暗黒騎士物語

根崎タケル

レーナと会談

 アルレーナ神殿の中心部である女神の間。
 広い部屋には、丸い柱が立ち並び、荘厳な雰囲気を醸し出している。
 チユキ達がここに来るのは初めてではない。そもそも、この場でチユキ達はレーナに召喚されたのだ。
 チユキ達の前にレーナが降臨している。
 この聖レナリア共和国の神殿は地上におけるレーナの居所である。レーナはたまに地上に降臨して、人々を導く。
 その事を聞いたチユキはこの世界には神が本当に存在して、人々と密接に繋がっている事を実感する。

「お久しぶりですね。皆さん」

 そう言ってレーナが微笑む。その笑みにチユキ達は惹き付けられる。
 本当に美人だなとチユキは思う。
 美しい顔、白い肌、サホコよりも豊かな胸をしているのに腰は細い。チユキ達がいた元の世界でもこれ程までに美しい女性はいなかっただろう。
 チユキもそれなりに容姿に自信はあるが、レーナには敵わない。
 その美しさは、レイジでなくても男なら言う事を聞いてしまうに違いないとチユキは思う。

「久しぶりだね、レーナ。会いたかったよ」

 レイジが目を輝かせてレーナを見つめる。レイジがレーナに会うのは久しぶりのはずであった。
 前に降臨した時、レイジは傷ついて眠っていたのだから。

「本当に久しぶりです。レイジ。暗黒騎士に負わされた傷は大丈夫なのですか?」

 暗黒騎士の名を聞いてレイジの表情が曇る。

「次は負けない。魔王は必ず倒す。だから安心してくれ、レーナ!」
「そうですか、期待していますよ、レイジ」

 レーナはとても嬉しそうだ。しかし、チユキとしては複雑な気持ちだ。
 レイジは死にかけたのである。再び暗黒騎士と戦うのは反対であった。

(そもそも、私達だけが戦うのはおかしいのよね。エリオスの神々は何をしているのかしら?)

 チユキはその事も含めてレーナを問い質すつもりだった。

「女神レーナ。お聞きしたい事があります」
「何ですか? チユキ?」

 レーナが首を傾げる。その仕草も優美だった。

「まず、なぜエリオスの神々は魔王を放置しているのでしょうか?」

 チユキはまず一つ目の疑問を言う。

「別に放置しているわけではないのですが……。神々にも事情があるのですよ」

 レーナが申し訳なさそうに言う。

(その理由って、何かしら?)

 チユキとしては天界であるエリオスに直接行って話を聞きたかった。しかし、レーナが困った顔をするので、レイジが渋い顔をしたのだ。そのため、今まで聞きに行く事はできなかった。

「その事情って何なのレーナ?」

 だが、リノが無邪気に聞く。その目がキラキラしている。レーナ程ではないが、リノも魅力的である。男であれば簡単に事情を話すだろう。
 もっともレーナは女性なので、リノの魅力は効かない。

「ごめんなさいね。リノ。それは、言えないの……」
「ぶー」

 リノがふくれる。可愛いけどレーナには無意味だ。

「聞きたい事はそれだけですか?」
「いえ、聞かねばならない重要な事が一件あります」
「重要な事? それは何でしょう? チユキ?」
「女神レーナ。私達以外にも召喚された者がいますね?」

 その言葉を聞いた時だった。レーナの顔が険しくなる。
 その顔を見たチユキ達全員が驚く。レーナのその表情を見るのは初めてだったからだ。

「気付いたのですね、チユキ。とても、不愉快ですが、あなたの想像の通りです……。まさか私以外の者が召喚を行うなんて……」

 レーナは悲しそうに首を振る。
 チユキはレーナのその言葉から、召喚したのはレーナではないと判断する。
 また、嘘感知の能力を持つリノが何も言わない事で、さらに確信を深める。

「これでわかっただろ。レーナが俺達に黙ってそんな事をするはずがないってな」
「そうだね、レイジ君の言う通りだったね。あははは」
「うんうん、レイ君の言う通りだったよ」

 レイジの言葉にシロネとサホコが相槌を打つ。
 そんなチユキ達の様子をレーナは不思議そうな顔をして見ている。
 それも、当然だとチユキは思う。レーナはレーナが来る前のチユキ達のやり取りを知らないのだから。

(疑ってごめんなさい、レーナ)

 チユキはレーナに心の中で謝る。

「そうなのですか? やはり私達以外に召喚された者がいるのですね。その者は何者なのでしょう?」
「わかりません、チユキ。私がその者について知っている事は召喚された事と強い事だけです。どんな能力を持っているのか、どんな世界から召喚されたのかはわかりません。調査中です。詳しい事がわかれば、あなた達に連絡します。他に聞きたいことはありますか?」

 レーナは額に手を当てため息を吐く。

(召喚された事と、強い事は、私達も知っている。そして、レーナはその者が私達と同じ世界から来た事を知らないみたい。私達よりも情報を持っていないのなら、これ以上聞いても無駄だわ。それにしても何者だろう? 私達に危害を加える気がないみたいだから、敵対する者じゃないのだろうけど……)

 これ以上聞いても仕方がないのでチユキは話を変える事にする。

「では召喚された者の事はもう良いです。話を変えましょう、次の話ですが、要求したい事があります」
「要求? 何ですか? チユキ?」
「私とシロネを元の世界に戻してください」

 そう言うとレーナが困った顔をする。
 チユキとしては全員で帰るべきだろうと思っている。しかし、レイジはレーナから一度引き受けた事を絶対に投げ出したりしない。
 だが、もう一年以上もたっている。いい加減、帰らなくてはならない。
 そこでレーナが来る前に話し合った結果、チユキとシロネだけで帰る事にしたのである。

「もう、魔王討伐に協力してはくれないのですか?」

 レーナが目をうるませて言う。

「もう一年です。これ以上この世界にいる事はできません」
「そこを何とかなりませんか?」

 レーナの懇願する瞳。女性のチユキでも心が揺れそうになる。

「チユキ……。別に今帰らなくても良いんじゃないか? レーナも困っているみたいだし」

 レーナの瞳を見たレイジが止める。
 チユキはそれを聞いてため息を吐く。そして、チユキはある事を思い付く。

「わかりました」
「わかっていただけましたか。チユキ」
「よくよく考えたら、召喚術を使える者は他にもいるのでしたね」

 レーナ以外にも召喚術を使える者がいるのなら、その者を探せば良いとチユキは思い付く。
 そうなれば、魔王を倒さなくても帰還ができるはずであった。

(もっとも変質者かもしれないけどね……。それだけが心配だわ)

 チユキがそう言うと、レーナの顔が先程よりもさらに険しくなる。

「チユキ。それはどういう意味でしょう?」
「要求を聞いてもらえないなら。その者のところに行くだけです」

 チユキがそう言うとレーナの顔が怖くなる。それはレーナが今まで見せた事のない顔だった。
 チユキの背筋が冷たくなる。横を見るとレイジも驚いた顔をしている。

「それはあなた達、全員の考えですか?」

 その場にいる全員がレーナの迫力に押されそうになる。

(そりゃ、怒るわよね。レーナを見捨てて帰ろうとしているのだから)

 チユキは少しだけ悪かったと思う。
 しかし、チユキにしてみれば、無理やり争いに巻き込まれたようなものであった。だから、譲る気もない。

「安心してくれレーナ。俺はそんな事を考えていないぜ」

 レーナが怒ったのでレイジが慌てる。

「そうね。考えているのは私だけだわ……」

 実際、チユキは思い付いた事を言っただけだ。他の仲間は考えていないはずである。
 そのチユキの言葉を聞いたレーナの顔が戻る。
 レーナの迫力がなくなり全員がほっとした顔を見せる。

「わかりましたチユキ。あなたには帰ってもらった方が良さそうですね」

 そう言ってレーナはにこりと笑うのだった。








 クロキがレイジの妹と接触してから二日が経過していた。
 クロキは自分が捜索されている事に気付き、外街の廃屋で生活している。
 この廃屋はドズミの隠れ家だ。
 ドズミは何かあった時のために隠れる場所を用意していたのである。

(結局ナットに頼りきりだな……)

 クロキは溜息を吐く。 
 何のためにここまで来たのだろうとクロキは思う。
 現在情報収集はナットにまかせきりだ。
 そのナットは神殿に様子を見に行っている。
 何でも神殿の神官の話から、女神レーナが神殿に降臨するらしいとクロキは聞いている。

(レイジ達を召喚した張本人が降臨する。何かがわかれば良いのだけど)

 クロキがそんな事を考えているとナットが戻って来る。

「クロキ様。ただいま戻りました~」
「お帰りナット。女神レーナが何のために降臨したのかわかったかい?」

 ナットは首を振る。
「勇者達と何か話し込んでいたようですが、その部屋は警備が厳重で聞く事ができなかったです~」
 さすがに女神の周辺は警備が厳重なのだろう。さすがのナットも情報を集められなかったようだ。
「そうか、仕方がないよ……。ありがとうナット」
「ただ……気になる情報があるのです」
「気になる情報?」
「はい、どうやら召喚の準備をしているようなんです~」
「……はい?」

 クロキは間抜けな声を出す。

「召喚の準備? 新たに誰かを召喚するつもりなの?」

 しかし、ナットは首を振る。

「それが、良くわからないのです。どうも召喚ではなく帰還をさせるとかなのです……」

 クロキはその言葉からナットもはっきりと情報を掴めていないようだと判断する。

「何でも、勇者の仲間のチユキって奴とシロネって奴が帰るとか言っているようなのですが……」

 確かに気になる情報だ。

「あれ……。確か帰還する術はなかったはずでは?」
「確かそのはずです」
「本当は帰還術があるのでは……?」

 モデスがないと思っているだけで、実はエリオスには帰還術があるのでは?
 クロキはそんな事を考える。

「クロキ様! ヘイボス様はそんな事をされる方じゃないです!」

 ナットは間延びしているが、強い口調で言う。
 鍛冶の神ヘイボスはモデスの友人だとクロキは聞いている。
 そして、ヘイボスは情報の出し惜しみをするような者ではないとナットは言う
 ヘイボスの情報によると今の召喚術では帰る事はまず無理。最悪、時空の漂流者になる事もあるという。
 しかし、シロネは元の世界に帰るという。
 そして、ナットは帰還のための術はないという。

(情報が矛盾している? どういう事?)

 レーナは今の召喚術では帰れない事を知らないのかもしれない。
 しかし、もし知っていてシロネを帰すのだとしたら?
 もしかするとシロネが危ないのかもしれなかった。
 クロキの心がざわつく。

「確かレーナが召喚術を行うのだよね?」
「はい」
「レーナは今神殿にいるのだよね?」
「はい。そのはずです」

 レーナに直接会って確認を取らねばならない。
 クロキは動く事を決意する。

「ナット。神殿に侵入するよ。新たな召喚をするのなら止めないといけないからね」
 

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