暗黒騎士物語

根崎タケル

コルネス邸

 ここは天国だなと男は思う。
 何しろ美味しい食べ物が豊富にある。
 男は生まれ育った西の砂漠とは大違いであった。
 ここに呼んでくれた長に感謝する。
 男は屋敷の中を歩く。
 目を隠した子供達が楽しそうに回っている。
 男はそれを見て嬉しくなる。
 男は子供が大好きなのだ。見ているだけでも幸せな気分になる。
 子供達は夜に出歩いていたのを砂男ザンドマンが連れて来たのである。
 砂男ザンドマンは男が仕える死の神の息子である眠りの神の信徒となった者だ。
 砂男ザンドマンは『砂』と呼ばれる粉薬を街にばらまき人間達に楽しい夢を見せる。
 だが、『砂』を使い続ければやがて眠りから覚めなくなり、夢の国の住人となる。
 そして、やがて眠りの神の眷属となるのである。
 なんとも愉快な話だろう。
 男は楽しくなり、お腹一杯になってしまう。
 子供達が全員目隠しをしているのは目を開ける必要がないからだ。
 男は楽しく遊ぶ子供を楽しく見つめる。
 子供達が楽しく遊んでいるからだろうか、光る蝶が現れて楽しく一緒に回っている。

「おや?」

 男はそこで気付く。
 1人の少女が子供達の輪から離れて歩いている。
 白銀の髪の綺麗な少女だ。
 だけど、その子は目を隠していない。

「待ちなよ」

 男はその子を引き留める。
 少女が振り返る。

「何だ?」

 白銀の髪の少女はとても不機嫌そうに答える。

「何故目を開けているんだい? 悪い子だね。君も目を瞑らないといけないよ。さあ、みんなと楽しい夢を見よう」

 男は楽しく回っている子供達を指して言う。

「クーナが楽しい夢を見る時はクロキと一緒にいる時だけだぞ。ここで眠る事はない」

 少女の言葉を聞き男は疑問に思う。

(おかしい。連れて来た子供の中に銀髪の子供なぞいなかったはずだ)

 そこで男は大変な事に気付く。

「侵入者だ! 皆来てくれ!!」
「どうした!!」

 男が叫ぶと、仲間達が集まってくる。

「ふん! お前達に構っている暇はない。クーナは先に行く」

 光る蝶が少女の周りに集まって行く。
 そして全身を覆うと少女は姿を消してしまう。
 まるで少女は幻だったかのようだ。
 しかし、もし違うなら大変な事であった。

「大変だ! みんな侵入者を探すんだ!!」







 ザンドは地下の祭壇に巨大な像を見る。
 像は蝙蝠と蜘蛛を掛け合わせたもので、奇怪なものだ。
 暗い地下祭壇は死を司る神であるザンドの父を祀るためのものである。
 ザンドは肉体が崩壊する前の父の姿を久しぶりに見たような気がする。
 そして、振り返ると目の前に平伏している者を見る。
 醜い者だ。しかし、使える者でもある。

(確か今の名前はコルネスだったかな?)

 ザンドが知る限り、コルネスは人間の中でもかなり位の高い者らしい。
 もっとも人間の位なんか神族であるザンドにはどうでも良い。
 このコルネスの正体はアトラナクアも知らない。
 何故ならアトラナクアとザンドはあまり仲が良くなかったからだ。
 だから、ザンドは彼の事を教えなかったのである。

「なかなか立派な祭壇だね。儲かっているようじゃないか?」
「はい、全てはザンド様の力でございます。砂漠の民である我らをこの地へと導いていただいた事を感謝いたします」

 コルネスがザンドに再び頭を下げる。

「ところでザンド様。今日はどのような御用件でしょうか?」
「ああ、この近所でちょっと手に入れたい子がいてね。様子を見に来たのさ」
「そうでございますか。眠りの神に愛されるとは幸運な娘ですな。きっと良い夢を見る事ができるでしょう」
「君の言う通りだよ。ふふふ、僕に愛されるのだから幸運というべきだねえ」

 ザンドは眠りの神。夢の国の案内者だ。
 楽しい夢を見せるのがザンドの魅力だ。
 白銀の髪の女神もきっと喜ぶだろう。
 そして、ザンドの女神は暗黒騎士が根城にしている邸宅にいる。
 問題はどうやって女神を手に入れるかであった。
 暗黒騎士ほどではないにしても白銀の女神はかなり強く、小神のザンドでは正面から戦ったら勝てないだろう。

(隙をつくしかない。何か良い手はないかな?)

 ザンドは頭を悩ませる。
 今までザンドは弱い奴しか相手にしてこなかった。なるべく自分自身は安全な場所に身を置いていた。
 だけど、あの白銀の女神の首は欲しい。
 あの女神の首を斬り落したい。
 ザンドがこんな気持ちになるのは初めてであった。
 ザンドは恋をしてしまったのかもしれない。
 あの女神がこの地にいる時が絶好の機会であった。
 そんな事を考えている時だった。
 コルネスの部下がこの祭壇のある部屋へと入って来る。
 部下はコルネスに近づくと耳打ちする。

「そんな馬鹿な?! 見間違いではないのか?!!」

 コルネスが大声を出す。

「どうしたのだい?」
「ザンド様。部下が言うには、どうやら侵入者がいたようなのです。そのような事はありえないと思うのですが少し見て参ります」

 そう言ってコルネスが頭を下げて立ち去る。
 コルネスが去った後で考える。

(侵入者だって? そんな馬鹿な? この邸宅には結界を張っている。誰にも気付かれずに入るのは不可能なはずだ)

 ザンドは不思議に思う。
 悩んでいると目の前を光る蝶が横切る。

(まただ。この蝶を見るのは2度目だ。まて、この地下には虫一匹だって勝手に入れないはず。何故ここに?) 

 ザンドが良く見ると部屋中に沢山の白く光る蝶が飛んでいる。

「何故だ!? 一体どうやってこんなに!?」 

 ザンドは周囲を見る。
 そして、後ろを見た時だった。
 そこには大鎌を構えた白銀の髪の女神が立っていた。






 アリアディア共和国はキシュ河の河口を中心に扇型に広がる国だ。
 城壁の数は3つあり、その第2の城壁の西側にカピリノ地区がある。
 このカピリノ地区は少し丘になった所にあって日当たりが良い。
 そのため高所得者がこの地区にこぞって邸宅を持つようになった。
 このカピリノ地区にチユキとレイジとナオとリノ、そしてデキウスがいる。
 ちなみにシロネとサホコはいない。アイノエを見張るために留守番をしている。

「あれが、コルネス邸なのかしら? かなり大きな屋敷ね」

 チユキは少し離れた所からコルネスの屋敷を見て言う。この地区の不動産は高いのにも関わらず元老院議員コルネスの邸宅はかなり大きい。
 そのコルネス邸の中には武器を持った人が多くいる。
 元老院議員等が護衛用の私兵を持つことは珍しい事ではないが、少し数が多すぎるような気がする。

(このように物々しいのでは市民が陳情に行きにくいわね)

 チユキは眉を顰める。
 元老院議員は他国においては貴族に相当する。
 貴族の家はなるべく市民に対して開かれているのが普通だ。そして陳情に来た市民の意見を社会に反映させたりする。
 しかし、コルネス邸は固く門を閉ざしている。
 そういう所がコルネスという議員の評判を悪くさせているのかもしれない。
 そして、それ以上にコルネス邸には気になる所がある。
 彼の屋敷には強力な魔法の結界が張られているのだ。
 やはり何かやましい事をしているのではないだろうかとチユキは思う。

「その通りですチユキ殿。コルネス殿はどうやってあれほどの邸宅を手に入れたのか謎なのです」

 チユキの問いデキウスが答える。

「謎? どう言う事っすか?」

 ナオがデキウスに尋ねる。

「コルネス家はアリアディアの名家なのですが、それは昔の話です。コルネス殿は3年前まで借金で没落寸前でした。それが急に羽振りが良くなったのです」
「急に羽振りが良くなった? 怪しいな」

 レイジが険しい顔をする。

「はい。何でも『砂』の販売で儲けたのではないかと言われています」
「砂? 何それ~」

 リノの言う通りだ。砂を売って儲けるなんて意味がわからない。

「『砂』というのは粉薬の事です。砂みたいにさらさらしている所からそう呼ばれています」

 デキウスが説明してくれる。

「『砂』ねえ。それ何の薬なの?デキウス卿?」
「睡眠薬です、チユキ殿。その薬を使うと良い夢を見る事ができるそうです」

 その説明を聞いてチユキ達は眉を顰める。

「何だかあからさまに怪しいっすね……」
「そうだねナオちゃん」

 ナオとリノの言う通り怪しすぎる。明らかに怪しすぎる。その『砂』というのは麻薬なのではないだろうか?

「デキウス卿。その『砂』は人間の体に害はないの?」
「はい。私も気になったので『砂』を手に入れてファナケアの司祭殿に調べてもらいましたが、強力な魔法の薬だと言う事しかわかりませんでした。ただ『砂』を使った者の中には目を覚まさなくなった者もいるそうです」
「明らかに危険じゃない! 何で取締りをしないの?!」

 私は思わず叫びそうになる。

「『砂』が主に出回っているのは外街です。使っているのも主に非市民ばかりなのです。市民も使っているみたいですが、被害はまだ報告されていません。市民に被害がないのでは元老院も動かないのです」

 デキウスは首を振って答える。

(この国の重鎮は市民じゃないならどうでも良いのだろうか?)

 チユキはそのデキウスの言葉を聞いて頭が痛くなる。

「で、その『砂』を供給しているのがコルネスって事なのか?」
「はい、勇者殿。どうもそのようなのです。『砂』の売人である『砂男』がコルネス邸に出入りしているらしいので……」

 デキウスが『砂男』を説明する。
 袋を担いで『砂』を売る男の事を。しかも、その『砂男』には子供の拉致の疑いもあるそうだ。
 最近では夜に早く眠らないと『砂男』がやってくるぞという噂まであるそうだ。
 その『砂男』がコルネス邸に出入りしている。
 証拠は出そろっているのに市民に被害もなく、相手が元老院議員なので何もできない。
 デキウスも歯がゆいのかもしれない。
 それにしても『砂』に『砂男』。それも確認した方が良いかもしれない。

「チユキさん。何かコルネス邸が騒がしいみたいっすよ」

 ナオの言う通りだった。
 コルネス邸から叫び声が聞こえる。

「行くしかないな」

 レイジが歩を進める。

「そうね、レイジ君。デキウス卿、強制捜査ではなく任意捜査ならできるのでしょう? コルネス議員に任意に話を聞くぐらいなら良いわよね?」
「はい、チユキ殿。強制でなければ問題はありません」

 デキウスは頷く。
 そして、チユキ達はコルネス邸へと向かう。






「痛い……。痛いよ……。クーナ様。お願いもうやめて……」

 クーナが踏みつけている醜い六目のネズミが呻く。
 だが、今は鼠ではなく蛆虫だろう。何しろ、手足を全て斬り落してやったのだから。
 蛆虫が何かを言っているがクーナは踏むのを止めるつもりはない。
 この蛆虫は神族の端くれらしいが、後ろから不意を突くと簡単に倒す事ができた。
 もっとも、クロキではないのだから不意打ちをすれば簡単に倒す事が出来てあたりまえだろう。

「キーキーと五月蠅い。少し黙れ」

 クーナは足に力を入れて踏みつける。
 蛆虫がさらに喚く。本当に耳障りであった。

(こいつだけではない。ウルバルドの奴にも痛い目に合わせてやらねば気が済まないぞ)

 クーナは目の前の蛆虫のような奴から聞いた事を思い出す。
 そして、ウルバルドと共に謀をしている事を知ったのである。

「全て話したでしょ! だから許して!!」

 蛆虫はさらに泣く。

「確かに踏むのにも飽きたな。これぐらいで踏むのはやめにしてやるぞ」

 クーナがそう言うと蛆虫は卑屈な笑みを浮かべる。

「へへ、ありがとうございますクーナ様」
「では、首を斬らせてもらうぞ」

 クーナは大鎌を振り上げる。

「何で!? 僕を許してくれるんじゃ!!」
「うん? 別に許してやるとは言っていないぞ。お前はこれからこうなる。喜ぶのだな」

 そう言ってクーナは空間から干し首を取り出す。
 かつてオーガだった者達の干し首である。この干し首は生きていてクーナに様々な事を教えてくれる。
 これは魔王城の西に住む沼地の大魔女から教わった秘術だ。

(この蛆虫も同じにしてやろう)

 クーナは神族の首を手に入れるのは初めてなので少し楽しみであった。

「ひいい! 干し首! 首だけにされて喜べるわけないじゃないか! 何でそんな酷い事ができるんだよ!!」

 蛆虫が泣き叫ぶ。
 もちろん、聞く耳を持つクーナではない。

「ふんクーナの役に立てるのだから感謝すべきだぞ。お前は。さあもう良いだろう」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 クーナは大鎌を振り下すと蛆虫が断末魔の悲鳴をあげる。

「さて、次は勇者共か」

 静かになった蛆虫を踏みながらクーナは顔を上げるのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

更新です。
そしてお知らせです。
カクヨムのロイヤリティプログラムを受ける事にしました。
そのために明日から作業に入ります。火曜日までにはマグネットとノベルバに追いつく予定です。
ですので、余裕のある方は10月28日頃からカクヨムに覗きに来て下さると嬉しいです。
来て下さると自分の生活費になります;つД`)
お金の話なので気分を害された方がいたら申し訳ないです……。
生活に余裕ができたら自分の中のファンタジーの世界をもっと広げたいです。完全に自分の欲のためですね。
また、マグネットとノベルバでも同時更新を続けます。

そして、マグネットの方で第1章を大幅に改稿しました。
3人称になり、書籍のエピソードが追加されています。
ノベルバはまだです。
夜に改稿する予定ですが、登録されている方にはおそらく通知がいくので、しばらくは無視して下さい。
明日にはノベルバでもきちんとした第1章が読めると思います。

コメント

  • Kyonix

    クナ, は常に彼は殺すと言っており、最終的に彼は誰も殺さない

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    コルネス邸より、今回は修正ではなく、意見というべき指摘です。

    (まただ、この蝶を見るのは2度目だ。この地下には虫一匹だって入れないはずなのに。どういう事だ?

    (まただ。この蝶を見るのは2度目だ。まて、この地下には虫一匹だって勝手に入れないはず。何故ここに?)

    1度目のときは幻あるいは気のせいと思った蝶がいる。今度はハッキリと、しかも結界の中に。どうして?
    を先生は表現したかったのではないかと思い、提示しました。
    あ、最後の( )の閉じ忘れは修正指摘ですね。


    「何だ?! 一体どういう事だ?!!」

    「何故だ?! 一体どうやってこんなに?!!」

    その場に存在するはずのない蝶が大量にいることを受け入れられずにいる様にしてみました。

    0
  • トラ

    更新お疲れ様です!
    カクヨムの方も頑張ってください

    0
  • ナットです。タイにいます。

    Thank you for the new chapter.

    0
  • ノベルバユーザー369957

    投稿お疲れ様です!収益化頑張ってください!!

    0
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