暗黒騎士物語

根崎タケル

物語の影で

 ルクルスは屋敷の通路を行ったり来たりする。
 ルクルスは聖レナリア共和国のレーナ神殿が擁する神殿騎士団第3部隊の隊長である。
 そのルクルスがなぜ聖レナリアから離れたロクス王国にいるかというと、彼が敬愛する女神が愛する勇者の護衛のためである。
 今いる場所も勇者の別荘であった。

「何をやっているのだ!? ヒュロスは!?」

 ルクルスは大声を出す。
 しまったと思い口に手をやる。
 なぜならここは勇者の別荘である。
 大声を上げるのは良くない事だった。

「どうかしたのですかルクルス卿?」

 ルクルスの声を聞いた1人の女性がこちらに来る。

「これはチユキ様」

 ルクルスは頭を下げた後、顔を上げて女性を見る。
 美しい少女である。
 黒髪の賢者チユキ。
 それがこの少女の名だ。
 一見ただの女の子だ。しかし、この少女は聖レナリア共和国にいる魔術師が束になってもかなわないほどの魔力を持っている。
 おそらく西方にあるサリアの学院の魔術師でもこの少女に敵う者は少ないだろうとルクルスは思っている。
 その、黒髪の賢者と呼ばれる少女は入浴したばかりなのか、髪が濡れていてとても色っぽかった。

「実は街に捜索に行かせた者達が未だに戻ってこないのです」
「捜索……。ああ私達が頼んでいたことですね。お手数をお掛けしますルクルス卿」

 少女が頭を下げるとルクルスはその態度に戸惑う。

「いえ、神殿の騎士として当然の事です」

 背筋を伸ばして言う。
 勇者様達はなんでもある人物を探しているらしく、それをルクルス達率いる神殿騎士達が手伝っているのだ。
 その探している人物は隠形を使うらしく、そのためにルクルスは部下の1人であるヒュロスを行かせたのだ。
 神殿騎士ヒュロスはその腕もさることながら、生まれつき幻術や隠形を見破る破幻の能力を持っていた。
 さすがに妖精の舞姫の放つ幻術を見破る事はできないが、それでもかなりの高度な幻術を見破る事ができる。
 だからこそ、ルクルスはヒュロスを捜索を出したのである。
 だが、それは失敗だった。
 ヒュロスは能力だけなら神殿騎士団の中で1、2を争うほど高いが、その素行は悪く、たびたび問題を起こしていた。
 彼はルクルスの恩人である神殿騎士団長ボーウェンの甥であり、またその類まれな能力によって、数々の素行不良を見過ごされてきた。しかし、それも限界だろう。
 そして、ヒュロスと共に捜索に出た者達も素行が悪い。
 彼らの多くはヒュロスと同じく貴族の出身で元からヒュロスの仲間達である。

(何で、問題児ばかりが私の部下に!? ボーウェン団長、私にばかり苦労を押し付けないで下さい!)

 ルクルスは遠くの恩人に文句を言う。
 とうにヒュロス達が帰還するはずの時間はすぎている。
 彼らは過去に任務中に女性に悪さをした事があり、今回も同じだろうとルクルスは思っている。
 もしかして何かあったのかもしれないが、その時は緊急を知らせる笛を吹くはずであった。
 それすらできないのでは神殿騎士失格である。
 探しに行こうにも護衛の人数をこれ以上減らす事はできない。
 その事にルクルスはいらだつ。

「彼らが戻ってきたら処罰したいと思います」
「いえ、私達の勝手な頼み事です。どうか穏便に」

 黒髪の賢者チユキがヒュロスを庇う。
 この黒髪の少女は強力な魔法を使う事から恐れられているが、本当は優しい心の持ち主である事をルクルスは最近知った。

「それよりもルクルス卿。レイジがどこに行ったのか知りませんか?」
「勇者様ですか? 確かお部屋に籠られ、誰も入るなと言われた後は見ていませんが。いらっしゃらないのですか?」

 本来なら勇者も護衛対象だが、勇者である彼が行方を眩まそうと思ったらルクルス達ではどうすることもできない。
 その点はルクルスの目の前の少女もわかっているので非難はしない。

「まったくどこに行っているのやら」

 そう言うと黒髪の賢者と呼ばれる少女はため息を吐くのだった。





 勇者レイジは寝台の上で1人の女性と共に寝ている。
 女性はこの国の姫アルミナだ。
 この世界でもレイジは多くの女性と関係を持った。
 ただ、彼は誰でも関係を持つわけではなく、基本的に女性から求められた時に関係を持つ。
 もちろんたまに自分から誘う事はあるが、無理強いする事は決してない。
 そのため、チユキやシロネとは男女の関係にはなかったりする。
 潔癖なチユキはいやがり、シロネはレイジの誘いにのらず、また誘うタイミングがなかったからだ。
 しかし、取りこぼしはあるものの容姿端麗なレイジに惹かれる女性は多く、女性に不自由した事はなかった。
 アルミナもそんな女性の1人だ。
 過去にこの国に厄災をもたらしていたストリゲス。
 彼女はそのストリゲスの贄になる寸前であった。レイジはそんな彼女を救い出した。
 アルミナはレイジに感謝し、愛するようになったのである。

「レイジ様」

 ベッドの上、アルミナは愛しい人の胸に顔を寄せる。
 胸には醜い傷跡が右肩から左の腰まで1つの線となって残っている。
 アルミナが前に会った時にはなかった傷だ。
 アルミナは光の勇者と呼ばれたレイジにこんな傷を負わせた暗黒騎士を憎たらしく思う。
 その暗黒騎士に負わされた傷は聖女と呼ばれるサホコの癒しの魔法でもこの傷跡は消す事ができなかったと聞いている。

「酷い傷、女神様に愛された方に何て事をしてくれるのかしら。きっと女神レーナ様が罰を下されるに違いないわ」

 アルミナがそう言うとレイジは笑って首を振る。

「そいつは困るな。奴を倒すのは俺だ。何しろ俺はレーナを助けるために呼ばれたのだからな。前は不覚を取ったが次は必ず倒してやるぜ」

 レイジはにっと笑って答える。

「まあ、さすがレイジ様ですわ。その言葉を聞いたら女神様も喜ばれるでしょう」

 アルミナはそう言うとそこで考える。

(女神様もこんな風に抱かれたのかしら?)

 アルミナは神様に会った事はないが、しかし女神レーナが自身の聖地である聖レナリア共和国に降臨する事があると聞いている。
 そして、アルミナはレイジに会いにくるのだろうと推測している。
 アルミナと一緒に寝ている男は美しき女神レーナから愛された勇者である。
 不遜な考えだが、アルミナは彼と一緒にいる間だけ自身も女神になったような気がしていた。
 レイジがベッドから出ると、一糸も纏わない体が露わになる。
 無駄な肉がなく、引き締まった体。背は高くすらりとしている。
 アルミナはその体を見て溜息を吐く。

(なんて、美しい体、もっと見ていたい……)

 だがそれも終わりであった。女神レーナだけでなくレイジの周りにはアルミナよりも美しい女性がいる。一緒にいられるのはほんのわずかな間だけだ。
 アルミナはその事を考えると胸が苦しくなる。
 腹部を触るとレイジの感触が未だに残っている。
 もっと愛されたいと思うがそうはいかない事も知っていた。 

「行かれるのですか?」
「ああ、そろそろ戻らないとな」

 レイジの言葉にアルミナは黒髪の賢者チユキの事を思い浮かべる。
 黒髪の賢者は美しいが恐ろしいお方だと聞いていた。

(レイジ様との関係がバレたら、私はただではすまないだろう。なにしろ魔法の力であの強固な城壁を簡単に壊してしまうお方なのだから。きっと、強力な魔法で私は石に変えられてしまう)

 それを思うとアルミナの心の中で恐怖が湧き上がりそうになる。
 ただ、それでもレイジ様と一緒にいたいとも思う。

「そうですか……」

 アルミナは寂しそうに言う。
 ちょっとでもレイジの記憶に残って欲しい。
 しかし、願いも空しくレイジ様は服を着る。

「ああそうだ、アルミナ。例の件はまかせておきな」

 レイジはアルミナを見て笑う。
 例の件とは昨日の夜に起こったゾンビ発生事件の事だ。
 この国を襲ったストリゲスの生き残りがいたのではないかと言われている。
 ストリゲスは強力な魔物なのでレイジの力をお借りしようという事になったのだ。
 これは幼馴染であるレンバーに頼まれた事でもあった。

「ストリゲスか……。まさか生き残りがいたとはね。必ず倒すと約束するぜアルミナ。君に誓ってね」

 そのレイジの言葉をアルミナは頼もしく思うのだった。




 神殿騎士ヒュロスは色街の外れにある粗末な家に運ばれる。
 家の中には薬草の匂いが充満して、鼻が馬鹿になりそうであった。

「じゃあ頼みましたよ、オルアさん。俺達は勇者様のお屋敷に連絡に行きますので」
「ああまかしときなよ」

 ヒュロスはそのやり取りを乗せられた板の上で聞く。
 体が動かない。
 横を見るとヒュロスの仲間である神殿騎士達も同じように板に乗せられてここまで運ばれていた。
 ここまでヒュロス達を運んだ男達が出て行く音が聞こえる。

(どうしてこんな事になったんだ)

 ヒュロスは泣きたくなる。
 さっさと警報の笛を鳴らせばよかったと後悔する。

(それにしても、路地であったあの男は何者だ?)

 自慢ではないがヒュロスは神殿騎士達の中でもかなりの腕である。
 1対1なら上司であるルクルスにも負けないだろう。
 その、ヒュロスをあの男は目に見えない速さで叩きのめしたのである。
 一見するとただの優男だがその男の動きは只者ではない。
 抵抗することもできなかった。
 問題はその後である。
 何という技を使われたのかわからないが、体が痺れて動かず、口もまた動かせない。
 ただ、鈍い痛みだけが体を走っている。
 そして、動けなくなったヒュロス達はたまたま通りかかった者に発見されて、色街の近くに住んでいる薬師オルアの家へと運ばれたのである。

(それもこれも勇者様が悪い! サホコ様のあんな姿を見せるから!)

 ヒュロスは思いを寄せる勇者の仲間の女性の1人を思い出す。

(綺麗だったなサホコ様。あの清純可憐なあの方があんな格好をするとは思わなかった)

 その姿は忘れられない。ヒュロスは今でも目を瞑ればその姿を思い浮かべる事が出来る。
 そして、聖女に愛される勇者が妬ましかった。
 サホコ様の側にいるだけで癒される。
 
(薬師の女ではなくサホコ様に癒してもらえないだろうか)

 白の聖女の癒しはどんな傷も治す。
 あの白い手で触れてもらえないだろうかとヒュロスは妄想する。

(それにしても、あの男は何者なのだろう? もしかするとサホコ様達が探している男かもしれない。報告しなければ……)

 そんな事を考えている時だった。この家の主人である女が近づいてくる。

「くくっ、体はどうだい?」

 声をかけられてヒュロスは女を見る。
 寝かされた首の向きから、なんとか見る事できた。
 黒い女だった。
 女は黒い服に黒いフードを被り目元を薄い布で覆っている。
 ほとんど顔が見えないので女がどんな容貌しているかわからないが、口ぶりからかなり年を取っているのがわかる。
 女は何でも目が悪く。強い光がある所では生活できないらしいと、ここまで運んだ男達の話しからわかった。
 そのためこの家の窓は遮られていて暗く、窓からわずかに差し込む夕日の光だけが部屋を照らしている。

「お前さん達はあの勇者を守る騎士だってね、くくく……運が良い、獲物が自ら飛び込んで来るのだからね」

 ヒュロスはその言葉に疑問を感じる。

(獲物何を言っているんだ?)

 女の様子からただならぬ気配をヒュロスは感じる。
 そして、女が目の布を取ったとき息を飲む。
 それは人間の目ではなかった。
 布を取った女の目は丸く、本来白い部分が黄色くてその中心に黒い瞳孔がある。
 爛々と光るその目は人間の目ではない。それは梟の目に似ていた。
 そこでヒュロスは女は魔物だったのだと気付く。

「ううっ」

 その目を見たヒュロスを含む神殿騎士達が呻き声を上げる。

「お前達には私の手先になってもらうよ」

 女が笑う。その口から長い牙が見えた。

「私の可愛い娘を殺した。この国と勇者達を滅ぼすためにね」

 女が笑う。
 だが、ヒュロス達は呻く事しかできなかった。

コメント

  • Kyonix

    その雌犬

    0
  • 眠気覚ましが足りない

    物語の影でより修正報告を

    獲物何を言っているんだ?

    獲物? 何を言っているんだ?

    女は魔物だったのだ。

    女は魔物だったのだ、と。

    0
  • シロサキ正造

    レンバーェ…

    2
  • 優しい心

    不倫ダメ絶対

    4
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