暗黒騎士物語

根崎タケル

おかしな城のおかしな戦い2

「ああ、旦那様が来てくれた……」

 窓から外を眺め、リジェナは心が温かくなる。
 リジェナはここにはいたくなかった。

「昔は遊んだ事もあったのにな……」

 リジェナはリエットの事を思い出し、思わず呟く。
 リエットの目には憎しみがあった。
 リエットの母親もリジェナに優しかった。
 その母親を殺したのは他ならぬリジェナの父親だ。
 だから、リエットが憎むのは当然である。
 他の人達もそうだ。
 だからこそ、リジェナはここにいたくない。
 リジェナはアルゴアの人々の憎しみの目に耐えられなかった。
 憎しみの目を向けないのはオミロスだけであった。
 リジェナはオミロスには悪いと思うが、クロキの側にいたかった。
 だから、急いで行かなくてはならないと思う。
 今、部屋にはキョウカとか言う勇者の妹が1人いるだけである。
 キョウカは強くはないみたいだけど、それでもリジェナよりも強いだろう。
 彼女の目を盗み、どうやって抜け出そうとリジェナは考える。
 不意に扉が叩かれる。

「どなたかしら? 入っても良いわよ」

 扉が開かれる。
 そこにいたのはオミロスである。
 襲撃を警戒しているのか武装をしている。

「あら、オミロスさん。どうかしたのかしら?」
「キョウカ様。リジェナを連れ出す許可を頂けないでしょうか?」
「えっ、私を?」

 リジェナは首を傾げ、どういうつもりだろうと考える。

「リジェナさんを連れ出してどうするつもりかしら?」
「暗黒騎士がアルゴアに来ました。ですから、リジェナを暗黒騎士の元に帰します」
「えっ……?」

 その言葉にリジェナは驚く。

「そうですの。あなたがそう言うのなら、わたくしどもは何も言いませんわ」

 キョウカは何かを悟ったように言う。

「その前にリジェナと外で……、2人だけで話をしたいのですが……」
「そう。どうしますの、リジェナさん……」

 オミロスとキョウカはリジェナを見る。
 問われてリジェナもオミロスを見る。
 その目から嘘ではない事に気付く。
 
(オミロスは私を騙したりはしない。本当に私を旦那様の元に帰してくれるつもりだ)

 だからリジェナは頷く。
 幼馴染と最後の別れをするために。

「行きます」

 リジェナは立ち上がりオミロスの方へ向かう。

「お待ちなさい、リジェナさん。忘れ物ですわよ」

 そう言うとキョウカはリジェナの所に行きある物を差し出す。

「これは、私の剣……」

 キョウカが差し出したのはクロキがリジェナのためにくれた小剣だ。

「大切な物なのでしょう? 先に返しておきますわね。それから、わたくしの所に来るという話を忘れないでくださいましね。いつでもお待ちしてますわ」

 キョウカはそう言って微笑する。

(このお嬢様は、本当はものすごく良い人なのではないだろうか?)

 リジェナはキョウカを見る。
 いかにも高慢そうで、性格が悪そうだ。
 しかし、実際に話をしてみると人の良さがうかがえる。

「その話は旦那様に了解を取らねばなりません。でも、その気持ちだけでもありがたく思います」

 リジェナはキョウカに頭を下げる。
 ナルゴルから出て行くにしても了解を取らねばならなかった。
 だから、今は受ける事は出来ない。

「ではこれで……」
「行こう、リジェナ」

 リジェナとオミロスは部屋を出る。

「どこに行くの、オミロス?」
「まずは、お墓だよ」

 オミロスは振り返らずに答える。

「なぜ……お墓に?」
「お母さんのお墓。ナルゴルに行ってしまったら、もうここには戻って来れないかもしれないだろ」

 そこで、リジェナはなぜオミロスがお墓に連れて行こうとしたのかわかる。
 オミロスはリジェナの母のお墓に連れて行ってくれるつもりなのだ。

「だめ、行けないわ!!」

 だけど、リジェナは拒絶する。

「なぜだい、リジェナ?」
「だって、ナルゴルに残った皆はお墓詣りをできないのに、私だけする事はできないわ……」

 皆ができないのに自身だけ良い目を見る事は許されない。
 だから、リジェナは断る。

「そう……」
「ごめんねオミロス……。私の事を想って言ってくれたんだよね……」
「いいんだ……。僕はリジェナに再び出会えて嬉しかったよ」

 オミロスは振り返って笑う。
 その笑顔にリジェナの心が締め付けられる。
 リジェナはオミロスの気持ちに気付いている。
 だけど、すでに心は決まっている。
 だから、例えアルゴアに残る事ができてもオミロスの想いには応えられない。
 リジェナはあの日の事を思い出す。
 あの日、リジェナ達はゴブリンの巣穴に追いやられた。
 リジェナはゴブリンが怖かった。
 ゴブリンに見つからないよう、逃げる一族の者達。
 1人減り、また1人と減っていく。
 その時のリジェナの心は恐怖で壊れてしまいそうだった。
 そして、リジェナ達の前にそれが現れた。
 この世の恐怖を具現化したかのような巨大な竜。
 その竜が現れた時、リジェナの心は砕けてしまった。
 怖くて怖くて泣き出しそうだった。
 だけど奇跡が起こった。
 その竜には暗黒の騎士が乗っており、兜を脱いでリジェナ達に優しく微笑んだのだ。
 ゴブリンよりも怖ろしい竜に乗った暗黒騎士はさらに怖ろしい存在なのにだ。
 その笑顔を見た瞬間、リジェナの心はどうにもならなくなってしまった。
 それまであった恐怖心が嘘のように消えてしまった。
 その時からリジェナのナルゴルでの生活が始まった。
 周りは魔物達ばかりなのに、不思議と何も怖くなかった。
 それはクロキの元にいるからだ。
 クロキが側にいるとゴブリンに追われたあの日の事も思い出さずにすんだ。
 この世でもっとも怖ろしい存在が微笑んでくれるのならば、何も怖れなくても良いはずではないか。

(私は旦那様がいないと駄目なのだ。私は旦那様の側にいないと安心できない。旦那様がいないと私はゴブリンが追って来る悪夢ばかり見る。旦那様が側にいる時はそんな悪夢を見た事はない。だから旦那様の側にいたい。妻でなくとも良い。愛妾の1人じゃなくても良い。奴隷でも良い。とにかく側においてもらえるだけで良い。だから、早く旦那様の元に戻りたい)

 リジェナはオミロスに心の中で謝るが、この気持ちばかりはどうにもならなかった。

「じゃあ、物見台に行こうか。マキュシスに頼んで人払いをしてある。あそこなら暗黒騎士もリジェナを見付けやすいはずだ」

 そう言ってオミロスは歩き出す。
 物見台はナルゴルを監視するために他の城壁よりも高くなっている所だ。

(確かにあそこなら旦那様は私を見付けてくれるだろう)

 リジェナは頷くとオミロスと共にそこに向かう。
 歩いてしばらくすると物見台にたどり着く。
 梯子で上がったその場所は意外に広く2、30人は立っていられそうだった。

「ここなら、きっとすぐに見つけてくれるよ」

 オミロスが笑う。

「ありがとう、オミロス」

 リジェナはオミロスに礼を言うと、クロキを探すために周囲を窺う。

「待って、リジェナ! 誰か来る!!」

 オミロスの言葉にリジェナは慌てて顔隠す。
 リジェナはアルゴアの人達から嫌われている。見つかると厄介だ。
 誰かが梯子を登ってくるのが聞こえる。

「誰だ! ここには誰も来るなと言われているはずだぞ!!」

 オミロスが登ってくる者に言う。

「私ですよ、王子」
「パルシス殿?!」

 登って来たのはパルシスだった。
 梯子を登り物見台の上へと立つ。

「パルシス殿か! 今までどこに行っていたんだ!? そしてどうしてここにいるのですか!?」

 オミロスはパルシスに詰め寄る。

「いえ、王子が物見台に登るのが見えましたのでね……。それよりも私も王子に聞きたい事があるのですよ。なぜリジェナ姫をこんな所に連れて来ているのですか?」

 顔を隠したけどバレバレだったようなので、リジェナは顔を出す。

「そんな事はあなたに関係がないはずだ。ここから早く降りて欲しい!!」

 オミロスはそう言うが、パルシスは首を振って笑う。

「それが無関係では無いのですよ、王子……」
「それはどういう意味ですか?」
「それよりもここに姫を連れて来た理由を教えて下さい」

 オミロスはその言葉に訝しみ、なぜそんな事を聞いて来るのだろうと思う。

「わかりました。教えましょう……。暗黒騎士にリジェナを渡すためですよ。これでわかったでしょう。早くここから降りて下さい」

 根負けしたオミロスがパルシスに答える。

「それはいけない……。それはいけませんよ、王子……」

 パルシスが首を振りながら、呟くように答える。
 リジェナはその様子に何か不穏な物を感じる。

(何だろう、何か嫌な予感がする。身に付けた剣が鳴っている)

 リジェナの懐の小剣が少し震えてカチカチと鳴っている。
 そして、リジェナがオミロスの方を見ると、その手に持つ盾が輝いているように感じる。

「どうしたのですか、パルシ……? ん、盾が?」

 盾が輝いている事に気付いたオミロスが自身の盾を見る。

「きしゃああああああああ!!」

 突然だった。パルシスが突然、剣を引き抜きオミロスに斬りかかる。
 その動きは速く、リジェナはオミロスに声を掛ける暇もない。
 だけど、それ以上にオミロスの盾が素早く動いて剣を受け止める。
 それは、まるで意志を持っているかのようだった。

「何を……?」

 オミロスは後ろに下がりリジェナの所にまで来る。

「大丈夫、オミロス?」
「ああ、盾が勝手に動いてくれた……。守ってくれたみたいだ……」

 オミロスは盾を見て言う。
 盾はほのかに輝いている。

「何をするのですか、パルシス殿! どういうつもりですかっ!!」

 オミロスはパルシスを睨む。

「ちっ……。防いだか。この一撃で殺してやるつもりだったのによお……」

 パルシスの口調が変わる。先程までの礼儀正しい口調が嘘みたいであった。

「なっ……パルシス殿?」

 パルシスの顔がぼやける。
 そしてぼやけた顔がはっきりしてくるとそこには全く別の顔が現れる。
 リジェナはその顔を見て叫びそうになる。

「ああ……。あなたは……」

 リジェナはその顔には見覚えがあった。
 意識の底に封じた忌まわしい記憶が蘇って来る。

「お前は……ゴズ?!」

 オミロスはその名を呼ぶ。

「そう……ゴズだよ、オミロス。まさか覚えているとは思わなかったぞ」

 ゴズのその言葉にオミロスは首を振る。

「忘れたくても忘れられないさ、ゴズ……。お前と会った日の事を忘れた事など一度もない。まさかパルシスがお前だったとは……」

 オミロスは剣を抜く。

「覚えていてもらいまして、光栄でございますよ、王子様。くくく」

 ゴズはいやらしく笑う。

「下がって、リジェナ」

 オミロスに言われてリジェナは少し下がる。
 だけどこの物見台の上では逃げ場がない。
 ゴズの目がリジェナを捕える。
 その目で見られ、リジェナは鳥肌が立つ。

「こっちへ来い、リジェナ。迎えに来たぜ」

 そう言ってゴズはニヤリと笑うのだった。

コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    この終盤辺りを読んでるといつも、3章は絶対クーナよりリジェナの方がヒロインしてる、と思います。

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  • 根崎タケル

    3章続きを更新しました。
    いよいよゴズが正体を見せます。

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