タコのグルメ日記

百合姫

白銀の塊

上から落ちてきたサイクロプスにちょっと唖然とする。
え、どこから?
見上げてみると天井には4、5メートルくらいの等間隔で目玉がぎょろりと付いている。
・・・え?


「り、リシュテルさん?これ、これって・・・?」
「気づいたの?
そうよ。逃げようとしたのは私達と一緒に戦いなれてない貴方とやまいちゃんがいるからってのと・・・サイクロプスは一匹いたら20匹はいると思いなさい。」


このダンジョン何?
どいつもこいつもありえない数なんだけど。
豊饒の森に住むゴキブリだって捕食し捕食されという自然界に存在する以上、良く言われるような「一匹いたら40匹はいると思え」なんて言葉はまず当てはまらず、適度な面積に適度な数というバランスがある。日本家屋のようにそうそう見れるわけではなくむしろ珍しい類だ。それこそ一日中探して2、3匹見つかれば良いレベルである。
うすうす気づいてたけどここのダンジョンってほんとRPG的。
生態系とかどうなってのか意味不明である。
いや、それともここにやってきた冒険者が出した排泄物や食べ残し、もしくは冒険者自身が潤沢な餌となって繁殖しやすい環境にあるのかもしれない。


『グッガァアアアアアア!』


吼えるサイクロプス。
考えるのはそのうちとして、とりあえず戦闘だ。
サイクロプスは出てくる部屋に当たることはほとんどないものの、あたるとそれはもう天井から次々とまろび出てくるとのこと。頭上のあの目玉は卵であり、卵は中で成熟。幼体から成体までを卵で過ごす動物だという。とっととこのつがいらしき二匹を倒して逃げなければ次々に孵化が始まるとか。
ちなみに本当にオスとメスのつがいというわけではなく、最初からいるサイクロプスがいて、その後すぐに二匹目が落ちてくる。(産まれて出る)その二匹目から約5分で次々出てくることから、いつしかその二匹を番と呼び、その番を倒せるかどうかが生存率を大きく変えるのだという。
さすがにやまいを前に出すのは不安が残るので、僕とマリーさんで戦うことにする。


「風の魔法行きますっ!」
「分かった、援護をプリーズ。」


腕をかざし、エアスラッシュを打ち放つ。それと同時に駆け出すマリーさん。
ただやまいを下げておいてなんだけども、これ見よがしな弱点である目玉を貫けばそれで終わる気がする。
相変わらずのコントロール性能であるがさすがに直径2メートルくらいになるであろう目玉に当てられないほどではない。
リシュテルさんは一見強そうなだけの相手に何を驚いていたのか。
特にエアスラッシュは不可視。
避けられるはずがない。5分とかありあまりすぎる。


と思ったのだが。


「えっ!?」


普通に腕でガードされた。
ガードした腕は三分の一ほどまで断ち切られたがまだまだ動かせそうである。
そのままぶった切れてくれたら、サイクロプスの骨付き肉が作れそうだなと頭によぎったがそれはさておいてあっけにとられてる場合ではない。
今もマリーさんがサイクロプスの手近に迫っている。
攻撃を受けないように援護をしなくては。
まぐれだろうと思ってもう一度放っても結果は同じだった。
左手でガードされ左手が切れる。しかし普通に動かせている。


「な、なんで?」


どうやって不可視の刃を?
大きく発達した目玉は伊達ではないということだろうか。
どんなものも見切る目、とか?
もしそうなら僕の擬態も見破られたりして。
なんて話はともかく、そうこう戸惑っている間にマリーさんが奴の振り下ろすようなパンチを避けて一気に駆け上がる。
サイクロプスはすぐに彼女をどかそうと乗っている腕を振り回すがすでに彼女は飛び移っていた。
サイクロプスの頭に。


飛び移る勢いのまま彼女は二本の双ナイフを柔らかいであろう目玉に付きたて抉り裂く。咆哮を挙げて背中から倒れこむサイクロプス。


当然すでにサイクロプスの目玉を足蹴にして飛び退いたマリーさんは何回転かしながら華麗に着地。
血糊の乗ったナイフを力強く振って血を飛ばしてひゅんひゅんとナイフもまた回転しながらあるべき場所へと収められる。


「目玉刺しって料理あるかな?」
「は?」
「・・・笑えなかった?」
「・・・笑いどころがわかんなかったです。」
「そう、それは残念。」


・・・。
コメントに困る。


「ほら、目玉を刺した時にふと思いついて。」
「へ、へぇ。」
「新しい料理の体系を戦いながらも考え出す。私、料理人の才能があるね。」
「・・・そうですか。」
「・・・冗談だよ?」
「さいですか。」
「・・・まぁ何はともあれ、無詠唱の魔法が使えるとは思わなかった。めるしぃおつかれ。」


なんでフランス語?
そしてリシュテルさんたちはと思い視線をめぐらせて見るとまぁ心配は要らなかったね。


「おおう・・・。」


焼け焦げた閻魔ゴキブリの死体の中に倒れ付すサイクロプス。
サイクロプスの顔が炭化していて、右腕が切り取られていた。こわい。
それを背景にリシュテルさんはシュランと音を発てて剣を納め、盾を背にかけ、それを見たシンシアさんも弓を納めてこちらに歩いてくる。
生き残った閻魔ゴキブリが数匹いるがそれらは死骸をむしゃむしゃと食べているためこっちに見向きもしない。


「そっちも怪我が無い様でなによりよ。」
「意外と弱いんですね。こいつ。」
「あいつらの恐ろしいところはその巨躯から生み出されるパワーよ。一撃でも貰うと重症。特にシンシアは致命傷になる。代わりといってはなんだけど弱点が丸分かりでそこを集中的に狙えば鈍重であることも手伝って早々負ける相手じゃない。
でも、そんな鈍重な魔獣でも数があると前衛である私を抜く可能性が大きくなる。乱戦は避けたいの。追加が産まれる前に、はやくここを抜けましょう。」


くそ、これでまたお預けだ。
味見してる暇はないようである。サイクロプスも食べてみたかった。
マグロの兜焼きという料理にちなんでサイクロプスの兜焼きを作って食べてみるのも良い――くはないな。見た目がシュールすぎる。


「もう少し強いか、人数がいるかすればサイクロプスの眼球を持って帰りたいんだけどね。」
「何かの材料になるんですか?それとも・・・焼いて食べるとか?」
「た、食べないわよっ!?何を言ってるの?」
「で、ですよね。」


普通は食べないのか。
そうなのかー。


「眼球の中にあるえーっと鏡?
す、す・・・すいたい?なんだっけ?頭に出掛かってるんだけど・・・」


部屋から出て廊下を警戒しながら駄弁る。


「水晶体ですね。」
「そう、それよシンシア。
その水晶体って部位を炉で溶かして、出来たガラスを球状にしたものにサイクロプスの血を入れた魔道具があるんだけどそこそこ高価な義眼として売られてるの。」
「義眼?」
「そう。義眼というか、生体眼球?とでも言うのかな?
失明した目の代わりに移植することもあるって聞くわね。ちなみに冒険者の中でも普段は見えない物が見えるようになるってんで、あえて自前のものと交換する気合の入った奴もいるって話よ。」


そいつは確かに気合入ってる。
人間以外の生き物の目玉を突っ込むってよくもまぁやるものだ。失明ならばともかく健康な目を一個犠牲にすると考えるととてもじゃないけど試せない。


そうした雑談も交えつつ3時間ほどかけてさまざまな部屋を開け、そこに出てくる動物達の体の一部を取ってそのまま出る。というのを繰り返した。
そしてかなり奥まったところまできたところで。


「さて、そろそろ引き返そうか。」
「あれ?もうですか?」
「お姫様がお疲れのようだから。」
「え?・・・ああ。」


やまいを見ると目を擦って眠そうにしている。
初めての場所とはじめての生き物、それらを見てストレスになったのだろう。
なれない街に来てすぐにここに来るべきじゃなかった。
せめて一晩二晩はゆっくりさせるべきだったかもしれない。
気遣いが足らなかったことに反省。


「すいません。せっかく誘ってもらったのですが。こんな早くに帰るとなると・・・」
「いいや、すっごく助かったのよ。タコちゃんたちが意外に強くていつもよりもだいぶ楽に、そして奥まで来れたわ。」
「そう言ってもらえれば気が楽です。」


この三人ならもっと奥まった場所までいけそうだが、一つ一つの技が高火力ゆえに持久戦には向いていない彼女達にとっては相性の悪い場所なのだろう。


結局ちょっとしか味見が出来なかったものの、食べれそうな奴で食い損なったものはある程度マークした。
今日はとりあえず丸ごと持ち帰ってきた閻魔ゴキブリとラットマンと呼ばれてるらしいネズミを二足歩行にした30センチほどの動物。ちょっとした子供くらいはあろうかというカエル、オオホエガエルと名づけた動物だ。
どいつもこいつも美味しそうでよだれが止まらない。
サイクロプスは食材として見られてないそうだが、閻魔ゴキブリとラットマンはある種の食材として需要があるらしい。オオホエガエルはすさまじい音量で鳴くカエルで、ここに生息する他の動物達の例に漏れず一気に30匹くらいが出てくる。別に爪を持つわけでも毒を持つ訳でもないが、一匹の声が非常に大音量で、カエルの習性として一匹が鳴くと他のカエルも釣られて鳴き始める。
そうなるとまぁうるさいのなんのって。
めまいを起こすほどの音量で、連携のための声かけもできなくなるということで非常に危険な生物である。
食材として食べようとした人はいるものの、死ぬ間際の断末魔で調理しようとした人間を殺したという実話があって以来、忌避されているという。
死ぬ間際の断末魔は特に大きい声で鳴く上に、それは弱い衝撃波を発生させるほど。それをまともに受けたコックが脳内の血管を破裂させて死亡したということである。
だからこいつが出てきた場合もすぐに部屋を出るというのが暗黙の了解で、僕がわざわざこうして持っているのはたまたま一匹だけはぐれていたのをしとめたためだった。
衝撃波は弱く、普通の冒険者なら死にはしないということだったがそういわれても怖かったのでエアスラッシュで遠距離でさくっとしとめると断末魔をあげることもなく絶命。
今日は美味しいご飯がたくさん作れそうである。


そして出口に向かったところで異変は起きた。


「あれ?リシュテルさん?やまい?」
「なに?たこ・・・あれ?ここは・・・」


やまいは僕の足元で眠そうにしていたが、場所が急に変わったことで驚いた。
何も無い白い壁が続くだけの壁が続き、どこにこんな空間があったんだと思うほどに天井は高い。というか高すぎて天井が暗く見えるほどだ。
光源は床自体がまぶしいほどに光っているため問題はなく、そのまま首をめぐらせて見ると大きな扉があった。


「シンシアさん?マリーさん?
・・・どこに行ったんだ?」


どこにいった?
否。
僕が、やまいが、どこかへ行ってしまったのだ。
出口をくぐった瞬間にこの得体の知れない場所に来たと思われるが。


漆黒を抜き、警戒する。


持っていたはずの美味しそうな獲物もここにはいない。


ここにあるのはただただ大きい扉が一つ。
ちなみに僕にも開けれそうに無いほどに大きい扉だ。
巨人サイクロプスが幼児に思えるほどの大きさ。
小人になってしまったのではないのかという錯覚すら沸いてくる。
錯覚・・・だよね?


『今回の餌はこやつらか。』
「だ、だれ?」


どこからか聞こえる声。それにやまいが少しおびえながら答える。
反響してどこから聞こえるのかは分からない。


『さて、君らには二つの選択肢がある。
食うか食われるか。望むらくは食って、勝ってほしい、と。
ぶしつけながら思うよ。』
「何を言ってるのさ?」


いやな予感がする。


『色々疑問もあるだろう。しかし何。
すぐに忘れる。否、覚えておられまい。』
「いや、そこはとりあえず説明しておこうよ。勝って欲しいんでしょ?
情報ってのは力だよ!」


なんか適当なことを言ってみた。
我ながら意外と動揺してるのかも。セリフの全容は分からない物の、意味深な言葉を適当に解釈してみるになんか強そうな敵と戦うフラグ臭がびんびんとする。


『・・・私は竜神。竜をかたどった子らの始祖たるこのダンジョンの主だ。このダンジョンはもともと―――』


これまた話が長くなった上に厨二過ぎて聞いていられなかったでカット。
適当に聞き流した結果、まとめると。


・交易都市が人間の作った物だって勘違いするのは小学生までだよねぇ~から始まり、


・実は古代的な竜族がいてその竜にここに封じ込められたのが竜神と名乗った厨二病的な言い回しをする彼。名前はステラフィアというらしい。男性。封じられた原因はいろいろな言い回しを使っていたが要は彼の浮気が原因である。


・ステラとやらは高純度の魔力を持っていてうんたらかんたら。このダンジョンというか交易都市バルゴの下地になっていた動く山の動力源だってさ。


・このダンジョンが暗い雰囲気なのは封じた古代人に対する彼の憎しみやさびしさが溢れ出たものだとか。憎しみはダンジョンに住まう生物の気性に影響し、さびしさは数に影響している。不自然に多かったり、対して強くも無い閻魔ゴキブリをはじめとする雑魚まで逃げずに立ち向かってきたのはそこに原因があるとか。


・でもって願わくば僕がこいつを封印する存在を殺して自分を救い出してくれ!と言っている。


・交易都市バルゴに魔力の大部分を使われていて大した魔法は使えないものの、ちょくちょく溜めたなけなしの魔力による転移で助けてくれそうな人を呼んだ。


・結論。僕がここから出たければ封印する奴を殺せってばよ!


「・・・え、普通にいやなんですけど。」
『無理だな。ここに入り込んだ段階で君はやつに敵対視されている。そしてこの空間に出口は無い。転移魔法もここでは使えないようになっている。諦めて私を救ってくれ。期待はできないが。』
「・・・。」


え、この人勝手に人を喚んでおいてどんだけ勝手なことを言ってるの?
力があるからこそすぐに力による解決をしないようにと心がけてる僕ですら、一瞬で殴り飛ばしやらぁと思わせるほどの理不尽さ。
ていうか召喚物の小説だってもう少し優しいに違いない。
いきなりデッドオアアライブでっせ。
しかも死ぬ可能性が限りなく高い感じ。
今もね。
あれだよ。
扉がゴゴゴゴゴって音をたてながらゆっくり開いていくんだけど、ちょっと開いた瞬間に気配探知が拾った魔力の大きさ。
ざっと僕の10倍以上。
現在の僕の魔力は100万越え。少なく見積もっても1000万以上の魔力を持つことに。魔力が直接戦闘力に影響するとは必ずしも言い切れないが、それでも有利さで言えばかなりの差があり、大雑把な目安程度にはなるのだ。


いや、ね。
情報が力とか言った僕の言葉。この場に置いてはなんら役に立たないです。
まだ藁の方が使えるかも。猫の手も捨てがたい。なんていってる場合ではない。
というかやまいがやばい。


扉が開くまで待ちきれなかったのだろう。
扉が粉砕した。
瓦礫がこちらに飛び散ってくるのにも構わずに僕たちは動かない。
動けない。
その圧倒的な威圧感。
一対の見事なまでの翼に、軽く振るうだけで岩盤を打ち砕き、地盤をひっくり返すような巨躯。
サイクロプスをおやつ代わりに噛み砕けそうな太い顎。


『死んだ今もこうして私を封じ続ける彼女の愛の重さにはほとほと愛想が尽きたよ。』


詳しい事情は分からないので一概には言えないものの、とりあえずクズっぽいセリフをはいたステラの声は僕達の耳に入らなかった。


目の前の白い竜から目を離せなかったんだ。






『白銀の慈愛竜と呼ばれた彼女が寿命を迎え、半ば思念体となってまで私にすがりつく様はある種の敬仰さを感じさせてくれるよ。』




やはりその言葉は耳に入らなかった。



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