タコのグルメ日記

百合姫

ホラ吹きジョニー

馬車の旅をして1週間が経った。
特にイベントがあるというわけもなく、のんびりと馬車の窓から景色を眺めるのんびりとした旅である。
スティックさんが御者をし、アイスさんが道中で出くわす動物たちを切り飛ばし、時にそれを食材としながらのんびりと馬車に乗るだけの旅。
自然豊かな景色は意外にも様々な色を見せてくれ、思っていたよりは退屈しなかった。
今日の朝ごはんは道中で襲ってきたイーグルクローと呼ばれていた鷹の肉を使った、串焼きだ。
調味料は事前に用意していたらしく、醤油だれの焼き鳥を食べているようだった。
死後硬直が始まる前の新鮮な肉を使ったためか、肉汁が溢れ出る美味しい焼き鳥である。
口の中に広がる肉汁が鶏肉特有のパサパサ感を軽減させ、焼き鳥独特の噛みごたえが舌を楽しませる。
驚いたのは網で焼く際に肉から出た脂を溜めるための容器が用意されており、そこの脂を取ったものをガスコンロ型の魔具にセットしてある鉄板にふりかけた。
その脂を使って、イーグルクローの胸肉をサッと焼いていく。
そしてできたのはイーグルクローのステーキである。
これもまたジューシーで適度に柔らかく、口の中でほどけて噛み締めることが出来るなかなか味わうことのない食感である。
後味がスッキリないくらでも食べられる爽やかなステーキとでも言おうか。肉の旨味はあるものの、濃厚さが足りない―というよりは拡散しやすいと言った方がいいかもしれない。
串焼きを作った際に出た油はほかの脂分を吸着する性質があるらしく、それによって余分な脂がなくなったステーキはあっさりとしたものとなったのである。
連日獣の肉ばかりの身には新鮮で、これもまたいい。覚えておこう。イーグルクローの油(脂)は何度も使える上になんら加工を施さずとも長期保存が可能らしく、瓶詰めにしていた。


「うはっ・・・美味しい。」


ティキ少女も喜んでいるようである。笑顔で食べ続けていた。


いやはや、毎日のご飯は美味しいし、夜も寝ずの番をスティックさんかアイスさんがやってくれる。本当に素晴らしい優雅な馬車旅で楽極まりないものだ。
この国を出た時には彼らの世話がなくなってしまうと考えると実に惜しいと思う。
今のうちに味わっておかなくては。


でもって、当然3週間もあれば問題の一つ二つは起こるわけで。
いや、当然というほど可能性が高いわけでもないか。
とにかく、さらに一週間とちょっとたったころ、カタカタという馬車のタイヤが回る音に癒されながらのんびり窓の外を見ていたときのことである。
徐々に減速していくことに気づいた。


何があったのだろうと窓を開けて外を覗くと、


「・・・なんだろうか・・・?あれは?」
「どうしたの?」


ここ二週間でそこそこ打ち解けたティキ少女も一緒に窓から顔を出す。


そこには襲われている冒険者らしき大剣を持った男とそれに群がる動物・・・と言っていいのだろうか?
あれこそ魔獣だろう。
スケルトンソルジャーとも言うべき、平たく言ってしまえば骨格標本があった。
が、ところどころ風化してるようで理科室で見るような骨格標本よりも脆い印象を受ける。
ちなみに漆黒が変形したと思われる骨格標本はあくまでも人型に近いというだけのあからさまな・・・それこそある種の強そうな得体のしれない生物という感じの姿であるが、彼らスケルトンはまんま人の骨が使われているようで弱そうである。
しかも腕や足などちょこっと部品が足らなかったり、先も言ったように風化してたりするのでなおのこと弱そうなのだが、彼らの振るってる武器が地面や木々を軽々えぐってることから意外と力強く、手ごわい位置にいる動物・・・いや、魔獣なのかもしれない。
痛みを感じる器官がなさそうだし、その点も厄介かも。
一番特徴的なのは青く光る眼窩だろうか。
一体だけ目が赤く光ってる個体が一体、ボス的な立ち位置にいながらも積極的に男に攻撃を仕掛けているが、赤い眼窩のスケルトンと何が違うのかは今のところ分からない。なによりも、こんな草原が続くような場所にスケルトンとはなにか珍しい気もする。
ゲームや漫画のイメージそのままであれば洞窟や墓地にいそうなものであるが、人間の形をしているところを見ると彼らの誕生は人間の死体がうんぬんという形だろう。
どこにでもいるのかも。


のんびりと観察していたら騎士の一員でもあるスティックさんたちが助けたいというので、特に反対する理由もない。
別に構わないということで彼らは助けに行った。
僕も助けに、というよりは一匹仕留めて、軽く一口くらい食べてもいいかなと思ったので加勢。
いつもならばスルーなのだ。
別に僕が身もココロも獣になったというわけではない。
蜘蛛の巣に囚われた蝶々を助ける行為はできればしたくないだけだ。


スケルトンだって良く分からないが日々何かしらの餌をとっているだろうことはわかるわけで、人を襲うということは獲物は人間ということだ。その獲物を奪う形になるのは狩りの困難さを知ってる僕としては申し訳ないのだが、なかなか気になる(味が)相手。
今回は彼らに諦めてもらおう。
そんなことを考えてるあいだにもティキ少女も飛び出た。せっかくなので飛び出たティキ少女の背中に張り付かせてもらおう。
ここ数日、彼女のへっぴり腰だった剣技は相変わらずである。
ただ、一回、結構多めの雑魚に馬車が襲われたとき、彼女の本気を見てなるほどと思った。
今も彼女は必要だと判断したのだろう。腰から小瓶を取り出し、そこに入っていた液体を一気にあおる。


液体を飲んだ彼女は顔が徐々に赤くなり、足元がおぼつかなくなる。
だが、走る速度は一向に落とさずむしろ加速しながら、ゆらりくらりとした走り方でスケルトンたちへと歩を進めると、体ごと剣を一回転させて目の前にいたスケルトンを一太刀に切り裂こうとする。
体自体にはなんら力の入っていない、遠心力と剣の重さのみを使った斬撃だ。
が、スケルトンもこちらに気づいて剣を振りかぶった。
どうも目で見るのではなく獲物の何かの気配を感じて相手取るようだ。
このままでは同士打ちだと思ったところで、彼女は異常なバランス感覚で”回転しながら”体をくの字に曲げ、剣を避けつつ遠心力の勢いのまま逆袈裟にスケルトン頭を切り砕いた。
ありえないほどの柔軟で予想外の動きに驚くまもなく崩れ落ちるスケルトン。
ちなみに当たらないようにスレスレに避けたせいかスケルトンが持っていた曲刀はティキ少女に張り付く僕の体に当たり、乾いた音を立てて折れていた。
ふむ。きっとなまくらだったに違いな―以下略。


10数体いたスケルトンはそのままスティックとアイスさんたちもまざって簡単に蹴散らされてしまった。
と、思いきや赤い目をしたスケルトンだけはやたらと機敏な身のこなしで、三人がかりでもちょっと手こずっていた。赤いのは三倍の速さで動けるのだろう。
当たらなければどうということもないと言わんばかりの機動力を見せる。とはいえど避けるので精一杯のようで、放っておいてもいずれやられそうだ。しかしそんな赤いのもティキ少女の背後に張り付いたまま、彼女が避ける際に僕が適当に触腕をぶん回したものが頭に直撃してバラバラになった。
うむ。当たってしまったか。当たってしまえばどうということはない。


赤いのの骨をいくつか回収。
ボリボリとカジってみる。
・・・ただの味のしないスッカスカのパリパリしたもの、もとい名状し難い骨のようなものだった。
本来、骨の奥には脳みそににた食感を持つ骨髄があるのだが、それも無い。
すごく味気ないのだが変わりとばかりに骨に詰まっていたのは魔力である。
ほかの動物に比べて尋常じゃないほどの量の魔力が体に吸収されていき、生きた動物を仕留めてすぐに食べた時と比にならないほどの強い充足感が体に充満する。
魔力が血液がわりに動く生物とかなのかな?
食べられるだけ食べておこう。


「始めから力を貸してれよね。」
「ろれつ回ってないよ。あの程度の量のお酒でさ。」
「うるさいにゃよ。しょうがなるいでしょ。お酒に弱いんだかな。」


というやりとりから分かると思うのだが彼女の使った剣術は酔拳ならぬ酔剣である。
彼女の話によると酔剣を使う人間は少なく、その少ない使い手の中でもそこそこの位置にいるらしい。
酔剣の達人はその変則的で予測できない動きに見えて、鋭い動きから対人ないしは知能のある相手において最強の剣術と名高いのだとか。
その修行はまず深酔い状態で行い、徐々に徐々にお酒を減らしていき、最終的にはお酒がなくても深酔い時と同じ状態に持っていけたら一人前。
ほろ酔いで酔剣状態に持っていけるティキ少女はそこそこの使い手なのだという。
ただ、この剣を学ぶ人間は素において剣を振ること(筋力のみで)を苦手とする。
ゆえのへっぴり腰である。


「大丈夫れすか?」


お酒でほんのり頬を染めたティキ少女が大剣を背負った男に話を聞くと、男は慌てた様子で悲鳴をあげながら逃げていった。


「・・・え?ど、どうして?」
「あの、それでは?」


不思議がるティキ少女にスティックさんが彼女の背後を指す。
その先には僕の触腕がニョロニョロとうごめいていた。
・・・まぁ知らなかったら新手の魔獣に見えるかもしれない。
人に化ける魔獣とかそんな感じ。
彼が猫の亜人っぽい姿であることも手伝っているだろう。




「な、何やってるのっ!?」
「背後に張り付いてるだけだよ。」
「ど、どおりで重いと思ったら・・・ていうか、降りてよっ!!
どう考えてもあれ、私を見て得体のしれない化物だと勘違いして―」


ちなみに僕の体重はあれからさらに成長し、すでに幼児程度の擬人化が可能な程度の質量はある。もとい40キロほど。
そのためかなりふらつきながら抗議するティキ。というか僕を抱えて普通に戦闘することから意外と力持ちなのかもしれない。いや、この世界はほかの生物を倒すことで強くなれるし、40キロは軽い方なのかも。




「まぁまぁ。」
「まぁまぁじゃないっ!この先の街で補給するんだよ!?
あの人に下手に騒がられたら困るでしょっ!?」
「大丈夫じゃない?話せばわかってくれるって。」
「ていうか私っ!
私、指名手配とかされてないよねっ!?」
「名前名乗ったわけじゃないし大丈夫じゃないかな。そもそも悪いこともしてないじゃん。」
「そういう問題じゃいっ!!」
「じゃい?」
「じゃないっ!」
「じゃいって何?」
「じゃ・な・いっ!」
「ふむ・・・じゃい、か・・・なかなか風情のある言葉・・・」
「・・・うるさいなっ!噛んだだけってわかってるでしょっ!?」
「もちろん。」
「・・・私、タコのこと嫌いだどぉわ・・・嫌いだわ。」
「だどぉわ?これは新し・・・」
「もうそのくだりはいいってばっ!!これも噛んだだけだけなのぉっ!!」


顔を真っ赤にして叫ぶティキであった。


☆ ☆ ☆


そんなちょっとしたイベントが起こってしばらく。
補給地点である街についたのだが、様子がおかしかった。
この街はポリプスという国において最後の補給地点で、最後に立ち寄る街になるが、なにやら見張り番の衛兵さんの様子がおかしいのである。


「どうかしましたか?」


アイスさんが身分証明ともなる自身の騎士団としてのエンブレムを見せながら衛兵さんに話しかけた。


「・・・お、王立騎士団の方々ですか!?
ど、どうしてこのような場所に・・・」
「ちょっとしたお仕事ですよ。それよりも何があったのですか?
衛兵たちが浮ついているように見えますが。」
「はっ!」


衛兵さんはアイスさんに見事な敬礼をしたあと、事情を語りだした。
その話を聞くとどうやら、人に化ける動物が出たとかなんとか。
人に化けることのできる動物は非常に稀有で、最上位種とされる竜とてできる種類、というか個体は少ないとされている。
人に化けることが出来る以上、その認識がどこまで信ぴょう性のあるものかはともかく、この世界では竜が人型になったり、吸血鬼のような存在は少ないとされるそうである。
ちなみにこの世界における吸血鬼は大きなコウモリや、五センチくらいで集団で素早く対象の血を吸い取るというビッグモスキートなどのことの総称であり、よくある漫画のように人型でありながら血を吸う種族はまた別の呼び方をするそうな。
そもそもこの世界には鬼と呼ばれる亜人がいるそうなので、彼らの前で吸血鬼なんて言葉を使うと失礼にあたる。
でもって本題。


「人型になれるということは最低でも上位階級であります。
なのでそのために人数を集めていた次第なのです!」


ビシっと敬礼しながら答える衛兵さん。


「か、確認はしなくていいんですか?
ほら・・・もしかしたら勘違いかも・・・」


だらだらと冷や汗を垂らして、そう言ったティキ。
何を焦っているのだろうか?
アイスさんとスティックさんもちょっと落ち着かない感じである。


「わかっているでしょう?
人型魔獣ともなれば街を潰すのだって可能です。
たしかに恐怖のあまり見間違いや、何かの誤解ということもありますが、そうじゃないかもしれない。
準備をしないまま襲われれば絶体絶命でありますが、取り越し苦労ならただの笑い話ですむのであります。
であれば後者のほうがマシでありましょう!」


立派な心がけであるが、その心がけが非常に心苦しい。
気づかないフリを続けていたが限界である。
世界は広い。
その広い世界、たまたま訪れた街に、世界広しといえどもほとんどいないとされる人型魔獣がそれも、わざわざ人里付近に現れるタイミングで、たまたま訪れた僕たちが出くわす。
はて、そんな可能性、どれくらいだろうか?
物語というわけでもあるまいし、そんな一大イベントに出くわす可能性なんて道端で芸能人を見かけるよりも低いだろう。


それよりは―
いや、考えないようにしよう。
僕たちは考えないようにしてその街を速やかに出たのであった。




大剣を持つ男を見かけるたびにビクッとしたのは余談である。
それ以降、その街ではホラ吹きジョニーと呼ばれて、いじられる男が一人。
夜の酒場で静かに涙を流したそうな。
これもまた余談、である。







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