うぇるかむ稲荷のさんくちゅあり

須方三城

うぇるかむ稲荷のさんくちゅあり


 おコンさんは御使みつかいです。

 御使いとは神様の使いの者。
 おコンさんは元々はただの子供の黒狐くろぎつねでしたが、森の中で死にかけていた所を【穀物の神】である稲荷いなり様に見出され、御使いになりました。

 もうダメになってしまった子狐の体を捨て、新たに与えられたのは幼い巫女の姿。
 と言っても、ただの幼な巫女ではありません。黒髪の頭の天辺には狐らしい三角耳、小さな尻には朱袴を貫いてもふっとした尻尾が生えています。

 何でも、御使いのお仕事のひとつとして「人間から供物を受け取る」と言うのがあるそうで。
 その業務は、人間の姿の方が都合が良い……しかし、只人の姿では疑り深い者に騙りかと思われかねない。
 なので黒狐と人間の女性児を折衷した容姿にした、と稲荷様。
 幼気を全面に押し出したちんまい体格なのも、人間を余計に畏まらせないための配慮だと。

 それらを説明して、最後に稲荷様は言いました。

「うちの供物回収にはノルマがあるから」
「の、のるま……?」

 おコンさんは純日本種なので横文字文化がわかりません。

「一月あたりの供物の量に目標があると言う事です。つまりは貴方の努力目標ですよ、我が御使い」
「えぇ? でも、供物って人間の方が勝手に持ってくるものなのですよね?」
「考え方が甘ァい!」
「ふぁい!?」
「客は勝手に来るもの、客単価は客次第……接客なめてんの!? このケダモノ!」
「ひ、ひぇぇ……? せ、接客業なのですか、御使いって……」
「ええ、その通り。御使いがキュートでファンシーであればあるほど人間ってのはアホみたいに供物を貢いでくれるもんなの」
「きゅうとで、ふぁんしい……?」
「『ああ、こんな御使い様になら、月一どころか毎日だって貢ぎたい!』……と向こうに思わせ、手玉に取るのが御使いの仕事よ」
「は、はぁ……ぐ、具体的にはどうすればよろしいのでしょうか……?」
「媚を売れ。――それが貴方の使命です、我が御使い」

 それだけ言って、稲荷様は天に帰ってしまいました。来月には供物を取りにくるそうです。
 果たして、のるまとやらを達成できなかったら、何をどうされてしまうのやら……。

「うぅ……九死に一生を得たかと思ったら、とんでもない事に……」

 稲荷様を奉る神社の境内にて、おコンさんは膝を抱いて既に半泣きです。

「媚を売ると言ったって……いきなり……コンには何をどうすれば良いのやら……」

 ついこの間まで狐だった身、しかも子狐。
 まだこの世の右も左もよくわかっていない状態だのに、そんなキャバ嬢みたいな仕事を任されても困惑するばかりなのは当然。

 と、おコンさんが途方に暮れていると……ザッザッと石段を上る足音が!

「! だ、誰かくるなのです……!?」

 おそらく、稲荷様に供物を持ってきた人間でしょう。

 ――っ、こうなったら、やるしかないなのです……!

 要は、稲荷様が言っていたように「毎日だってこの社に来たい」と思わせれば良い。
 であれば、おコンさんには秘策がひとつあります。

 それは――お喋り!
 おコンさんは子狐時代、母狐や小鳥さんたちとよくお喋りをしていました。
 その度に、皆、「君はお喋りが上手だねぇ。話していてとても楽しいよ」と褒めてくれました。
 ……まぁ、それはおコンさんが幼い子狐だったが故におだててくれていただけなのですが……おコンさんはそんな事は知らないので、口には自信あり。

 ――や、やってやります! コンの魅惑のお喋りを聞きたいがために毎日供物を持ってくる、そんな虜になってもらうのです!

 いざ来い人間! とおコンさんが待ち構えていると、

「ァーハン?」

 ……石段を登り切り、姿を現したのは――深緑色の軍服に身を包んだ、金髪碧眼の女性でした。

「………………」
「ワァーオ! チャーミング・ミコ!」

 おコンさんにも、わかります。

「……外国人ッ……!」

 これは詰みだと。

「ハッハァー! ワッチャネイ? ワッチャネイ?」
「ひっ、わ、わちゃに……? わちゃにって何なのです……!?」

 立ちはだかる言語の壁を纏った金髪女性がえらい勢いでおコンさんに迫ります。

「アイ・ラブ・ミコ! オー、ジャパニーズ・テンプル、グレイトフル!」
「ひぇぇ……もう勘弁してくださいなのですぅぅ……やたらに鼻が高いぃぃむやみに肌が白いぃぃぃ妙に乳房が大きいぃぃぃ……」

 もはや為されるがまま。大きな手でわさわさと頭を撫でぐしゃられ、おコンさんは早々に涙目。

 おコンさんに取って外国人とは未知の存在です。野生において未知とは恐怖の対象でしかありません。
 おコンさんの野生の本能が、この未知の女性を刺激するなと体を硬直させているため、ろくに動けません。
 ついには抱きしめられ、頬ずりをされながら、おコンさんは己の無力さを噛み締めます。

 ――ああ、早く何かしらに満足して帰ってくれないですかね……。

 などとおコンさんが遠い目をしていると……不意に、金髪女性が立ち上がりました。おコンさんを抱きしめたまま。

「え?」
「レッツ・カマーン、プリティ・ミコ!」
「ちょ!? ま、まさか……どこかへ連れて行くつもりなのです!?」
「マイ・ホームルーム! エンジョイ・パーティ! イェーイ!」
「ま、まぃ……ほーむるー…………、『葬《ほーむ》る』……!?」

 きゃああああと言う効果音と共に、おコンさんの幼女性顔が蒼白に染まりました。

「いやあああああああああ!? 放して! 放してなのです! せっかく拾った命がこんなにも早く散らされるだなんて惨い! 惨過ぎる仕打ちなのですぅぅぅ!」

 おコンさんはジタバタともがきますが、現役海兵隊所属の金髪お姉さんの腕筋に太刀打ちできるはずもなく。

「ハッハッハ! パワフル・ガール! エンジョイエンジョーイ!」
「たーすーけーてーッ!?」


   ◆


 その夜。

「な、何だかよくわからない目に遭ったなのです……」

 ラメ入りの三角帽子や愉快な英語が刻まれたタスキや悪趣味な鼻眼鏡を装備させられた小さな体を引きずりながら、はうはうのていでおコンさんは境内に戻ってきました。

 金髪女性に拉致された後、妙にガタイの良い外国人達に囲まれ、わちゃわちゃと大騒ぎ。
 もうおコンさんは混乱に半分白目を剥きながら震える事しかできなかった数時間でした。

「うぅ、うううう……い、稲荷様……でも、コンはやり遂げたなのです……」

 おコンさんはどうにか社の奥、供物を捧げる祭壇に辿り着き、その上にあるものを置きました。
 それは、ようやく解放された際にあの金髪女性から「ヘイ、チャッコレイト!」と笑顔で渡された、外国のお菓子です。

「稲荷様……御使いって……接客業って……大変……なのですね……も、もう、外国人の相手はこりごりなのです……がくっ」

 ……この時、おコンさんはまだ知りませんでした。

 ――「昨日、ランニングがてら近所の神社に言ってみたのだけれど、そこにはなんと巫女がいたのよ! そう、話は聞けども年末年始以外では中々お目にかかれないエキゾチック存在、ジャパニーズ・巫女! それもとっても可愛かったわ!」と言う金髪女性の話を聞いた外国人達が、連日この神社を訪れるようになるなんて。

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