鬼の魔法使いは秘密主義
夜
謙一郎が蒼真に行った事を、直夜は考えていた。
自分が蒼真の「百鬼夜行」としてやっていけるのかどうか。
そして、自分自身の体の事を。
直夜が5歳の時、すでに彼は蒼真の守護者になる事が決まっていた。
しかし、まだ鬼人化の魔法陣を書き込まれていない蒼真に対しても、同じように育ってきた澪に対しても、魔法使いとして大きく差があったのだ。
そんな彼は、自分がどういう存在で何が足りないのかを子供ながらに気がついていた。
親に言われるがままではなく、自分から自主的に練習を重ねたりもした。
しかし、蒼真はおろか澪にも追いつけず差は開いていく一方であった。
まだ子供だった彼には重い事実だったが、それを態度に出す事も無く、持ち前の明るさで不安感は見せないようにしていた。
彼が無理をしている事を、蒼真や澪は感じていたがあえて口に出すような事はしなかった。
それでプレッシャーを与える事になるのをわかっていたのである。
ある日、直夜は父親の夜一に呼び出された。
「お父さん、どうしたの?」
「直夜。いいか、今から少し真剣な話をするぞ」
「うん」
「いつも頑張って魔法の練習してるよな。どんな調子だ?」
「頑張ってるけど、全然追いつけない…」
「お前が頑張っているのはみんなわかっている。でも難しいんだよな?」
「……」
直夜は今にも泣き出しそうな顔で俯いた。
いつも明るく振る舞っている分、不安も大きいのであろう。
「強くなりたいか?」
「うん! 強くなって役に立ちたい!」
直夜はすぐに答えた。
「そうか。辛いかもしれないぞ。」
「大丈夫!」
この時、彼の中には強くなれる、役に立てるという希望が初めて浮かんできた。
「なら話を続けよう。よく聞いておけよ。お前には、魔法手術を受けてもらおうと思っている」
「なに? それ?」
「体の細胞レベルで魔法陣を埋め込む方法だ。鬼人化とは違ってかなりのリスクがあるが、実験動物での試験や、他の研究機関のデータからかなり抑えれている。」
「難しいよ。あまりわかんない」
「そうか。簡単に言うと、ちょっとだけ危険があるって事だよ」
「ならいいや。それやるよ」
強くなる事で頭がいっぱいの直夜には、やめるという選択肢は無かった。
そして数日後、魔法手術当日を迎えた。
受けると決めたものの、この日が近づくにつれて高まる不安に押しつぶされそうになりながらも直夜は前向きに捉えていた。
彼は夜一や蒼真達に見送られ、結城家の離れにある魔法陣で覆われた部屋へ入っていった。
薄暗い部屋の中で待っていたのは、謙一郎と澪の父親の黎明だった。
「さあ直夜君。始めようか」
黎明は、直夜に優しく微笑みかけた。
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、そこの台の上でうつ伏せになってくれるかな?」
部屋の真ん中には、大人が寝ても十分な大きさの台が置いてある。
指示に従い、直夜が台の上でうつ伏せになった瞬間、彼の意識はだんだんと遠のいていった。
直夜が目が覚めらと、そこは彼の知らない部屋だった。
何も無く、ただ白い壁で囲まれた部屋。あるのは先程まで寝ていたベットのみ。
状況を理解できないまま、彼はとりあえず部屋から出ようと白いドアを開けた。
しかし、その先にあるのは同じ白い部屋。その先も同じ光景だった。
「何で…。誰もいない…」
どこまで歩いても続く同じ光景に不安を覚えげながら、そう呟いていた。
「どうしたら…」
直夜はとうとう歩き疲れて立ち止まり、うずくまってしまった。
そんな時、ふと上げた彼の視線の先に赤い魔法陣が出現した。
「何あの魔法陣。見たことない」
それは、いずれ蒼真の守護者となるために様々なことを学んでいた彼にも初めて見るものだった。
よく見ようと近づいてみると、この部屋に入るときに開けたままにしていたドアが急に閉じて無くなった。
ドアのあった場所はただの壁となっている。完全に閉じ込められたのだ。
周りは白い壁と赤い魔法陣。
直夜は早くこの孤独から解放されたい、みんなの所へ戻りたいという一心で唯一の手掛かりである魔法陣に触れた。
その時だった。
「汝、力を求める者よ」
「何! この声!」
直夜は驚いて思わず耳を塞いだ。
「耳を塞いでも無駄だ。聴こえておるだろう」
「……あなたは?」
落ち着きを取り戻した彼は、状況を把握しようと質問した。
「我はこの魔法陣の意思そのものである」
「魔法陣が意思を持つなんて聞いたことがないよ…」
再び彼は驚き、唖然とした。
「世界には汝の知らぬ事で満ちているという事だ」
「そうだね。でも、声だけじゃちょっと話しづらいなぁ」
「そうか。なら、仮の姿でも作ってみるとしよう」
赤い魔法陣が徐々に収縮し始めた。
その赤い光は一点に集まり、あるものの形になっていった。
「……」
「どうした? 何を不思議そうな顔をしている?」
「…だって…」
直夜の目の前にいたのは、ぼんやりと赤く光る猫だった。
「我の姿などはどうでもいい。これで話しやすくもなるだろう」
「どうだろ。猫だもん」
動物が好きな彼は、猫へと姿を変えた魔法陣をじっと見つめていた。
「あまり見るでない。何かおかしい事でもあるのか?」
「無いよ。ただ、かわいいなと思ってさ」
「なるほど。人に好かれる獣もいるのだな」
「そうだね。えっと…、なんて呼べばいいの?」
「我の名か? 我に名などは無い。いずれ消えゆく存在なのだからな」
猫の姿でも、微妙に残念な雰囲気が見て取れた。
「じゃあ今の間だけでも名前を考えなきゃね」
直夜はそんな空気を察してか、明るく振る舞おうとした。
「どんなのがいい?」
「汝の好きに決めてくれ」
直夜は悩んでいた。今までペットなども飼ったことがなく、名前を考えるというのは初めてだったからだ。
「もう猫さんでいいや」
何も考えつかなかった彼は諦めてそう言った。
「で、猫さん。どうやったらみんなの所に帰れるの?」
直夜は、この猫の登場ですっかり忘れていた事を尋ねた。
「汝が力を持つに相応しい者だと、我に認めさせてみよ。そうすれば、全て元に戻るであろう」
「相応しい…。わかった。どうすればいいの?」
「それは汝自身で考えよ。ここは汝の精神世界。その事をよく理解するがよい」
そう言うと、猫は光を発しながら消えていった。
「考えろって言われてもなぁ…」
周りを見回しながら、直夜はそう呟いた。
「力を持つに相応しい…、か。自分でもわかんないや」
何も思いつかず、上を見上げた彼はあることに気づいた。
「天井も壁と同じ白色なんだ…。なんで白色なんだろ?」
彼は、猫が言った言葉を思い返してみた。
「ここは精神世界…。つまり自分自身って事か…。僕は真っ白な存在…」
今までの自分、そしてこの精神世界の景色を重ね合わせ、自分でも気づかずに過ごしてきた事が浮かび上がった。
「僕は周りに合わせていたんだな…。だからいろんな色に染まる白色なんだね…」
自分自身を知り、認めた時、目の前の壁にひびが入った。
壁だけでなく、天井や床にもひびは広がっていった。
そして全てが砕け散り、目を開けた直夜の視界に入ってきたのは、どこまでも続く草原と、青い空だった。
「直夜なのに、明るい景色なのだな」
いつのまにか猫が彼の横で座っていた。
「夜がついてるのにね」
彼は笑いながらそう答えた。
「我を認めさせる答えは見つかったか?」
「認めてもらえるかわかんないけどね。僕は周りだけじゃなくて自分の事も大事にしようと思うんだ。真っ白な自分だと、今までと変わらないからね」
「そうか、それも答えだな」
「それも?」
「汝が汝自身で考え、言葉にすれば我は認めるつもりだったのだ」
直夜は唖然とした。
「そんなのないよ!」
「だが、今までは周りに合わせて自分の感情は二の次になっていたのであろう?」
「それは…」
「魔法手術を受けたのも親がやって欲しそうだったからであろう。周りの為に強くならざるを得なかったのであろう。それを自分で決めたと思っていたのかもしれないがな」
「そうだね。言われてみるとそんな気もするよ」
「自分自身を自覚することが全てに繫がる。汝は自覚できただろう」
「うん」
「ならば、我は力を持つに相応しいと思っている」
「ありがとう。自信になるよ」
猫は真剣な声色で直夜に尋ねてきた。
「汝に問う。力が欲しいか?」
「うん! そのために手術も受けたんだし」
直夜も真剣に答えた。
「ならば望むがいい。汝の求める力というものを」
「望む力…。なら、蒼真を…みんなを守る力が欲しい! 誰も傷つけさせたくないんだ!」
直夜は叫んだ。今までの弱かった自分から、新しく変わろうと。
「願いは受け取った。汝に幸多からんことを」
猫の赤い光が直夜を包み込み、視界を覆った。
自分が蒼真の「百鬼夜行」としてやっていけるのかどうか。
そして、自分自身の体の事を。
直夜が5歳の時、すでに彼は蒼真の守護者になる事が決まっていた。
しかし、まだ鬼人化の魔法陣を書き込まれていない蒼真に対しても、同じように育ってきた澪に対しても、魔法使いとして大きく差があったのだ。
そんな彼は、自分がどういう存在で何が足りないのかを子供ながらに気がついていた。
親に言われるがままではなく、自分から自主的に練習を重ねたりもした。
しかし、蒼真はおろか澪にも追いつけず差は開いていく一方であった。
まだ子供だった彼には重い事実だったが、それを態度に出す事も無く、持ち前の明るさで不安感は見せないようにしていた。
彼が無理をしている事を、蒼真や澪は感じていたがあえて口に出すような事はしなかった。
それでプレッシャーを与える事になるのをわかっていたのである。
ある日、直夜は父親の夜一に呼び出された。
「お父さん、どうしたの?」
「直夜。いいか、今から少し真剣な話をするぞ」
「うん」
「いつも頑張って魔法の練習してるよな。どんな調子だ?」
「頑張ってるけど、全然追いつけない…」
「お前が頑張っているのはみんなわかっている。でも難しいんだよな?」
「……」
直夜は今にも泣き出しそうな顔で俯いた。
いつも明るく振る舞っている分、不安も大きいのであろう。
「強くなりたいか?」
「うん! 強くなって役に立ちたい!」
直夜はすぐに答えた。
「そうか。辛いかもしれないぞ。」
「大丈夫!」
この時、彼の中には強くなれる、役に立てるという希望が初めて浮かんできた。
「なら話を続けよう。よく聞いておけよ。お前には、魔法手術を受けてもらおうと思っている」
「なに? それ?」
「体の細胞レベルで魔法陣を埋め込む方法だ。鬼人化とは違ってかなりのリスクがあるが、実験動物での試験や、他の研究機関のデータからかなり抑えれている。」
「難しいよ。あまりわかんない」
「そうか。簡単に言うと、ちょっとだけ危険があるって事だよ」
「ならいいや。それやるよ」
強くなる事で頭がいっぱいの直夜には、やめるという選択肢は無かった。
そして数日後、魔法手術当日を迎えた。
受けると決めたものの、この日が近づくにつれて高まる不安に押しつぶされそうになりながらも直夜は前向きに捉えていた。
彼は夜一や蒼真達に見送られ、結城家の離れにある魔法陣で覆われた部屋へ入っていった。
薄暗い部屋の中で待っていたのは、謙一郎と澪の父親の黎明だった。
「さあ直夜君。始めようか」
黎明は、直夜に優しく微笑みかけた。
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、そこの台の上でうつ伏せになってくれるかな?」
部屋の真ん中には、大人が寝ても十分な大きさの台が置いてある。
指示に従い、直夜が台の上でうつ伏せになった瞬間、彼の意識はだんだんと遠のいていった。
直夜が目が覚めらと、そこは彼の知らない部屋だった。
何も無く、ただ白い壁で囲まれた部屋。あるのは先程まで寝ていたベットのみ。
状況を理解できないまま、彼はとりあえず部屋から出ようと白いドアを開けた。
しかし、その先にあるのは同じ白い部屋。その先も同じ光景だった。
「何で…。誰もいない…」
どこまで歩いても続く同じ光景に不安を覚えげながら、そう呟いていた。
「どうしたら…」
直夜はとうとう歩き疲れて立ち止まり、うずくまってしまった。
そんな時、ふと上げた彼の視線の先に赤い魔法陣が出現した。
「何あの魔法陣。見たことない」
それは、いずれ蒼真の守護者となるために様々なことを学んでいた彼にも初めて見るものだった。
よく見ようと近づいてみると、この部屋に入るときに開けたままにしていたドアが急に閉じて無くなった。
ドアのあった場所はただの壁となっている。完全に閉じ込められたのだ。
周りは白い壁と赤い魔法陣。
直夜は早くこの孤独から解放されたい、みんなの所へ戻りたいという一心で唯一の手掛かりである魔法陣に触れた。
その時だった。
「汝、力を求める者よ」
「何! この声!」
直夜は驚いて思わず耳を塞いだ。
「耳を塞いでも無駄だ。聴こえておるだろう」
「……あなたは?」
落ち着きを取り戻した彼は、状況を把握しようと質問した。
「我はこの魔法陣の意思そのものである」
「魔法陣が意思を持つなんて聞いたことがないよ…」
再び彼は驚き、唖然とした。
「世界には汝の知らぬ事で満ちているという事だ」
「そうだね。でも、声だけじゃちょっと話しづらいなぁ」
「そうか。なら、仮の姿でも作ってみるとしよう」
赤い魔法陣が徐々に収縮し始めた。
その赤い光は一点に集まり、あるものの形になっていった。
「……」
「どうした? 何を不思議そうな顔をしている?」
「…だって…」
直夜の目の前にいたのは、ぼんやりと赤く光る猫だった。
「我の姿などはどうでもいい。これで話しやすくもなるだろう」
「どうだろ。猫だもん」
動物が好きな彼は、猫へと姿を変えた魔法陣をじっと見つめていた。
「あまり見るでない。何かおかしい事でもあるのか?」
「無いよ。ただ、かわいいなと思ってさ」
「なるほど。人に好かれる獣もいるのだな」
「そうだね。えっと…、なんて呼べばいいの?」
「我の名か? 我に名などは無い。いずれ消えゆく存在なのだからな」
猫の姿でも、微妙に残念な雰囲気が見て取れた。
「じゃあ今の間だけでも名前を考えなきゃね」
直夜はそんな空気を察してか、明るく振る舞おうとした。
「どんなのがいい?」
「汝の好きに決めてくれ」
直夜は悩んでいた。今までペットなども飼ったことがなく、名前を考えるというのは初めてだったからだ。
「もう猫さんでいいや」
何も考えつかなかった彼は諦めてそう言った。
「で、猫さん。どうやったらみんなの所に帰れるの?」
直夜は、この猫の登場ですっかり忘れていた事を尋ねた。
「汝が力を持つに相応しい者だと、我に認めさせてみよ。そうすれば、全て元に戻るであろう」
「相応しい…。わかった。どうすればいいの?」
「それは汝自身で考えよ。ここは汝の精神世界。その事をよく理解するがよい」
そう言うと、猫は光を発しながら消えていった。
「考えろって言われてもなぁ…」
周りを見回しながら、直夜はそう呟いた。
「力を持つに相応しい…、か。自分でもわかんないや」
何も思いつかず、上を見上げた彼はあることに気づいた。
「天井も壁と同じ白色なんだ…。なんで白色なんだろ?」
彼は、猫が言った言葉を思い返してみた。
「ここは精神世界…。つまり自分自身って事か…。僕は真っ白な存在…」
今までの自分、そしてこの精神世界の景色を重ね合わせ、自分でも気づかずに過ごしてきた事が浮かび上がった。
「僕は周りに合わせていたんだな…。だからいろんな色に染まる白色なんだね…」
自分自身を知り、認めた時、目の前の壁にひびが入った。
壁だけでなく、天井や床にもひびは広がっていった。
そして全てが砕け散り、目を開けた直夜の視界に入ってきたのは、どこまでも続く草原と、青い空だった。
「直夜なのに、明るい景色なのだな」
いつのまにか猫が彼の横で座っていた。
「夜がついてるのにね」
彼は笑いながらそう答えた。
「我を認めさせる答えは見つかったか?」
「認めてもらえるかわかんないけどね。僕は周りだけじゃなくて自分の事も大事にしようと思うんだ。真っ白な自分だと、今までと変わらないからね」
「そうか、それも答えだな」
「それも?」
「汝が汝自身で考え、言葉にすれば我は認めるつもりだったのだ」
直夜は唖然とした。
「そんなのないよ!」
「だが、今までは周りに合わせて自分の感情は二の次になっていたのであろう?」
「それは…」
「魔法手術を受けたのも親がやって欲しそうだったからであろう。周りの為に強くならざるを得なかったのであろう。それを自分で決めたと思っていたのかもしれないがな」
「そうだね。言われてみるとそんな気もするよ」
「自分自身を自覚することが全てに繫がる。汝は自覚できただろう」
「うん」
「ならば、我は力を持つに相応しいと思っている」
「ありがとう。自信になるよ」
猫は真剣な声色で直夜に尋ねてきた。
「汝に問う。力が欲しいか?」
「うん! そのために手術も受けたんだし」
直夜も真剣に答えた。
「ならば望むがいい。汝の求める力というものを」
「望む力…。なら、蒼真を…みんなを守る力が欲しい! 誰も傷つけさせたくないんだ!」
直夜は叫んだ。今までの弱かった自分から、新しく変わろうと。
「願いは受け取った。汝に幸多からんことを」
猫の赤い光が直夜を包み込み、視界を覆った。
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