タコのグルメ日記

百合姫

騎士の憂鬱

「ターゲットは?」
「補足しています。それともうひとりの少女はどうしますか?」


特別対応臨時急務隊の面々はスバルを先頭に、スラム街へとやってきていた。


「少女?」
「ユウクリ殿の養子の1人、ティキ・ユウクリだと思われます。」
「ティキ殿かっ!?」
「はい。」


スバルは顎に手を当てて考え込む。
もともとティキ少女は貴族に養子として拾われた。
養子を取った貴族もとい養父のユーマ・ユウクリはこのポリプス騎士街では誰もが知っているといってもいいほど有名だった。


この国は貴族から騎士が排出されることが多く、ゆえに貴族は騎士然とした者が多く、情や義理を重んじる傾向が強い。アンリエッタのような貴族は非常に少数であった。
そんな貴族たちの中でも特にスラム街に関する問題を解決しようと動いていたのがユーマ・ユウクリという貴族であった。
能力は普通で、せいぜい剣の腕がそこそこという程度の騎士貴族でしかなかった彼だったが、その分を人徳で補っていたのが彼である。
アンリエッタと並んでポリプスの双頭と呼ばれていて、能力があり、人徳の無いアンリエッタ・バース。能力は無いものの、その誠実で、しかしユーモアで気さくな性格で人徳を得ていたユーマ・ユウクリ。
二人いてちょうどいい感じに塩梅がとれていたのだ。
しかし、ユーマ・ユウクリは病を患い死去した。


今では彼の息子がユウクリの名を引き継いだらしいのだが、父と比べられる生活環境にあったせいか、かなり宜しくない性格になっているらしい。
ユーマ・ユウクリが引き取った養子は150人ほどいて広い屋敷で伸び伸びと過ごしていたらしいが今では一人もいないとだけは聞いている。
ユウクリ殿は養子達にひとりでも生きられるように教育をしていたというから、おそらくはユウクリの息子に誰もが嫌気をさしてユウクリ殿の屋敷を出てひとりで過ごしているのだろう。
そのうちの一人。
特にある種の剣技に冴え渡るというティキ少女がスラム街にいる。


「何が目的なんだ?」
「彼女の行動と聞き込みによると養父であるユウクリ殿の意思を継ぐことを考えているようです。」
「ユウクリ殿の意思か・・・スラム街の改革か?」
「はい。」
「・・・彼女がやらなくても我々が対処する・・・と言いたいが・・・」
「上は誰がその費用を出すと言い争ってる最中ですね。この調子では5年、いえ、さらに10年はかかるでしょう。」
「戦争が終わって平和になればなったで、平和ゆえの問題が出てくるな。」
「戦争中は誰もが意味なく虐げられる民のために、と、共通の敵に向かって一丸のもとに動いてましたからね。あの時の団結力が懐かしくもあります。」
「だからといって戦争はもう勘弁だがな。・・・っとこのあたりか?」
「はい。」
「ティキ少女は極力傷つけるな。
話し合いで解決できず、抵抗してきた場合は全員でかかれ。舐めてかかるなよ。」
「先祖返りはどうしましょうか?」
「俺がやる。」


そういってスバルは眼光を鋭くする。


「団長が出るほどのものでしょうか?」
「ふん。白々しい。そうでなければお前が俺を呼ぶわけあるまい?」


その言葉を受けて忍び寄る人は頭を垂れて淡々とのべる。


「・・・はい。口惜しいことながら、私の手にはあまる相手と判断しました。」
「お前の見立てではどれくらいだ?」
「中級の中でもかなりの上位・・・下手をすればかなりの上位階位の魔獣クラスと見たほうが。」
「・・・ううん?先祖返りってそこまで強かったか?」


先祖返りとはそのまま蛸人しょうじんの先祖の力が現代に蘇る形となって赤子に発現する遺伝子異常である。
ほかの子供と違い、人間の体を持たず、頭のみで生まれてくる。
そのおぞましい外見と、生まれつき大人の蛸人の力をはるかに超える腕力を持っているためちょっとした子供の癇癪で大人が殺されかねないために生まれてすぐに殺すか捨てるかされる。


「地図を盗んだのも彼かと思われます。」
「それは・・・ありえるのか?
・・・教育もなにも受けてない状態で地図を選んで盗むなんて行為・・・とてもじゃないが考えづらい。」
「あの屋敷に盗みに入れるのは軟体を持ちながら、我々以上の筋力を持つもの。食材を盗んだのも成長期である彼にとって空腹は辛いからでしょう。」
「いや、だが・・・」
「何より彼は喋っています。」
「・・・ばかなっ!?はっせい・・・」
「発声器官がない状態で、ですか?」
「あ、ああ。」


先祖返りが捨てられる最大の理由がある。
それは彼らには発声するための器官が無く、意思疎通が困難なためだ。
いわば猛獣を飼い慣らす行為と同等の尽力が必要である。
いや、猛獣ならばまだいい。習性などである程度行動が読めるからだ。
しかし蛸人はただの人間と同じ知能を持っている。
いや、人間よりも成長が早い分、精神面の成熟も早い。
精神の発達とともに、その先祖返りがどんな性格に育っているかを見極めなくちゃならないのだ。
こんな過去の事件がある。
『王城半壊、王女カトレアと王妃グネヴィアが死亡、王様アルカンシェルが重症、騎士団壊滅』という国を揺るがすほどの事件だ。
これは王族が子を産んだ際、生まれた先祖返りをさすがに民の見本となるべき王様が自分の子を捨てるのはどうだろう?という考えのもと育てた結果、怖がられながら育った先祖返りは性格が歪み、結果世話をしていた王妃を殺し、そこにたまたま居合わせた王女カトレア4歳をも殺して、そのまま暴れまわった。
暴れまわった際に王様は重症を負い、当時の騎士団が捉えようとしてほとんどが殺されたらしい。
今と昔では今の方が当然ながら騎士団の質は高いので、この通りというわけではないだろうが、今の騎士団であっても成熟した先祖返りを相手にするとなるとそれだけの被害を出すと考えていいのである。
この誰にとっても痛ましい事件は法律で先祖返りは殺すか捨てることを強制するまでに至った。
生まれてまもない頃なら簡単に殺せて、直接手にかけることをためらい、捨てたとしても餌を発見する前に野垂れ死にだ。
生まれて数日は母親の母乳以外を受け付けないために。
生き残ることはまずなかった。はずである。


「記録によるとあの体の大きさからして亜成体でしょう。」
「亜成体?」
「大人の一歩手前、といったところでしょうか?
例を挙げると・・・炎帝イモリあたりが有名でしょうか?
ご存知、炎帝イモリという両生類の成体は火山の中の溶岩流マグマを住処とする非常に過酷な場所で生きる生物ですが、その子供はオタマジャクシのような姿で山の麓などの池や川で育ち、しばらく経つと大人と同じ姿になって陸上に出てきます。が、この時点ではまだマグマに対応する体にはなっていないようで、陸上で生活しながらしばらく経って初めて成体としてマグマの中でのみ生活するようです。」
「ああ・・・そういえばそんな魔獣がいたような気がするな。というか炎帝の鎧とかなかったか?
あのバカバカしいくらいの炎耐性を持つ革鎧。」
「はい。あれは炎帝イモリの皮を使っていますが成体の皮ではなく、厳密に言うと陸上で生活をしている亜成体の炎帝イモリのものを使っています。
成体の物を使った炎帝の鎧が出回ることもありますが・・・滅多に出ないレアものです。強靭で、炎耐性だけで言うなら火をふくドラゴンのブレスすらなにも感じないほどだと言いますね。噂では。」
「・・・キチガイじみてるな。で、つまり?」
「成体に近い戦闘力を持っていると考えていいかと。」
「さらにはしゃべることができるということは魔法が使えて・・・」
「物をしゃべるだけの知能があるということになります。」
「・・・もうこれ、秘密裏とか言わずに騎士団総出でよくね?」
「そういうわりには顔が笑っていますよ。」
「・・・ああ。たまには・・・本気を出してみたいしな。願わくば抵抗してもらいたいものだ。」
「”竜殺しのスバル”の名がとどろきますね。」
「・・・なんども言うが手負いの、それも下位竜だ。なんの自慢にもならない。」
「手負いとは言えどドラゴンを殺したのです。謙遜もすぎればイヤミになりますよ。」
「・・・言ってろ。」


そう喋りながらスバルと忍び寄る人はタコの元へと足を運んだのであった。


☆ ☆ ☆


「あの・・・どなた様でしょうか?」


あからさまに騎士っぽい鎧に包まれた明らかに戦闘慣れしてる方々を目の前にして僕は冷静に話をすることを選んだ。
ここでキョドるからダメなんだ。
自分は何もワルイコトナンテシテナイデスヨーと言う顔で何食わぬ感じですっとぼけてしまえばいい!
この世界に指紋鑑定なんてないだろうし、あったとしても僕に指紋なんてない。
タコの足しかないのだから。
毛も無い。生やすことはできるが。
血を流したこともないし、姿を見られないように気をつけてきたのだ。
盗人であるということはバレないはず。


「騎士様がどうしてこのような場所に・・・?」


おどおどと怯えたふりをして適当に知らんぷりをしてさえすれば相手もただのスラム街の住人であることがわかるはず。
殴られても切りつけられても普通の市民を演じていればいいのである。


横にいるティキ少女はあわあわと慌てているが、何を慌てているのだろう。
そんなにキョドっていたらやましいことがあると言っているようなものである。
例えばこの国では軍事機密とされている周辺の地理がわかる図解、もとい地図を見てしまった・・・みたいな。
そして目の前の人たちはすごく驚いている。
僕が喋った途端に「おおぉ」とどよめいたほど。
こいつら失礼だな。しゃべるくらいできるに決まっとろーが。
というかあんたらも体が人間なだけでタコの頭して喋ってるじゃないか。
ちょっと魔法でしゃべるくらい、タコ頭の人間よりは全然普通だろう。
そして、一番ごつい鎧を来た隊長らしき人が僕の目の前に歩いてくる。
またどよめいたが、それを手で制して黙らせた隊長らしき男は僕の目の前まできてから一言。


「国家機密が漏れた疑いがある。その容疑者が君なんだ。おとなしくついてきてくれないか。悪いようにはしない。」


おおうっ!?
でた、でました。
警察的存在の常套句。
『悪いようにはしないからついてきてくれ。』。こういう時はたいてい向こう側にはすでに逮捕するだけの、容疑者を犯人だと仮定出来るだけの何かを掴んでいることが往々にしてある。ドラマで。
ドラマというフィクションすべてを鵜呑みにするわけではないが、それでも容疑者とはっきり言ってる時点で僕が犯人だとある程度の目安をつけているのだ。
これは戻ってこれない類のあれじゃないだろうか?
正直すごくついて行きたくない。のだが。
このまま僕が彼をまいた場合、自分で完全に犯人だと言っているようなものだし、そもそも地図を見せてしまったティキ少女の身柄がどうなるかがわからない。
この世界の取り調べって拷問とかするのだろうか?
法律で禁止されたりとかは――ないだろうな。
僕のせいでいたいけな少女に拷問が!なんて展開はさすがの僕とて躊躇する。
というかできないです。
いや、別に老婆でもオッサンでも子供でもそうだが、拷問はちと受け入れがたいし、それが僕のせいであるならなおさらである。
ここは白状したあとで脱獄・・・というのが一番いい形なのかもしれない。


やむをえないかな・・・


「カツ丼は出るんだろうな?」
「は?」


こいつ、わかってない。
取り調べときたらカツ丼だろっ!!


きょとんとした隊長の顔が印象に残った。

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