勇者時々へたれ魔王

百合姫

第31節 アスタナシアⅡ

これって戦うしかないのだろうか?
強いものを求めるとかいう話だが。




「響・・・構えるのじゃ。」
「分かってる。
どう考えても逃がしてくれるって空気じゃない。2人は下がってて。」


慣れつつあるも未だ素人の域を出ない扱いしかできないバスタードソードをしまって、ファルシオンを取り出す。
このアスタナシアとかいう魔物。
姉さんに匹敵する強さかもしれない。


『にい・・・』
「なに?」


アスタナシアが何か言ったような気がしたが、聞き取れない。
そして。
「きたっ!?」
『・・・』


戦闘開始の合図はアスタナシアの先制攻撃から。
右手に持つひし形の大剣を振りかざしてくる。
「しっ!!」


ギリンと派手に音をたてて、交錯する僕の刃と大剣の刃。
今の一撃で表面的な実力はわかる。
この魔物。
強い。


「桜花瞬連斬!」


はなから全力で技の出し惜しみはしない。
本気で潰しにかからないとこちらが負ける。
桜花瞬連斬は抜刀から納刀までの工程を最高速度まで極めた技であり、その速度はほぼ隙無しで三連の居合い剣を放てる。
『・・・』


一撃目を右手の剣で、二撃目を左手の剣で受けるアスタナシア。
それらを弾き、三撃目。
「とったっ!!」


弾いた大剣はどちらも後方。
無防備になった胴を斬り抜く。


『・・・』
「なっ!?」


弾いた大剣を戻そうとせず、その場で高速回転。さながらベーゴマである。
その回転の勢いで僕の剣を受けたアスタナシア。
そのままこちらに斬り結んでくる。
上、下、斜め、フェイント、上、下、フェイント、斜めと回転してるとは思えないほど柔軟に剣筋を変えてくる。
剣の台風である。
それらを見切り、受け流し、反撃を入れるもすべて遠心力の加わった大剣に阻まれる。
回転しながら、攻撃も防御もこなすと言う神業を見せてくるアスタナシア。


めちゃくちゃだ。
僕はいったん距離をとって、攻めを切り替えた。
こんなときに覚えていて良かった魔法。
まだ高度なものは無理だが、この森での戦闘ではわざと魔法を多用して戦い続けただけあって、初級魔術ならば十二分に扱うことができる。


「アースブレイクッ!」
魔力を練りこむと足元から魔法陣が展開。
効果が発揮される。
アスタナシアの周りの地面が蛇のように隆起し、もちろんのこと回転は阻まれ、体が宙に投げ出された。
体勢が崩れた今、チャンス到来である。


「桜花烈蹴斬!!」
縮地で距離をつめ、背後から烈蹴斬を繰り出す。
今度こそとった!!


『・・・まだ・・・』
「っ!?」


体勢を崩した以上、受けれないと思ったのだが無理やり大剣を背後に回しこみ、僕の剣を受ける。
そしてもう一方の大剣でこちらに斬撃を放ってきた。
宙に投げ出され、背後に回られた相手にとんでもない対応である。


もともと蹴りも加える技なのだが、その斬撃に防がれて結局一つのダメージも与えることは出来ない。


『・・・っ!!』
「くそっ!?」
着地と同時に再度斬りかかる。
が、紙一重で見切られ反撃の袈裟懸けを打ち放ってくる。
このまま打ち合っていてもジリ貧でなかなか決着がつかない。
ならば。
少し賭けに出るまで。


それを”避けず”に僕はそのまま距離を詰める。
剣は豆腐を斬るようにザクンと肉を断ち、ブシッと鮮血が産声をあげる。
肩口がバッサリと切り抜かれるがそれを痛みも含めて一切合財を無視。


鮮血が糸を引き、僕はそのまま懐にもぐりこむ。
そして打ちはなった。


「奥義っ!!
春夏秋冬!!」


”桜花剣”は姉さんの奥義。
”春夏秋冬”は僕の奥義である。
僕自身のオリジナル技。
有り体に言えばただただ速い居合い剣。
桜花瞬連斬を越すさらなる超高速度でもって抜刀、納刀を行う。
それを四連で。


音速の域に達するらしく、打ちつけた刀はソニックブームもとい衝撃波をまとう。
桜花剣はとにかく早く、鋭く、重い高速度の袈裟斬り。その一刀は音速の壁を断つ。
しかし、これは音速の壁を断つのではなくわざと刀に塗りつけるように、纏わせるように、そして押し込むのだ。
それを相手にぶつける。
刀に寄る斬撃と衝撃波という面の攻撃。
それを併せ持ち、なおかつ速度は桜花剣を上まる。




反応できるはずがない。






と思ってた頃が僕にもありました。




「う、うそぉっ!?」
『・・・にい・・・なの?』


なんかぼそぼそ言ってるけど、構ってられない。
だって、普通に捌かれたんですけどっ!?


一体どういうことっ!?
姉さんに唯一血を流させることも出来た僕の最高技なのに!!?
しかもこれは「ヒビったら・・・いつの間にこんな技を?さすが私の弟ね!!」とか言わしめた技ですよ!?
ぶっちゃけ、そのときは嬉しいやら後ろめたいやらであまり誇れた気分ではないのだが。
なんだかんだで嫌いではない姉さんを斬って(とはいえかすり傷だが)血を流させたのだから当然である。(日ごろ遠慮なく斬られてる僕なのに、斬ってくる相手になんて優しい弟としての気遣い!!などと思っていたりする。)
正直、この技でも姉さん相手では服の一枚二枚を斬る程度だろうと思っていたから安心して使ったのだが、初めて姉さんが血を流してるところを見たとき、もし少しでも深かったら?と思うと複雑な心境なのである。




そうなっても姉さんなら嬉々として「これは・・・やりがいがあるわね。もう少し本気を出していこうかしら?」とか言いかねないのだけれども。


閑話休題。
とにかく、その技を防ぐとは驚嘆に値する。
まぁ、刀じゃなくファルシオンだからというのがあるのだろうけれど。
とはいえ、体勢を崩すくらいのことはできた。
ならばやることは一つ。
このまま攻め切る!!


「どっせいっ!!」
当身でさらに体勢を崩す。
そこに再度魔法を発動させる。


「ブラストファイアッ!!」
再度魔法陣が展開。
今度は僕の背後から魔法陣が展開される。
そして、魔法が発動。
直径10メートルほどの炎の塊が出現する。
それがアスタナシア目掛けて牙をむく。


爆発。
凄まじい轟音を発てて爆炎と爆風が対象を焼き滅ぼす。
体内にめぐるフェロ-の魔力ーーーーもといフェローの魔力のうちの二割をすべて込めた初級魔術である。
ちなみに基本的にフェローの全容量の一割ほどしかフェローから流れていなかった魔力だが、今では二割ほどまで増量している。
魔法を使えるようになって徐々に魔力に慣れ始めたから、増量されたのだ。


二割とはいえ、元が元である。
初級とはいえかなりの威力になるはずだとは思っていたが、これはいささか威力がありすぎる気がした。




「ほぼ・・・焼け野原なんですけど・・・」




東京ドーム一個分の広さにわたって焼け野原と化していた。
この辺にいた魔獣やこの辺を住処にしていた生き物に申し訳ない。
多分、アスタナシアが来た時点で逃げてはいるとは思うけど。


不幸中の幸いは魔力による炎のため、普通の炎と違って燃え広がると言う心配が無いだけだろう。
しかも体内にめぐる魔力をすべて込めたつもりだったのに、実際は1割分も使われていなかった。
魔力、霊力が体外に漏れ出るということはないが、扱うとなるとコントロールがまだまだである。


要練習だね。うん。


「さすがに倒せたと・・・思うんだけど・・・すごいな。」


アスタナシアは爆心地で悠然と立っていた。
文字通り肉を切らせて骨を断つはずだったのだが、ほぼ問題なさそうだ。
無論、無傷ではないけど。


ただ様子がおかしい。
『にいさん・・・やっとみつけた・・・』
「にいさん?」


しかも涙が流れ出ている。
今まであった殺意・・・というよりは敵意?
それが消えうせている。




『にいさん・・・私の・・・私のせいでにいさんが・・・う、うぐ。
うあ・・・うああああああ・・・あああああああああああああああああああああんっ!!』


そんでもっていきなり号泣しだすから困ったものである。




・・・。
・・・・・・。


・・・ど、どどど、どうすればいいのっ!?
これっ!?


ちょっと奥さんっ!
教えてくださいなっ!?
「あ、あの?ど、どうかしたの?」
『に、にいさん!!にいさん!!
ご、ごめんなさいっ!!
わたしが、私がいたから・・・私が捕まったからにいさんは・・・』


うぉっと!?
抱きついてきたっ!?
ちょっと、肩がバッサリ切れてるんでもう少し優しくして欲しい!!
女神の指輪と精霊契約のおかげで治癒能力が劇的に上がってるとはいえ、まだ痛いんですっ!!
あだ、いだだっ!?
ちょっとっ!?
痛いっ!!
とかなんとかやってると、手袋を介して何かが頭に流れ込んできた。
これは・・・アスタナシアの記憶・・・かな?


「なるほど・・・君が強いものを求めたのは”にいさんに会いたかった”からか。」




それが分かったとたん。
急激な感情の奔流に呑まれ、僕は気を失った。
アスタナシアの記憶と思わしき夢を僕は見た。






☆ ☆ ☆


「あれ?ここは?」
「起きたかのう?
ここは先ほどの場所から少し進んだ場所じゃ。
今日はここで野営じゃのう。」
「ぐるぅ・・・」


フェローは心配してないようだが、僕がいきなり倒れたことにシロが「大丈夫?」と不安げにしていたのでシロの頭を撫でてやった。


「ひ、ヒビキッ!?
だ、大丈夫なのっ!?」
<大丈夫って言ったでしょ?まったく、エンデは心配性なんだから。>
「う、うるさいなっ!!
そう言っても心配なんだもんっ!!」




エンデはあいもかわらず嬉しいことを言ってくれる。
ここまで心配してくれる友達が今までいただろうかっ!?
否!
いまい!!
本当に僕にはもったいないくらいだ。
笑いながらエンデに大丈夫。と答えて僕は起き上がる。


「アスタナシアは?」
「あのあと、霧散した。
魔力に還ったのじゃろう。」
「還る?」
「魔物とはいわゆる魔力のみで出来た魔力体じゃ。
魔力に意思が宿ったものといっても良い。」
「ふむふむ。」
「死ぬ間際の強い意志で発動した魔術が魔物を作るというのは覚えておるじゃろう?
そして、意思には必ず”目的”がある。
”生きたい”ならばそのまま生き続けることが目的となり、魔物は理性も何も無く、ただソレをするために行動をする。
行動原理と言っても良い。」
「なるほど。それで?」
「たとえば、死ぬ間際に”自分を殺した相手が憎い”であれば、その殺した相手を殺しにいくのが目的となる。
そしてその目的を果たした場合、ないしは目的を果たせずに返り討ちにあった場合いでも。
魔力は指向性を失い、霧散し、大気に吸収される。
これを”還った”と言うのじゃ。」




なるほど。
悪霊が成仏した・・・みたいな感じだ。
「アスタナシアという魔物は前者のようじゃな。」
「うん。
手袋を介して伝わった。」
「なんじゃとっ!?」
「うぉっ!?
そ、そんなに驚かなくても・・・」
「す、すまぬ。」


それっきり黙考し始めたフェロー。
一体なんなんだ?


エンデが知りたそうにしていたので、アスタナシアの死んでからの物語。
といっても簡単なものだが話す。




基本的には御伽噺と同じだ。
ただ最後の方が違う。
最強の剣士と言われていたホーマンを殺すために妹のアスタナシアを人質にとる。
ここまでは同じだが、彼女はホーマンを庇えなかったのだ。
彼女にはとある才能があった。
それは魔術を扱う才能。
そして、兄であるホーマンには劣るものの、剣の才能も十二分にあった。
彼女はその才能を惜しげなく使った。
家族を・・・兄を守るためだ。


当然だ。
ところが、彼女の才能は彼女が考える以上に強大で、危険で、馬鹿げた物だった。
自分を人質にとり、兄を殺そうとする憎き王国を助けるべき兄もろとも消し飛ばしてしまったのである。
彼女は嘆いた。




結果、彼女は自害したのである。




自分を支えてくれた兄はもういない。
その支柱を折ったのは自分の手。
国どころか、なんら関係ない国民もろとも殺し尽くした。
何よりも愛すべき、慈しむべき、たった一人の家族すら殺した。
彼女にそれらを背負う度量も余裕も助けも冷血さも無く。
彼女はあっけなく死した。
その自害の場所がこの森。
ここには兄と妹が過ごしていた小さな小さな小屋があったのだ。
魔獣は本能的にその力を知っていたのだろう。
魔獣に襲われることも無く。
かといって誰か人が入り込んでくることも無く。
大層、幸せに過ごしていた自身の愛すべき居場所で、その生涯を閉じた。


死ぬときにただ一つ。


”にいさんにもう一度会いたかった、謝りたかった”と願って。






「・・・反吐が出る話。」
<な~る。ホーマンは強かった。だからホーマンに似てる・・・重なるほどの強い人を求めていたってわけね。見た目を気にしなかったのはおそらく・・・どっかですでに故人だということを認めていたのでしょうね。
いないと分かりながら、さまよってさまよって。
無き兄を求める。
とりあえず、強ければ良い。
自分の兄にとって一番の特徴であった”強さ”。
それが似ていれば良い。
それで兄と判断しよう。してしまおう。
本当は兄はもういない。でも死んだとは認めたくない。
もし認めれば兄を殺したという罪をずっと1人で背負い続けなくてはいけないから。
だからこそ一目会って謝りたい。
謝って自分の過ちを許して欲しい。
命を奪ったという罪荷を降ろしたい。
そんなところかしらね。>


「良く・・・わかるね。」


セルシーの言うことは的を射ていた。
そう。
彼女から流れてきたのは何よりも懺悔の心。
後悔の念が強かった。
自分を責めていた。
でも辛い。辛過ぎた。
僕と戦っていたときに魔術を一切使わなかったのもある程度察しがつく。


彼女が持ってしまったその感情は自分をも殺す魔性の狂気。
唯一のよりどころであった兄を亡くした彼女にそれに耐えられるはずも無く。
自殺した。
逃げたくて、背負いたくなくて死んでいったというのに、死んでもなお背負っていたその念を。
それを背負って200年。
彼女は一体どんな思いで強いものを求めていたのか。


”アレ”はもちろんアスタナシア本人ではない。
ただの魔法であり、魔力の塊に過ぎない。
でも、そんな感情に振り回されていた魔力にこびり付いていたのは紛れも無い、悲しみで悔恨で。
それは酷く僕の心を荒ませた。




そんなことを思いながら僕は寝た。






願わくば、安らかな眠りをと誰にでもなく祈りながら。


・・・ガラじゃないな。
神様とか信じてないし。


ずっと上の空で考え事をしているフェローがいやに気になった。

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