

 リジェナの後ろから突然何者かが出てくる。
 黒い山羊の頭を持つレッサーデイモンのゼアルである。
 舞台裏で姿を隠していたのだ。

「貴方もですよゼアルさん。貴方は旦那様のおかげでナルゴルに戻る事が許されたのです。旦那様の意思に背くような事はしてはいけませんよ」
「はい、わかっております。閣下には感謝しきれません」

 リジェナが言うとゼアルは頭を下げる。
 ゼアルは現在、迷宮勤めになっている。
 ここに来ているのはアイノエの様子を見るためだ。
 シェンナは少し前にゼアルとアイノエのなれ初めを聞いていた。
 心ならずも魔王を裏切ってしまったゼアルはナルゴルに帰る事ができず人間に化けて飲んだくれていた。
 そんな時に同じように酒場で鬱屈した気持ちで踊っていたアイノエに出会った。
 ゼアルはそんなアイノエを見て何か感じる物があったらしく、彼女に助力を申し出たのである。
 以来アイノエとゼアルは共にある。
 シェンナはそんなアイノエが少しだけ羨ましかった。

(それにしても、今回の事で悪魔に対する見方が変わっちゃったわ……)

 悪魔は悪しき存在。
 それが、これまでのシェンナの認識だった。
 その認識は普通の事であり、この国の人達は暗黒騎士であるあの方の事を怖ろしい存在だと思っている。
 しかし、シェンナが踊りを披露している時の暗黒騎士のスケベな顔を見ていると、そんなに怖ろしい存在だとは思えなかった。
 本人は気付かれていないと思っているみたいだけどバレバレである。
 もちろん、この事は法の騎士である兄デキウスには言えない。
 法の神であるオーディス様やフェリア様と違い、愛の神であるイシュティア様の教義は何事にも縛られずに自由に愛せよと言う。

(だから、暗黒騎士であっても愛して良いはずよね。あの方はナルゴルの魔王の元に戻ったらしいけど、今頃何をしているかしら?)

 シェンナはナルゴルに戻った暗黒騎士の事に思いを馳せるのだった。







 いと暗き地ナルゴルの中心にある魔王宮の謁見の間でウルバルドはひれ伏す。

「ウルバルド卿。卿を迷宮の管理者とする」

 魔王陛下の命令が下される。
 迷宮は魔王城からかなり離れた所にある邪神が支配していた場所である。
 栄光ある魔王陛下の側近であったウルバルドには左遷と同じ意味である。
 しかし、受けざるを得なかった。

「はい。謹んでお受けいたします」

 ウルバルドはさらに顔を伏せる。
 この場にいるミュレナスとジヴリュスが冷たい瞳で見ているのがわかる。
 悔しいがウルバルドは我慢するしかない。
 これでも温情ある措置だ。
 温情のある措置は罪を軽くしてくれるように言ってくれた者がいたからだ。
 ウルバルドはその者の事を考えると魔王宮から遠い迷宮に行くしかない。

(まさか閣下があれほど強いとは思わなかった……)

 ウルバルドは魔王陛下の隣にいる魔妃モーナを見る。
 モーナは涼しい顔をしている。
 命令を果たす事はもはや無理だろう。

(閣下は強すぎる。敵に回すべきではない。モーナ様も諦めるべきだ)

 ウルバルドは謹慎中のランフェルドの言葉を思い出す。
 彼もまた敵わないと言っていた。
 そのウルバルドとランフェルドが共に敵わない相手は領地でゆっくりするらしい。
 特に褒美をもらいたいとは思っていないようで、無欲な者なのだ。
 その大人しい竜を怒らせるべきではないとウルバルドは改めて思うのだった。






 クロキは魔王宮の一室でゆったりと椅子に腰かける。
 ダークドワーフが作った金糸や銀糸をふんだんにつかった椅子は座り心地が良い。
 部屋は特別な相手に待機してもらうために作られたもので、その場にある家具はどれも一級品のようであった。

「助かりましたぞクロキ殿。卿のおかげでランフェルド卿は助かりました」

 謁見の間から戻ったモデスはクロキの対面に座りお礼を言う。
 勝手な事をしたランフェルドは謹慎中である。
 甘い処罰かもしれないがランフェルドに代わる者はいない。
 これ以上の処罰はできないのである。

「いえ、構いません陛下。ランフェルド卿はナルゴルに必要な存在です。それよりも今は邪神達の事が気になるのですが……」

 今、魔王宮のこの部屋にはクロキとモデスしかいない。
 一応クロキは魔王に仕えている事になっているので、本来なら跪かなくてはいけない。
 しかし、誰もいない場所ではそんな事をする必要もない。
 下々の者達には見せられない光景であった。

「なるほどディアドナ達の事ですな」

 モデスの言葉に頷く。
 蛇の女王ディアドナはモデスやエリオスの神々と敵対する第3勢力だ。
 そして、影で何かしようとしている事をクロキはウルバルドの情報から知った。

「そうです。彼女が何を企んでいるか気になります」
「その事については調査中です。クロキ殿にばかり働かせるわけにはいきませんからな。調査は他の者に任せてくだされ」

 ディアドナはナルゴルとは正反対の西大陸に勢力を築いている。
 モデスはそこに配下を送り込む予定でいる。

「そうですか。それではお言葉に甘えて休むことにします」

 クロキはそう言って立ち上がる。

(特に何もなければ良いのだけど)

 クロキはザンドの事を思い出す。
 不気味な相手であった。
 もし何か良からぬことをするのならクロキは動く予定である。
 それまでは休むつもりだ。 

「ところでクロキ殿」

 部屋から去ろうとするとクロキはモデスから呼び止められる。

「どうしたのですか陛下?」
「レーナと何かあったのですか?」
「うっ!!」

 レーナの名前を聞いたクロキは瞬間前屈みになる。

(あう! その名を出さないで! ロクス王国での事を思い出しちゃったじゃないか!!)

 クロキはレーナとロクス王国での事を思い出す。
 あの時レーナは時間の魔法を使い。
 クロキ達の周囲だけ時間を引き延ばした。
 だいたい2週間は一緒に過ごした事になる。
 そして最後は互いに気力を失って倒れたのであった。

(本当に何であんなすごい事を忘れてたんだよ?)

 クロキはあの時の情景が今では完全に脳内に焼き付いて消えてくれない状況であった。
 何とか記憶の奥に追いやって思い出さないようにしているが。ふとした事でレーナのナイスバディを思い出してしまう。
 そうなると中々収まってくれないのである。

「どうしたのです? やはり何かあったのですかな?」
「いや大丈夫です。レーナとは特に何でもないですよ陛下」

 本当は何かあったのだが、一応レーナはモデスの敵である。
 本当の事を言うわけにはいかない。

「何だか辛そうに見えますが?」

 クロキの様子を見たモデスが心配する。

「いや、何もないです。問題ないです。それでは、これで……」

 クロキは情けない格好で部屋を出るのだった。






 クーナは自身の城となったお菓子の城の玉座に座る。
 クーナの体に合わせて飴細工の玉座は小さくなっている。
 綿飴が詰められた座布団があるので座り心地は悪くない。
 今、この城にクロキはいない。
 魔王の宮殿に呼ばれているからだ。

「新しい体はどうだザンド?」

 クーナは目の前の道化に問う。

「ありがとうございますクーナ様ぁ。木偶である僕には木偶人形の体がお似合いですぅ」

 ザンドは踊る。
 シェンナの踊りに比べると滑稽な踊りだ。
 しかし、クーナはこの道化らしい踊りだと思う。
 クーナはザンドに木偶人形の体を与えて行動できるようにしてやったのである。
 手駒が少ないので役に立ってもらうつもりだ。
 道化の仮面を被せているのは正体を隠すのと同時に、気持ち悪い顔も見なくて済むからである。

「クロキとクーナのためにも役に立ってもらうぞ。クロキの敵を打ち滅ぼすのだ」

 クーナはクロキの事を考える。

(クロキは少し優しすぎる。自身の命を狙った者も平気で許す。だからこそクーナが残酷になってやるぞ)

 クーナは手にある指輪を触る。
 この指輪はクロキとの絆であると同時にクーナを縛る物だ。
 だからこそ、代わりに動く者が必要である。

「はい、クーナ様ぁ」
「さしあたり勇者共を見張るのだ。気付かれるなよザンド。わかったな」
「はい~」

 そう言ってザンドは消える。
 結界を気付かれずに出入りできるザンドは諜報にこそ役立つ。

「さて、そろそろクロキが戻る。出迎えねばならないだろう」

 道化が去りクーナは衣裳部屋へと足を運ぶ。
 クーナはシェンナからクロキを喜ばせるために色々と教わった。
 今夜の事を考えると下腹部が熱くなる。

「クロキはクーナの物だ。誰にも渡さないぞ。もちろん、あの時に現れた知恵と勝利の女神レーナにもだ」

 クーナはアリアディア共和国であった女神の事を考える。

「それにしてもあの女神は何者だ? なぜクーナと同じなのだ?」







 レーナはエリオスに戻る。
 天界であるエリオスは常に明るい。
 外を見ると虹の橋の上を多くの天使達が飛んでいる。

「レーナ様。あまり無茶はされない方が……」

 レーナが寝室で休んでいると、ニーアが側に来て心配する。
 ニーアはレーナが妊娠している事を知っている。
 もっとも、この子の父親が誰なのかまでは知らない。
 確かにニーアの言う通り妊娠しているので安静にしなければならないだろう。
 しかし、レーナは動かざるを得なかったのである。

「わかっていますニーア。今度こそ安静にします」
「絶対ですよレーナ様。それでは私はこれで、何かあったら側の者を呼んでください」

 そう言うとニーアは部屋から出て行く。

「さて、今度こそ安静にしないといけないわね。それに部屋から出ない口実も作らないといけないわ」

 レーナはお腹を触る。
 妊娠している事を知っている者は限られた口の堅い者だけだ。それ以外の者には秘密である。
 ばれたら兄であるアルフォスやトールズあたりが騒ぐだろう。
 それは避けたかった。
 これからさらにお腹が大きくなるので部屋から出る事が不可能になる。
 もし、大きくなったお腹を見られたら妊娠している事がばれてしまう。
 よって、部屋から出ない理由を考える必要があった。
 さしあたり、お気に入りと勘違いされているレイジが敗れた事に心を痛めて部屋に閉じこもっている事にしようとレーナは考える。

「まったく、何で私がこんな面倒くさい事をしなければいけないのかしら。この埋め合わせはしてもらうわよクロキ……」

 レーナはあの時のクロキの様子を思い出して笑みを浮かべるのだった。





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

これで第5章は終わりです。
金曜に投稿しようと思ったら、仕事疲れで寝てしまいました。

シズフェ達の外伝はどうしようか迷います。
今の所はそのまま第6章に入る予定です。
ちなみに今日と明日は更新しません。

そして、今後の予定ですが、とりあえずマグネット、ノベルバ、カクヨムで投稿を続ける事になると思います。
正直に言いますと多重投稿はあまり好きではありません。
しかし、それぞれのサイトに良い所があります。

・マグネット
 良い点:表紙と挿絵が可能なので様々な表現が可能。また投げ銭で利益が得られる。
     3サイトの中で一番編集がしやすい。
 悪い点:広告収入がないので、投げ銭を受けられなければ書き手に利益がない。
     人が少ない……(´;ω;`)ウゥゥ

ノベルバ
 良い点:表紙があり、読みやすいかんじがするので3サイトの中で一番読者向き。
     アプリで読んでいただくと作者に利益がある。
 悪い点:挿絵がなく、3サイトで一番編集がしにくい。
     執筆する環境はシンプルだけど、機能が少なく物足りないので、拠点には使えない。
     PCだと広告収入がなく、また投げ銭はないので書き手の利益が一番少なくなりそう。

カクヨム
 良い点:人が多い。また投げ銭と広告収入があるので、書き手に一番利益がありそう。
 悪い点:表紙と挿絵がない。折角絵を描こうと思っているのに……。
     ノベルバに比べて読みにくい。
     ロイヤリティプログラムはまだ未知数。

それぞれの良い点を兼ね備えたサイトが欲しいと思います。
個人的な要望ですが、ロイヤリティプログラムがどんな感じになるのか調べたいので、しばらく間だけでもカクヨムに来ていただけると嬉しいです。

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コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    嵐のあとで、より修正報告その9です。


    そのシロネはチユキ達と共に演劇を見ている。

    この文の削除を推奨します。
    理由は、指摘文の次のチユキのセリフで劇を見るよう促すという、指摘文と真逆のことを言っているからです。
    また、シロネがチユキと一緒にいることは、セリフで事足りています。
    あとは、セリフの次の文の頭に“その”を付ければ問題ないと思われます。

    シロネは返事とは反対は全く劇を見ていない。

    そのシロネは、返事とは反対に全く劇を見ていない。

    助詞が間違っています。
    反対“は”→反対“に”へ。
    また、上の指摘に連なる文でもあるので、文頭に“その”を。

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  • 眠気覚ましが足りない

    嵐のあとでより修正報告その8を。


    ネズミ人に変わった人はサホコの魔法で人へと戻った。

    ネズミ人に変えられた人達はサホコの魔法で人間へと戻った。

    修正点は二つ。
    一つ目は“変わった人”を“変えられた人達”に。
    このラットマン達が自らの意思で魔物になったのであれば、そのままで問題有りません。それと、複数人のはずなので“人達”に。
    二つ目は文章後半の“人”を“人間”に。
    もちろん、人間以外も変わっているのであれば、広義の意味である“人”のままで良いかと。

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  • 根崎タケル

    更新はしてないですが、
    眠気覚ましが足りない様、誤字報告ありがとうございます。
    外伝についてはブレてます。
    本当は本編に乗せたいのですが、移転作業が進まないので別にするだけだったりします。

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  • 眠気覚ましが足りない

    嵐のあとでより修正報告その7を。

    「助かったぞクロキ殿。卿のおかげでランフェルド卿は助かった」

    「助かりましたぞクロキ殿。卿のおかげでランフェルド卿は助かりました」

    「レーナと何かあったのか?」

    「レーナと何かあったのですか?」

    ですます調への揃え忘れです。

    なんだか丁寧になったことで、モデス側はクロキを信用してないような感じになりましたね。
    なろう時代では気の知れた友人の様に話していましたが。
    面白いものです。


    ところで、外伝は独立して別にする、と移転を決断された際におっしゃってませんでした?

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  • ナットです。タイにいます。

    There really is the last chapter!
    Yup, I thought my memories’s wrong but it’s actually not.

    The way hero’s party keep misunderstanding things is being kept as always. However, you can see that doubts start to emerge here and there. That’s enough progress for now. The time when the oblivion is cleared away would be when something with big impact is being introduced to them. (and maybe, to us too) That would be interesting to look forward to.

    Then again, thank for the chapter and I’m looking forward to the next one. But now there’re only 2 days to rest. Is that really enough?

    BTW, the online illustration courses I found on the internet are quite good, Eng subtitle included. And they’re very cheap when on sale. It’s udemy.com if you may be interested. Looks through those course and you may find one that can help you improve drawing skill. I’m not recommend though, ‘cause it will slow down the rate of new chapter being released.

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