あの時死ななければ良かった

まめぱん

第1話


   大人は自殺はいけないと言う。何故そんなことを言うのだろうか。そんなことを言っている大人ですら自殺する人は少なからずいるというのに。そもそもいずれ死ぬだけの生き物である人間が生き続けようと足掻くのは何故なのだろう。俺には全く理解が出来ない。

   自殺する時に、この世に未練や伝えたいことがある人は遺書を書くらしい。

   だが、俺は書かない。この世に残す必要があるような未練も伝えたいこともないからだ。強いて言うなら、俺をここまで追い込んだ連中への復讐だろうか。

   書いたところで、連中が怒られて終わりのような気がする。事が大きくなれば裁判とかになるのだろうか。どちらにせよ、死後の俺に来る利益は一つもない。何より、復讐と言ってどうすればいいのか何も浮かばない。

   何故俺は死ぬのか、その理由はとても単純で典型的だ。学校でいじめられていたから。

   学生が自殺する理由としては最も多いのかもしれない。

   そんなことを考えながら、俺は夜の風を受けていた。


「涼しい」


   この全身を撫でるような冷たく優しい風を感じることが出来るのはこれが最後だろう。

   俺の住んでいるところはビルの12階。最上階はもっと上。都会にそびえ立つ巨峰だ。俺はここから飛び降りれば死ねると考えている。俺は下を見る。この漆黒の闇の中、真下の地上の様子は何も見えない。

   俺はペンキの剥がれ落ちて錆び付いた手すりをよじ登り、その上に立った。いざ死ぬとなるとやはり少し抵抗がある。これは恐怖なのかもしれない。俺は覚悟を決め、両手を大きく広げ無抵抗な体を前に倒す……

   地面めがけて真っ逆さまに落ちていく俺に冷たい風が容赦なく襲う。風の音で他に何も聞こえない。目を開けることすら許されない。


「落ちるのってこんなに長く感じるんだ」


   落ちている時間は恐怖の時間、そう思いながら発した言葉が俺の生前の最後の言葉になった。

   体にとても大きな圧力がかかる。痛いと感じる間も無く俺の意識は途絶えた。

          

コメント

  • ノベルバユーザー602339

    逆説的な展開が色々大変そうでも面白い。
    前が読みたくてたまらないですが、読み返したくなる作品です。

    0
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