勇者時々へたれ魔王

百合姫

第39節 響とエンデの仲違い1

響についていくことになったブリッツドラゴンの白竜。
シロの朝は早い。


朝4時に起きて軽く走りこみをするのが旅の時の日課である。
別に体を鍛えているとかではなく、犬の散歩と同じようなものだ。
単なる遊びのような物である。


「今日も早いのう?」


そういってシロに話しかけるのはフェローと呼ばれる高位精霊の少女。
彼女が一番朝早く目覚める。


怒らせるととても怖いことを私は知っている。


初めて出会ったときの魔力と霊力の荒波を思い出して、シロは少し身震いした。


「別にビビら無くてもよい。もう殺そうとなどせぬからな。」
「クルル・・・」


そうは言っても怖い物は怖いのだ。
人間で言う”トラウマ”というヤツだろうか?
そんなことをシロは思いながら、その場をあとにした。


「あまり遠くへ行ってはいかんからの。」
「グル。」


背後からかかる心配の声にいささか緊張を解いたシロはそのまま走り出す。
シロたちブリッツドラゴンは騎竜として家畜化された数少ない竜種の内の一つだが、最近では野生のブリッツドラゴンは絶滅の危機に瀕している。
騎竜としての需要が高まる割には人工的な繁殖が上手くいかず、やむを得ず野生のーーーそれもまだ警戒心の少ない子供や卵ばかりを狙っての乱獲が原因である。
餌の違いか野生のブリッツドラゴンの方が一回り大きく育ちやすく、力が強いという理由もある。
竜種とは言えど、下位の竜なので力も弱く、中位以上の竜種以外にも多々の魔獣に捕食されやすいために
一気に数が減ってきている。


ちなみにシロはとある森の入り口付近でのびのびとしていたところを捕まり、あの騎馬店で売られていた。
白竜特有の気難しさから売れ残り、その辺に捨てられるところを響に拾われたわけだ。


正直シロにとってはかなり都合が良い。
たとえ力の強い白竜とはいえ、魔力を持たないブリッツドラゴンは弱い。
しかもシロはまだ幼体である。
単純な筋力だけならば中位の竜種にも劣らないがそれだけではあまりにも拙い。経験も足りない。
慣れてない土地と言うのもあって、おそらく一ヶ月も生きられなかっただろう。
そんなシロとしては響に出会ったことは僥倖以外の何者でもない。


私って運が良いな。


彼に迎えられたときにまず思ったのはこれだった。
彼は人間としては珍しく、私に対して臆さずに真っ向から立ち向かってきたーーー言っては難だが、バカだ。
恐れも無く、左腕を私の牙にわざと差し出してくるという無謀さ。
彼らの会話を聞くに考えがあったようだが、バカとしか言えない。
予想外の私の力に慌て始めた彼。
それを見た瞬間に嗚呼バカだとなおのこと思った。
結局、屈服させられたのはフェローという少女のほうだった。
しかし響というバカ・・・とはいえ人間に好感を持ったのは初めての経験だ。




シロが走りこみを終えて戻ってくると、今度はエンデとベリーが起きていた。


「おはよう。シロ。」
「おはようございます、シロさん。」
「グルア。」


このエンデという少女。
私を見て失禁をした女の子だ。
ああいうのが普通の反応だよね。他には悲鳴とか、ちょっと恐れを感じた目で見るとか。
今では普通に話しかけてくれるし撫でてくれるけれど。


「何かいけないことを考えていない?」
「グル?」


彼女にとってのいけないことというのは何なのだろうか?


シロは首をかしげる。


「・・・まあいいか。変なこと考えちゃダメだからね。」


別に考えていないはずだ。多分。


「ふふふ。シロさんも知っているであろう貴方の弱み・・・となれば、しっきーーー」
「わぁあああああっ!?ど、どうして貴方がそのことを知っているのよっ!?」
わたくしはもともとパジャマですから。あの時もあそこにいましたよ?エンデさんは知らないでしょうけれど、常にグランドマスターが私を所持していましたから。」
「ぐ、ぐらんどますたー?」
「フェローさんのことです。赤の他人には”様”を。身内には”さん”を。創造主たる彼女は”グランドマスター”。私にとって唯一無二の存在である響ちゃん・・・と呼びたいのですけれど・・・彼を”マスター”と呼んでいます。」
「ふうん?
なんか変なこだわりを持っているのね?」
「メイドですから。」
「初耳だけどっ!?」
「見ていれば分かるかと。」
「普通に分からないからっ!?というか、見てるからこそ分からないんだけどっ!?」
「メイド服に見えませんか?」
「い、いや見えな・・・くもないけど、見た目の問題じゃなくて行動的に全く違うじゃないっ!?
主人・・・に当たるのかな?主人であるヒビキにちょっかい仕掛けたり、お、お風呂を・・・の、覗かせたりとか・・・」
「そういえば・・・昨晩は私のミス(と言う名の予定調和)だというのにエンデさんはマスターをボッコボコにしていましたね。
私のせいなのに。マスターは何も悪くないのに。
マスターは何も悪くないのに。」
「な、何で二回も言うのよ。」
「大事なことですから。」
「う、うるさいなっ!?」
「これは嫌われたかもしれませんね。知っていますか?ヒステリックな女性は嫌われるそうです。」
「う、うるさいなっ!?」
「なんで二回も言うのですか?」
「だ、大事なことだからよっ!?」
「ぷっ。」
「笑うなっ!?」


いつものようにベリーはエンデをからかって楽しんでいた。
傍から見れば仲が良いと言っても良いかもしれない。
本人達ーーーーというより、エンデからしてみれば全く持って心外なことかもしれないが。


シロはそんな2人を見て、今日も平和だなとぼんやりと考えていた。


九時を回り始めたところでクルトが起きてきて、それからすぐにゴルバが起きてくる。
響は昨日の気絶と、ドラム缶風呂に日本とは違う風情を感じたらしくついつい長風呂。
フェローとエンデが入ってから、入ったために夜遅くなり今はまだ寝ていた。


「おはよう!!俺様の美少女達っ!!」
「今日の朝ごはんは誰が当番じゃったかのう?」
「ヒビキだったと思うけど?」
「マスターですね。」
「あれぇっ!?俺様無視っ!?せめて”誰がお前のだっ!?”的なツッコミはくれないのっ!?」


クルトが騒ぎ立てても誰一つとしてリアクションを取らなかった。ゴルバは苦笑してただけである。


クルトのせいしんが5さがった。
こうげきりょくが5さがった。
にんたいが5あがった。
なみだが5ながれた。


「そ、それじゃ私が作ろうかな。」
「またかの?
・・・胃袋を掴むといったとこじゃろうか?」
「な、何のことかなっ!?」


フェローの鋭い指摘に、とぼけるエンデ。
顔を真っ赤にしている。


「違いますよ。グランドマスター。略してグラさん。」
「変な名前をつけて、なおかつそれを略称した名で呼ぶでない。
で、何がどう違うのじゃ?」
「将来に向けての下準備というより、昨夜の件に関する”仲直り”の面が大きいかと。」
「ふむ・・・なるほどのう。」
「だ、だから何のことかなっ!?さっぱりだよっ!!」


エンデはベリーの陰謀(?)によって響に非が無いにもかかわらず響をぶちのめしてしまった。
響からしたら「理不尽すぎるっ!」と言わんばかりの仕打ちであり、言わずもがな響が好きであるエンデにとって、好いて欲しい相手に対して取る行動ではまず間違いなくありえないことだ。
誤解が解けた後も昨晩は無視し続けていた。
エンデからしてみれば恥ずかしくてまともに顔も会わせられないという、心中さえ分かればいじらしくも可愛らしい理由なのであるが、心中を見れるはずも、にぶい響に察せるはずもなく。
響からしてみれば怒っていると取られているかもしれない。
いや、まず間違いなくそう取られているだろう。
別に仲直りをしたいという旨を話せば良いだけなのだが、それが出来れば昨夜の時点でそう言っている。
出来ないからこそ料理に気合を入れて、さりげなく響の皿にだけ多く取り分ける。
これによって怒ってないですよアピールをするのだ。
言葉ではなく、さりげなく行動でっ!!
これこそ良い女の証!!
名づけてオペレーション「恥ずかしくて顔もあわせられない!だけどこのままでは嫌われてしまう。それだけは絶対いやだ!!しかし素直になれない、だって女の子だもん!!」を遂行するべくエンデは料理の仕込みにとりかかった。
ネーミングセンスにそこはかとなく自身を持っている。


そんなエンデを楽しそうに見るフェローとベリー。
クルトは「おいおいっ!?そんなに気合入れて・・・まさかっ!?俺様への愛情を伝えるために必要な言葉が思い浮かばずに・・・行動で示そうってのかっ!?くぅっ!!良いっ!!良いよぉっ!!君みたいな女の子に俺様は始めてあっばがふっ!?」とか何気に鋭いけれど根本的なところで見当違いなことを言っていた。
途中でエンデに殴られたのは当然であり必然である。




「ぐる?」


とりあえず私には何がなんだか分からない。
でもおいしい臭いがするから今日のご飯は楽しみね。


シロはその場を後にした。
次に向かうのは響の天幕であり、彼を起こすのはシロのもう一つの旅時の日課でもある。


「ぐるるるっ!」
「・・・ん?な?
・・・ああ。シロ。おはよう。」


寝ぼけ眼をこすって起き上がる響。


「毎度ご苦労様。
結界のおかげでゆっくり眠れるようになったのは大きいね。うん。」
「グル!」


シロは気にするなとばかりに声をあげた。


「お前は本当に主人思いの良い子だよ。」
「グルル。」


そうだろうか?
私としては別に大したことをしてるつもりはないし、彼はいつも私の頭を撫でてくれる。
今しているように。
それがなんだかとても気持ちよくて、楽しくて。
暖かい気持ちになれる。
それが良いために起こしに来ている、というよりも撫でられにくるついでに起こしに来ている。
正直言ってそんなことを言われても決まりが悪いだけだ。


シロは目をそらした。


「それよりも・・・シロ。」


頭を撫でながら、響は言った。


「エンデ・・・まだ怒ってるかな・・・?」
「グルグル。」


態度を見る限り怒っているように見えないと判断してシロは首を横に振る。


「ほ、本当っ!?」
「ぐ、グルル!?」


いきなり迫ってくる響の顔に少し後ずさるシロ。


「その・・・やっぱりさ。ベリーの悪戯とはいえ・・・見ちゃったことには変わりないし・・・申し訳ないし・・・エンデは好きな男でもない奴に、そ、その、え、えっちぃこと?っていうのかな?それをされるなら死んだほうがマシだって言うくらいプライド・・・というかな?貞操観念?それが強い彼女からしたら同じく好きでもない僕に対して裸を見られたことはやっぱり結構辛いんじゃないかな・・・とか思うわけで、謝ることはぜんぜん構わないんだけど、許してくれないというか許してくれなさそうというか、それが普通というか・・・その、さ。でも、やっぱり僕は仲良くしたいわけでさ・・・彼女からしたらどう思ってるかは分からないけど、友達だとも思ってるし・・・このまま絶好状態は嫌だ。仲直りするためには、ど、どうしたら良いと思う?」


そんなことを私に聞かれても困る。
しがない竜に人間の機微がわかるはずもなく。シロには非常に手に余る案件だ。


「あれから何度か話しかけても無視されて・・・謝っても許してくれなくて・・・でもシロは許してくれてるって思ってるんだよね!?
あれだけ無視され続けたのにっ!!
あのあとなかなか眠れなかったりしたり・・・それはまぁどうでもいいや。
とにかく、ど、どうしてそう思えるのかな!?
はっきり言ってかなり怒ってるようにしか見えないんですけどっ!?」
「グルグルゥっ!?」


はっきり言って響はかなりキテいるようだ。
シロはそんな鬼気迫る勢いの響に若干、いや、かなり引いていた。
俗っぽく言えばドン引きである。


竜であるシロにそんなことが分かるはずも無く、また分かったとしても伝達手段は無く。
それすら考えに付かない響は結構追い詰められているのかもしれない。
ストレスが溜まっていると、誰でもいいから愚痴を聞いてもらいたいと考えるのと同じだ。
シロはストレスの捌け口へと選ばれてしまったのである。


辟易としながら延々と愚痴染みた相談を受けること数十分。
シロの体感では一時間にも二時間にも感じられたスーパーストレスタイム(?)も終わりを告げた。
ベリーが朝ごはんの準備が出来たことを伝えに来たためにだ。


ベリーが響とシロの様子を見て、さすがにやりすぎたと感じたらしくヤケに優しい手つきでもって響を誘導して行った。
シロも付いていくと、すぐさまおいしそうな香りが鼻一杯に広がった。
臭いの花が満開したみたいだ。鼻(花)だけに。
いえ、なんでもないです。


「はい、どうぞ。」
「ぐるっ!」


私はエンデから貰った自分の分のご飯にすぐさま食いついた。
エンデのご飯はいつも美味しいが、これは何時にも増して美味しい!!


「は、はい!
・・・食べれば良いじゃないっ!?」
「ひぁっ!?」


エンデによって、いささか乱暴な手つきで響の目の前に置かれたさらには大量の手作りご飯っ!!
シロはついついよだれをたらしてしまう。
いいな・・・彼はあんなにもらえて!
私の量の倍はある。
でも・・・食べきれないと思うんだけどな?


シロはとりあえず目の前の料理を片付けることに集中した。




「あ、あの?いささか量が多すぎない?」


響は頬を引きつらせながら目の前のどんぶりに目を落とした。
量的に言えば、グルメ番組とかで時たま見る”食べ切れれば無料”という類のソレである。


「私の料理が食べられないって言うのっ!?嫌いなのっ!?」


訳すと”私がせっかく作ったのに・・・私の料理を食べてくれないのっ!?私のこと嫌いになったから!?”
であるが、恥ずかしさからくる緊張のせいかぜんぜん違う意味の言葉を投げつけてしまったエンデ。


「いえっ!綺麗さっぱりたべさせていただきますっ!!」
「そ、それでいいのよっ!!」


すぐさま気づいたが時すでに遅し。
恥ずかしがりやの彼女に一度出た言葉を引っ込めることが出来るはずも無く。
そんなエンデを見て、さすがのベリーも面白がることを通り越し、呆れて目を伏せた。
フェローもため息を吐いて見なかったことにした。
「阿呆・・・さりげなくで、ちょっと多い程度でよかったじゃろうに・・・多すぎじゃ。あれでは逆の意味にとられかねん・・・追い詰められておるのう。」
というフェローの呟きは同じ思いを抱くベリーのみが聞いていた。


響も最初はあまりの美味しさにがつがつと食べれていたのだが、如何せん量が異常。
物理的にそもそも無理だろうと思われるし、なおかつ彼は少食である。
それはしばらく一緒に過ごしているエンデにも分かっているはずで、彼は一つの結論にたどり着いた。


「やっぱり怒ってたんだね・・・」


空腹も苦しいが、満腹も苦しい。
満腹なのにどんどん詰め込んでいかなければいけない。
これはある種の拷問であると言えよう。
痛みとは違う一種の苦痛。


こうして響の誤解は深まり、エンデはまるで逆の結果をはじき出してしまったことに嘆き。


響が泣きながら完食を果たした頃には夕暮れとなり、その日はこの場所を動くことが出来ず終いであった。











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