暗黒騎士物語

根崎タケル

捕らわれのリジェナ

 オーガ達が去り、ヴェロスは平穏を取り戻した。
 幸い死んだ人はいない。
 全てクロキのおかげだとシロネは思う。
 クロキがオーガを追い払ってくれなければ、
 キョウカの魔法の暴走によってヴェロス王国は壊滅していただろう。
 しかし、そのクロキは白銀の髪の少女と共に消えてしまった。
 シロネは昨夜の銀髪の少女の事が気になる。

(今思い出してもすごい美少女だった。あの少女は何者なのだろう? 普通の人間にも見えなかったし、もしかしてあの子がクロキを?)

 シロネはここに来る前に聞いたチユキの言葉を思い出す。
 人を操る魔法の薬があるらしく、その薬を使えば誰もが言いなりになってしまう事を。
 そんな事を考えながらシロネはヴェロスの廊下を歩く。
 シロネ達はエカラスに連れられて、王宮を歩いている。
 死者はいないけど、怪我をした人は何人かはいる。
 その人達はこの王宮の医療所に集められている。
 そこには、この国のお抱えの薬師と治癒魔法が使える神官が治療にあたっている。
 だけど、人手が足りてない。
 だからシロネとキョウカさんとカヤさんは、エカラスに連れられて怪我人の所へと向かっている。
 シロネはサホコには及ばないが簡単な治癒魔法が使える。
 そして、カヤは対象の回復力を高める技を持っている。
 その事を聞いたエカラスが助力を求めて来たのだ。
 元々オーガがこの国を襲ったのはシロネ達が原因である。
 だから、助力を求められなくても治療する義務があるだろう。
 まだ腰が治っていないエカラスは、お付の者とコルフィナに支えられて案内してくれる。

「それではお嬢様方お願いします。私は他の方々の所に戻らなければいけませんので……」

 医療室の前でエカラスがシロネ達に頭を下げる。

「まあ、ここは私達におまかせなさい。あなたは自分の役目を果たすと良いですわ」

 キョウカがふんぞり返って言う。

(キョウカさんは人を治癒する力はないから、主に働くのは私とカヤさんなのだけど……)

 キョウカの態度に苦笑いを浮かべながらシロネは医療室に入る。
 中はとても広く、多くの寝台が用意されている。
 寝台の全てに人が横たわり、寝台で寝るほどではない軽傷の者は、床にしかれた布の上に座っていた。
 見渡すと怪我をした人の殆どがこの国の兵士のようだ。
 招待客で怪我をした人はあまりいないみたいである。
 だけどエカラスは、まずは招待客から治療して欲しいと言っていたので招待客が集められた方へと行く。
 兵士と違って豪華な服を着た人達が集められていた。
 そのほとんどが軽傷みたいである。
 大方オーガから逃げる時に転んで怪我をしたのだろう。
 シロネはあたりを見て、一応大けがを負っている人がいないかを見る。
 そして、その中で1人の人物に目が行く。

「えっ、オミロス君!?」

 それはアルゴアの王子オミロスであった。
 シロネはオミロスに近づく。

「これはシロネ様」

 シロネに気付いたオミロスが頭を下げる。

「どうしたの? 怪我をしたの?」

 シロネは彼を放って行った事を思い出して、申し訳ない気持ちになる。
 そこでオミロスの隣に誰かがいる事に気付く。
 そこにいたのはオミロスだけではなかったのだ。
 オミロスは側に椅子に座った女性がいる。
 その女性の足首には濡らした布が乗せられていた。
 どうやらオミロスは怪我をした彼女の治療をしているみたいだ。

「共にオーガから逃げているときに、彼女が足首を捻ってしまいまして……」
「へえ、そうなんだ」

 オミロスは怪我をした彼女の付き添いをしている。
 なかなか優しいではないかとシロネは思う。

(オミロス君も隅に置けないなあ。リジェナさんの事はもう良いのかな?)

 シロネはそんな事を考えながら、彼女の顔を見る。
 なかなかの美人であった。

「ん?!」

 そこでシロネは気付く。

「えっ、リジェナ姫!?」

 シロネがそう言うと彼女もこちらを見る。

「あっ! あなたは勇者の奥方!!」

 オミロスが看病していた彼女リジェナがシロネを見て呟く。
 シロネとリジェナは前に会った時は互いにほとんど話す事なく別れたけど、互いに相手の顔を覚えていたのである。
 その時にリジェナはシロネの事を勇者の奥方と勘違いしていた。

「なぜ勇者の奥方がここに……」
「それはこちらが聞きたいよ、リジェナ。君はゴブリンの巣穴に送り込まれたんじゃないのかい?そして、どうしてこのヴェロス王国に?」

 リジェナが聞くと、オミロスがシロネの意見を代弁して聞く。

「いや、それはその……」

 リジェナは何か言いにくそうに眼を伏せる。

「ああ! そう親切な人に助けてもらったの! そろそろ、その人の元に帰らないと」

 リジェナが動こうとして転びそうになる。
 転びそうになるリジェナをオミロスが支える。

「そんな足じゃ無理だよ、リジェナ」

 オミロスが心配そうに言う。

「大丈夫?」

 シロネはそう言ってリジェナに治癒魔法を唱える。

「えっ? 足が治った!?」

 リジェナはオミロスの肩から手を離して1人で立つ。
 リジェナの傷は小さく、これぐらいならシロネの魔法でも治す事ができる。

「あ……有難うございます。では私はこれで……」

 リジェナはそう言うとそのまま行こうとする。

「待って、リジェナ!!」
「御免なさい、オミロス! もう行かなきゃ!!」

 だけど、オミロスがリジェナの手を取り行かさないようにする。
 その時だった、リジェナの腰から何かが落ちる。

「落とし物ですよ。リジェナさん」

 それまで横で見ていたカヤがリジェナが落とした物を拾う。
 それは綺麗な鞘に収まった小剣であった。

「有難うございます」

 リジェナはそう言うとカヤの手の小剣を取ろうとする。
 だけどカヤはリジェナが小剣を受け取る前に、その小剣をリジェナから遠ざける。

「えっ!?」

 リジェナの驚いた表情。

「カヤ……あなた、何を?」

 キョウカが驚く。それはシロネも同じだ。
 カヤは意味もなくこんな意地悪をしたりしない。
 どうしたのだろうかと疑問に思う。
 その場の全員が見守る中、カヤは小剣を引き抜く。
 すると、黒い炎を纏った黒い刃が姿を見せる。

「これは黒い炎……。どういうことですの!!!」

 キョウカが叫ぶ。

「この小剣を握った時に奇妙な気配を感じましたが……。やはりそうですか……」

 カヤの言葉にシロネは黒い炎を見つめる。

「クロキの炎」

 シロネは呟く。
 その呟きにリジェナが反応する。

「なぜ旦那様の真名を……」
「えっ?!」

 シロネは驚き、リジェナの顔を見る。
 リジェナはしまったという表情をして口を押える。

「あなたを助けた親切な人が誰なのか、わかった気がします」

 カヤの言葉にシロネも頷く。

(ゴブリンの巣穴に追いやられた彼女を助けたのは、クロキなのね)

 それならクロキに助けられたリジェナがクロキの名を知っていてもおかしくはない。

「どうやらこのままあなたを行かせるわけにはいかないようですね」

 そう言ってカヤはリジェナを見るのだった。





「あなた方にお話しすることはありません!!」

 リジェナはそう言って睨む。
 その視線の先には勇者の妹とそのお付人と勇者の妻の3人がいる。
 リジェナは彼女達に殺されたってクロキの事を教えるつもりはない。
 リジェナからみたらシロネ達はクロキの敵だ。
 クロキに恩義を感じるリジェナにしてみたら、クロキの敵は自身の敵でもあった。
 クロキと関係があると知られたリジェナは捕えられ、ヴェロスの王様の執務室で尋問を受けている最中であった。
 オミロスに構わず、さっさとナルゴルに帰れば良かったとリジェナは後悔する。
 しかし、オミロスに出会った懐かしさのあまり、帰る時期を見誤った。
 そして、帰るための転移魔法が込められた石とクロキから貰った大切な小剣は取り上げられてしまっ
た。

(石はともかく、小剣は絶対に取り戻さないと! あれは旦那様から貰った大切なものなのだから!)
 
 リジェナはシロネ達を睨む。 

「うーん、困ったな。ちょっとクロキの事を知りたいだけなのに。」

 シロネは困った顔をする。

「力づくで吐かせますか?」

 カヤがそう言うと、リジェナは恐怖で震える。

「あのできれば……。フィリオナの娘に酷い事はしないでいただきたいのですが……」

 そう言ったのはエカラスである。
 フィリオナはリジェナの母の事であった。
 リジェナは前にエカラスの事をある程度は聞いていたが、母親がなぜ彼を裏切ってアルゴアに行ったのかまでは聞いていない。
 だけど推測は出来た。
 それは容姿の問題である。
 リジェナの目の前にいる王様は、お世辞にも容姿が優れているとは言えない。
 間違いなくリジェナの父親の方が美男である。

(でも、中身はこの王様の方が良いのかもしれない。娘の私から見てもお父様はどこか敵を作りやすい性格だったような気がする)

 リジェナは父親の事を思い出す。
 強い戦士であったが、粗暴であった父親に対して、このエカラスは皆から慕われているみたいだと思う。
 リジェナはエカラスと少ししか話していないが、優しい性格である事はわかる。
 裏切った婚約者の娘に対しても怒りをぶつける事もなく、国を追われたリジェナの境遇を悲しんでいる。
 しかし、逆に言えば、いかにも悪い人に騙されそうでもあった。

「カヤ殿! 彼女は邪悪な暗黒騎士に騙されているだけなんです!どうか手荒な真似はやめてください!!!」

 オミロスが叫ぶ。

「旦那様は邪悪じゃない!!!」
「クロキは邪悪じゃない!!!」

 リジェナとシロネの声が重なる。
 リジェナは驚いてシロネの顔を見る。

(なんで勇者の奥方が怒るの? 旦那様の真名を知っている事といい、どういう関係なの?)

 リジェナは首を傾げる。

「す、すみません」

 リジェナとシロネから怒鳴られてオミロスは小さくなる。
 リジェナはそんなオミロスに少し罪悪感を感じる。
 それでもクロキの悪口を言うのは許せなかった。

「カヤ。あまり私も手荒なまねは好きではありませんわ」
「わかりました。手荒な真似はいたしません」

 キョウカがリジェナを庇うとカヤは。
 
(カヤとかいう女は、このキョウカの言う事にはあまり逆らえないみたい。良かった助かった……)

 少なくとも拷問にはかけられない様子なので、リジェナは安心する。

「では別の事を聞きましょう。あの夜、クロキさんと一緒にいた銀髪の女性は何者です?」
「銀髪? クーナ様……」

 リジェナはカヤの問いに思わず答えてしまう。
 何も言うつもりがなかったのにだ。

「ほう、その女性はクーナと言うのですか。その女性は何者です?」
「……」

 リジェナは今度は何も答えない。

「何も答えませんか。まあ、おそらく上位の魔族か何かでしょうね」

 カヤが言うとリジェナは頷きそうになる。

(当たってる。きっとクーナ様は、魔王陛下の姫君なのだから)

 リジェナはクーナの事を考える。
 クーナが何者なのかをリジェナは知らなかった。
 しかし、偉そうな態度なので、魔王の娘ではないかとリジェナ達は推測していた。

「私もその子の事が気になる。ねえ、リジェナさん。その子は一体何者なの?」

 シロネがカヤに代わりリジェナに質問する。
 今度もリジェナは何も答えない。

「もしかしてその子がクロキを操っているんじゃ?」
「操る? 旦那様を?」

 クロキを操っていると言われて、ついリジェナは答えてしまう。
 
「不思議だとは思わないのですか? そのお優しい旦那様がなぜ、邪悪な魔王などに従っているのかを」

 カヤ冷たく言うとリジェナは首を傾げる。

(言われてみれば、あの優しい旦那様がなぜナルゴルにいるんだろう?)

 リジェナの知るナルゴルは邪悪な者達が住まう地だ。
 そこに住む者達は人間を虫けらごとく思っている。
 実際にクロキを除く者達はリジェナを邪魔者に思っていた。 
 クロキがいなければリジェナ達は魔物のエサになっていただろう。
 そんなナルゴルにクロキのように優しい者がいるのかリジェナは不思議に思ってしまう。

「そういえば、クーナ様はいつも旦那様の事を自分の物だとおっしゃっていたような……」

 リジェナの呟きに勇者の妹の仲間たちが顔を見合わせる。

「やっぱり……。あの子が原因なんだ」
「みたいですわね……」
「どうやら彼の状況が掴めたようですね」

 リジェナの目の前でシロネ達が相談する。

(どうやら彼女達は、クーナ様が旦那様を操っていると思っているみたい)

 リジェナにはクロキがクーナに操られているようには思えなかった。
 もし、クロキがクーナに操られているなら、リジェナを助けたりなどしないだろう。
 また、クーナが常日頃からリジェナを邪魔だと思っているのは間違いないが、本当にクロキが操られているなら、とっくの昔にリジェナは殺されているはずであった。
 しかし、リジェナが疑問に思っている様子に構わず、シロネ達は今後について相談している。

「どういたしますか、一度戻ってレイジ様達と合流した方が良いのではないでしょうか? リノ様ならもっと情報を彼女から引き出せますし……。少なくともチユキ様に連絡をすべきだと思います」
「うん、そうだね。連絡はした方が良いよね……。でも私としては、もう少しここにいたいな……。そのクーナって子にもう一度会ってみたいしね。うふふふ」
「シロネさん……顔が怖いですわよ……」

 シロネ達の相談は続く。
 リジェナはそこでふと視線ずらす。
 そこにはこの部屋にいるにもかかわらず、一言も喋っていない者がいた。
 リジェナはその者に過去に一度会った事があった。
 
(確かパルシスって名前だったかな? オミロスの父親の食客のはずよね。あまり話しをしたことはないけど)

 リジェナがパルシスに初めて会ったのは半年前だ。
 父親と対立する一族の者だが、かなりの美男子なのでリジェナの一族の女の子の間でも噂になっていた。
 魔法も剣も使えるとんでもない戦士である。

(もっとも、そのパルシスも旦那様と比べたらはるかに弱い)

 リジェナがそんな事を考えてるとパルシスの様子がおかしい事に気付く。
 荒い息を吐き目が血走っている。

(何でもクーナ様の魔法によってこうなったらしいけど、どうしたのかしら?)

 なぜクーナがパルシスを攻撃したのかはリジェナにはわからない。
 だけど、それ以上にパルシスのその目がリジェナには気になった。
 彼はこの部屋に入った時からリジェナを見ている。
 その目で見られるとリジェナはなぜか背筋が震える。

(思えば、アルゴアにいるときもずっと私を見ていたような気がする。私はその目が嫌でずっと彼を避けていた)

 リジェナはアルゴアにいた頃のパルシスを思い出す。
 すごい美男子なのに、なぜかリジェナは近づきたくなかった。
 そのパルシスと目が合う。
 リジェナと目が会ったときパルシスは笑う。
 その笑みを見た時、リジェナは大きな不安を感じるのだった。

コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    捕らわれのリジェナから修正報告追加です。

    (なんで勇者の奥方が怒るの? 旦那様の真名を知っている事といい、どういう関係なのだろう)

    (なんで勇者の奥方が怒るの? 旦那様の真名を知っている事といい、どういう関係なの?)

    言葉づかいの修正です。


    (当たっている。クーナ様は魔王陛下の姫君なのだから)

    (当たってる。きっとクーナ様は、魔王陛下の姫君なのだから)

    詳しいことはリジェナ自身も知らない、と次の文章にあるので、“きっと”を追加しました。


    (言われてみれば、なぜあの優しい旦那様がナルゴルにいるのだろうか?)

    (言われてみれば、あの優しい旦那様がなぜナルゴルにいるんだろう?)

    言葉づかいの修正です。

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    カクヨムでの再読で見つけた、捕らわれのリジェナの修正報告です。


    (ゴブリンの巣穴に追いやられた彼女を助けたのは、おそらくクロキだ)
    シロネはリジェナがクロキの名を知っていた理由に気付く。

    (ゴブリンの巣穴に追いやられた彼女を助けたのは、クロキなのね)
    それならクロキに助けられたリジェナがクロキの名を知っていてもおかしくはない。

    カヤのセリフでシロネにもわかったはずなので、( )内は確信したようにして良いと思います。
    そのため、続く文も変える必要があるので、こちらは一例です。

    0
  • ノベルバユーザー273785

    なろうからの移転作業お疲れ様です。最近読む物語の中で1番好きです。
    応援してます。

    1
  • 根崎タケル

    誤字報告ありがとうございます!!
    修正しました!!

    3
  • ぽいぽい

    ルシスの様子がおかしい事に気付く
    のパが抜けています。

    パルシスその目がリジェナには気になった
    パルシスのではないでしょうか?

    2
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