チートじみた転生ボーナスを全て相棒に捧げた召喚士の俺は、この異世界を全力で無双する。
第22話、ジキルを選ぶ
「……えぇい、悩んでいても仕方ない!優、待っていてくれ!」
ちょっと待って上に何か嫌なこと書いてあるんだけど僕これ絶対負けるやつでしょ。
「まずは兄さんと話して決める!」ダダッ
はいクソー。
「兄さーん!」
「おぉ……リサ、良く俺を信じてくれた!はは、後で好きな物を買ってやるからな…そして、内津!……勝負ありだな」
そだねー。
「はぁぁ……抵抗しないからさっさと僕を尋問室か牢屋に連れて行きなよ、最初からそのつもり何でしょ?」
クソクソクソクソうんこっこ。やってらんないよこれ怠惰な読者のせいで僕が酷い目に会うとか理不尽が過ぎるよ。
いやでもまだほんの僅かな可能性だけど、ジキルさんの気が変わって僕を逃がしてくれるとかあるかも知れない。
「……まぁな」
ある訳ないじゃん。はーウンコウンコ。
……え?真面目に実況解説しろって?
もう僕視点じゃなくて良いでしょ、読者の君が面倒くさがらずに目次から丁寧に「第22話、優を選ぶ」を選んでれば僕のこんなやけくそになってる姿を見なくて済んだんだから、じゃあねーバイバイさよならさよならさよなら。
……ばか!!
……月明かりが静かに三人を照らしていた。二人の呼び掛けに、多少混乱していたとはいえ、自分なりの結論を出したリサは、ジキルのすぐ傍に駆け寄り、説得を試みた。
「兄さん!先ずはその弓を下ろしてくれ。優はもう抵抗しないって言ってるぞ!」
緊迫感迫る現状を理解出来ず、何処までものんきに振る舞う妹に、兄のジキルは心の何処かで救われていた。
が、それも無理は無い。何処の馬の骨とも知れぬ輩に、自分の尊敬する司令官であるレオンが、外傷は無いものの、知らず知らずのうちに意識不明にさせられたのだ。
その時、床に伏せているレオンを見て、ジキルは思った。突然少年に剣を抜き、最大級の威嚇と警告をしていた、司令官の言っていたことは本当だったと。
そして同時に、ふと、思わずにはいられなかった。
果たして自分は一対一で心を読む化け物と対峙して、最後まで正気でいられただろうかと。
兎にも角にも…司令官を守れなかった。だが、後悔先に立たずだ。そう自分に言い聞かせ、向かった先でリサと出会えたことは、彼にとって大きな幸運だった。
心を読まれる恐怖を、知らずに済んだのだから。
「あぁ、リサ……悪いが、許してくれ」
ヒュッ…!!
ジキルは弓の弦を引き、矢を放つ。手を上げ、動かない、無抵抗の相手に。無論、命を取るつもりは無く、ジキルの狙いは足を狙い、動けなくする算段だった。
弓を扱うことを得意とする、ジキルの狙いは完璧だった。
「なっ、優ーーッ!!」
リサが止める間もなく、瞬時に放たれた矢は、優の太股を浅く抉り、彼の移動力を無くす……ハズだった。
夜が、来た。
☾パリン、キリキリキリキリキリーーーィィィーーー☽
硝子が割れた様な音の直後、壊れた万力が動いているのに近い、耳が痛くなるような音が、遠い暗黒にまで甲高く鳴り響いた。
放たれた矢が優に触れる直前、語るのすらおぞましく、文字通り次元の違う醜悪な化け物が、鉄の鏃を、まるで舌の様な長くしなやかな器官で受け止めた。化け物の舌に傷はついておらず、舌に触れた鏃からは白い煙が発生した。
「うわ……さいてー。僕、無抵抗だって言ってるのに……ポチ、ありがとう」
突如たる謎の生物の登場にも、優は平気な顔をして、黒き紫紺色の体躯をしならせる、全長5mは有ろうかという巨大な犬(実際は似ても似つかぬ存在だが)の身体を撫でた。
硝子の様なこの世ならざる物質で構成された皮膚に、人の目には常に形が歪んで映される巨躯を持つ、その犬(数ある動物の中で、四本脚等、身体の形状が最も似ているので、ココでは形式上、この化け物を犬と呼ぶ事にする)は、首が無く、代わりに頭部には、異常なまでに透明で、頂点が逆向きになり浮いている正三角形の、硝子の様な物質の中に、真緑色の大きな目玉が、中央に浮いていた。
目はギョロギョロと正三角形の中を自在に向きを変え、優、ジキル、優…と二人を交互に素早く見ていた。
異界の支配者の登場に、純粋な恐怖の感情が場を支配するのは、一瞬だった。空気すら震える程の恐怖を、理不尽なまでに微塵も感じていないのは、この世界には優一人だけだった。
「な……んだ、コイツは…」
ジキルは、余りに突然の、とてつもない脅威の発生に、茫然自失とした。同時に、人としての本能が、最大の警鐘を鳴らす。これは危険だと。
しかし、ジキルは察知した。私は助からない。だから……今すぐリサを避難させ無ければ、と。
しかし、悲しいかな。彼の膝はガクガクと笑っている。犬に睨まれ、心拍数が急激に増加し、火照る体は逃げる準備を進めるが、心が深き闇に囚われ、ジキルは動けない。
「ひっ…!!…優、それは、それは……なんだ……?」
リサは、自分に確認を取らずに優を傷付けようとした、ジキルに対しての激しい怒りすら、残酷なまでに何もかもが圧倒的な生物を前に、霧散してしまっていた。
そして追い討ちの如く、リサは腰が抜けて、地面に座ったまま、動けなくなってしまった。
だが、眼前にまで迫った死の感触という、純粋な恐怖の前に怖気付く彼女を、誰が責めることが出来るだろうか。
☾ーーキィーーィィィーーーィ☽
空を見上げ、犬が鳴いた。たったそれだけで、二人に取っては絶望がこの世界を支配したかの様だった。人の耳で拾える限界ギリギリの高さの音なのか、二人には途切れ途切れ音が聞こえていた。
「んー、この子はね…あっ待って、ころっ…こほん、攻撃しちゃダメだよ、ポチ。この二人は普通の人たちだから、驚かしてもダメだからね」
この異常な空間で、至っていつも通り振る舞う、優。その態度こそが、既に長い年月を、この犬と共に過ごしているという証明になり得た。
そして、彼は今どういう訳か、犬と会話をしている。リサとジキルは、瞬きも忘れ、一人と一匹の動向を、目を逸らしたら死ぬと言わんばかりに、ジッ……と見ていた。
☾ーーーィィィーーーーキィィィーー☽
犬はゆっくりと歩き出し、優とジキルの対角線上に、大きな身体を置いた。その姿はさながら、敵からの攻撃を警戒し、主人を大切に想う番犬の様だった。
「え?蛆虫が湧くからすぐにここから去ろうって…まぁ、それもそうだね。でもそんな言い方しちゃダメだよ、ポチ。んー、ぬぬぬ……」
優は冷静に話しながら、先に威嚇で放たれた、地面に突き刺さっている矢を、何となく気まぐれで抜こうとするも、深くまで刺さっているせいで、抜けなくてうんうんと唸っている。
……一見すると何処までもマイペースだが、犬を見たことの無い二人にとっては、この状況でも動揺することの無い、そしてあろうことか犬に触れている…彼の内包する狂気は計り知れなかった。
「優……?ここから去る…?ゆ、優!待て、待ってくれ……!」
腰が抜けて立てないリサは、這いずる様にして優に近付こうと、手を地面に伸ばした。
手が汚れるのも気にせず、縋る様に優を一点に見つめる彼女の目は、視界に映っているハズの犬を見ておらず、それは無謀と形容するのが最も正しかった。
☾ーキィィーーィーーーーー………(全にして一なるものは闇のなかに住めり、すべてのただなかに、暗黒なるものが住まいせり、その暗黒は永遠なるものにして、すべては我が主と支配者の玉座をまえに頭をたれん)☽
「はッ……!?今のは…がッッ!?っぐ、あぁ……!!」
甲高い音が聞こえなくなった瞬間に、リサの脳に直接、音が無く、意味だけが形を作った言葉が入ってくる。
同時に、割れるような頭痛がリサを苦しめた。余りの痛みに耐え切れず、ほんの僅かな時間で、リサはその場に意識を手放し、倒れてしまった。
「リサ…!?おい、おい…っ!!……くたばれ、化け物どもが!!」
バシュッ!!
震える全身を怒りで無理矢理押さえ込み、全身全霊をこめ、矢を限界まで引き絞り、放つ。彼の狙いは、犬の頭部の、正三角形。彼は本能的に、思考せずとも犬の目が、犬の一番の弱点に見えたのだろう。
放たれた矢は吸い込まれる様に、一見すると寸分の狂いもなく、正三角形の頭部を目指し飛んだが……矢は虚しく空を切った。
外すのも無理はない。犬の身体付近の時空が、めちゃくちゃに曲がった鏡の様に歪んでおり、そもそも近くで触れることすらままならないからだ。
ジキルを嘲笑うかのように、無慈悲に犬が鳴いた。
☾キィィィィーーーィィィーーーーー………(永遠の想いにやすらぐ主に、何ものも死せるものと呼ぶなかれ。果て知らぬ永劫ののちには、死すら主にあらず)☽
「なに…!?こ、コイツ…喋り…っ!?ぐぅ、おっ…!!…はぁ……はっ、畜生……化け物が……!」
ジキルは苦虫を噛み潰したような表情で、リサの隣に倒れた。リサと同じ様に、頭痛が彼を襲う。
「あぁ……クソォ!!…がっ……!」
犬には絶対に敵わないと理解はしていたが、文字通り一矢報いることすら叶わぬことに、もがき苦しみ、そして絶望しながら、ジキルは意識を失った。
「……結局一人旅になっちゃったなぁ。まぁ良いけど……ね。よし、切り替えてこー!ねーポチ、しゃがんで?背中乗るから!今回はドウテツって国まで、東に走って行くよ…良い?」
☾キィィィーーィィィーーーーーィィィーー☽
犬が鳴き、それを聞いた少年はクスクスと無邪気に笑う。こうして優は……太陽国からも、小さな小さな太陽からも解き放たれた。
複数の人間に犬の存在が知られた以上、少年は二度と太陽の恩恵を授かる事は無くなった。
……だがそれは同時に、太陽が闇の恩恵を授かれなくなったことも意味するのである。
第22話『死角』……終。
ちょっと待って上に何か嫌なこと書いてあるんだけど僕これ絶対負けるやつでしょ。
「まずは兄さんと話して決める!」ダダッ
はいクソー。
「兄さーん!」
「おぉ……リサ、良く俺を信じてくれた!はは、後で好きな物を買ってやるからな…そして、内津!……勝負ありだな」
そだねー。
「はぁぁ……抵抗しないからさっさと僕を尋問室か牢屋に連れて行きなよ、最初からそのつもり何でしょ?」
クソクソクソクソうんこっこ。やってらんないよこれ怠惰な読者のせいで僕が酷い目に会うとか理不尽が過ぎるよ。
いやでもまだほんの僅かな可能性だけど、ジキルさんの気が変わって僕を逃がしてくれるとかあるかも知れない。
「……まぁな」
ある訳ないじゃん。はーウンコウンコ。
……え?真面目に実況解説しろって?
もう僕視点じゃなくて良いでしょ、読者の君が面倒くさがらずに目次から丁寧に「第22話、優を選ぶ」を選んでれば僕のこんなやけくそになってる姿を見なくて済んだんだから、じゃあねーバイバイさよならさよならさよなら。
……ばか!!
……月明かりが静かに三人を照らしていた。二人の呼び掛けに、多少混乱していたとはいえ、自分なりの結論を出したリサは、ジキルのすぐ傍に駆け寄り、説得を試みた。
「兄さん!先ずはその弓を下ろしてくれ。優はもう抵抗しないって言ってるぞ!」
緊迫感迫る現状を理解出来ず、何処までものんきに振る舞う妹に、兄のジキルは心の何処かで救われていた。
が、それも無理は無い。何処の馬の骨とも知れぬ輩に、自分の尊敬する司令官であるレオンが、外傷は無いものの、知らず知らずのうちに意識不明にさせられたのだ。
その時、床に伏せているレオンを見て、ジキルは思った。突然少年に剣を抜き、最大級の威嚇と警告をしていた、司令官の言っていたことは本当だったと。
そして同時に、ふと、思わずにはいられなかった。
果たして自分は一対一で心を読む化け物と対峙して、最後まで正気でいられただろうかと。
兎にも角にも…司令官を守れなかった。だが、後悔先に立たずだ。そう自分に言い聞かせ、向かった先でリサと出会えたことは、彼にとって大きな幸運だった。
心を読まれる恐怖を、知らずに済んだのだから。
「あぁ、リサ……悪いが、許してくれ」
ヒュッ…!!
ジキルは弓の弦を引き、矢を放つ。手を上げ、動かない、無抵抗の相手に。無論、命を取るつもりは無く、ジキルの狙いは足を狙い、動けなくする算段だった。
弓を扱うことを得意とする、ジキルの狙いは完璧だった。
「なっ、優ーーッ!!」
リサが止める間もなく、瞬時に放たれた矢は、優の太股を浅く抉り、彼の移動力を無くす……ハズだった。
夜が、来た。
☾パリン、キリキリキリキリキリーーーィィィーーー☽
硝子が割れた様な音の直後、壊れた万力が動いているのに近い、耳が痛くなるような音が、遠い暗黒にまで甲高く鳴り響いた。
放たれた矢が優に触れる直前、語るのすらおぞましく、文字通り次元の違う醜悪な化け物が、鉄の鏃を、まるで舌の様な長くしなやかな器官で受け止めた。化け物の舌に傷はついておらず、舌に触れた鏃からは白い煙が発生した。
「うわ……さいてー。僕、無抵抗だって言ってるのに……ポチ、ありがとう」
突如たる謎の生物の登場にも、優は平気な顔をして、黒き紫紺色の体躯をしならせる、全長5mは有ろうかという巨大な犬(実際は似ても似つかぬ存在だが)の身体を撫でた。
硝子の様なこの世ならざる物質で構成された皮膚に、人の目には常に形が歪んで映される巨躯を持つ、その犬(数ある動物の中で、四本脚等、身体の形状が最も似ているので、ココでは形式上、この化け物を犬と呼ぶ事にする)は、首が無く、代わりに頭部には、異常なまでに透明で、頂点が逆向きになり浮いている正三角形の、硝子の様な物質の中に、真緑色の大きな目玉が、中央に浮いていた。
目はギョロギョロと正三角形の中を自在に向きを変え、優、ジキル、優…と二人を交互に素早く見ていた。
異界の支配者の登場に、純粋な恐怖の感情が場を支配するのは、一瞬だった。空気すら震える程の恐怖を、理不尽なまでに微塵も感じていないのは、この世界には優一人だけだった。
「な……んだ、コイツは…」
ジキルは、余りに突然の、とてつもない脅威の発生に、茫然自失とした。同時に、人としての本能が、最大の警鐘を鳴らす。これは危険だと。
しかし、ジキルは察知した。私は助からない。だから……今すぐリサを避難させ無ければ、と。
しかし、悲しいかな。彼の膝はガクガクと笑っている。犬に睨まれ、心拍数が急激に増加し、火照る体は逃げる準備を進めるが、心が深き闇に囚われ、ジキルは動けない。
「ひっ…!!…優、それは、それは……なんだ……?」
リサは、自分に確認を取らずに優を傷付けようとした、ジキルに対しての激しい怒りすら、残酷なまでに何もかもが圧倒的な生物を前に、霧散してしまっていた。
そして追い討ちの如く、リサは腰が抜けて、地面に座ったまま、動けなくなってしまった。
だが、眼前にまで迫った死の感触という、純粋な恐怖の前に怖気付く彼女を、誰が責めることが出来るだろうか。
☾ーーキィーーィィィーーーィ☽
空を見上げ、犬が鳴いた。たったそれだけで、二人に取っては絶望がこの世界を支配したかの様だった。人の耳で拾える限界ギリギリの高さの音なのか、二人には途切れ途切れ音が聞こえていた。
「んー、この子はね…あっ待って、ころっ…こほん、攻撃しちゃダメだよ、ポチ。この二人は普通の人たちだから、驚かしてもダメだからね」
この異常な空間で、至っていつも通り振る舞う、優。その態度こそが、既に長い年月を、この犬と共に過ごしているという証明になり得た。
そして、彼は今どういう訳か、犬と会話をしている。リサとジキルは、瞬きも忘れ、一人と一匹の動向を、目を逸らしたら死ぬと言わんばかりに、ジッ……と見ていた。
☾ーーーィィィーーーーキィィィーー☽
犬はゆっくりと歩き出し、優とジキルの対角線上に、大きな身体を置いた。その姿はさながら、敵からの攻撃を警戒し、主人を大切に想う番犬の様だった。
「え?蛆虫が湧くからすぐにここから去ろうって…まぁ、それもそうだね。でもそんな言い方しちゃダメだよ、ポチ。んー、ぬぬぬ……」
優は冷静に話しながら、先に威嚇で放たれた、地面に突き刺さっている矢を、何となく気まぐれで抜こうとするも、深くまで刺さっているせいで、抜けなくてうんうんと唸っている。
……一見すると何処までもマイペースだが、犬を見たことの無い二人にとっては、この状況でも動揺することの無い、そしてあろうことか犬に触れている…彼の内包する狂気は計り知れなかった。
「優……?ここから去る…?ゆ、優!待て、待ってくれ……!」
腰が抜けて立てないリサは、這いずる様にして優に近付こうと、手を地面に伸ばした。
手が汚れるのも気にせず、縋る様に優を一点に見つめる彼女の目は、視界に映っているハズの犬を見ておらず、それは無謀と形容するのが最も正しかった。
☾ーキィィーーィーーーーー………(全にして一なるものは闇のなかに住めり、すべてのただなかに、暗黒なるものが住まいせり、その暗黒は永遠なるものにして、すべては我が主と支配者の玉座をまえに頭をたれん)☽
「はッ……!?今のは…がッッ!?っぐ、あぁ……!!」
甲高い音が聞こえなくなった瞬間に、リサの脳に直接、音が無く、意味だけが形を作った言葉が入ってくる。
同時に、割れるような頭痛がリサを苦しめた。余りの痛みに耐え切れず、ほんの僅かな時間で、リサはその場に意識を手放し、倒れてしまった。
「リサ…!?おい、おい…っ!!……くたばれ、化け物どもが!!」
バシュッ!!
震える全身を怒りで無理矢理押さえ込み、全身全霊をこめ、矢を限界まで引き絞り、放つ。彼の狙いは、犬の頭部の、正三角形。彼は本能的に、思考せずとも犬の目が、犬の一番の弱点に見えたのだろう。
放たれた矢は吸い込まれる様に、一見すると寸分の狂いもなく、正三角形の頭部を目指し飛んだが……矢は虚しく空を切った。
外すのも無理はない。犬の身体付近の時空が、めちゃくちゃに曲がった鏡の様に歪んでおり、そもそも近くで触れることすらままならないからだ。
ジキルを嘲笑うかのように、無慈悲に犬が鳴いた。
☾キィィィィーーーィィィーーーーー………(永遠の想いにやすらぐ主に、何ものも死せるものと呼ぶなかれ。果て知らぬ永劫ののちには、死すら主にあらず)☽
「なに…!?こ、コイツ…喋り…っ!?ぐぅ、おっ…!!…はぁ……はっ、畜生……化け物が……!」
ジキルは苦虫を噛み潰したような表情で、リサの隣に倒れた。リサと同じ様に、頭痛が彼を襲う。
「あぁ……クソォ!!…がっ……!」
犬には絶対に敵わないと理解はしていたが、文字通り一矢報いることすら叶わぬことに、もがき苦しみ、そして絶望しながら、ジキルは意識を失った。
「……結局一人旅になっちゃったなぁ。まぁ良いけど……ね。よし、切り替えてこー!ねーポチ、しゃがんで?背中乗るから!今回はドウテツって国まで、東に走って行くよ…良い?」
☾キィィィーーィィィーーーーーィィィーー☽
犬が鳴き、それを聞いた少年はクスクスと無邪気に笑う。こうして優は……太陽国からも、小さな小さな太陽からも解き放たれた。
複数の人間に犬の存在が知られた以上、少年は二度と太陽の恩恵を授かる事は無くなった。
……だがそれは同時に、太陽が闇の恩恵を授かれなくなったことも意味するのである。
第22話『死角』……終。
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