勇者時々へたれ魔王

百合姫

第30節 アスタナシア

結局、駐屯地から少し離れた場所まで引き返した。
やはり理想は脱走したということを知られないことである。
さすがに東まで追ってこないだろうが、念には念を。
ここにきた痕跡を消すために馬車を壊そうと言う話になったまではよかったのだ。
しかし、ここで問題が発生した。




「どうやって壊そう?」
「妾は無理じゃぞ?
前にも言ったとおり、容量がでかすぎて加減が効かぬ。馬車どころか、ここら一体を焼き払う自信があるのう。」
「嫌な自信よね。それ。」
「・・・ふん。
そういうエンデは何かないのかのう?」
「私はサポート系の魔術しか覚えてないもの。
もちろん攻撃魔術もあるけれど、ここまでしっかり作りこまれた馬車を壊すほどの物は無いわ。得意なのは治癒魔術や音消し、臭い消しとかそんなところよ。」
「使えないのう。」
「ふぇ、フェローだって使えないでしょっ!?」
「妾は使えすぎるから困っているのじゃ。」
「単にバカみたいに大容量の魔力を持ってるってだけじゃないっ!?」


剣で切り刻もうにも、残骸を見つけて貰っちゃうと困る。


「ふむ。こうなっては致し方ない。
響に魔法を教えようではないか。」
「ほんとっ!?
それは嬉しいっ!!」


魔法。
やっぱり使ってみたい。


「まず、”魔法”とは妾がララバム遺跡で会った、上位竜種を縛ったあの術・・・種族特有の固有魔術(奇跡)のことを指すとは前にいったのう?
もう一つの意味があって、”魔法”は魔力を使って行使する”魔術”と霊力を使って行使する”奇跡”をまとめた言い方でもある。
本来、人間や概ねの種族はこのどちらかのみを体内に持ち、どちらかしか使えないのじゃが響は妾のーーーーすなわち、高位精霊の魔力、霊力をそのまま使えるのはもう分かっておるな?」
「うん。それは大丈夫。」
「・・・フェローって高位の精霊だったのっ!?」
「今更じゃのう?」


高位と聞いて、なにやらびっくりしてるエンデ。
そんなに驚くことだろうか?
その辺の事情を知らないから分からないけど。


「ってことは・・・ヒビキは高位精霊と契約してるの?」
「・・・そこまで驚くことなの?」


高位の精霊と契約できるのは選ばれた人間のみ、みたいなことかな?
だとしたら僕は選ばれた・・・わけが無いか。
都合が良すぎる。


「驚くも何も。
精霊だとは分かっていたけど・・・まさか、高位のだなんて・・・」
「驚いてないで説明して貰いたいよ。」
「うん、ごめん。
ヒビキは違う世界から呼ばれたんだもんね。知らなくて当然か。
うんとね。
高位精霊って六種族あるとされていてそれぞれ闇人、光人、火人、水人(氷人)、風人(雷人)、地人って言うの。」
<前にチラッと私かフェローが言ったと思うけど、私の種族は水人みずびとないしは氷人こおりびと。正確には水人”だった”んだけどね。今はしがない剣でっせい!>


明るい声で補足を入れたセルシー。


「そして、現在ではほぼすべて絶滅した・・・とされていてね。
残った精霊は10人もいないくらいってされているから、高位精霊に会うこと自体滅多にないのよ。
そして、高位精霊は力が格段に強いから契約に使う魔具もかなり上等なものを用意しないといけないの。」
「へぇ~。なるほどね。
どうして絶滅したの?」
「かなり昔の話だから私には分からないし、そもそも高位精霊について分かってることも少ないの。今生きている精霊達は誰も知らないみたいだから。」
「そうじゃろうの。
高位精霊とはいえ、寿命は400~500年。当時を知るものは当に死んでいるじゃろう。」
<当時を知るのは私とフェロー、北の4王くらいでしょうね。>


北の4王?
その言い方をするということは西と東で綺麗に真っ二つに勢力が分かれていないということだろうか?
その疑問にはエンデが答えてくれた。
「そうよ。
今現在は大陸は大まかに四つに分かれているの。
西、東、南、北って感じにね。
ていうか・・・当時を知るって本当!?」
「うむ、まぁの。というよりその原因の渦中にいた当事者じゃ。」
そういうフェローの顔には苦渋の色が見えて、詳しく聞くのはためらわれた。
それはエンデも同じようで、知りたそうにしていたがそれ以上は踏み込まなかった。




うむ。話を変えよう。
「確か西は魔力を持つ人間を筆頭に魔族と呼ばれてるんだっけ?」
「西大陸の人間からすると、霊力を持つ人間を筆頭に東に住む種族を魔族と呼ぶって教えてこられたんだけどね。
血も涙も無い悪魔の手先だとか。そんな感じ?」
「なるほどねぇ・・・」
「誰も彼もがそれを真っ正直に信じてるってわけじゃないけど、少なくとも見下してる、ないしは野蛮人だ。という意識はあるの。
ヒビキの話を聞いてみるに、・・・違うみたいだけどね。」




僕が思ってる以上に両者の溝は深いみたい。
それに、いろいろと知らないことがまだまだあるものだ。
当たり前なのだけれども。
東大陸についたら、どこかの街でこの世界のことをしっかりと学ぶのも良いかもしれない。
セリアを探そうにもどこにいるかわからないし、どこの国であろうと自国の姫様をそうそう外に連れ出すこともあるまい。
僕から会うために、尋ねた場合も門前払いを受けるのは想像に難くない。
今はじめて気づいたけど、東大陸に行ってもセリアに会える可能性はかなり低いのではないか?
もちろん必ず会う必要はないのだけれどそこはかとなく寂しいし、あの娘のことだからかなり心配しているのではないだろうか?
そう思うと、すぐにでもあって安心させたい。
というのはうぬぼれでない・・・と思う。
とはいえ、そのことはベリルも分かっているだろうから、そもそも僕がリネティアを助けに行ったということ自体知らされていないかも。
「急の用事で彼はここから別行動で、各国を旅する。」くらいのデマを言ってると思われる。
そうなると、セリアとしてはその辺で出会った一般市民の僕なんて忘れているだろう。
少し、否。
初めて出来た異世界の友達なので、こんな終わりは結構寂しいのだが致し方あるまい。
とか考えているとフェローがおほんと咳払い。


「話を戻すが、魔術の扱い方は魔法式、イメージ、魔力。この三つのみじゃ。
ちなみに言葉による詠唱はイメージをしやすいように補助的に使うという程度じゃから、妾クラスになると初級~中級までの魔術は1秒もかからずに発動できるのじゃ。」
「だったら、あなたが馬車を壊せば良いじゃない?」
「さっきも言ったとおり、加減ができぬ。
初級でも上級クラスの魔術になってしまうからの。」
「難儀なものね。」
「天才ゆえの業・・・というやつかのう?」
「はん、ちびっこでぺちゃぱいが何を言うか。
それを使いこなせてこその才能でしょうに。」
「じゃ、じゃからっ!!
ちびっこであろうと、ぺ、ぺぺ、ぺちゃぱいであろうとっ!?
関係ないじゃろうがっ!?
第一、無駄にあるお主の乳など老いさらばえればただの醜い皮の塊と化すだけじゃっ!!」
「い、言うにことかいてなんてこと吐きやがんのよっ!?
あんたはっ!!
私のミラクルボインがそんな悲惨なことになるわけ無いでしょっ!?
いつまでもピチピチボインのままよっ!!」


ミラクルボインなのかピチピチボインなのかわからないが、話がまた脱線してしまう。
というか、女の子がボインという単語を使うのはどうかと思う。


「言ってろっ!!
乳臭いガキがっ!!」
「ちょ、ちょっとっ!!
あんたの方がよっぽどガキでしょうがっ!!
てか、私の胸は乳臭くなんかないっ!!」
「はん、どうだか?」
「だったら、確認してみなさいよっ!!」
「妾に確認させてどうするのじゃ!?
すでに乳臭い言うておろうがっ!!
現実にそういう臭いを感じ取ったから言うたまでじゃっ!!」
「で、でたらめ言うんじゃないわよっ!!」
「響にも聞いてみいっ!!
絶対妾の意見と同じはずじゃっ!!」
「そこで僕にフルっ!?」
「ヒビキッ!!
嗅いで見てっ!!
そしてこのバカに言ってあげてよっ!!
私の胸はミントフローラルの香りがするってっ!!」


ちょぉぉぉおおおおおおおおおおっ!?
あなた何言ってますですかっ!?
嗅いでみてって言葉はつまり・・・あれですっ!?
アレなんですっ!?
自分で自分の言ってること本当に理解してらっしゃるのでぇぇぇぇえええっ!?
嗅ぐってその、あの、あれで、胸の臭いをってことだよね?
話の流れからして胸のね・・・ことだよね?
別に顔をうずめろとかではなく、胸の近くまで顔をもってって嗅げってことなんだろうけどそれでもかなりの抵抗感がありますよっ!?
傍から見たら、胸の近くで鼻息をあらくしてる男。
うん!変態だねっ!!


てか、プレイボーイなイカしたナチュラル(?)ガイならばともかく僕にはそれはあまりにも蛮勇がすぎまするですっ!!
そして、ミントフローラルの香りはおおよそ人体から出る香りではないだろう。
嘘をつくなっ!!
嘘をっ!!
しかし、そのさりげない虚勢がまた可愛い!!


「自分で言ってること・・・分かってる?
エンデ。」
「は、はい?
・・・えと?
あ・・・・・・・・・・・・っと。」


僕のその言葉にみるみる赤くなっていくエンデ。
ボンと音をたてたと思うと、黙りこくってしまった。


その後、魔法式の書き方(術を発動した際に魔法陣が足元に展開される。この魔法陣のことを魔法式と呼ぶらしい。)を教わり、魔法は先刻聞いたのと日本で数あるゲームでよくある「ファイア」という言葉でイメージを強めて魔力を込めて打ち放った。
基本的に凡才である僕は魔眼のおかげで”魔力を感じる”という初心者殺しともいえる一番の壁を”視認”という人間において一番発達し、理解しやすい感覚を用い、らくらくと突破。見事発動。
体内を巡る魔力を半分つぎ込んだところで馬車は塵と化した。
ごめんなさい。
心中でなれなれしい馬車屋の店主に謝りつつ。


ちなみにだが、初めての魔法で有頂天になった僕だが魔力の込め方に問題があってフェローにけなされたのは言うまでも無い。




☆ ☆ ☆


その後、森を進行すること8日。
半分を越えて少し進んだいったところである。
これは結構早いペースになるらしい。
道中、魔術と奇跡の練習をしながら魔獣を狩りつつ、奥へ進む。


「うあ?なに?こいつ。」


周りはうっそうと生い茂っていた木々や草が少なくなっており、ここだけぽっかりと穴が空いたように開けている。
目の前にはでっかいでっかいゴキブリがいた。
しかも50匹ほどが群れている。
コロニーと言うヤツだろうか?
とはいえ、普段家庭で見る”黒い彗星”とは違う種類のゴキブリが大きくなった感じである。
いつぞやのTVで見たのだが、ヨロイモグラゴキブリというペット昆虫として売られていたり、どこぞの国ではカブトムシ代わりともなってる人気のある(?)ゴキブリだ。
ダンゴムシに近い外見かもしれない。
ついでに言うと、動きが遅い。
ただ、大きさは大の大人ぐらいであり、なかなかにグロテスク。と思いきや、ここまで大きいと金属のような光沢感があり正直言わせてもらうと、こういう形の戦車だと言われれば納得してしまう男のロマンをかすかに感じた。
普通にカッコいいと思える。
一般家庭においてゴキブリは忌み嫌われるのが普通。しかし僕は嫌いでも好きでもない。
普通に姉さんの方が怖いからね・・・ふふふふふふふふふふ。
そもそも自分の体の100分の1にも満たぬ虫けらにビビることなどありえない。
父さんも母さんもビビらないし、姉さんに至っては刀に真空刃を纏わせてそれで斬ると言う人間離れした技で嬉々としてしとめる。
なかなかに小さな的で、すばやいために”良い練習台だわ”とか言っていた。
そんな発想をするのは姉さんだけだろうな。と改めて姉さんの変態具合を感じたものである。
しかも、わざわざ昆虫を食べるハリネズミや爬虫類の餌として売られてるゴキブリを買ってきて部屋に放すとか言うバカなことをやっていたくらいだ。
さすがに僕でもそれは気持ち悪かった。
というか、いくらゴキブリであろうとそういう命の消費の仕方はよろしくないということで、珍しく母さんがぶちきれてそれ以来必要以上に他生物を斬るということはなくなった姉さんである。
ちなみに姉さんが試し斬り用にとミドリガメを買ったのはそれよりちょっと前。


万感の思いだ。




「この魔獣はブラックローチね。
昆虫として分類される中では一番ランクの低いポーンⅢで、森の中の死骸を食べる無害な魔獣よ。
動きが遅い上に特にこれと言った攻撃手段もない。でも、弱い割にはかなり堅い外殻を持っていて魔力、霊力に対する抵抗効果も大きいことから、鎧はもちろん兜や剣の材料として乱獲。絶滅の危機に瀕してるって話よ。」
「お気の毒に・・・」
「人間なんてそんなもんじゃろう。」
<この魔獣・・・昔に比べて見ないと思ってたらそんなことになってたのね。>


地球でも結構な数の生き物が絶滅していったらしいしなぁ。
人間の”手”で。
なんというか・・・なんというかである。
世界は変わっても人間は人間と言うことだろうか?
というか、日本ならば女の人はおろか、大の大人でもこれを見た瞬間に悲鳴を上げると思うのだが・・・
エンデもフェローも普通だ。
そりゃそうだよね。
魔獣の素材剥ぎ取りの方がよっぽどグロテスクだもの。
こんなところで、日本がどれほど平和であるかということを理解させられた。


「それがこんな場所に群生してるってことは・・・数少ない生き残りってわけか・・・
とりあえず、見なかったことにしよう。」
「そうね。」
「うむ。」
<達者で暮らすのよ~。>


その後、さらにすすんで、森越え全工程の3分の2が過ぎたところで異変が起きた。
前方からかなり濃い魔力が急接近してくる。
「!?
エンデ、フェローっ!!下がーーーーっ!?」


魔力の流れから只者じゃないことが分かった。
相手の姿は四つの悪魔のような羽?を持ち。
体のほぼ半分は黒い粘土のようなもので人型が形成されている。
そして、両手には金色に輝くひし形の大剣が一つずつ。


髪は紫色。
うつろな双眸も髪と同じく紫色で、その瞳にはなんら意思が伺えなかった。
<a href="//2238.mitemin.net/i16743/" target="_blank"><img src="//2238.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i16743/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>




僕は思った。


こいつが”アスタナシア”だと。

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