暗黒騎士物語

根崎タケル

ヴェロスの舞踏会3

 クロキはドレス姿のクーナを見て来て良かったと思う。
 深い藍色をベースに、青色のフリルと宝石がドレスを輝かせている。そのドレスを着たクーナは大変美しかった。
 クーナが生まれた時にドワーフの職人に一通りの服を作ってもらった。
 その中にはドレスもあったのだが、今まで着る機会はなかった。
 クーナは背が低い割に出る所はしっかりと出ている。ドワーフが作ったドレスは、クーナの可憐さと妖艶な魅力を余す事無く引き出している。
 ドレスの胸元は少し開き、クーナの豊かな胸の谷間が少し見える。
 だけどその事が下品にならず、青い宝石と水色の花の装飾がむしろ上品さを出している。
 そして、きゅっとしまったウエストから光沢のある藍色のスカートが広がりとても華やかであった。

(くぅ~、良い仕事をしてくれた)

 クロキは握りこぶしを作り、ドレスを作ってくれたドワーフの職人に感謝する。
 最初にクーナがヴェロスの舞踏会に行きたいと言ったのは2日前の事である。
 過去にクロキがクーナに読んで聞かせた子供向けの本に舞踏会の記述があったので興味があったらしい。
 舞踏会に興味があるとはクーナも女の子だなとクロキは思う。
 クロキは最初に聞いた時はあまり乗り気になれなかった。
 ああいう華やかな場所は苦手だからだ。
 だけど、クーナの行きたそうな顔と、また喜ぶ顔が見たいと思ったのでクロキはヴェロス王国に行くことにしたのである。
 踊りはリジェナから習った。
 いつか役に立つかもしれないからと、リジェナは母親から踊りを教わっていて、それをクロキ達に教えてくれたのだ。。
 その母親は3年前に亡くなったが、リジェナは母親の教えてくれた事をしっかりと覚えていた。
 時間はなかったが、クロキとクーナは練習する事にする。
 途中、クロキがリジェナと踊りの練習をしていると、クーナの機嫌が悪くなったりしたが、クロキとクーナは何とか踊れるようになった。
 これで、舞踏会に出ても大丈夫のはずである。
 こうして、クロキとクーナは舞踏会へとやって来たのである。
 そして、舞踏会の当日、ドレス姿のクーナを見てクロキは息を飲む。クーナは元々綺麗な子だ。それがドレスを着る事でさらに美しくなった。
 これほど、綺麗な女の子と踊れるなら、誰でも舞踏会に行きたくなるだろう。
 そして、当日になってクロキとクーナはリジェナをお供にしてヴェロス王国へと向かった。
 ヴェロス王国の舞踏会へ参加するのは簡単だった。
 舞踏会は一定の金銭を支払えば誰でも参加できるみたいだったからである。
 なんでも、この国の王妃の発案らしく、そのため、この舞踏会には様々な国の商人が参加しているようであった。
 この舞踏会には経済的な目的もあり、舞踏会に出す食べ物にはヴェロス王国の特産品が多く使われている。
 また、食べ物に限らず新商品も売り込んでいる。
 コルフィナという王妃はかなり頭が良いらしいなとクロキは思う。
 そして、王妃はこの国の市民に人気がある。
 クロキが聞いたところによると、なんでもこの国を影から支配していた悪徳商人を追い出したかららしい。
 独占的な商売をしていた商人がいなくなったお陰で、物価が5分の1にまで下がり、市民は大いに喜んだ。
 また、人の往来も以前に比べてかなり自由になったと聞いている。
 おかげで経済はかなり潤っているようであった。
 だけど、経済的な面では良くても治安の面ではあまり良いとは言えない。
 なぜなら、クロキ達のような者も簡単に入り込む事ができる。
 だが、おかげで舞踏会にも参加できるのだからクロキとしては良かったと言える。
 クロキはクーナと共に舞踏会の会場に入る。
 丁度1曲目が始まる所であった。
 音楽が奏でられ踊りが始まる。
 クロキはクーナの白い手を取り、細い腰に手を回すと踊り始める。
 周りにはドレスを着飾った女性が沢山いるがクロキの目には入らない。
 クロキはクーナだけを見る。

「クロキ! クーナは楽しいぞ! クロキと踊れてすごくうれしい!!」

 クーナが華やかに笑うとクロキまで嬉しくなってくる。
 元の世界ならきっと踊って喜んでくれる人はいないだろうとクロキは思う。
 良くてシロネがお情けで踊ってくれるぐらいだろう。
 しかし、この世界にはクーナがいる。
 だから、クロキはこの世界に来て良かったと思う。
 クーナみたいな綺麗な子と踊れる事にクロキも嬉しく思う。
 クロキはクーナを見つめる。

「どうしたんだ、クロキ?」
「クーナがすごく綺麗だから」

 クロキがそう言うとクーナが嬉しそうに笑う。
 その顔はすごく可愛かった。
 1曲目が終わる。
 クロキとクーナは微笑み合う。
 すると、クロキ達の周囲が突然騒がしくなる。
 クロキが周りを見ると沢山の男達に取り囲まれている。

(な、何で!? 何で取り囲まれているんだ!?)

 突然、取り囲まれた事にクロキは狼狽する。
 もしかすると正体がバレたのだろうかと思ったからだ。
 しかし、その心配は杞憂に終わる。

「あの、姫君……、私と1曲踊っていただけませんか?」
「いえ、私と……」
「ぜひとも私と踊ってください」

 口々に男達が言い合う。
 男達はクーナしか見ていない。
 そこで、クロキは初めて周りの状況に気付く。
 会場の視線がクーナに集まっている。
 クロキが耳をすますと「どこの姫君なのかしら?」「なんて美しい……」「なんであんな子が……」「あまり高くない身長に、きゅっとしまった腰、豊かな胸……。羨ましい」等とクーナを褒める声や妬む声が聞こえる。

「クロキ、こいつらは一体何だ?」

 クロキがクーナを見ると男達の様子を不思議そうに見ている。
 まるで状況がわかっていない様子だ。

「みんなクーナと踊りたいんだよ」
「なんだそれは? クーナはクロキ以外と踊る気はないぞ」

 クーナは男達を嫌そうな目で見る。
 もちろん、クロキもクーナを誰かと踊らせるつもりはない。
 しかし、同じ相手と連続で踊る事はあまり良くない事である。
 だから、次の曲を一回休む事にする。
 間を挟めば連続にはならず、ただ1人の相手のみと踊る事が可能だからだ。

「何だ?」

 クロキがそんな事を考えていると取り囲む男達の外側から声がする。
 すると、突然道ができる。男達の退いた通り道を一組の男女が歩いて来る。
 その女性の顔を見たときにクロキは衝撃を受ける。
 美堂京華。
 前に聖レナリア共和国であったレイジの妹だ。

(何でここにいるの!? レイジ達は大陸の西側に行っているはずだ!?)

 クロキが聞いた話ではレイジにはナットが張り付いているはずであった。
 その報告で勇者達は大陸の西側にいるはずである。
 急いでクロキは周囲に視線を飛ばして会場にいる全員を見る。
 レイジや他のレイジの女性達はいない事を確認する。

(何故彼女はここに1人でいるのだろう?)

 そして、横にいる男にも見憶えがあった。
 ダティエの息子のゴズである。
 クロキはクーナからそう報告を受けた時は驚いた。
 パルシスの正体がゴブリンの女王の子どもだと思わなかったからだ。

(アルゴアで一体何をやっているのだろう? そして気になるのは何故美堂京華と一緒にいるの?)

 クロキは疑問に思う。
 ゴズがこの舞踏会に出る事は知っていた。だけど、キョウカと一緒にいる理由がわからない。

「クロキ、あいつが何をやっているか気になる。少し話をしたいが良いか?」

 クーナがゴズを指して言う。
 クロキもゴズが何をやっているのか気になる。そして、同時にレイジの妹が何故ここにいるのかも気になった。

「いいよ、向こうの別室で話してくると良いよ」

 クロキがそう言うとクーナがゴズの所に行く。クーナの魔法ならゴズから情報を引き出せるだろう。

「お前と話をしたい。付いて来い」

 クーナが魔法を使うのを感じる。
 支配の魔法だ。ゴズの魔力ではクーナの魔法に抵抗できず目から光が消え操り人形みたいになる。
 そして、支配されたゴズはクーナに連れられて別室へと行く。
 後にはクロキとレイジの妹であるキョウカと沢山の取り巻きの男達が残された。
 美堂京華がじっとクロキを見ている。

「ちょっと貴方? どこかで会った事がないかしら?」

 キョウカはクロキに聞く。
 もちろん、クロキはキョウカと会った事はある。
 最初に出会ったのは聖レナリア共和国だ。その時に少し顔を見られたはずだ。
 そして、彼女の言動から、正体に気付いていないみたいであった。

(そう言えば彼女だけ聖竜王の山にいなかったな……)
 
 クロキは正体がバレなかった事に胸を撫でおろす。

「いえ、会うのは初めてでございます、キョウカ姫」

 クロキは一礼して嘘を言う。

「あら……。私の事を知っているのね」
「はい。勇者様達の事は有名ですから……」

 クロキが言葉を濁すと、キョウカは少し考え込む。

「少し腑に落ちませんわね……。でもまあ良いわ、1曲踊っていただけません?」

 そう言ってキョウカは手を差し出す。
 踊って欲しいと言われてクロキは迷う。
 クロキもクーナ以外と踊る気はなかった。
 しかし、キョウカが何故ここにいるのか情報が欲しかった。
 だから、クロキは彼女の誘いに乗り、踊る事にする。

「え、ええ。よろこんで! 姫君!」

 舌を噛みながら、そう言うとクロキはキョウカの手を取る。

(綺麗だな。クーナで馴れていなかったら危なかったかも)

 クロキはキョウカを手を取り、少しだけドキドキする。
 キョウカはとても綺麗な女の子だ。
 だから、こんな綺麗な子と踊れる事は光栄な事なのだろう。
 元の世界なら一緒に踊る事はもちろん、話す事さえできないに違いない。
 音楽が鳴り始める。
 2曲目が始まる。
 音楽が奏でられ、クロキ達は踊る。

「あ、あの~。ヴェロスにはお1人で来られたのですか?」

 クロキは踊りながら聞く。
 なぜ、ここにいるのか情報を集めて置かなくてはならない。

「いえ、カヤとシロネさんと言う方と一緒ですわ。今は2人ともどこかに行っているみたいですけど……」

 その言葉にクロキは驚く。

(シロネがここに来ているだって!?)

 クロキは驚き声を出しそうになる。
 レイジの動きは監視しているが、その他の女性の動きが完全に抜け落ちている事に気付く。
 
(ナットは勇者の動きだけを注意しているみたいだ)

 どうしようかとクロキが悩んでいる時だった。
 はっとして、クロキはキョウカの顔を見る。
 彼女はじっとクロキの顔を見ていた。
 顔の良いレイジの妹だけあって、かなりの美人である。見つめられてクロキはドキドキしてしまう。

「不思議ですわね……。あなたはわたくし達の事を良く知っているみたいですわね」

 彼女の目がクロキを射抜く。

「はは、そうですか……」

 クロキは笑ってごまかす。

(あまり根掘り葉掘り聞くと怪しまれるかもしれない。少し黙っていた方が良さそうだ……)

 先程まではクーナばかり見ていたが、少しは周りも気にした方が良さそうだとクロキは思う。
 クロキが周囲に気を配ると男達が刺すような視線を送っているのがわかる。
 その視線には敵意が感じられた。
 クーナが抜けた今、キョウカがこの舞踏会の最高の花と言って良いだろう。
 そんな女性と踊っているクロキに男達が敵意を向けるのは仕方がない事だった。
 しかし、クロキには優越感に浸るような余裕はなかった。
 何時、正体がばれるか気が気でない。
 キョウカの様子から怪しんでいるのは間違いがなかった。
 クロキはキョウカの様子を見ながら踊る。
 優雅でゆったりとした曲であるにもかかわらず、キョウカの胸がゆれる。
 
(うう、胸元が開きすぎだよ……、目のやりばに困る)

 クロキはキョウカの胸をつい見てしまう。
 女性をいやらしい目で見てはいけないが、相手から目をそらすのも失礼である。
 だから、目線を上げて胸元に目が行かないようにしなければならなかった。
 クロキの中で自制心と煩悩が激しく戦っている。
 しかし、踊るたびに揺れるので目がどうしても行きそうになる。
 キョウカはそんなクロキを興味深そうに見ている。
 そんな視線を向けられるのでクロキは落ち着かなかった。

「あの、何でしょうか?」
「まあ、貴方なら合格かしら。貴方とならこの曲が終わった後もご一緒してあげても良いですわよ」

 キョウカがふふっと笑いながらクロキを誘う。
 その言葉でクロキは少し迷う。
 キョウカのように綺麗な子から誘われるのは、本来ならクロキにとって光栄な事であったからだ。

「い、いえ。遠慮します。姫君。あ、貴方のような美しい方を独占すると他の男から恨まれてしまいますから」

 しかし、舌を噛みながらクロキは嘘を言って断る。
 クロキにはクーナがいる。
 それにシロネ達が来ている以上あまり長くここにいるのは危険である。

(クーナには悪いけど、なるべく早くナルゴルに帰ろう)

 クロキは早くこの場から逃げ出したい気持ちに駆られる。

「なかなか、奥ゆかしい方ですのね。ですけど、遠慮しなくてよろしいのですわ」

 キョウカは笑いながら言う。
 もちろん、クロキは別に遠慮したわけじゃない。
 そもそも、釣り合わないだろうと思う。

(彼女も自分と踊るよりもどこぞの王子様と踊った方が良いはずだ)

 なぜ、自分と踊りたがるのかクロキにはわからなかった。

「きゃああああああああ!!!!」

 突然会場の端から叫び声が上げられる。

「何だ?」
「何ですの?」

 クロキとキョウカは声がした方を見る。

「オーガだ!!」
「なんでこんな所に!!」
「きゃああああ助けて!!!」

 悲鳴が会場のあちこちから発せられる。
 クロキは周囲を見渡す。
 巨大な8つの影がこの会場を取り囲んでいる。
 クロキは取り囲んでいる種族を以前に一度見たことがあった。
 2メートルを超える巨大な体に鋭い牙を持った亜人種オーガ族だ。
 そのオーガ族が舞踏会の会場に入り込んでいた。

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コメント

  • 根崎タケル

    ゼロ様、誤字報告ありがとうございます!!
    修正しました。
    ざまあは苦手で、徹底的にできないので、そう言っていただけると助かります。

    2
  • ゼロ

    お疲れ様です(`ー´ゞ-☆
    (な、何なんで? 何で取り囲まれているんだ?)と言う所ですが、鈍っている何なんでの何の部分が多いので消した方が良いですよ。
    後、ざまぁはこれくらいで良いと言う意見がありますが、自分も同じでこれくらいで十分だと思いますよ。
    元々この作品はざまぁがメインでは無いですから、これくらいで丁度良いと思いますよ。
    なろうのざまぁは、徹底的過ぎてこの作品には合わないかと
    強いて言うなら、レイジにハッキリ敗けを認めざるを得ない位叩きのめす位で十分かと。

    7
  • 根崎タケル

    3章続きを更新しました。
    表紙の絵の拡大版はなろうの活動報告に載せています。
    ツイッターを再開して載せるべきか迷っています。

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