タコのグルメ日記

百合姫

身の回りを整えて

グリューネとの再会からしばらく。
僕は来る日も来る日もメープルシロップを作っていた。


「樽いっぱいにはほど遠いわね。」
「…つまみぐいしてるからでしょ。」


日々の調味料として食べるメープルシロップの消費量は意外にも多く、そしてもともとは樹液を火にかけて水分を飛ばして濃縮していく食べ物であるため、得られた樹液量よりもはるかに少ないというのが実際のところだった。
もといグリューネへの交換条件として出した樽いっぱいには全く持って届かないのだ。


なによりもつまみぐいをやめろと。


「何を言ってるの?
これはこれで交換条件として出したものでしょう?」
「…そうだけど、いささか量が多すぎない?つまいぐいというレベルではないというか、つまみぐいの定義から話したくなるレベル。」


グリューネを見つけたということで拠点を点々とする必要がなくなった僕たちは一か所に大きな家を作ることに決めたのだが、ふと思いついたのだ。
前世の知識でアニメか漫画で生やした木がそのまま家のようになるという描写を思いだし、それができないかグリューネに聞いてみたのである。
木自体が生きているため、ちょっとやそっとの病害虫に木材が侵されることはなく、さらに言えばいつでも壁から樹液が採取できるということでメープルの原料になる樹液を出す楓の木をつかってそこそこしっかりした家を作ってもらった。
しかし、グリューネ曰く森の主として一つの生物に力を貸すというのはあまり良くない、というか不平等であるため、ちゃんとした報酬をいただいたうえでのすなわち交換条件ということで、その条件が料理を振る舞ったりつまみぐいを許すことであった。


きっちり建築技術を収めているわけではない僕にとっては魅力的な提案であり、自分で作る場合は崩壊が怖いために大きくは作れなかった。
ところがグリューネによって作られたまさに木の家は実に大きくもしっかりしていて、風呂場すら設置できるほど。
これはすばらしい。
となるはずだった。


「なのにどうしてメープルシロップばっかり喰うかな。
全然たまらないんだけど。
そこのクッキーでも食べてればいいじゃん。」
「もう食べたわよ?」
「だから、もうつまみぐいじゃないよねっ!?それっ!!」


けっこうな量があったはずなのに。
しかもせっかく楓の木を使ったのだが、ここでさらなる問題が発生した。


「全然甘くならないし。」


そうなのだ。
これは僕には知る由もないことであったが、もともとメープルを作るために楓の木から樹液を採取する時期は冬だと決まっている。


これは木の習性を利用したもので、冬越しをする木は大抵、光合成で得た糖分を冬になるにつれて冬越し用のエネルギー兼凍結防止として使うのだ。
水はゼロ度になれば凍る。
これは小学生でも知っていることだが、そこに不純物を混ぜるとそうとはならなくなる。
もとい凍結防止のために糖をため込み、その糖分の量がほかの木に比べて一部の種の楓の木だけが特に糖分が多いがためにメープルシロップが完成するのだ。


いや、メープルができる事は出来るのだが、普通以上に量が少なくなるのである。
バケツ一杯がスプーン一杯の量なのだ。
それ以上の量だとやはり甘みが薄い。


「それよりも私が気にするのはいまだにそれを使っていることよ。」
「…それ?」
「えっと…なんだったかしら?
名前は忘れたけどその青くなった剣のような漆器よ。」
「ああ、漆黒コレね。」
「ぜんぜん黒くなくなったわけだけど…その使い方やめたら?」
「…?どうしてさ?
使う前にちゃんと洗ったけど。」


そもそも最近の漆黒の使用用途はぶっちゃけ土を掘り起こしたり、木をたたき割ったりするとかの工作である。
そして現在は大きな鉄釜に樹液を入れて火をかけたものをかき混ぜるための棒として使用中。
一応、武器として作ったつもりなのだが今ではそんな用途は一切ない。


「ほんと恐れ多いわね。」
「…恐れ多いって…まぁ確かに何がしかの意思的なのはあるみたいだけども。」
「は?」
「ん?
グリューネが言ってるのってそういうことでしょ?
いつだったか、ティキと会ったころに漆黒が変な黒い人形になってほかの人間、ではないけど、蛸人を殺す勢いで襲ってさ。」
「…はぁ?
そ、そんなのありえるはずが…」
「え?
そのことを言ってたんじゃないの?
漆黒にはなんか意思が宿っていて、それがグリューネにとってなんかこう…尊敬に値する何かだった的な…」


僕の考えでは精霊とかそんな感じのやつだ。
この世界での精霊は地球でいうところのバクテリアのような立ち位置で、魔力を分解する存在だそうだが…
漫画やアニメでは普通の精霊は持たなくても強い力を持つ精霊が意思を持っているとかそんな感じの設定はありきたりだし。
この世界もそんな感じだと思っていたのだが。


そして漆黒は純度100パーセントの森の中でとれた素材で作られたものだ。
森の精霊さん(仮)が住み安かろうということで宿ったと勝手に解釈。
今日まで特に難しく考えてこなかったのだけど…


「そ、そんなわけないじゃないのっ!!
精霊は現象だって話したでしょ!?
というか、私が言った恐れ多いというのはそういう意味ではなくて…もともと漆器というのは私たちドリアード種族にとって…」
「ただあれ以来、一度も変形しないし、話しかけてもうんともすんとも言わないから、もう出て行ってしまったのかな、と勝手に思ってたんだけど…その割にはずっと青く輝いてるんだよね。
これのおかげで毎日夜の探索が楽だったし、ある程度の動物たちはこの光だけで追っ払えるみたいで重宝してたんだけど…」
「…なにそれ?へんけい?」
「何って?」
「ありえないわ。
ちょっと…見せてもらってもいいかしら?」
「別に大丈夫だけど…」


といって僕が漆黒を彼女に渡すと漆黒は一瞬だけ光りを強めて、ばちっと音を発てた。


「いたぅっ!?」
「だ、大丈夫かっ!」


いきなりのことに僕も驚いたがグリューネはもっと驚いたようでしりもちをついてしまった。
服をきまぐれでしか着ないため、今日は裸の日。
もとい大事な部分が丸見えでちょっとドキッとしたが、彼女が裸なのは今にも始まったことではない。
もう慣れていることだ。
というわけで自然に紳士的に顔を逸らすだけでいい。


「もうっ!
ほんとうになんなのこれはっ!!
…肌が黒くなってるけどどうしたの?」
「え?
べ、べつにどうようしてるとかじゃないからっ!!」


動揺したりして体色が素に戻ったとかそういうわけがあるまいに。
なんじゃいっ!文句あんのかいっ!?


「…いえ、別に文句というほどのことはないけれど…おかしなタコね。」


その後、グリューネはぶつぶつと漆黒について考え込んでしまったようで特にどうと言うことはなかった。
いやはや気を取り直し、こほんと咳払いをしつつ再度メープルづくりを再開する。
ちなみに現在煮込んでいる樹液はグリューネに直接取ってきてもらった最北端にある楓の木から採取したものだ。
ここ喰み殺す森は非常に広大で、その森の北端は寒さに強い生物層があり、南端は暖かいところに住む生物層がありという通常の環境ではありえない状態になっている。
とはいえその気温差は約5~10度。
そこまで大きいわけではなく、ちょっと肌寒い程度なのにどうしてここまで甘い樹液が出るのか。
不思議である。


「ただいまーっ!」
「おかえり。やまい。」
「えへへっ!
桃の木とリンゴとみかん。とってきたよっ!!」


家の外でちょっと大きい物音がしたと思えばそこには頼んでおいた各種果物の木が並んでいた。


森の中の事ならグリューネが常時把握できるということで、安心してやまいにおつかいに行ってもらったのである。
そうでなければ僕ですら油断をすれば怪我をしかねない強力な生物が住むこの森で単独行動はさせないのは言うまでもなく。


「うわぁ…まぁ立派な木を取ってきたね。」


見るとそれはまぁ雄々しくも青々とした元気な木々を引っこ抜いてきたようである。
昔やっていたように家の付近に果物を植えようという試みだ。
今は僕の魔力もさらにアップしたため、より美味しい実が成るだろう。


「さっそく植えてくるっ!!」


と言って黒もやさんを体から出して、それを僕の触腕のように変化させるやまい。
どんどん力を使いこなせてるようで何より。
あれで持ってきたようだ。


「タコとおそろい。」


あれを使うたびに必ず言う言葉をつぶやきながらも笑いつつ、彼女は嬉々として木を植えて行った。


「植え方を教えなくてはね。」


と言ってひゅーんと静かにやまいの元へ飛んでいくグリューネ。
ここはこうして、その木はこっちの土の方が良いとアドバイスしていく。
狩りやら何やら全てにおいて私が力を貸すのはこの森に生きる動物たちにとってフェアじゃないとか言っておきながら、なぜかやまいには力を貸すグリューネ。
といういい方は少々いじわるか。
理由など言わずもがな。


そんなこんなの日々を過ごしつつも、いよいよ拠点、というか完全な住処が完成した日。
僕はおもむろにこういった。




「んじゃ、森を出るから。」







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