タコのグルメ日記

百合姫

旅の前夜

「さて、そろそろ本題に入ろうか。」


というスバル。
ドキッとするが、何。当初の予定通り素知らぬフリをしてしまえばいい。
名づけて「え、これって地図だったんですか?知らなかったなぁ。」作戦である。


「地図なんて知りません。」
「・・・地図だってわかるんだな?」
「・・・。」


しまった。
はやり過ぎた。
つい馬鹿な返しをしてしまった。


どうする?
逃げるか?
いや、しかしティキ少女が、あ、でも知り合いっぽいし大丈夫かもしれないというか、別に僕が犯人なわけで彼女は巻き込まれただけ。
ちゃんと話の分かりそうなスバルさんならばひどい取り調べはしない気がする。
というか、まずしないだろう。
よし、漆黒を抱えて僕は逃げることに―


「ああ、待ってくれ。こちらとしても大事にする気はないんだ。」
「・・・というと?」


機先を取ったスバルさんが僕の動きを封じるがごとく、ひと声かける。


「まず、地図を盗まれたとなると非常に大きな問題が・・・というかうちの上司の管理責任が問われる。
それはよろしくない。」
「ああ、なるほど。その人をかばうためにも地図を盗んだという僕を逮捕するのはいささか困ってしまうと?」
「・・・そのとおりだ。そして忍び寄る人に君を偵察させた結果、どうも君の目的はこの国に害をなそうとしてる、すなわち地図の悪用というわけではないこともわかっている。当然ティキ殿は巻き込まれたという形になっているのも承知している。」


全然気付かなかったな。
気配探知タコレーダーが不調だったのもあるけどさ。


「で、今回君を呼び立てたのは君の目的が読めなかったからだ。
当初は売るため・・・と考えていたのだが、地図だと理解してるようだし、ならばなおさら意味が分からない。」
「・・・。」


これはスムーズにいくか?


「豊穣の森ってところに行きたいんです。」
「豊穣の森・・・確か・・・」
「ダンジョンの一つですね。ただ、現在は名を変えて、み殺す森と呼ばれています。」


スバルさんの後ろから漆黒に突き刺されて殺されかけていた人が音もなく出てきた。
ちょっとびっくりしたけど表情には出さないようにした。
というか喰み殺す森て。一体何があったというんだ。
パラレルワールドとかじゃないよね?


「おっと、すまない。驚かせてしまったようだな。」
「なぜバレたし。」
「・・・表情に出てたが?」


蛸人嫌い。
普通に僕のタコ顔を読んでくるんだもんな。
嬉しい半分しゃらくさい半分。
いや、しゃらくさいというのはちょっと違うかもしれない。


「それで地図を盗んだのか・・・」


そのまま考え込むスバルさん。
どうやら僕の言ってることが本当かどうか考えているようだ。


「・・・わかった。信じよう。場所も教えようじゃないか。」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ただし、条件がある。」
「それは・・・?」
「ティキ殿を監視として付けることを了承してもらいたい。」
「ええっ!?」


何も聞いてなかったのか、ティキ少女の驚きの方が大きかった。
とりあえず理由を聞くことにする。


「・・・まぁ監視とは口実で、本来の目的は見聞を広げてきてほしいというものだ。」
「な、何を言ってるのですっ!?
私はこのスラム街を平和な街にするっていうユーマ父さんの願いを・・・」
「だからだよ。」
「・・・?」
「俺は・・・いや、俺だけじゃなく、ユウクリ殿と関わりのあった騎士は全員、君たちユウクリ殿の養子たちの動向をある程度知っている。これがどういうことかわかるか?」
「・・・わからないです。」
「騎士団にいる蛸人でユウクリ殿の世話にならなかった奴はいない。もとい恩返しがしたいのさ。
そのためにも君たち養子全員の動向の大体を把握し、望めば身の丈にあった職も紹介した。そして当然、ティキ殿のようにユウクリ殿の意思を継ごうという子供は多い。」
「・・・そんなのは私が一番知ってるっ!
でも、・・・でも、みんな諦めた。やる前から諦めたんだっ!!」


ティキ少女が机を叩きながら立ち上がる。


「無理だって。できる気がしないって・・・規模が大きすぎるって・・・そんなの私だってわかってるっ!!でも、でもっ!
私は諦めたくないっ!!諦めないっ!!
ユーマ父さんの意思を、願いを、私は聞いたんだからっ!!」
「・・・君にその願いを『託して』はいないだろう?」
「託したっ!」
「そう言ったのか?彼が?」
「・・・うっ・・・言われて、ないけど・・・そう願ってたから・・・」


スバルの眼力にたじろぐティキ少女。


「ああ、だろうね。彼は人任せにするような人間ではなかった。アンリエッタ殿に頼めば簡単なものでもまずは自分から率先してやっていた。その度に彼女に能無しだとなじられていたがな。結局誰かに任せつつも責任は自分が負うと言って聞かないタイプ。それが彼だ。そんな彼が死んでいく人間が生きてる人間に何かの重荷を背負わせるなんていう無責任なこと、それこそ死んだってしない。それも自分の子供に、なんてことはな。」


ティキ少女は黙ったままだ。思い当たるフシがあるのかもしれない。


「・・・ゆえに世界の人たちを見てくるのが手っ取り早いと思ったんだ。」
「・・・よくわからない。あなたは私に何をしてほしいの?何が言いたいの?」
「言ったろう?見聞を広めて来て欲しいだけだ。
ここに帰ってきたとき、それでもなお、そうしたいというのなら俺たち騎士団も協力しよう。」
「・・・本当に?」
「このままひとりでがむしゃらに頑張るよりは可能性がある。期間としては・・・2、3年以上くらいか。それくらい経ってまだこの場に戻ってくる気があるなら―」
「・・・荷造りしてくる。」
「そうか。」


どうやら二人の熱血な話し合いは終わったようである。
部屋には忍び寄る人と呼ばれた黒づくめの男とスバルさん、そして僕が残る。


「勝手に話を勧めた形になってしまったのだが・・・引き受けてもらえないだろうか?」
「見聞を広めろって言葉の詳細な意図は?」
「見ててわかるだろう?
彼女は視野が狭い。そんなことではユウクリ殿の意思を引き継いだとしてもうまく出来るはずがない。
・・・いや、そもそもユウクリ殿の意思を引き継いで、そこにあったはずの苦労をあの子が背負うというのは忍びなのだが、それが悪いことなのか良いことなのか。俺には判別がつかない。ユウクリ殿の意思を引き継いだ子がいることを喜ぶべきか、本来は騎士団が動くべき事柄を年端もいかない子供に任せてしまうことを自省し、それでなお彼女を止めるべきか。俺たちが動ければいいのだが俺とてそこまでの権限は無く、また勝手が許される立場でもない。せめてものおせっかいとして視野を広く、多様な価値観や考え方に触れて『そうでない人たち』もいるということを理解させたかったんだ。その上でまだ諦める気がないというのなら・・・」
「スラムに『望んで』いる人たちのこと?」


遮るように疑問を述べた。


「・・・ああ、そういうことだ。君に頼んで良かったな。で、答えは?」
「・・・。」
「別に断ってくれも構わない。条件、と言ったが、自分で調べようと思えば調べられないこともないしな。場所くらいは普通に教えよう。ただ受けてくれれば旅の支度品や道程の簡易地図、旅費としてまとまったお金や、この騎士街を出るまでの交通手段も用意させてもらう。
騎士街から出るまでだが、それでも豊穣の森、いや、喰み殺す森につくまでの期間を・・・そうだな。どれくらいだ?」
「3週間前後は短くできると思われます。」
「えっと、聞いておきたいんだけどここから豊穣の森まではどれくらいかかるの?」


という僕の疑問に忍び寄る人が答えた。


「約半年ですね。」


そ、そんなにか。
予想以上に遠い。
電車の偉大さが今更ながらに理解できるというものである。いや、現代と比べて居住区が少ないためでもあるだろう。それでも結構な距離である。
ゲームみたいに次の街まで10、20分とかだったら良かったのに。


「経路としては一番短いものでもここから6箇所以上の街と、10箇所近くの村を経由しつつ旅を続けることになります。また国境の街を越える必要がありますので交通証も必要です。」


そう聞くとさらに遠く感じるから不思議だ。
確か成人男性の平均歩行速度が毎時約4キロ。
一日に頑張って12時間歩いたとしても48キロ。
一月でくくると1440キロ。
半年ということだからそれかける6で8640キロ。
一万近い距離を歩かなければならないと思われる。
しかも僕はタコの体。瞬発力はあっても歩行速度があるとは決して言えない構造をしている。
より時間がかかるだろう。


「ちなみにそれは徒歩なんですか?」
「徒歩もありますが、馬車の乗り継ぎも含めています。」


・・・さらに距離が伸びることがわかった。馬車も使って最短経路で半年。長いのか短いのか微妙なところである。
まぁ日本と違って動物が襲ってきたり、暗くなれば動けなくなったり、ちゃんとした道がないことも考えると今、想像してしまった距離よりかは短いのだろうけれども、それでも苦労する道のりであることは確かである。
3週間短いようで長い。
・・・なんかめんどくさくなって―ごほんごほん。
唐突に会いにいこうという気持ちが萎えていく。
いや、別に僕が薄情というわけではないのだ。
よく考えて欲しい。
まずやまいが我が家に帰れなかった、という可能性はほぼない。
それは確かだ。
邪竜の加護は下手な猛獣なんて相手にならない堅牢さと攻撃力を持つ。
さらには一緒にいたリシュテルさんたちだってやまいを探し、もしかしたら家まで送ってくれてる可能性だってある。
問題ないはずだ。ゆえにあまり心配する必要がないということから、別に急がなくてもいいかなぁと思ったり。
それこそ僕が死に間際、彼女と一緒に視界に入っていたあの出口が実は魔界につながっていたとか、漆黒の闇に導かれる道だったとかでもない限りまず大丈夫なはずである。
というかそんなことになってたら僕がいたところでどうにもならないがな。
僕が会いに行ったところで我が家には少なくともいないことになる。
あ、でもそう考えたらなおのこと一度帰って、やまいが無事帰ったのか心配になってきた。
と、支離滅裂になってきたところで閑話休題。


ようは受けとけば色々とサポートを受けることができるよ!ってことだろう。
たしかにありがたい。
ありがたいのだが・・・それすなわち彼ら曰くあの視野の狭い子と一緒に旅をしろということになる。
ちょこっと面倒そうな気も。
どうせならやまいやグリューネといった気心知れた人と一緒が良かったな。と思いつつ。


「えっと、彼女の護衛とかもしなくちゃいけないの?」
「いや、それは必要ない。彼女はあれでそのへんの脅威から身を守ることができる程度には強い。ユウクリ殿の養子たちは総じて武芸に秀でている。個人差はあれど、な。」


あ、あのへっぴり腰でか・・・というかあれで身を守れるとか、動物に対して舐めプすぎる。
トンボうさぎすら仕留められないのではないだろうか?
絶対に即逃げされて終わるだろう。いや、別に身を守る程度といったし・・・速度はいらないのか?
いや、でも日々の食材を狩るのもまた身を守るとも言えないこともないはず。
それでなくたって襲ってくる猛獣たちを退けるのは無理そうだ。


でも、守れるとか言ってるってことはこの付近は貧弱な動物しかいないのだろうか?
盗賊や、スラム街の人たちもあれよりも弱いということになる。
・・・さ、さすがにそれはなくない?
ま、まぁいいや。いざとなったら人一人守るなんて造作もない。
僕が守れないくらいの相手だったらもう諦めてもらおう。それくらいになると僕の命すら危ない可能性もあるし。どうしようもない。当然その時は僕は全速力で逃げさせてもらう。いや、そら助けてやりたいとは思うが、この世は弱肉強食。弱者である僕がいたところで一緒に美味しくいただかれるだけなのだ。
だったら逃げるのが賢い選択というものだろう。
一緒にいるのがやまいやグリューネだったら当然、留意するのであるけれど。


「えっと・・・目的地についたらそのまま動かない可能性もあるけど?」
「それも問題ない。どのみち彼女に旅するように勧めるつもりだったんだ。その時は一人旅を彼女がすることになるが、その頃には十分に一人で旅をする分別くらいはつくだろう。彼女に騎士をつけれればよかったのだが・・・義理のある人間はいても、暇のある人間はいなくてな。」


なんというか、やたらとシビアである。
結局彼はどうしたいのか?
そもそも彼女の動向が分かるならもっと早くに対応してあげろと言いたい。ああ、暇じゃなかったのか。でも旅にでろというくらいはできた気も。
その疑問を見てとったのだろう。彼が答えた。


「おせっかいと親切は違うってことさ。こちらから歩み寄ることも、動向もあくまである程度。何を目的に、外国に行った場合どの国いるか、その二点程度しか把握してない。外国に行く前は忍び寄る人が接触し、目的に沿ったサポートもしている。望めば、の話だがな。これだけでも十分だろう?」


うん、まぁそう言われてみれば。そもそも世界や国が違うのだ。僕の価値観をもとにして優しい優しくないの判断を下すのは早計というものだろう。
日本のように資本主義ばりばりの大量に仕入れてやすく売るみたいな物価がやすいような状況ならともかく、輸送技術や生産態勢などが未発達のコストのかかる物価の高いこの世界で恩義があるといえども他人を気遣うほど心身共に裕福な人間が一体何人いるというのか。
彼らとて一人の一市民に過ぎないのだ。たくさんいる養子一人一人の面倒を見ていたらキリがないし、そんなお金もなかろう。


むしろ騎士であるにもかかわらず職を紹介してやると言ってる彼らは十二分に優しいと言えるかもしれない。どう考えてもボランティアの域である。いや、ここはあえてこう言おう。


粋である。


さて、あと残る疑問は一つ。
彼らからしたら顔だけしかない不気味な、もとい魔獣の一種であるデビルイーターキングにしか見えない僕に一体どうしてたのもうと思ったのかである。
それを聞くと。


「ユウクリ殿の養子の中で未だによくない生活・・・言いにくいのだがプーな生活をしていたのは彼女だけだったからな。しかし彼女はスラム街を助けたいと言って聞かない。当然お金が稼げるはずもない。ゆえにほうっておいたのだが・・・」


たまたま見かけたティキ少女、そしてそこに外に出たがる僕がたまたまいた、という形になるのか。
別にひとりでもいいけれど、これがいい機会とばかりに一緒に外に出すと。
彼らにとっては僕が悪人ではないことだけわかればいいのかもしれない。
彼らのサポートも、僕を助けるというよりはティキ少女を助けるついでのようなものなのだろう。
ふむ。話が美味しかったので警戒していたのだけれど、彼らに含むところはなさそうである。


「受ける。」
「そうか。ありがたい。これで、ティキ殿にわざわざ見返りを用意した意味もあるというもの。」


ああ、あの騎士団も協力するって話か。
暇がないとか言ってるくせに大丈夫なのだろうか?
もしくは2、3年と言ったのはそのための準備期間だろうか?
どのみち遠からずスラム街はなくさないとダメだろうしね。
どっちでもいいのだけれど。


「準備は明日までに済ませておく。部屋は用意しておいたので、今日のところはこのまま休んでくれ。」
「分かりました。」




こうして彼らのサポートを受けつつ、半年の旅を続けることになる。









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