ようこそ20年前の英雄さん -新種のせいで波瀾万丈生活-

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2話 canna




「何者だ」


「なんだ、意外と冷静じゃないか、青年?」


「もう一度聞く、何者だ」


「まぁそう急くなよ、順繰りに話してあげるから。そうだなーボクのことは…トレミーとでも呼ぶといいよ?」









トレミー。そう名乗った目の前の人物。










容姿は十二、三歳ぐらいの中性的な…おそらく少年である。無造作で肩にかかるくらいの頭髪、肌、一切装飾のない衣服、これら全てが白。まるで昼間の月の色のような印象だ。そんな少年が目の前で荘厳な彫刻が施された椅子に腰掛け足を組み、肘掛けに頬杖をつき、目を瞑ったまま座している。












つい先程まで新種を打ち果たさんと駆けたあの荒野を背景に。














「まずキミの一番知りたいであろうことを教えよーー「タイムスリップ…時の順行だろう?20年とはな…中途半端に飛ばしたものだ」




「ーーーおやまぁ、反応が乏しいのかなんなのか。全く…さかしい子はこれだからねぇ。もっと驚いてもいいんじゃないかなぁ?」


 

「俺の今一番知りたいことはそれじゃない」




「あぁ、わかってる。それが理解できているのならキミの知りたいことは確実にボクの事だろう?そしてボクが誰かを把握した上でキミは僕にこう言うんだ。「元の時代に戻れるのか?」とね?」






「いや、お前のことも確かに知りたいし…元の時代のことは後でも構わん」




「…これ以上に知りたいことが今の状況であるものかい?」








トレミーは疑問を抱く。目の前の青年にとって今一番に知りたい筈の情報なのに、それには一瞥もくれず他に知りたいことがあるというのだ。それらを差し置いてまで。






ニクスもまた疑問を抱く。考えたくはないが先程までの現実が所謂別次元の平行世界などの類ではないのか?自分が存在した世界なのか?ここはどこだ?目の前の月白の人物はどこから現れた?正直に言って聞きたいことは山ほどある。






しかし今聞き出すのは得策ではないと状況が告げている。






相手はきっと全てを知っている、この現状を作り出した張本人であろう可能性が高いからだ。
だが自分は僅かな推論でしか対話が出来ない…その時点で上下関係が出来てしまっているのだ。ならば今はまず対等に持ち込むために、この状況を打破せねばならない。ただ一つの回答を得るために今はこちらの土俵に持ち込まねばならない。そしてそれを得るための行動は対話ではない。対話であってはならない。








「こんな状況で。こんな枯れた地で。例え此れが夢現の狭間のそのまた夢かもしれぬ、そんな不安定な足場でキミは何を知りたいんだ?」








トレミーは口元に微笑をたくわえながらニクスに問う。問われたニクスはまるで撒き餌にかかった獲物を見るかのようにして左口角を上げ、自分の中の一番の疑問をぶつけようと口を開く。














「何故目を瞑っているんだ?」




「ーーーーーそんなことが気になるの?それが解決したら、何かキミが得することでもあるの?」



「いや、ふと疑問に感じてな…」




微かな動揺と共にトレミーから溢れ出る静かな殺気。あえて気付かない素振りでニクスは確信を得たように続ける。








「答えないのか?ならば俺が答えてやる」








言うや否や、ニクスはその場に残像を残しトレミーの背後に回る。一瞬反応に遅れが出たトレミー。気付いた時には背もたれの縁に左腕を掛け、腰から屈んでいるニクスの横顔が自分の顔の右横にあることを感じる。








「凄まじい速度だね…どんな術を使ったんだい?風魔術で加速?雷魔術で身体強化?特殊な歩法かい?」






椅子に座し前を向いたままニクスに問うトレミーは一切の焦りを感じさせない。先程までの殺気を残したまま、これから何が始まるのか?横にいる青年が何を口走るのか?目を瞑りながら怪訝な表情を晒す。ニクスはそんなトレミーの質問を無視して顔を同じ高さにやり、同じ方向を向いたままトレミーに問いかけた。














「トレミーとやら。お前は今、眠っている」


「ーーーへぇ……何故?」






「先程言ったな?夢現の狭間のそのまた夢と。まさにその通りだ。ここはお前の体験を元に造られた夢だ。一時の情景を、一時の記憶を、過去を、未来を、情報を素材とした夢幻の監獄ルシッドドリームだ」




「なかなかに想像力が豊かなんだねぇキミは?」


「どの口がぬかすんだ。荒れ果てた荒野に一国の主が座るような玉座、魔物だらけであるはずの土地に現れない魔物たち、そしてお前という見たこともない存在、なにもかもが俺とお前でズレている。こうあるべきという軸がまるで此処にはない。一方的すぎるんだよ」


「ーーーくくっ、凄いねキミ。このままはぐらかしてても無駄かな?」


「幻術の類でも無く、体内の薬効反応も感じられない。かといって現実味も無い。しかし今お前と対峙して、お前が一方的に俺に干渉してこられる世界の中というのは分かった。俺がお前の言葉を切欠に実感できたのは「これは夢だ」ということだけだからだーーー原理はわからんが、つまるところ他者にまで知覚させる明晰夢ルシッドドリーム…だろう?」






「合間見えてまだほんの数分足らずでそこまで辿り着くとは…でも、ひとまずは及第点といったところかな?」




「原理がわからんと言ってしまった以上はそうなるだろうな。まぁここまでのお前との対話でお前は常に疑問を投げかけてきているから、それが俺をこの世界に繫ぎ止める制約にでもなっているんだろうが…。あと、先程無いと言ったこうあるべきという軸についてだが唯一見つけたよ」


「…何?」



「お前の容姿だよ。異常なまでの白への固執。常軌を逸した白への執着。この場合“こうあるべき”ではなく“こうありたかった”の方が正しいのか。あぁ…しかしそれではまるで夢より夢らしい紛い物の妄想だな、トレミーとやら。いいや…」










その時、トレミーが一瞬でニクスの右頰に触れる。掌に魔法陣を浮かべ、発動寸前で固定する。冷徹な笑みを浮かべながらトレミーがゆっくりと口を開く。
















「いっぺん死んどくかい、青年?」


「冗談も休み休み言え。今回こそ仕留めるぞ新種風情が」










双方から溢れ出る魔力と殺気を引き金とし、闘争の火蓋が切って落とされる。

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