シンリーは龍族の子に呪われた

千夜ニイ

龍族の少年セーレン

  仕方なしに怪我をした龍族の少年ーーセーレンと名乗ったーーこのお荷物セーレンを連れて私は彼の護衛がいるグリフォンの巣までやってきた。

「セーレン様! そんなお怪我だなんて、どうして」

 駆け寄って来た龍族の美女がセーレンに縋り付く。
 グリフォンの返り血に濡れ、不安気に瞳を揺らす垂れ目が魅惑的な女性だ。
 薄青く光る龍鱗の肌を、赤い血がするりと流れ翼の下から滴り落ちる。
 死闘を思わせるその惨状に、勝者として立つ彼女こそが、セーレンの言う護衛なのだと分かる。

  切り裂かれ、無数の羽毛を散らした姿で捨て置かれる複数体のグリフォンと、赤く彩られた白鱗の美女が醸し出す背徳的な雰囲気に息を飲む。

「巨大グリズリーでも出ましたか?」

 美女は心配そうにセーレンの怪我の様子を確かめる。
 グリズリーは、超大型の熊だ。
 その中でも巨大グリズリーは群を抜いて大きい。

 三階建ての建物に匹敵する巨体で、森の木々を薙ぎ倒しながら突進する。
 そのうえ全身を覆う毛皮には金属が取り込まれ、人族が戦車に乗っても勝てないと言われる相手だ。

「いや、別に。大した傷じゃない、気にするなーー」

「グレーライオンだ」

 いかにも気まずげに口ごもる少年に代わって事実を口にする。

「そいつが襲われていたのは、下位の魔物の、グレーライオンだ。それも私が討ち漏らした、たった一頭のな」

 親切に状況を説明する。

  護衛が本来の仕事をしなかったせいで私の命に関わる迷惑が及んだのだ。
 これぐらいの八つ当たりは許されるだろう。

「え、ええー!? そんな」

 美女が驚きに目を見開く。
 状況を理解したならば、二度と主から目を離さず、雑魚魔物は倒せるように少年を鍛えておくことだ。
 さあ、護衛とも再会させたことだし、このお荷物を降ろさせてもらおう。

「おい、早く私の命を戻してーー」

「セーレン様。ここに来る時、ひと睨みでグレーライオンの群れなんて蹴散らしてたじゃないですか」

 彼女の言葉に、自分の言葉を飲み込んで私は耳を疑った。
 グレーライオンに追い回され、逃げ回り、最後には勝手に人の命を盾にして、食い殺される運命から逃れた臆病者の少年だ。
 魔物と戦えるわけがない。

「うるさい、そういう気分だったんだ」

「ライオンにかじられたい気分だったんですか? ちょっと正気を疑いますが、セーレン様の考えに文句は言いませんよ。少しぐらい主が変態でもお給料貰ってますから、ちゃんと守りますよ。次噛まれる時は私の仕事外の時間にしてくださいね」

「もうお前黙れ!」

 儚げな見た目に反して辛口な美女と、顔を赤くして怒る少年のやり取りに、「どうでもいいから私の命を戻してくれ」と伝わったのは数分が経った後だった。

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