タコのグルメ日記

百合姫

いざいかん

「え?」


と言ったのは僕の膝の上でおいしそうにメープルシロップで漬け込んだ桃を食べるやまいである。


「どうして?」


膝の上で僕を見上げて聞くやまいはあざと可愛い。
本人にその自覚はなさそうではあるけれど。


「どうしてって…やまいももう気づいてるでしょう?
やまいの”副作用”がなくなってるって。」
「…確認しに行くの?」
「忘れてた?」
「…うん、すっかり。」


と言っているが実際は思い出したくないというのが事実だろう。
僕は副作用がなくなったとしか言ってないのに”エステルのことを確認しに行く”という意図を察しているのが証拠だ。
実際、やまいの呪いはなくなっていることは分かっている。
気の荒い動物たちに襲われなくなったためである。
しかし“一度嫌われた相手に対して無効化される”のかまでは分からなかった。
動物相手に試そうにも気の荒い個体は嫌っていて攻撃しているのか生来のものなのかが分かりづらいし、臆病な動物はどちらにせよそもそも近づかないためである。


「まぁそれだけじゃないけど…様子を見に行かなくちゃね。」


一年半。
短いと感じるか長いと感じるか微妙なところだ。
ティキはどうしているだろうか。
フィンケルへ菓子折りを持ってお礼しに行くことも忘れてはならない。
地理的にはフィンケルへのお礼からだろうか。
あのさみしがり屋の竜がどうしているやら。あわよくば空を飛んで送ってもらえないかと思っていたりもしたりして。
このまま故郷でしばらくゆっくりしていきたいのはやまやまなのだが、いかんせんそういうわけにもいかない。


「ざーぼんのこと忘れてるよ?」
「…そういやそうだった。」


ユグドラシル、というか亀のザーボンさんを忘れていた。
一応どれくらいかかるか分からなかったから一年ちょっとの世話代はおいてきたのだが、どうなっていることやら。
逃がされてればまだましだ。
処分されてたりしないかな?


そんな会話をどことなく落ち着きなさそうに見ているグリューネ。


「どうしたの?」
「べ、別になんでもないわ。」
「一人だからさびしいの?」


とやまいが言うと、グリューネは何も言わずにそっぽを向いた。
…寂しいんだな。


「ついてくればいいじゃないか?」
「一時的にならともかく、いろいろなところをめぐるとなると時間が空きすぎるわ。
私からの力がラインが途絶えればこの森は死ぬ。
無理なのよ。残念ながらね。」


とまっこと残念そうに言うグリューネ。
その言葉で空気は若干重くなる。
だが、その空気を破るように漆黒が動き出した。
…漆黒が。
あれ?


「え?」
「は?」


今までうんともすんとも言わなかった漆黒が動き出したのである。
人型になった瞬間、グリューネの体が輝き、漆黒も輝き、そして二人になったのだ。


「…影分身の術が使えたんだね。」


と僕。


「つかえるわけないでしょうっ!?」
「ビシッ!」


漆黒が化けた?方はどうやら変わらず、喋れないようでビシッとサムズアップしている。
見た目もそっくりとはいかず、ちょっと不細工な出来で、まるで絵心のない人が頑張って美少女の絵を模写しました、みたいな様相で分身の術とは言ったものの正直、似てない。


「ぷっ」


やまいがそれを見て噴き出す。


「あまり舐めた真似してると殺すわよ。
忘れているようだけど、私はこの森の主なんだからね!!」
「な、なんで僕に言うんだよっ!?」


と、理不尽な目にあいつつ。
おそらくはこれで大丈夫だ、問題ない。とでも言いたいのだろう。
我が手で作った剣、じゃないようなただの棒切れ、ないしは剣の形をした棍棒でありながら意味不明な存在である。
が、まぁグリューネ曰く前々から変だったらしいしあまり気にしない方向で行くとしよう。
だから頭抱えて悩むだけ無駄ですよ?


「…うるさいわね。
今、この世の不条理に嘆いていたところよ。」




とうんざりした顔でこちらを見るグリューネであった。


「ま、姿かたちだけ真似られても意味がないし、気持ちだけ受け取って…あれ、…ちょっと…え?」


呆れたように言うグリューネであるが、その途中から少し様子がおかしくなった。


「どうしたの?」
「あんた…またとんでもないことをしでかしてくれたわね。」
「はい?」




グリューネは据わった目で言った。


「私の座を…返しなさいよぉぉぉぉぉっ!!」


いや、半べそを書いていた。
座って何?
というか何も奪ってないと思われるが、こちとら前世ではオタク文化豊かな日本人だったのである。
座とは多分、森の主である場所とか力とかそんな感じであろう。
そしてそれを奪える技能なんて当然、僕にあるはずもなく。
となれば必然、それをしたのはだれかなんてはっきりわかるわけで。


僕がそちらへ目線を向けるとグリューネも向けた。
そう、漆黒のほうへと。


漆黒はまるで子供が頑張ってグリューネのフィギュアを作りました感のあふれる不細工な顔を、にへらと崩してサムズアップ。
ここは俺に任せて早くいけと言わんばかりだ。
やだ、かっこいい。


いや、全然かっこよくないけども。


それから返してと騒ぐグリューネを宥めすかしたり、一度返してもらって座とやらの行き来が可能であることを試したら安心したのか」、急にそわそわしだして遠出したそうにするグリューネ。
ちなみに彼女の種族、ドリアードは森の主としての力を失った今は非常に弱い種族で、下手をしたら人間よりも様々な部分で貧弱だとか。


そのための準備を一週間くらいかけて入念にした後。
僕たちは森を発ったのである。







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