タコのグルメ日記

百合姫

ステファニー参上

どたどたどたと。
大きな足音を響かせて、僕は宿屋の一室。
もとい自分のとった部屋に戻ってきた。
そこには机につっぷして寝ているやまいが。


「・・・待ってるうちに寝ちゃったのかな?」


何もすることがなく、かと言ってどこかに遊びに行けるほど無神経でない彼女はおそらく僕が心配でそわそわしてただただじっと待っていたに違いない。
そしてふとした拍子に寝た、とかだろうかな。


朗報を聞かせるべく、空を飛んで急いで帰ってきたもののわざわざ起こすのもためらわれる。
このまま寝かせるとしよう。
お尻のあたりからニョロっと出した触腕で、抱えてベッドに移してあげることにする。
無駄に洗練された触腕さばきによって、体に対する衝撃を極力和らげているため、起きることはなかった。
毛布をかけつつ、その隣に腰掛け、のんびりと彼女が起きるのを待つとしよう。
その間に僕は薬草図鑑でも読んでおく。


2時間が経った頃。


「ん。」
「・・・ん?
起きた?」


こそりとした衣擦れの音と、ついと漏れる吐息が僕の耳に入る。
僕は彼女の髪を梳きながら本を閉じる。


「・・・たこ?」
「そうだよ。
あまり寝ると夜寝られなくなるから気をつけなよ。」
「た、たこっ!」


がばっと跳ね起きるやまい。
彼女はその無表情気味の顔を心配そうに歪ませて僕の体をペタペタ触る。


「怪我無い?」
「大丈夫だよ。」
「・・・そう。」
「・・・心ぱー」


心配しすぎ、と口を開こうと思ったものの、そう言える資格はないかと思い直す。


「やまい、朗報だよ。
やまいの嫌われる力を消すことができる。
その方法が分かったんだ。」
「・・・っそう。」
「・・・リアクション薄いね。」


ビクッとなったが、それだけである。
てっきり泣くくらいはすると思って、ハンカチを帰り道で買っておいたのだけども。


「あまり期待してないとか?」
「・・・正直に言うと、そう。
それにタコさえいれば他の人は要らない。」


グリューネを忘れてあげないであげてっ!!
っと、ツッコむか迷ったが、今はシリアスタイムのようだ。
真面目に答えるとしよう。


「じゃあ、行こうか。」
「・・・。」


話がつながらないという顔をしているみたいだが、何。
僕も成長するということさ。
今まで他人に深く関わり合うことをー意識的にせよ、無意識的にせよー避けていた僕は少なくとも彼女とだけはしっかりと向き合うことに決めたのだ。
彼女とのいざこざを解決したときからちゃんとやまいと向き合い、見ていくことを決めているのである。
今まで会えてなかった分を取り戻す勢いでだ。


もといちゃんと彼女を見てきた僕の判断によると、口ではなんと言おうと未だエステルの一件を引きずっているのが分かる。
今にも泣きそうな目でこちらを見上げてくるのだし。
僕はそれ以上何も言わずに、ただ明日の準備をするようにとだけ言った。


「ん。」


頷くやまいである。


☆ ☆ ☆


次の日。


やまいと一緒に街に出ると何やら街が騒がしかった。
何事だろうかと思ってあたりを見渡すと、どうも町人は怯え、そして道中で見かけた冒険者組合の前には大勢の人だかりが出来ていた。


「なんだろう?」
「・・・ううむ・・・あれ、ティキもいる。」


今日は割の良い仕事があるとかで朝早くに出かけたティキ。
その姿を見かけたので声をかけて軽く事情も聞いてみた。


「あれ、タコにやまいちゃん。
これからお出かけ?」
「ちょっと水晶の森にね。」
「・・・ああ、今はやめといたほうがいいかも。」


と言うティキ。


「それまたどうして?」
「なんかかなり上級に値する魔獣が森に現れたんだって。それでそいつを討伐するべく殺気立ってざわざわって感じ。
それが30人近くの冒険者を肉塊に変えたとか。
人に擬態できる上にパッと見、かなり可愛い人間の姿をした魔獣らし、い・・・ん、だけ、ど・・・まさか・・・」


言ってる途中で心当たりがあったのだろう。
なぜかこちらを凝視して顔を青くするティキ。


いやほんとなぜなんだろうなー。
なんて冗談はさておき。


「僕じゃないよ。殺す理由が無いし、人を・・・だけってわけじゃないけどすぐに暴力に走ったり、殺したりするのは好きじゃない。」
「だ、だよね。」


ほっとした様子を見せるティキ。


「・・・意外と疑い強かったりした?」
「そ、そんなわけないじゃむっ。」
「じゃむ?」
「噛んだだけだからほっとけっ!」


割と強かったんだなぁー信用ないなー悲しいなー。


「しょ、しょうがないじゃない?
ほら、人型になれる魔獣ってほんと珍しいのよっ!
たまたま居る街でたまたま出くわすよりは・・・その・・・あの・・・」


僕がやったという方が信じやすい。という程度には珍しいのね。
件の魔獣は魔獣というよりは人の死体なのだが、まぁ黙っておこう。
そんなことよりも僕が人を殺しまくる?
そういう風に見えているわけではないようなのは安心である。
そうであれば、ちょっと自分の行いを鑑みなくちゃいけないところであった。


「それで殺気立ってるのはわかったよ。」


とつぶやく。
が、それは違うらしい。


「・・・正確には違うんだけどね。
それが原因ではあるんだけど、直接的なのは『勇者』が来たからなの。」
「勇者?」
「知らないの?
って、まぁあなた、二歳だもんね。」
「・・・。」


二歳か。
なんとなく複雑である。


「えっとね、勇者ってのは何か大きな手柄を立てた人がもらえる称号で・・・一度賜ると国家間の通関を顔パスできたり、下手な国の王様よりも一部だけ強い権力を持っていたりですごい人たちのこと・・・らしいんだけど・・・私も昔、お義父さんから聞いた話だからあまり詳しくはないんだ。」
「で、その勇者が何?」


なんかすごいらしい。
国家間を自由に行き来できるということはおそらく、一つの国だけでなく複数の国が勇者を認めなくてはならない。
複数の国を同時に救うような偉業を成し遂げてこその特権だろうから、めちゃめちゃ難しいのではないだろうか?
人間国宝になるよりも難しいと思われる。


「で、その勇者が・・・どうも性格があまり良くないらしくて、その勇者が周りの冒険者を・・・」


ああ、なるほどね。
そこまで言ってもらえば分かる。
天狗になってしまっているのだろう。


顛末はこうらしい。


酒の入った男が女性に絡む→勇者が颯爽登場→女性を助けようとするが、ちょっと話をして通じないと判断した勇者は男をぶっ飛ばす→ついでにいらぬ挑発も→男ブチ切れる→しかし男は負け、勇者はまた男を言葉でなじる→しかしその言葉は他の冒険者も馬鹿にしているようで、今回たまたま居合わせた彼は人型の魔獣も自分がやると言い出す→その内容は『君たちが無駄死にするのは見ていられない。代わりに私が討伐しよう』みたいな感じである。その言葉を聞いて冒険者たちは激おこプンプン丸と。


みたいな感じである。
いやいやおいおい。
まてまてと。
酒の入った人間がちょっとやんちゃしちゃうのは仕方ないことで、そこは勇者なんだし一般人の攻撃くらい痛くもかゆくもないでしょ?
ムキにならずに相手の気が済むまで殴られてやれよと。
それくらいの寛容さは持ってていいと思うの、勇者だし。すぐに暴力で解決しようとするのは勇者っぽくない気がする。
話がちょっと通じないだけで殴りかかるなと。
そしてセリフを聞いてみるに天然っぽい。
と思ったが、まぁ何。
もしかしたらよっぽどその男が女性に対してひどい絡み方をしていたのかもしれない。
とりあえずはこのことは忘れて、僕たちは水晶の森へ向かうのだった。
引き止めるティキの忠告はその場で聞いたふりをしただけである。
だって、その危険な魔獣は知っている相手なのだからビビる必要はないのだ。
今思うとやはり日は改めた方が良かったと後悔することになるのはあとの話。


☆ ☆ ☆


で、水晶の森の奥にやってきた、のだが。


「おい、これは何だ?」
『あたしステファニーッ!
今回はフィンケルが私に力を貸してって言ってきたから特別に力を貸してあげるねっ!!』
『何とは失礼な。
私の友達のステファニーだ。
ちゃんとご挨拶しろ。
これでも怒ると怖いんだぞ!』


水晶の森の奥部にやってくると、もぐらっぽい体型の竜に死体っ娘、そしてステファニーと名乗る人形があった。
ちなみに人形はボロボロで球体関節人形であるようだが左足と右頭部が破損していて、割とグロい見た目。
リアル調の人形なのでなおのことアレだ。


いや、これだけなら良かったのだ。
この人形が助けてくれる、この人形が僕たちを助けるというのなら別に良い。
見た目なんてタコの僕が気にするのもおかしいし、そのグロイ見た目もよく見れば可愛く見えないこともなかったのは気のせいであるが、とにかくここは異世界。
人形が喋るくらいあっても良い。
むしろ夢がある。
そう思っている僕だが、これはない。
だって、ステファニーと名乗る人形は死体っ娘の腕に貫かれてなお、普通に喋っている。


そう、貫かれて。もとい腕を突っ込まれている。
どこに?
人形の背中らしき場所に。
そしてカタカタと口だけが動く。


『あたしステファニーよろしくね!』


もう一度自己紹介をするステファニー。
その声は甲高い。
まるで裏声のようだ。


死体っ娘は手をひねりステファニーを自分の顔に向けておしゃべりをする。


『無視してるくるよーあたし悲しいよーっ!』
『ああよしよし、いい子だから泣かないで。
きっと彼女たちはシャイなのよ。
だから何も答えないのよ。』




・・・お人形遊びに付き合わなくちゃいけないのだろうか?




僕はこっそりと嘆息をつくのであった。











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