タコのグルメ日記

百合姫

なぁにこれ

そんなわけで知的好奇心が刺激された僕は坑道に入り、グリューネ達と共に魔蓄鉱を発掘しようと奥へと歩いていくと、早速見つけた。
剛化の魔法陣である。
補強材のような物を坑道の壁に貼り付けてその上から魔法陣を描いているのかもと考えていたのだが、物の見事にハズレだ。
坑道に完璧なまでに直接書き込まれていた。しかも、発動し続けている。もといずっと魔力が通り続けているのだ。
ずっと通り続けているのも可笑しいし、直接書き込まれている坑道の壁はもっと可笑しい。
とっくの昔に壁になっている土が魔力によって塵となり崩壊して、坑道全体が崩落となってもおかしくない現状なのに全然その気配がない。
それとも魔法陣自体に手を加えているのかと思ってじっくり眺めてみても特に手を加えているようには思えない。
至って普通の剛化の魔法陣であり、魔法陣に組まれた細かい記号を読み解いても剛化を発動するために必要な物以外は無いようだ。
ますます意味不明になった。
何がどうなってこんなことが可能になってるんだろう。
それだけではなく坑道内を照らす魔法陣もまた、坑道の壁に直接書き込まれているようだ。
気になるなぁ。
その理由はすぐ分かる。いや、グリューネが気づいた。

「…まさか…全部“そう”なの?」
「ドード、大丈夫?気分悪い?休む?」

何か重大な発見をしたらしい思わせぶりなセリフを吐きつつ、グリューネがグリューネが早足で奥へ奥へと進んでいく。
やまいはそんなグリューネを心配そうに気遣いながらついていく。
どうも、ここ数日のグリューネの様子にやまいもかなり不安そうに心配している。
かくいう僕も心配になってきた。
何がそこまでグリューネを駆り立てるのか。こんな彼女を見たのは初めてかもしれない。

「待って、グリューネ、坑道は明かりがあるといっても薄暗いから走ると危な…」

注意しながら追いかけるとグリューネがある方向を見て立ち止まっていた。信じがたいものを見たかのようにその表情は固まっている。やまいもまた驚きを隠せない様子だ。何があるのだと見てみるとなるほどと納得した。

「なんだ…これ?」

そこにあったのは肉塊、だろうか。

「なに…これ?」

僕と似たようなセリフを呟くグリューネ。まったくもってその通りだ。
すっかり気圧されて足が止まっているグリューネとやまいを背後に、知的好奇心からと生存能力の高さからまずは僕だけが足を進めていく。2人にはまだ近づかないように言っておけばいい。
普通の通路とは違い、明かりがつけられていなかったので明かりの魔法を刻んだ石ころを使って照らしながら進んでいく。ついでにせっかく用意したA−07拳銃をガンアクション映画さながらに構えつつ。と、より詳しい全容が明らかになったが、それでもなお『なんだこれ』としか形容しがたい得体の知れない物体が鎮座されている。
全体的には赤黒い。血管のようなものがビッシリと浮き出ていてそれが脈打っているのが分かるのでおそらくは生き物、そして呼吸器のような管や骨が所々から出ている。
赤黒さは血管が浮き出ていることから体内の血液が透けて見えるためで、呼吸器のような管は触手に見えないこともない。が、そういう機能を持てるほどの筋肉はついてなさそうで純粋な呼吸器官の一部のように思える。
一番意味が分からないのが体のところどころから突き出ているように見える“骨”だ。なんで骨が露出しているのか意味が分からない。言わずもがな。骨の役割は体を支えるためのものだ。所々から突き出している骨がこの巨体を支えるためには機能していないのは明らかである。じっさい見た目は陸に上げた海のタコ、と言った感じにべったりしているしね。

「見れば見るほどよく分からないな…仮に支えるにしても骨が細すぎるけど…」

この細さは僕が今まで食べてきた動物達の骨を参考にすればだいたい大きめの四足歩行動物の物のような気がする。そこそこ大きい方であるが、せいぜい人より一回り二回り大きい程度でしかない。
それに対して目の前の肉塊の大きさはだいたい横に広い大きめの一軒家くらいはある。横幅だけで20メートルはいってそうだ。
とてもじゃないが大きさが合わない。鱗や毛の代わりに生えてきてるのかもしれないがそれにしては生えている密度が少ないし腑に落ちない。
全体的に一言で言えば生き物っぽいのに生き物らしく無いと言ったところか。
たとえ一般的に日本人に忌み嫌われているゴキブリでもその体の構造などは、なるほどと思わせるほどに良くできているのだ。どんな生物であれそうなっているはず、というかそうでなければ勝手に自然淘汰されていくのが厳しい自然界の掟なのに、こんな意味わからん生物が今に生きているのが不思議でしょうがない。逆に言えば今まで生き残ったこの肉塊はこんな無駄があっても生き残れるだけの生存戦略を持ち合わせているかもしれない。

「タコーっだいじょーぶっ?私たちも行った方がいーいーっ!?」

やまいが焦れて離れた場所から声をかけてくるが、これに近づいて良いのか悪いのかの判断基準がまるで分からない。
改めてやまいにはグリューネの護衛をお願いして距離を取っておいてもらう。何かあればすぐに逃げ出せるように。僕だけならなんとかなると思うので。
気を取り直して、そのまま周りを探索し続けていると高見台のような足場が周りにはいくつか立ててあることに気づいた。

「…もっと分からなくなったな。なんでこんなものを建ててるんだ?」

こんな奇怪な生物が坑道に出没するなら組合から事前に何か言われていたはず。
最後に坑道に入った人間が誰で、いつなのかは分からないが急に出没したと考えるのが自然で、仕事を中止して狩り人組合あたりに相談しようと思ってもいたのだが、これらの人工物を見てそれは無い対応かもしれないと考え直す。
さらにそれら建造物には細い梯子が連結されていた。これに乗って何をしていたのかが分からず、とりあえず実際に登ってみて、見渡して分かった。
上からの肉塊の姿だが、背中、なのか頭なのか、もしかしたら腹なのかもしれないが…どうもこの肉塊自体にも魔法陣が描かれている。
その魔法陣は複雑で、ちょっとした明かりでは全てが見えないために効果は分からないがこの高見台の役割はこれだということが分かる。
体に魔法陣を描いた場合はもともと体内の魔力を魔法陣に込めるために魔法陣を刻まれた皮膚がダメになるということはない。
魔力は毒であるが、あくまで他者の魔力に限るからだ。しかしあまりこういった手法は使われないし、使いにくいとされている。
日々の新陳代謝で体表面に描かれた魔法陣は垢としてすり減っていくからで、僕が眼球に魔法陣を刻んだ理由でもある。
おそらくはこの肉塊に刻んだ魔法陣もそうだ。
この肉塊の表皮もまた日々の代謝で掠れていくもので、それを都度書き直すための物がこの高見台なのだろう。
高見台は肉塊をぐるりと回るように建てられており、それを伝いながら魔法陣を見ていくと徐々にその効果が分かってくる。

刻まれている魔法陣は三つ。
一つは供給。
近くの特定の物質に肉塊自身の魔力を供給する機能。おそらくは剛化の魔法陣に魔力がずっと通っていた理由かと思われる。
一つは吸収。
何を吸収しているのかまでは分からないが何かしらを肉塊の体内に取り入れるためのものだ。摂食するための器官が未だに見られないのはこの魔法陣のせいかもしれない。いや、死ぬはずの歪な生き物を無理やり生かすために使われているのか。生物であるからには何かしらエネルギーの補給が必要だ。その代わりだろう。もしかしたら体から突き出ている骨は食べ残し?
一つは隠蔽。
これが使われていることから最低でも組合は把握していると思われる。高見台の劣化具合からかなりの年月使われており、その頃から隠蔽が使われていたとすればさすがに何処かで猟師街の誰かしらが気付くだろうという予想だ。なのに使われ続けているということはこれを知りつつ、放置している可能性が高い。というかガッツリ剛化の魔法陣に使われているもの。むしろそっちの方が高い。隠蔽をかけているということは見られたく無いものであることは確かである。僕たちが気づいたのは良く分からないがたまたま効かなかったか、効果が切れていたのかもしれない。今は重要では無いのでとりあえずは気にしないでおく。


さて、どうしたものか。

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