暗黒騎士物語

根崎タケル

第5章 黒い嵐 踊り子

 クロキとクーナは黒い魔竜グロリアスに乗り星空を飛ぶ。
 やがて迷宮都市ラヴュリュントスの上空へと来る。
 迷宮の主であった邪神ラヴュリュスはもういない。
 邪神は蛇の女王に連れ去られてどこかに行ってしまった。
 ラヴュリュスに従っていたミノタウロス達もこの迷宮を脱出してどこかへ去った。
 主をなくした迷宮の地表部分、その中央の広場にクロキはグロリアスを降ろす。
 広場はかなりの広く、巨体のグロリアスでも降ろす事が可能であった。

「クーナ。降りるよ。良い?」
「良いぞクロキ」

 クロキは一緒に乗っていたクーナを抱えて降りる。
 グロリアスから降りると周囲の建物から複数の影が出て来る。

「お待ちしておりました、旦那様にクーナ様」

 影が頭を下げる。
 出てきたのはリジェナだ。

「ありがとうリジェナ。来てくれて」

 リジェナはクロキの使徒だ。
 使徒であるリジェナはクロキと精神が繋がっているのでいつでも連絡を取り合う事ができる。
 クーナとアリアディア共和国に観光をしている間はグロリアスをリジェナに預けるつもりだ。
 だからここに来てもらった。
 この場所ならグロリアスを隠すのに丁度よい。
 そのリジェナの周りには蜥蜴人リザードマン達が付き従っている。

「いえ、旦那様のお頼みとあればどこにでも駆けつけるつもりです」

 リジェナは目を輝かせながら言う。
 それを見てクロキは申し訳ない気持ちになる。
 実は最初はリジェナに連絡するつもりはなかった。
 グロリアスも何とか隠せる所を探すつもりだった。
 しかし、すぐ近くにいるのに何の連絡もしないのも冷たい気がする。
 そう思ってリジェナに連絡をするとアリアディアにいる間は自分が世話をしたいと申し出てくれた。
 クロキはその申し出を聞いた時は迷ったが、結局その言葉に甘える事にした。
 それに実の所を言えば、市民権を持っていないクロキではまともな宿に泊まる事は難しい。
 だからリジェナの申し出はありがたかった。

「すまないリジェナ、世話になるよ。それからグロリアスの事もよろしくお願いするね」

 クロキはリジェナと蜥蜴人リザードマンに頭を下げる。
 迷宮はヘイボス神の管理下に入る事になったけど用意が整うまではドワーフ達が管理する事になった。
 ただし、ドワーフ達も急な事で、すぐに管理する事は難しい。
 そのため、しばらくの間勇者レイジ達が変わって管理する事になったのである。
 レイジ達と言っても実質的にはカヤが担当者であり、そのカヤの命令でリジェナが迷宮を管理している。
 そのリジェナは蜥蜴人リザードマンを率いて迷宮を立ち入り禁止にした。
 正式に迷宮を調査する前に抜け駆けして迷宮の宝を盗ませないためである。
 一部自由戦士達から不満が出たらしいが、この決定はアリアディア共和国も認めているため、納得するしかなく今にいたる。
 だから、リジェナの許可なしでこの迷宮に入る者はおらず、グロリアスをここに置いても問題は起こらないはずであった。
 また蜥蜴人リザードマンは竜を信仰していからグロリアスを大切する事は間違いなく、クロキも安心であった。

「はい旦那様。グロリアス様の事は私共にお任せください。後それからこれを……」

 リジェナが目配せすると蜥蜴人リザードマンが小箱を持ってくる。
 リジェナが箱を開けると中から綺麗な衣装が出て来る。

「これは?」
「旦那様とクーナ様の衣装です。クーナ様は目立ちますので衣装が必要かと思いまして」
「なるほど……。ありがとうリジェナ。何から何まで。それじゃクーナこれを着て」

 クロキは服を手に取って横で大人しくしているクーナに渡す。
 クーナは前と比べて落ち着きが出てきた。
 もうリジェナに対して敵意を向ける事はない様子である。
 一体何があったのだろうとクロキは疑問に思うが、良い傾向なので何も言わないでおく事にする。

「これはなんだクロキ?」
「姿を隠すための衣装だよ。クーナは綺麗だからそのままの姿で歩くと注目を浴びてしまうからね。折角アリアディア観光に来たのだから変な人に寄って来てもらいたくないしね」

 レーナと同じくクーナはすごい美人なのでアリアディア共和国を歩く時は顔を隠す必要がある。
 だからリジェナに衣装を用意してもらったのである。

「綺麗……。そうか、わかったぞクロキ。クーナはその服を着よう」

 綺麗と言われて喜んだクーナはリジェナに手伝われながら衣装を纏う。
 クーナが衣装を纏うといかにも女神フェリアを信仰する貴婦人という格好になる。
 衣装にはベールも付いていてクーナの顔の顔を隠す。

「なんだか動きにくいぞ……」

 クーナは不満そうな声を出す。

「ごめんねクーナ。自分が手で引っ張ってあげるから我慢して」
「クロキが引っ張ってくれるのか?それならばこの格好は何も問題ないぞ」
「良かった……。じゃあ自分も着替えるかな」

 クロキは暗黒騎士の鎧を外すと用意された服に着替える。
 服はクーナと違って使用人の男性の物だ。
 これを着てクーナと並ぶと貴婦人とその従者に見えるだろう。

「少し地味すぎたでしょうか?」

 リジェナは不安そうに聞く。

「いや良いよ。派手なのは好きじゃないから」

 クロキは目立つのは苦手だ。
 だからリジェナの用意してくれた服は丁度良いと思う。
 リジェナはナルゴルにいた時はクロキの服を管理していた。
 だからだろうか、クロキの好みがわかっている。

「それからリジェナ。レイジ達はまだいるのだよね?」
「はい。光の勇者達はまだこの国にいます。少なくとも明日の祝賀会まではこの国に滞在すると思います……」

 リジェナの話しでは迷宮に捕らわれた人々を助け出した光の勇者レイジを讃える祝賀会が開かれるみたいなのだが、その祝賀会に出席したいという各国の要人のスケジュールを調整した結果、開催日が少し遅れたそうだ。
 だからレイジ達はまだこの国にいる。

「そうか……。でもいちいち気にするのも馬鹿らしいな……。まあ普通にしていれば気付かれないだろう。だから気にせずアリアディア観光を楽しむ事にするよ」
「わかりました旦那様。それではアリアディア共和国に向かいましょう。トルマルキスの別宅があります。そこならシロネ様達には気付かれないでしょう。案内いたします」
「ありがとうリジェナ」

 こうしてクロキ達はアリアディア共和国に向かうのだった。






「まったく、あの飲んだくれはどこに行ったのよ!!」

 踊り子シェンナはマルシャスを探しに夜の街を歩く。
 マルシャスはシェンナと同じ劇団「ロバの耳」に所属する劇団員だ。

「明日は光の勇者様の前で踊らなければならないってのに! あのバカはまだ帰ってこない!」

 シェンナはいらいらしながら独り言を言う。
 だからこそ、団長のミダスはシェンナにマルシャスを探して来るように言ったのだ。
 シェンナはマルシャスを劇団に入れたのは間違いだと思っている。
 しかし、尊敬する先輩踊り子であるアイノエがマルシャスをミダス団長に紹介して、そのまま入団させてしまった。
 アイノエは劇団一の踊り子であり、女優である。
 彼女には多くの後援者がいて、そのおかげで劇団はやっていけるのである。
 彼女の紹介した者に異議を言える者はいない。
 しかし、マルシャスは問題のある男であった。
 何しろ元盗賊だ。
 そして、賭け事と酒が好きでいつも酔っぱらっている。
 追い出すべきなのだとシェンナは思う。
 だけど、ミダス団長は首を縦に振らない事もわかっていた。
 アイノエの紹介した者である事もあるが、劇団は人手不足だ。
 特に後ろの合唱隊や音楽隊の数が足りない。
 マルシャスの笛の才能は確かで他の劇団員で勝てる者はいない。
 マルシャス自身も自分の笛は歌と芸術の神アルフォスに勝ると大口を叩く事がある。
 そんな事を言っていると皮を剥がれるかもしれないとシェンナが注意をしても本人は改める気がないようだ。
 しかし、神様程ではないかもしれないが笛の実力は確かである。
 だからこそミダス団長はマルシャスの行動に目を瞑るのだ。
 シェンナはため息を吐く。
 ミダス団長は歌と踊りに対する愛情は良くわかる。
 団長は踊りの女神であるイシュティアと歌の神であるアルフォスの信徒だ。
 そんな団長にとっては才能があれば他の問題はどうでも良いのだろう。
 だけど、マルシャスが問題を起こせば、劇団の活動が禁止される可能性もある。

「まったく。人手不足なのはわかるのだけど、団長はどうしてそこに思い至らないのかしら? それにアイノエ姐さんも姐さんよ。どこからあんなのを拾って来たのよ?」

 そんな事を言いながら歩いていると目的の場所にたどり着く。
 そこは中心からかなり離れた区域である。
 外から来た不法滞在者が多く住む治安が悪い。
 歩いている人間もガラが悪そうであった。
 通りを歩くと沢山の酒杯の印の看板が建物の軒に吊るされている。
 酒杯の印は酒神ネクトルの聖印である。
 この聖印が吊るされた家屋は居酒屋兼宿屋である事を示している。
 この通りの店のどこかにマルシャスがいる可能性が高い。
 通りには旅人らしき者が多く歩いている。
 その旅人を女性の店員が誘っている。
 彼女達は居酒屋の店員であると同時に娼婦だ。
 1階の食堂で店員をして2階の寝室で客と寝る。
 売春はこの国では禁止なのだが、黙認されている。
 もちろんシェンナは彼女達の行動をとやかく言うつもりはない。
 そもそも娼婦達はシェンナと同じイシュティア様の信徒であるはずだった。
 自由な愛を唱えるイシュティアは踊りの神様で有ると同時に娼婦達の神様でもある。
 シェンナはマルシャスを探して路地裏に入り込む。
 たまに路地裏で酔いつぶれて寝ている事があるからだ。
 歩いていると前方に3人の男が立ちはだかる。
 これはまずいと思い来た道を戻ろうとする。
 しかし、戻ろうと振り返るとそこには大男が立っていた。

「いよう、お姉ちゃん。誰かをお探しかい」

 大男がシェンナに声を掛ける。

「ええ、人を探しているけどそれが何か?」

 シェンナは大男を睨む。

「もしかすると俺達が力になれるかもしれねえ。どうだ一緒に探してやろうか?」
「悪いけど……。あんた達の力を借りるつもりはないわ」
「そう冷たい事を言うなよ」

 男がシェンナに手を伸ばす。

「触らないで!!」

 シェンナは手を払いのける。

「ちっ、気の強い女だな。まあ良いか……。ちょっと付き合ってもらうぜ」

 男が下卑た笑みを浮かべる。
 シェンナはため息を吐く。
 左右の腰にある曲刀を触る。
 シェンナは腕には自信がある。男達の動きを見る限り強くはなさそうであった。叩きのめす事もできるだろう。
 だけど、後で問題になる可能性もある。だからこそ相手にしたくなかった。

「悪いけどあんた達の相手はしてられないの」

 おそらく居酒屋の女性に払うお金も持っていないチンピラ自由戦士共間違いなかった。
 魔物を相手にせず弱い人間を相手に強請る最低な人種だ。
 そんな奴らをいちいち相手にするのも面倒である。
 そう思ったシェンナは横の壁へと走る。

「何を?!!」

 男の仲間が叫ぶが構わずシェンナは走る。
 そして、壁を蹴ると駆け上がり宙返りして大男の後ろへと飛ぶと走って逃げる。

「待ちやがれ!!」

 待てと言われて待つ馬鹿はいない。
 シェンナはそのまま夜の街を走って逃げる。
 そして、完全に撒いたのを確認するとシェンナは息を吐く。

「シェンナ」

 突然シェンナは声を掛けられる。
 そこには1人の男性が立っていた。
 男性は鎖帷子の上に皮鎧を着ている。そして皮鎧の胸のあたりには神王オーディスの聖印がある。
 腰には法の守護者の示すメイスを下げている。
 間違いなくオーディス神殿に所属する法の騎士であった。
 法の騎士は犯罪の捜査や治安維持を行う者である。
 基本的にイシュティアの信徒は法の騎士を嫌う。
 女神イシュティアを信仰する者の多くは犯罪者が多いからだ。
 シェンナは罪を犯した事はないが、法の騎士には出来る限り近づきたくないと思っている。
 たとえ罪を犯していなくてもイシュティア信徒は法の騎士に目をつけられやすく。嫌な目に会わされることが多いからだ。
 だけど、声を掛けた法の騎士は別である。

「デキウス兄さん」

 シェンナは法の騎士の名を呼ぶ。
 法の騎士はシェンナの兄であるデキウスであった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

今回から新章です。明日も投稿予定です。
ちなみに第5章の章題を変えています。
そして、新キャラのシェンナとデキウスの兄妹の登場です。

シェンナ
愛と美の女神イシュティアの信徒で踊り子。デキウスの妹。

デキウス
法と契約の神オーディスの信徒で法の騎士。シェンナの兄

法の騎士
法の騎士はアリアディア共和国における刑事のような存在。
騎士の身分であるが、馬に乗る事は滅多にない。

コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    踊り子より修正報告追加です。

    全く人手不足なのはわかるのだけど、団長はどうしてそこに思い至らないのだろう? それにアイノエ姐さんも姐さんだ。

    まったく。人手不足なのはわかるのだけど、団長はどうしてそこに思い至らないのかしら? それにアイノエ姐さんも姐さんよ。

    シェンナのセリフより言葉づかいの修正です。

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    お疲れ様です。

    基本的にノベルバは話ごとにコメントできるので、そこのコメントに書かれた誤字報告はその話の中のモノですよ。


    というわけで誤字報告です。

    それを見てクロキhあ申し訳ない気持ちになる。

    それを見てクロキは申し訳ない気持ちになる。

    0
  • トラ

    更新お疲れ様です
    誤字報告です
    それを見てクロキhあ申し訳ない気持ちになる⬇️
    それを見てクロキは申し訳ない気持ちになる

    輿には法の守護者の
       ⬇️
    腰には法の守護者の

    0
  • 根崎タケル

    今日から5章に取り掛かります。

    ノベルバユーザー347941様、ノベルバユーザー318854様、 眠気覚ましが足りない様
    誤字報告ありがとうございます。
    後誤字報告時に何章と題名を教えて下さると助かります(>_<)

    0
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