タコのグルメ日記

百合姫

グリューネは…

「んじゃ、約束を忘れないでよ。」
「ああ、分かっている。」


そういってアシュロンはここを去って行った。
ちなみに彼には右腕が無い。
なぜならば茶碗に入った食べ物をすべて食べ尽くし、あまりにも美味かったせいだろう。
勝手におかわりしようとしたところでやまいに伸ばした腕を斬られたからだ。
黒い爪状のモヤが一気に伸びて一瞬のことだった。


「自重。」


とだけ言って腕を簡単に斬り飛ばすやまいを見てちょっと性格の矯正が必要かもと感じる。
いくらなんでも腕を飛ばすのはやり過ぎである。
森生活、もとい弱肉強食のサバイバル環境に長くいすぎたのかもしれない。
かれこれ一年以上はいるし。
食物の確保はすなわち命のやり取りであり、その成果である食べ物はこれまた大切な命を懸けたことに対する正当な報酬。
もとい自然界において獲物であり食べ物とは通貨以上に重視されるのだ。なんて擁護したものの。
それを鑑みてもやはり過剰過ぎである。
当然、僕とは違っていずれ人間社会に出ないといけないであろう彼女に注意をするのだが。


「タコの腕は私の。タコがあげたから文句は言わなかったけど、勝手に食べるなんてごんごどうだん。不快のきわみ。死ねばいいと思う。」


心なしか、その言葉にはなんか変な意図を感じる。
食べ物としてというよりは…いや、まさかね。


「…あたり厳しいね。」
「当然。敵だもの。悪意や敵意を見せた相手には殺す気で挑めって。
タコも言ってた。自然界ではどちらも命がけ。甘えは許されないって。舐めてかかると命を落とすって。なのにご飯まで振る舞って…タコ、言ってることとやってることが違う。」
「うう…む。まぁ言ったけど…」


下手に油断して怪我したらと思うと厳しく教えなくちゃいけないわけで…
基本的には敵対した動物は全力で相手をするように、そしてやまいはとても可愛くて美人だから誘拐されないように少しでも敵意や悪意を見せたら油断しないようにとも口酸っぱく教えていた。
この世界はやはり物騒である。
命乞いをした相手がそれにほだされて油断した次の瞬間、攻撃されるなんてこともあるかもしれない。
やまいの身を考えると厳しいくらいでいいと思ったのだけど、じゃっかんやり過ぎな気もする。
今回はそんなことないんだよ、アシュロンは反省している、というかこれからほかの先駆者たちに『ここは危ないんですよー』ってのを伝えてもらう仕事もあるから、それの報酬だと話しても…


「それがどれほどの効果をあげるか疑問。
人間なんて…どうせまたあの時みたいに押し寄せてくるにきまってる。
何よりもタコは甘い。どうして傷まで癒したの?
この人が裏切るとは考えなかったの?逃げるとは考えなかったの?」
「…うううん、まぁ、そうだとは…思うけど…ほ、ほらっ!
結局彼は逃げ出しても、襲い掛かってもいないし…」
「…甘いよ。」


という言葉には結構な重みを感じた。
やまいもまた僕がいない中で様々な経験をしたのだろう。
特にこの世界での人間社会で暮らしてきた期間だけで見ると、これまた僕以上に人間社会に触れているはずだ。
今ではいつぞやの変な木の実だかのせいか邪竜の加護による副作用、嫌われるという症状こそ無いようだが、それが無かった当時はかなり苦労したはず。
…甘いのかもしれない。


さらに言えば地球の歴史というか、環境破壊具合を知っている身としてはアシュロンに言いつけたことはたぶんただの時間稼ぎにしかならないだろうなとは思う。


けど、それでいいのだ。
グリューネを復活させること。
それがまずの目標なのだから。


こうしてアシュロンとは別れ、しばらくの食休みを経て、再度探索を開始する。
もう本当に近いと思うのだ。
僕の探知タコレーダーではグリューネっぽい何かをとらえているのだが、もう少し近づくことでハッキリわかる。
と何度思ったことか。
ありとあらゆる方角にいったり来たりしてみたのだが気配は同じ方向でも離れたり近づいたりと訳が分からないことになっている。
これが探索に時間がかかっている主な理由である。


…もしや彼女は…と思ってやまいと離れて別々に探索していると、視界の端に人影が見つかった。


「…冒険者か?」


この一年半でやまいも実力をつけていき、今では油断さえしなければこの森の単独行動も可能となっており、いざとなれば持たせた石に刻まれた魔法陣での通信も可能である。
こうした冒険者を見かけた場合は必ず二人で一緒に畳み掛けるようにしているために無線でこちらに来るようにやまいに言ってから…こっそり近づいて良く見ると、どうやらすっぽんぽんである。


「は?」


思わず声が出た。
なぜならそれは…


「グリューネっ!?」
「あはやうっ!?
な、なにっ!?
その名前で呼ぶのは…ってあれ?
貴方…もしかして…?」
「グリューネっ!!」


僕は走り寄る。しかし、グリューネは


「貴方は誰かしら?
見覚えがあるけど…
…あの子…なはずないし。
やーちゃん単独でこの森に入るにはとてもではないけど無理なはず。技量的にも副作用的にも。」
「はぁつ!?
僕が分からんの!?
タコでしょ、たこっ!」


と言って擬態を解く。


「デビルイーターキングの知り合いはいない…ん?
なんでこの森にデビルイーターキングなんていう高位魔獣が…?
いくらなんでもそこまでの進化はまだだし…
ていうかこの子、今、人間だったわよね?
いくら高位魔獣でもあそこまで完璧な擬態は…
あれ、こんなでたらめな存在、見たことある。
しかもグリューネというこの世でダンジョンの主を除けば…二人しか知らない名前。」
「だからタコだって言ってるでしょっ!?」
「なるほど。タコね。
確かに。あの子なら自力で戻ってきても…ってはぁっ!!?」
「ど、どうしたんだよ?いきなり声をあげてさ。」
「…どうしたもこうしたもないわよ。
貴方、死んだんでしょ?」


すっごい恐ろしいものを見る目で見てくる。
というかお化けを見るような目だ。


「いや、死んだけど生き返ったんだ。転生?
というか加護が付いたままだから分かるとかやまいに言ってたんじゃないの?」
「そんなの優しい嘘に決まってるでしょうっ!?
そもそも私の加護はそこまで強くない…もとい、森を出たら消えるレベルよっ!!」
「えええええええええっ!?
じゃあ、なんで僕、転生したん?
てっきり加護の力とか思ったんだけど…」
「知らないわよっ!!こっちが聞きたいわっ!!
ていうか…また頭が痛くなってきた。何この子。でたらめにもほどがある。」
「…まぁ何はともあれ、久しぶり。ようやく会えたよ。」
「…避けていたのが分からなかったのかしら?」
「え、なんで?」


もしや一年半もかかったのは彼女が自ら逃げていたためか?


「それはそうでしょう。
竜種並みの魔力を持つ得体のしれない生物がやってきてるのだからおちおち寝てもいられない。」
「ああ、そうそうなんで寝てないの?」
「は?」
「ほかのダンジョンの主に聞いてみたところ、ダンジョンの拡大に力を使い切って動けない状態…もとい僕としては寝たきり生活で、森のどこかにいると思ったんだけど…」
「私の力を甘く見ないで。
そんな状態、一週間前に脱したわ。」
「…意外と最近じゃないですか。」


それってすごいのかな?


「す、すごいに決まってるでしょっ!?
これがどれほどのことか貴方にはてんで分かっていないようね!!
良いわっ!貴方みたいな出鱈目が筋肉をまとって歩いている存在にも分かるようにどれ程すごいことかを…」


とかしゃべっている間にやまいの魔力が近づくのが分かる。
感動の対面か…と思ったところで。


「ん?」


何か、こう重要なことを忘れている気が…


「あっ!」


そう、やまいは薬を持ってきたのだ。
力を無くして衰弱し、眠っているであろう、グリューネを助けるために。
それなりに苦労をしたり、友達になれそうな女の子と仲たがいしてまで。
こ、こいつはてぇへんだっ!!


「何でっ!
何で衰弱してなかったんだっ!!」


あれらの、というか人に嫌われやすいというハンデをしょってまで人の集まる学園で学び、頑張ってここまで来た彼女の努力が報われないと思うと…


「えええええっ!?」
「くそ、どうする…早くしないとやまいが来てしまう…っとこれ持って。」
「なにこれ?」
「気配を隠すための魔法陣を刻んだ葉っぱ。持ってるだけで効果があるから。は、早くしないと…やべっ!!」


南無三。しょうがあるまい。
グリューネも仲良くしていたようだし、先ほどの『やーちゃん』とはやまいのことだろう。
そんな愛称で呼ぶくらいだ。彼女の努力のためにも喜んで協力してくれるはず。
もとい触腕でぶっ叩いて、森の奥へと強引に打ち上げる。


「へぶぅっっ!?」


おおよそ美少女が出してはいけないであろう悲鳴を上げて草の茂みに埋没するグリューネ。
つやつやとして、白く陶器のような美しい太ももだけが草から出るという珍妙な、しかしどこか間抜けさとエロさを感じさせる状態となった。


「大丈夫っ!?タコっ!!」
「あ、ああ、大丈夫さっ!!」


そして、出てしまった両足が見えないようにやまいの視界を遮る位置に立つ。


「な、なんで擬態を解いてるの?」
「い、いや、それはあれだヨ。」


しまった、擬態を解くのは自分よりも格上だったり、気付かれたくないようにこっそりと狩りをするときだけ。
不自然すぎる。


「ちょ、ちょっと強い冒険者だったからね。ほら、油断はしちゃダメだから。」
「…?
なんか変。
きょどうふしん。
何か隠してるの?
それにまた言ってることとやってることが違う。
冒険者と戦う時は必ず、なにがあってもいいように二人一緒にいるのが普通だったのに。
どうして?」
「いや、その…」


どうしようか。
冒険者じゃなかったって言ったらそしたら何を見間違えたんだって話になる。
かといって冒険者だったら…僕が嘘つき上等の下種野郎に。
しかし、これもまたやまいのため。やまいの健気さを守るためだ!!


「いやぁ…その。一人でぶっころ出来そうだったからネ!」
「あの男の時もだけど、二連続で決まり事破るのは良くない。
タコがそういうつもりなら私も聞かない。いけそうなときは一人で…」
「それはダメっ!!」
「どうして?」
「し、心配だからに決まってるでしょっ!?」
「かほご。」
「過保護でもだめっ!!」


といってやまいとじっと見つめ合う。
改めて心配されたことに照れたのだろうか。少し頬を染めてそっぽを向くやまい。


「分かった…だから離して少し痛い。」


思わずやまいの肩を掴んでいたようだ。
力強めに。


「いい?
絶対に勝手な真似はしないで。」
「じゃあタコもしないで。
私だって…私だって二度とあんな思いはしたくない。」


慈愛竜と戦った時のことを思い出しているのであろう。
すごく悲しそうな顔をして、それどころか涙がにじみ出ている。


「…分かった。ごめんなさい。」
「うん。ゆるしてあげる。とくべつ。」
「…ふふ、ありがとう。」


などとやっていると。


「い、痛いじゃないのっ!?
あ、あなたっ!正気なのっ!?
ちょっと気を失うレベルでいきなり殴るとかばかなのっ!?
死ぬのっ!?私がっ!!ていうか、死ぬわばはらっ!!」
「今の声…」
「気のせいだよっ!!
それよりもやまいっ!!
目を瞑ってくれないかっ!!」
「え?
ど、どうして?」


僕のあまりの剣幕にグリューネを声を聴いたことは一時頭からとびぬけたようだ。


「頼む…ちょっと見られたくないというか…恥ずかしいというか。」
「…え?
…………うん。」


といって頬を染めたまま目をつむるやまい。
しかし何故か顎を突き上げ、もとい僕を見上げる形で、これまたなぜか唇を突き出しているような格好に。
あれ?


いや、気付かなかったことにしよう。
やまいが勝手に勘違いしたことに…というかなんで?
そんなフラグありましたっけ?
いや、ただの親愛の情という可能性もある。
いずれそういうことは好きな男とするんですよという教育もまた必要だろう。


なんて思いながらもグリューネに向き直り、これまた真っ裸で気絶している美少女を抱き起し…余談だが触腕うねうねの異形の生物が真っ裸の美少女をうねうねと抱きかかえる…実に…いや、なんでもない。閑話休題。


触腕でビンタをして起こす。
扱いがかなり雑なのだが許せ。
この時は僕も焦っていて、その余裕が無かったのだ。


「いっ…うっ…たい…いたいいたいいたいっ!!
いたいって言ってるでしょむぐっ!?」
「ちょっと待って、今はそれどころじゃなくてかくかくしかじかで…」


と事情を説明。
そうすると真っ赤になったほっぺを抑えながらも首肯するグリューネ。
ところで触腕で口を塞がれた美少女の…以下略。


「…わ、分かったわ。分かった。
それでいい。
それはともかく、この扱いや私をひっぱたいたのはどうにかならなかったの?」
「あ、焦ってたんだからしょうがないだろう!?」
「絶対に恨んでやるわ。」
「う、うぐ…なんでもするから許して。」
「…メープルシロップをたくさん頂戴。」
「それくらいならいくらでもっ!!」
「樽で。」
「…構わんが、太らないの?」
「半分現象化してる存在だから問題ないでしょう。たぶん。」






という裏取引、というか密会を経て、とある策を弄することにしたのだった。







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