勇者時々へたれ魔王

百合姫

第5節 ヤルルクは天使様?

「はぁ~。」
僕は深いため息を付いた。
たかが剣を振れる程度の男に何を期待してるのか?
理解に苦しむ。
が、ここまで関わった以上、知らんぷりはできない。
何をするにせよ危ない橋は渡らなければならないし。
ここで一丁、大きな仕事を請けるのもまた一興だ。
それにこの世界の住人としばらく行動をともにするのは大切なことになる。
主に地理や文化についてだ。


「・・・僕は 山瀬 響。
いや、ヒビキ ヤマセって言った方が良いのかな?
セリア・・・さんだっけ?
請けるけれど、期待はしないでね?」
「は、はい。
よろしくお願いします、ヒビキさん。」
「さんはいらない。」
「では私もその様に。」
お互いにクスクス笑いあう。


あ、そう言えばギルドミッションがまだ中途だったな。
「セリアさ・・・セリアはこのまま、宿で休んでて。」
「あ、はい。
えーっと・・・ミゲルの森に行かれるのですか?」
「まぁね。
やんなくちゃいけないことあるし。」
「わ、私も行きます!」
「いや、盗賊ぐらいでびびるセリアは足手まとい。」
「ぅっ・・・・で、でも命の恩人を・・・それに、私は奇跡を使えますっ!!」
「奇跡?」
僕の口から疑問の声を出すと、うっと怯むセリア。
「あ、いえ・・・ま、魔術でした!
魔術とちょっと間違えちゃいましたっ!!
本当ですっ!!
奇跡なんて一度も使った事がないですっ!」
わたわたと両手を動かしながら急に焦り始めるセリア。


「使った事がない・・って言い方だと使えないわけじゃなくて、使えるけど使ってない・・・っていう風に聞こえるけど?」
「ひ、ひぅっ!?
・・・えと・・・ヒビキは意地悪です!!」
「あっはっはっは。」
会話できるってのはいいなぁ・・・うん。
一人ぼっちはつらいもんなぁ・・・
それで・・・奇跡って何のこと?


「・・・白状しますと、私は奇跡が使えます・・・けど・・・
ここ、西の大陸・・・えと、私たち東大陸の民は魔大陸と呼んでいます。
その魔大陸ではただの人間は見つかり次第殺されると・・・聞いていましたから・・・
一応、隠していたんですけど・・・別に良いです。」
「はい?」


どうも彼女の話では、この世界では現在戦争中真っ只中であり、西大陸の・・・通称「魔族」と東大陸の「人間」。
その二種間が争ってるそうな。
ちなみに現在は西大陸の魔族の「とある秘術」により、東大陸が押されてるとのこと。
とある秘術ってのは多分、勇者召喚のことだろう。
そして、西大陸の魔族は大抵が異形・・・ないしは体の一部が獣じみており、色々な種族がいる。
吸血鬼、竜人族、ゴーレム、魚人族、魔力を持つ人間(魔族という場合、大抵これを指すらしい)、幻獣などなど。
そして魔力を用いて「魔術」を行使するとのこと。
一方の東大陸は人間を中心にした大陸。精霊、エルフ、獣人族というのが主な種族であり、西に比べて数では圧倒的である。霊力を用いて奇跡という術を行使する。
しかし、多くは身体能力で負けており、数があるゆえにいまだ残っているという状況だ。
ちなみに僕がいるのは西大陸。
そしてこの街はレヴァンテというらしい。
国境付近の街だそうだ。


「別に良いっていうけど・・・僕が殺さないなんて保証も無いのに白状しちゃうの?
最後まで誤魔化しとけばいいのに。」
もうちょっと意地悪なことをいってみた。
もちろん、殺すだとか、そんなことは日本から来た僕にはどうでも良い。
セリアは一瞬ビクッとするが覚悟を決めたように僕から目線を外さない。
・・・なんていうか、照れる。


「・・・あそこまで言ってしまっては、誤魔化しても無駄だと思いましたし・・・ヒビキが盗賊を殺したときに言っていました。
人を殺す下種は、また殺す・・・だから、盗賊を殺したんですよね・・・後から仕返しされる可能性を排除するために。そのときに自分の周りの人間が巻き込まれないように。そのためにきっちり殺しておく・・・それって、ヒビキなりの正義・・・優しさでしょう?
・・・今この場で私を殺すのはヒビキにとっての正義ではないと思いましたから。
でなければ、言ってしまった時点で逃げます。」


うむぅ・・・なんか負けた気分だ。
正義・・・ね。
正義って大層なもんではないんだけども・・・・そして、優しくは無いと思う。
単なる防衛本能というか、身を守るためってのが一番だし。


「それに田舎からきたって嘘ですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「いくらなんでも奇跡、魔術のことは知らないのはおかしいです。」
まぁそりゃそうだ。
それを知らないってのはまず可笑しすぎるわな。
とりあえず、せっかく白状してもらったんだしこっちも異世界から召喚されたことを話した。
少し驚いたようだが・・・


「だったら、なおさら私が付いていきますっ!!
この世界や魔獣のことを全く知らないんですから・・・それにこう見えてもそこそこの腕はあるんですよ?
盗賊にびびったのだって・・・足を怪我してたのと、いつもいたベリルとリネティアがいなかったから・・・」


といって目を伏せるセリア。
すこし泣きそう・・・はぐれた仲間を心配してか?
とりあえず、その頭をなでてやる。
「ふぇ?」
「とにかく、護衛の依頼も受けたんだし・・・その護衛対象を危険地にみすみす連れて行けるわけ無いよ・・・」
「い、いえ・・・あの・・・だ、だったら明日から護衛の任務を依頼しますっ!!
ですから、今はただの私の友人ですっ!!
友人を見捨てろと私に言うのですかっ!?」


セリアは超必死・・・そこまでついていきたいものかね・・・


「・・・はぁ・・・わかったよ。
ただし。
僕は本当に自分の身で手一杯だから・・・いざとなったら僕を捨てて逃げてよ?」
「え・・・っと?
普通、逆では?」
「でなければつれてかないよ。」
「は、はいっ!!」
という顔は満面の笑みであり・・・笑みを見て、なんとなく胸がチリッとした。
なんだこの気持ち?と思ったけど・・・とりあえずミゲルの森へと発つことにする。
準備中、終始ウキウキしてるセリアを見て・・・一抹の不安がよぎったが致し方あるまい。


☆ ☆ ☆
ちなみに詳しいギルドミッション内容は「ミゲルの森に生息するヤルルクの牙を納品せよ」とのことだ。
ヤルルクというのは羊を大型化させたような魔物であり、初心者のチェスの登竜門だそうだ。
体長は約200cm。体重は約120キロ。
ただ、羊と違い雑食となっており、それにともなって歯が雑食特有の形になっている。
獲物を引き裂くための犬歯と、噛み砕くための羊そのままの歯があり、その内の犬歯が目的の物。
犬歯は魔術の触媒や魔法薬の材料、防具の装飾やお守り、漢方薬と使い道が多岐にわたり、一部では養殖されて家畜化されている。
一頭から4本しか取れないため、割合貴重。
気性は特別凶暴ということはないが大人しいというわけでもない。
オスとメス、数匹の子供と少数の群れで居ることが多く、どう分断するかがキモとなる魔獣である。
ちなみに一匹一匹自体は牙とその巨体から繰り出される体当たり以外は特別脅威と言うわけではないらしい。
ちなみにギルド内の書庫の魔獣図鑑から得た知識+セリアの話である。
魔物図鑑と言うのもあったが・・・どう違うのかはセリアに聞けばわかるだろうか?
などと魔獣についての情報を反芻しながら歩いていると、ミゲルの森に到着する。




「うわ・・・蒸し暑・・・」
森の入り口に入ってすぐに蒸し蒸しとした湿気に体を覆われた。
気持ち悪い。
獣道らしき場所を歩いていると早々にヤルルクを見つけた。


「さて・・・どうしようか?」
数は5頭。
オスメス2頭に子供が3頭だ。
手持ちの武器はナイフにファルシオン。
セリアはショートソードと簡易式の鉄の盾を持っている。
街の武器屋で買ったものだ。


皆殺しもいけそうだが・・・牙は四本で十分。
一頭でいいし、無駄に殺生はしたくない。それに今はセリアがいる。
どんな動きを見せるのか知らない初見の相手に、下手に博打をうつとそれで死にかねん。
デモン○ソウルで言う、蛸看守の初見殺しは辛かった・・・などと少し日本を懐かしく思ったり。
結局塔の攻略は最後の方に回したんだっけ?
これはゲームじゃないし・・・おなじみのイチゴ柄パジャマしか身を守るものがないのだ。
防御力ゼロのこれしかね。
足を滑らせて一撃貰えば・・・想像したくないな。


「私が囮に・・・きゃんっ!?」
セリアの頭を軽く小突く。
「何いってんの?
んな心臓に悪い作戦却下だ、却下。
僕がまず、一撃を不意打ちであてるからそれで殺せれば御の字。
そこで親がどういう行動をとるのか・・・子供を守るように立ちはだかるのか?
逃げるのか?怒りくるって襲い掛かってくるのか?子供を逃がしたら親も逃げるのか・・・なんにせよ、僕が囮になって他の奴を引き剥がすから、セリアがその間に殺した奴の牙を剥ぎ取る。取ったあとは即離脱で。
それでいこう。」
「そ、それは私の心臓に悪い作戦ですっ!!
ヒビキが死んだらどうするんですかっ!?」
「そのまま返してやるわっ!」
「わ、私は良いんですっ!!
奇跡がありますからっ!!」
「そんなに便利なのか?」
「いえ・・・それほどでもないですけど・・・」
「じゃぁだめじゃんっ!!」
「で、でも・・・命の恩人なのに・・・」
「・・・命の恩人じゃなくて、君は僕の事を友人だって言ってくれたでしょ?
友人ってのは対等な立場。
命の恩人だから・・・とか、僕を立てなくて良いから。
適材適所って奴だよ。」


ちなみに僕にとって友人なんてのは久しぶりに出来た・・・・
だって・・・姉が・・・いるから・・・
体育のときなんて刀傷がね・・・うん。
姉さんは”巧く”斬るから刀傷なんて残らないんだけど、斬られた刀傷がすぐ治るわけも無く。


姉さんと僕の試合・・・・というか死合は普通に真剣です・・・
そして、斬られます。
文字通り血と汗と涙を流し・・・
もちろん、斬られたくない。
しかし、相手は姉さん。
人外の化け物です。


その化け物に勝つ・・・というか勝つのは無理なので、一日の死合で受ける刀傷を出来るだけ少なく・・・そんな方向性の特訓を重視して・・・
刀傷を受ける可能性を極力少なくするために学校でも屋上や体育館裏で一人で特訓。
帰っても特訓。
そして死合。
斬られたくないので必死に見切りの技や身のこなしを熟達させます。
だが、しかし、姉さんも負けじと技を熟達させていきます。
こっちが回避の技術を高めても、すぐさま姉も追いつき追い越し、すぐ斬られまくる。
斬られたくないのでより腕をあげる。
姉さんも上がる。
また斬られ始めたので、また腕をあげる。
姉さんも上がる。
・・・無限ループ・・・・ぶはぁうううぅぅぅぉおおおっ!!
泣いてない・・・泣いても・・・解決しないんだから・・・泣いてどうするんだ・・・・
ああ・・・そういえばこの世界に姉さんはいないんだよな・・・・やば・・・泣けて・・・きたよ・・・
もちろん・・・うれし泣きだよぅ・・・・


「どうしました?」
「いや、なんでもない。」
すぐさま気を持ちなおし・・・そんな場合でないことを自覚する。
姉さんに比べたらヤルルクなんて、ヤルルクなんて・・・ヤルルクが天使に見えるよぅっ!!


「ああ・・・天使様・・・後光がお見え・・・」
「あ、あの?」
「す、すまんすまん。
ちょっと故郷を思い出してね。」
「ヒビキ・・・」


なんか同情の視線を受けるが・・・勘違いしてるね。これ。


「まぁとにかく、いくよ。」
といって立ち上がる。
そして、地面を蹴りぬけ瞬時にトップスピードに。
縮地という技である。
ちなみに、この技は僕の十八番であり一番熟練度が高い。
姉さんという化け物と戦う上でどれほど世話になったことか・・・
どういう原理かはそのうちに。


一刀のもと子供のヤルルクを切り捨てた。
胴体が真っ二つになる。
子供を狙ったのは子供を守るべき親を殺してしまうと他の子供が生き延びれないと考えたからだ。


すぐさまヤルルクも反応。
「クルオォォォォオオオンッ!!」
怒りと悲しみをないまぜにした雄たけびが上がる。
角があるからオスか。
メスは子供を引き連れて森の奥へと入っていく。
どうやら、オスが気を引く役のようだ。
おそらくは時間稼ぎだろう。
これならこいつを引き連れるよりもこの場で相手をしていた方が良いかもしれない。
下手にセリアから離れる必要はないと判断して僕はファルシオンを構えた。
角の一つでもへし折れば逃げてくれるだろう。


「クルオォォオオオオオンッ!!」
突進してくるヤルルク。
背後で様子をみるセリア。
だが・・・突如、そのヤルルクに襲い掛かる赤い影が舞い降りた。





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