タコのグルメ日記

百合姫

冒険者組合はないんだってさ

狩り人組合の中から出てきたのは五十後半くらいのおじさん。
皮鎧と革でできた籠手や足籠手を身につけ、見た目こそ老けてはいるがその肉体はその辺の若者よりも雄々しい。
 場所が場所なだけに目の前の彼もまた狩人なのだろう。


「さわがしくして、ごめんなさい」


真っ先にやまいが頭を下げる。
いや、騒がしくしてたのは僕たちなわけで。
誰かに不快な思いをさせたら謝るとはここ一月くらいの間に教えた覚えがある。村で人と接する際に備えてのことだ。誰かのために頭を下げる。うむ、これは素晴らしいことでそれがもう出来ているのは実によろしいことである。しかもこれは自分が不快にさせたのではなく、自分に近しい相手の代わりに謝ると言う高等テクニック。もとい、やまいがそんな思いやりをいつのまにか育んでいたとはなかなかどうして、嬉しいことである。
ただ惜しむらくはそれが僕とグリューネの不甲斐なさが発端であることだ。
素直に喜べない。罪悪感がちょっとだけ残ってしまうではないか。


「ほら、タコもドードもあやまってっ」
「あ、うん、ごめんなさい」
「…悪かったわね、人間」


ちょっと素直とは言えないグリューネもやまいの言葉には逆らわずにそうして三人で頭を下げると今度は目の前の彼が慌てだした。


「い、いや、別に分かればいいというか、色々言いたいことはあるものの、そもそもまだなにも言ってねぇしっ!」
「ほう?では貴方は何もないのにも関わらず、やまいに頭を下げさせたと?殺そうかしら?」
「いやいや、お前さん可愛い顔して何言ってんの?おっちゃんビックリだぜ?そういう
話じゃないんですけどもっ!」


おっちゃんを殺したろかという目で見るグリューネ。
このすぐ殺意全開になるところ、どうにかならないものか。殺そうかしらと言う彼女の言葉は脅しではなく、実際にそうしようかを考えているのが困ったちゃんなところ。
どうもグリューネはほぼ人間との交流がなかったためか、気に食わないことがあるとすぐにそれを排除する方向に持っていこうとする。
自分の管理していた迷宮ダンジョンにちょこちょこ侵入してくる人間を害虫のように嫌っていると言う面もあるかもしれない。
結構、野生動物よりの価値観をお持ちなのである。


「ドード、すぐころすとか言ったらダメなんだよ。タコも言ってたでしょ。きょうちょーせいが大事だって」
と、やまいがグリューネを宥め、その間に僕は目の前の彼と話を進める。


「えっと、騒がしくしてたから注意をしにきたってことだよね?」
「いや、まぁそれもあるけれど、注意というよりは気になって様子を見にきたってのが大きい。で、可愛らしいお嬢ちゃんたちはここに何の用だ?用があるからいたんだろう?」
「おじさまは狩り人組合の人?それとも利用者なの?」
「お、おじさま?…こほん、一応、今は狩り人組合の受付をやっている。」
「ふぅん、見た目は完全に現役の人って感じなんだけど…」
「今は、つったろ。あまり俺みたいなおっさんが出しゃばると若い連中が育たねぇからな。この街では一定の業績をあげた狩人は、指導に注力するようにって言われるんだよ。俺みたいなベテランが出張るのは秋口の大きな祭りやらで沢山の獲物が必要になったときぐらいさ」


なるほど。祭りがあるのか。ちょっと気になりつつも、まぁ秋まではいないだろうし祭りはまた機会があれば覗きたいものである。


 「えっと、ここにきたのは冒険者組合かなっと思ってきたんだ。あとは狩りで得た獲物が売れるかを聞きたくてね。」
「そういうことか。まぁ確かに嬢ちゃんはやたらと大きな皮袋を抱えてるしな」


と言って受付おじさんは僕の背後を見る。
そこには僕が尻尾のように擬態させた触腕で巻きつけて持っている動物の革でできた袋があった。
前にも言ったと思うがこの世界において、ファンタジー特有のいくらでも入る袋だの、ゲームにおけるたくさん持てるアイテムボックスだのは存在しない。
存在するのは使い勝手の悪い空間魔法で、使い勝手が悪いが故にあまり貴重品を入れられないのだ。ゆえに売れるような価値あるものだとか無くなったら困るものなんかは基本的に身につけることとなる。ゆえにこそ、動物を狩って得た売れそうなものはここ1ヶ月の道中で狩った肉食らしきかなり大型のイノシシから剥いだ皮を使って、その中に他の雑多な獲物から得られた物を入れている。
そして、それがどうにも奇妙でありながら、警戒心を抱かせているのだろう。
可愛い女の子だけでウロついていると強引なナンパに遭うというのが異世界ファンタジーにおける定番ではあるが、この街ではジロジロ見られることはあってもナンパの類は未だに無かった。
ちょっと警戒していたのだが、なるほどどうにも異様過ぎたようである。


「まず、残念なお知らせがあってだな。この街に冒険者組合は存在しない」
「そ、そうなのっ?」
「そ、そうなのね。残念でならないわ」
「大丈夫?ドード、なでなでしてあげようか?あのね、私、なでなで得意だよ、タコをいっつもなでなでしてるから」


冒険者組合が存在しないとか初めてなんですけど。
自分の迷宮に何度も攻め込んできた人間たちの根城ということで、少しばかり緊張と恐怖を覚えていたグリューネはあからさまにホッとしていた。
そして緊張や恐怖を隠していたつもりのグリューネであるが、それを見たやまいが慰めようとしている。僕がいなかった時、不安そうにしていたやまいをグリューネが良く撫でていたらしく、僕やグリューネが何かしらで気の落ちた様子を見せると撫でたがるのが。
僕はそれをされて癒されるのでやまいのなでなでは好きなのだが、グリューネはどうにもカッコつけたいらしくあまりそれをされたがらない。けど、僕は知っている。なんだかんだで彼女が喜んでいることを。
グリューネはやまいに任せて、僕は考える。異世界ファンタジーにおける定番その二すらも無いとか、この街はどうなっているんだっ!?と。
いや、まぁ冒険者組合は前世でいうなら自治会に近い組織なので、無かったりすることもあるかもしれない。まぁ、カードの更新と素材を売れたらいいな程度の用事だったのでなければないで良い。路銀稼ぎはこの街でそう言った素材を取り扱う商人に直接売り込めば良い。


「冒険者ってのが出てくる以前からこの街は狩り人と共にあったからな。この街ではその冒険者に変わるものがすでにあるからこそ、冒険者組合は存在しない。が、安心しな。そうした冒険者組合との兼ね合いも含めてココ、狩り人組合で同じ対応はできるぜ」
「と言うことは狩りで得たものを売れるってこと?」
「ああ、できる。とはいえ冒険者カードのランク上げに関わる処理はできないから、できるのは魔獣から得られた素材を売るのと冒険者の仲介くらいだがな。」


特別ランクを上げたいと思っていない僕たちからすれば別にさほど問題はなさそうである。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品