勇者時々へたれ魔王

百合姫

第15節 怒れる魂も次には俺のターン

「ぐず・・・」
「あぁ~。
えっと・・・じゃな。
すまんかった。」


その程度の謝罪で僕のピュアピュアハートが受けた傷を治せるのなら、精神科医やカウンセラーという職種は存在しないよう。
そして、僕は今にも死にそうなくらい心の傷を負っている。
「・・・うむ。
しかないのう。
本当にしゃべれるようにしてやるから、機嫌を直してくれんか?」
「なんですとっ!?」
「うぉっ!?
凄い食いつきようじゃのうっ!?」
フェローの肩を持って揺さぶりまくる。
フェローの頭がガクガク前後に動いてるが、それどころではない。
ま、まさか本当にしゃべれる__はずがない。
分かっている。
分かっているさ。
また嘘でからかっているに違いない。


「うん?
どうしたのじゃ?
その胡散臭いものを見るような目は?
今度のは嘘じゃないから安心せい。
とはいえ、多少の時間は必要になるがの。」
「そ、そう?
本当?」
「今にも泣きそうな上目遣いでこっちを見るのをやめいっ!!
かわい・・・き、気持ち悪いわっ!!」
「ぐはぁっ!!」


き、気持ち悪いだとぅっ!?
気持ち悪い__気持ちが悪い___そうか!
「僕は・・・気持ち悪かったのか・・・・」


あの仕打ちの後に、この暴言。
もちろん普段ならばこれくらいの悪口をいちいち気にするほど柔な神経はしていない。
ただ今はちとまずかった。
今先の出来事がこれまた辛く苦しく悲しくて。
はっきり言って泣き出さないだけ良く頑張っていると言っていいレベルなのだ。
傷口に硝酸塩をぶちまけるようなものである。
ぶちまけられたことがないからどんなものかは全く持って分からないけれど。
「約束するから・・・頼むからそんな目をするでない。
・・・・思わず抱きしめたくなるくらいの保護欲というか、母性をくすぐられる・・・いや、なんでもないのじゃ。」


後半はごもごも言ってて聞こえなかったけど、いつまでもいじけていても仕方がない。
いい加減男らしくいきたい。
男とは得てして見栄っ張りなのだから。


「本当に可能なの?」
「もちろんじゃ。
妾を誰だと思っておる。
余裕綽々・・・とまではいかずとも一ヶ月くらいあれば十分じゃ。」
「一ヶ月もかかるのか・・・」
「うむ。
とりあえず。その布切れを貸せい。
妾が常に身に着けることで、魔力が宿る。
そこに妾の力を精霊化させ、その布切れに精霊の力を転写する。
魔力を宿らせるのに一ヶ月ほどといったところか。
妾の力は強い故にな、一般的な魔法具とは違った作り方をせねばならぬ。」
「魔法具?」
「魔力、霊力の宿った武具のことじゃ。
そのままじゃな。」
「ふぅぅん。
んじゃこれ。
それとこの服はパジャマって言うんだ。」
「ぱじゃま、か?
へんてこりんな名前じゃのう。」
「ほっとけ。」


イチゴ柄パジャマを凝視するフェロー。
確かにこの世界には存在しないのだろうが、そこまで変なものを見られるよう目で見られると少し悲しくなってくる。
この世界でパジャマの良さが分かったのは、セリアを襲った盗賊の1人と、ギルドで世話になったお姉さんのみとなる。
ふ。
このセンスを理解できるのは、それこそパジャマをこよなく愛するものだけさ。
お姉さんにパジャマを作ってプレゼントするのもいいかもしれない。
パジャマを愛する同士を増やすために。
もちろんそんな下心を読まれないように、いつぞやのお礼ですとでも言ってカモフラージュするのを忘れてはいけない。
フフフフフフフフフフフ。
パジャマリスト量産計画の手始めに彼女を巻き込めば、彼女の口利きでギルドを出入りする冒険者達に広めることができる。
冒険者達はその職種の特色上、ひとところに留まる人はあまり居ないだろう。
お姉さん越しにパジャマを知った冒険者達は、その冒険者越しに他の町の住人や冒険者へと広まっていく。
こうすることでイチゴ柄パジャマが全世界に広まり、パジャマリストが__などと考えてる間に、フェローはパジャマを着用してるドレスのスリット・・・かな?
彼女のドレスは上半身と下半身で分かれてるタイプで、スカートは足の太ももが見えるようにパックリ割れてるチャイナスカートのような形である。
そのパックリ割れてる場所にパジャマを畳んで入れた。
ポケットではないのだから、すぐに落ちてきそうなものだが落ちないところをみると大丈夫なのだろう。
僕が着ていた衣服が、彼女のそんな場所に入るところを見るとなんとなく変な気分になるが気のせいだろう。
うん。気のせいだ。


「それで・・・出口はどこ?」
「入ってきたところから出れば良いじゃろう?
ここは先も言ったように、妾が監禁されておった・・・というと語弊があるが、とにかく出れない場所であることには違いないのじゃ。
ここの部屋には特殊な魔術と奇跡が施されておってのう。
この中では物理的な時の流れがないものとなる。
・・・この場所だけ老いという概念が消える。といった方が分かりやすいかの。」
「え~と。つまり?」
「つまりはじゃ。
外からは出口が用意されておるのじゃが、中からは響が落っこちてきたあの__」
フェローは言葉を一度切って、上のぽっかり開いた穴を指し示す。


「穴からでるしかないってわけか・・・」
「そのとおりじゃ。
ちなみに、時の概念をなくす術式も主がこの部屋の本来の入り口を無視して入ってきたせいで壊れてしまったが・・・・まぁよいか。」
「暗に責めてない?
というか、もともと”とある理由”とやらでこんな場所に居たんだろ?
こ、壊して大丈夫だったなの・・・・・とか気になったりして。」


時を無くすとか、そんな素人目で見ても大それた魔術を使ってまで、わざわざこんな場所にかなり昔からいたっぽい彼女のその理由いかんによっては、とりかえしのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか?
だとしたら、かなり申し訳ない。
いや、かなりなんてものじゃない。
彼女の口ぶりからして、この場所に居た時間というのは100年や200年という単位ではないだろう。
下手したら1000、10000年とも言える長い年月だろう。
その年月の積み重ねをすべて無駄にしたことになる僕は土下座__程度ではまず足りまい。
死んで詫びるしかないのだろうか?


「ん?
何を死んで詫びるしかない。みたいな顔をしておるのじゃ?」
「て、的確についてきた!?
こ、心を読めるのか!?」
「んなわけなかろう。
見れば分かる。
・・・・多少時期尚早な気もするが、ちょうど良い頃合だとも言えようタイミングじゃ。
気にせんで良い。」
「い、いや、まぁ、その・・・でも、悪いことした感は否めないよ・・・うん。」
「そうか。
ならばあれじゃ。
侘び代わり・・・といってはなんじゃが、響の旅に付き合わせてくれるだけでよい。
それで十分じゃ。
魔力体で外出できるとしても他の人間と喋ることはおろか、他の人間からしたら妾の姿が見えないからの。
今の町並み、人と形を見てみたい。」
というフェローの顔にはなにか誇らしげなものがある。
まるで、自分の子供の成長を確かめるような母親のような表情のようで、一生懸命に作った工作を誇るような目でもあり、まるで・・・僕のように異世界から来た人間が全く見たことのないこの世界へのワクワクを押し込めるように、楽しげな雰囲気を放っていた。


「んま。
付き合うよ。
でも、1人でもよくないか?それ。」
「何を言う?
旅は道連れとも言うだろう?
それに、仲間がいてこそより楽しい。
そうは思わんか?」


それもーーーそうだな。
「とりあえず、ここを無事に突破しますかね。
ふっ!」


天井の穴への距離はざっと50メートル。
日本にいた頃はもちろん、こっちに来て身体能力が強化された今さっきでも無理であったろう距離を、僕は一回、そこそこに力を込めた跳躍で飛びあがった。
「んな!?
予想以上に身体能力が上がってる?」
フェローとの契約で身体能力がアップする的なことを聞いたがこれは予想以上である。


「これ。
妾を置いていく奴があるか。
完全に忘れおったな?」
「あ、ごめ・・・・って飛んでるっ!?」


彼女による非難の声を受けて、さっきの部屋に戻ろうとして振り返ると、プカプカ浮かぶフェローが僕の目の前にいた。
「な、なにそれ?」
「何って・・・普通に飛翔の奇跡じゃが?
ちなみに、妾などの高位精霊は魔力と霊力をともに有しておるから、魔術でも奇跡でも使えるのじゃ。
うらやましかろう?」
「た、確かにそういう魔法とかはゲームみたいで使ってみたいけど・・・・というか空飛べるなら空からもう逃げて良くないかな?」
「・・・暗に妾に主を抱えて飛べと?」
「いや・・・まぁそう言いたいのもあるけど、僕としては女の子に抱えられるのはちょっと遠慮したい。」


見た目10~12歳児の女の子に抱えられる、大の男。(大というほどの身長はないけど。)
ちょっと拒否したい画ではある。


「魔術や奇跡とかをフェローが使えるなら、フェローの力がめぐってる僕にも使えるってこと?」
「まぁ・・・そうじゃが、要特訓じゃな。
そうそう覚えられるほど簡単なものではない。」
「ぜ、ぜひとも教えてくださいっ!!」


別に攻撃魔術とかはあまり要らないけれど、飛翔の魔術とかは使ってみたい。
凄く使ってみたい。
魔力や霊力を感じるのではなく、視認できる力”魔眼”の力が宿ってからは大抵の人の体から魔力の流れは見えていたけど、自分の体にはその流れがなかった。
これすなわち僕の体内に魔力やら霊力やらは宿ってないことになる。
セリアに聞くまでもなくあきらめていたけれど、これは本当に嬉しい。
魔眼を意識して自分の体を見てみると、やたら濃い魔力とやたら猛々しい霊力が体に渦巻いてるのがわかる。
霊力だけで言えば、軽く見積もってもセリアの3倍はある。
セリア自体も、ベリルに比べたら10倍は軽くあったのだが、凄まじい量だ。
高位精霊って凄い。


「ほれ。
ちょうど、後ろに良い感じに練習相手がおるぞ?」
「え?」
振り返ると、そこには2体の上位竜種、アースヘッドがいた。
グルグルと唸りながら血走った目と殺気を向けている。


「仲間が殺されたことを知っているようじゃな。
上位竜種というのは総じて賢い。
それは今も昔も変わらぬな。」
「のんきに実況してる場合!?」
「何をいう?
のんきではない。
懐かしんでおるのじゃ。
妾がちょっと竜の巣に攻め込んだ時なんて50体は軽くいての。
一匹一匹、ちまちま潰していく作戦にしようとしたのじゃが、一匹殺した段階で気づかれてしまっての。
なんと、まぁ。
驚くことに常に点呼を取り合うという社会性を・・・」
「そういう解説をはさんで、べらべら余裕綽綽に経験談をかたるその姿こそのんきというっ!!
自覚してくれっ!!」
「何を言う?
これものんきではない。
これは・・・・・・・・・
あれ・・・・まぁ・・・・
すまん。
ボケが思いつかなんだ。」
「のんき過ぎる!?
この状況でボケを考える貴方の神経いかに!?」
「ふ。
よいツッコミだ。
そんな主とならいけるっ!!
芸人におけるヒエラルキーの最高峰へとっ!!」
「いかへんわアホ!!」
「なんだってっ!?
ならば聞こうっ!!
過去の雪辱を晴らさないで生きていけるのかっ!?」
「一体、僕達の過去に何がっ!?」
「ふふふ。
あなたは忘れているかもしれないけど、私・・・実は貴方の母親だったの。」
「衝撃の事実過ぎるっ!!
そして、こんな幼女母嫌過ぎるっ!?」
「ノリいいのう・・・」
「・・・・ついツッコンでしまった。」


ちょっと自己嫌悪。
こんなことになぜ付き合わなければならないのか?
そもそも付き合ってしまったのか?
まっっっっことバカな行為である。


「グルルルラァァァアァァアアアアアアッ!!」
「グルルルルルルッラアアアアアアアアッ!!」
二匹ともお怒りである。
それはそうだろう。
こんなバカな会話を聞かされて、無視されていたら竜だって怒る。
というか、逆の立場なら僕も怒ると思うし。


「さて、真面目に言うとじゃ。
今の響の力を試すには良い相手・・・かもしれぬ。
じゃから、全力でやってみるとよいじゃろう。
ほれ。
右腕に魔力と霊力を・・・イメージで固めていくのじゃ。
その間は妾が足止めをするとしよう。」
といって、飛んでいるフェローは手の平から、黒い液体を滴らせる。


「・・・何それ?」
「不思議そうな顔じゃのう?
これは妾の・・・というよりは闇人と呼ばれる高位精霊が持つ特別な魔術での。
いろいろ使い勝手がいいのじゃ。
今回は縄代わりとして使う。」


といった瞬間、凄まじい速度で黒い液体は縄状になり、そのまま二匹をがんじがらめにする。


「こ、殺さないとだめか?」
「ん?
こやつらは主を食おうとした奴らじゃぞ?
哀れみ・・・か?」
「いや・・・いや、哀れみかはわからない。
けど、今ここで生き物相手に試す必要はないじゃないか。
フェローがそのまま捕まえててくれれば、あとは簡単に逃げられるし。」
「ふむ・・・まぁ、確かにそうじゃな。」
「こいつらが盗賊とかなら、逆恨みで僕の周りを傷つけるかもしれないけど、すくなくともこの竜たちはそんなことしないだろ?
僕が殺すのは身を守るため。
自分と周りの身を。」
「・・・・優しいのう。」
「優しい人間なら、最初の一匹だって殺さずに逃げることだけを考えていたと思うよ。
そういや、あのアースヘッドは死んだ・・・んだろうね。」
「その優しさは違うと思うがのう。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、殺す殺される覚悟を持たぬ者はそれすなわち”甘さ”じゃ。
優しいのではない。」
「そ、そうかな・・・」
「そうじゃ。
少なくとも妾はそう思う。
主は十分優しい部類に入ると思うぞ。」
「そう・・・かな。
そうだったらいいな。」
「そうじゃ。
・・・とはいえ、こやつらも身内を殺されたのじゃ。
黙ってはおるまい。」


この会話の最中も、がんじがらめで全く動けないにも関わらず吼えて叫んで、雄たけびをあげる二匹。
その声にはもの悲しさと憎しみがあるような気がした。


「下手したら臭いでも嗅ぎながら、追ってくるってこと?」
「そうじゃ。
となれば、簡単な話。
主の力を見せ付けてやればよい。
どちらにせよ少し、力を使うべきじゃ。
殺したくないのなら、振るう方向は真上でよかろうて。」
「わかった。
えと・・・魔力と霊力を右腕に・・・だったね。」


まずは魔力の流れを意識する。
目で視認出来るためか、イメージは簡単ですぐに右腕に集められた。
次に霊力の流れを意識して同じ要領で右腕に集めた。
すると、手袋が一瞬膨れ上がって、右腕を飲み込むようにぐにゃぐにゃと変形して右腕が右腕でない何かへと形を変えた。
それは禍々しくも神々しくて、力強く美麗で鈍く輝く刀身を持つ腕と一体化した黒い”刀”であった。


「うむ。
上出来じゃ。
それを空に向けて軽くふってみい。」
言われたとおり振ってみた。
右腕はすでになく、手首から先には黒い刀がある。
簡潔にいうなれば、右腕に直接刀が融合している、といっていい。
だが普通に手で持つのと同じように振れた。
そしてそれをみた二匹の竜は、寄り添うように縮こまって震えていた。


無理もない。
僕自身、特にこれといった力を込めているわけでもないのに体の節々が痛むほどに強力な威圧感を放っていた。
「・・・妾が思う以上に相性が良いのう。
魔具自体の性能ももちろんあるじゃろうが・・・これは予想以上じゃ。」
一見、なんともないように見えるフェローだが、いささか顔色が悪いのは気のせいではないだろう。
なんだ、この刀は。


「まぁ大丈夫だとは思うが、決して全魔力と霊力を右腕に込めるでないぞ。
今は全体の一割も出してないものじゃからよいが、まともに扱えないうちにそんなことをしたら・・・街一つ一振りで消えかねん。」
「そ、そんなにっ!?」
「上位竜など軽く殺せる力と言ったじゃろう?
それに、体自体もただでは済むまい。
1振り2振りもすれば・・・・限界といったところか。
もしくは、魔具が細胞れべるで融合しておるから異形の化け物へと化するかもしれん。」
「り、リスク多いんですね・・・」
「当然じゃ。
”のーりすく、はいりたーん”のような都合の良い力など滅多にありはせぬよ。
いい加減、その状態を解くのじゃ。先ほどから気の毒なくらい竜たちが覚えておる。」


といわれて竜の様子をもう一度見ると、確かに気の毒なくらいにおびえていた。
さっきまでの怒りはどこ吹く風。
目にはおびえ一色。
恐れしかない。
僕自身も僕の腕が怖い。
こんな経験は始めてである。
当然だが。


「”もどれ”と念じれば戻るじゃろうて。」
「う、うん。」


刀が崩れ落ち、右腕が出てきた。
ううむ。
これは危なすぎる。
できるだけ使わないようにしよう。




その後、僕が一番初めにやりあった個体の死骸から、適当に鱗や牙、皮、肉などいろいろなものを剥ぎ取って、そのララバム遺跡を去る僕達。
命を粗末にはしない主義なのだ。


素材を売ったお金で馬車を買おうと思いつつ。
ルベルークへ向かうのだった。

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