タコのグルメ日記

百合姫

小屋あればそこに人ありけり

「釣れないなぁ。」


あれから一月がたったころ。
どうも魚のやつら、警戒心を持ったようであれからかなり釣れにくくなっていた。
カプセル味噌汁やししゃももどきが恋しい。


「ひぃぃぃぃぃっ!!」
「またか。」


ここ最近になって、さまざまな問題が浮上し始めた。
その1つがこれだ。


「おい、こっちだっ!」
「う、うん!!」


人間がこのダンジョン、もといはじまりの森改め『豊饒の森』と呼ばれしばらく経って、この森の資源の有用さに気づいた人間達がそこそこ深いところまでもぐってくるのである。
深いといっても人間視点からで、森全体の規模からしたらぜんぜん浅いのだが、そこにある日人間がやってきたのである。
別に興味も無いし、変に助けて関係を持つのも面倒だったので体色を変えてやり過ごしたまでは良いものの、それ以来この小屋は休憩所として使われるようになったのである。
いや、休憩所兼避難所か。
中型までの動物ならば僕の強さを理解して、わざわざここにはやってこないし、大型は浅い場所には居ない。
というわけでかなり安全な場所なのである。


そんな安全な場所をどうするかなんてのは聞くまでも無く。


『またやり過ごすのかしら?』
「いや、そろそろいい加減にこの辺から追っ払わせてもらうよ。」


なんだかんだで僕の家に住み着くことになったグリューネも迷惑してる。
人間が来るたびにこっちが場所を移すのである。
さらには人の家の私物を勝手に持っていく始末。
これはひどい。


「く、あ、開かない?
鍵がかかってるのかっ!?
おい、開けてくれ!!
けが人がいるんだっ!!」


人型を取って、作っておいた服を着る。
防具としてではなく、普段着(葉っぱ製)を着込んで、扉の鍵をカンヌキをあけた。
カンヌキも人間がちょいちょいくるからと急遽取り付けたものだ。
グリューネは人の前に姿を現したくないのか、いつの間にかどこかへと消えている。


「頼むっ!
あけてくれっ!!」
「・・・。」


かこんと軽い音を発てて、かんぬきをはずす。
さてどうしようか。


「先客が・・・いや、それよりもポーションは無いかっ!?
もう無いんだっ!持っていたら分けてくれっ!!」
「無いよ。それよりもここは・・・」
「くっ!どうすれば・・・そうだっ!!
ここには確か新しく発見された薬草が・・・すまないが、ここで娘を見てくれないかっ!!頼むぞっ!!」
「あ、ちょ、ちょっと・・・」


そのまま走り去っていく男。
おい、普通自分の仲間、もとい娘さんを知らない人間にまかせてどっかにいく?
いや、それだけ深刻なのだろうか?
それとも僕が女の姿をしていたから?


「・・・で、この子が・・・」


僕のベッドに横たわった少女。
もうちょいちょいそうだけど勝手に人のベッドを使うのもまた困ったものだ。
目の前の少女は15歳ごろの短く切りそろえた快活そうな少女である。
そして驚くべきことに装備してるのがビキニアーマーとスクール水着を合体させたようなエロい装備である。


ビキニのような鉄プレートに蛇らしき皮でスクール水着のような形に肌を覆い、ちょうど股間部分に宝石のようなものが嵌め込まれている。
そして手甲と足甲をつけているが、それらは無残にも裂けて、大量の血が流れ出ていたのが見て取れる。
今はきつめに縛った紐によって無理やり止血されている状態だ。


「・・・。この人たちを使うか。」


せっかく弱みをつけ込める立場なのだ。
ここで恩を売って、その代わりここには住人がいることを広めてもらうのがいいだろう。
それでだめだったら・・・どうしよう?
引越しするしかないのかもしれない。まぁ釣りも出来なくなってきたわけだし新たな水場と魚を求めて移転するというのもまた悪くは無い。


『この娘、やたらおっぱいが大きくてエッチな体してるのね。襲うつもり?』
「・・・なんでやねん。ていうかそういう問題じゃないよ。」
『だって、ずっと見てたから。』
「いまだ性欲は無いからね。少なくとも微塵もその気は起きないから、そういうことで見てたんじゃない。単純に大胆な鎧だなと思っただけ。あとは傷が深いな、と。襲うどころじゃないっての。」
『で、どうするの?今日の晩御飯にでもしちゃう?』
「いや。美味しくなさそうだから良い。」


人間を食べるくらいなら森に狩りに行くほうが楽しいし、美味しいものが多いだろう。
人間としての価値観だって大分残っているし、食料が無いならともかく、まるで美味しそうに見え無い人間を食べたいと思えるほどのカニバリズムは僕の中に存在していない。
いや、タコなので食人嗜好カニバリズムと言うのは早計かも知れない。けれど、精神は立派に人間なのでそうと言っても過言というほどでは無い気がする。
ま、それはともかく。


いっそのことタコの姿で適当にここをねぐらとして暴れれば人が去っていくような気もするが、中には僕を討伐して安全地帯を確保しようとする人間も少なくは無いだろう。
一度発見した安全地帯。
拠点としての価値の高いこの場所をたかだかタコ一匹に譲るほど、人間は優しい生き物ではないのは元人間である僕が良く知っている。
当然ここは僕の家なのだから譲るも何も、という話だがそこを力で押し通すのが人間である。
地球の温暖化だ、オゾンホールだ、農薬だ、酸性雨だのの自然環境の異常なんてのはそれの結果だ。
人間が駆逐した生き物だって数知れない。
それもまた1つの弱肉強食で、別に悪いとまでは思わないが当事者ともなれば別の話である。それも人間に追い立てられる側ならばなおさら。
みすみす渡すのは当然いやなのだが、ここはやはり事を荒立てないのが最善。


となるとやはりこの手段が一番手っ取り早いし、安全だ。
先も言ったようにいざとなったらもうちょっと奥の泉に陣取ればいい。
周りの獣が僕の力と臭いを覚えるまで、家を壊されては直すという面倒な作業が待っているが、このままここでちょいちょい時を選ばずにやってくる人間の相手をするよりははるかにマシである。


「とりあえず治療するかな。」


恩を売るためにもまずは治療。
さて、ここで問いたい。
ゲームや現実でもそうだと思うが、戦いにつき物といってもいいアイテムないしは役職がある。


そう、医者にあたるアイテムないしは技術だ。
戦う以上、怪我は付き物。
僕とて今までに受けた重傷が小さなときのギンタによる牙のみというわけではない。
もっと大きな傷だって負ったし、全部の足がろくに動かないほどの死に体になったこともある。
が、そんなときに頼りになるのがこれである。


「・・・っと。良かった。まだあったか。」


人が来ると部屋の倉庫を物色して物を盗っていくので、そうされないように倉庫だけは家から離れた地中に作ってある。
そこを手作り漆シャベル(剣と同じ工程で作られた職人芸の光る業物シャベル)で、掘り進み、ふたを開ける。
そこには黄金色に輝くとろりとした液体の入ったビンがびっちり入っていた。
ビンからは甘い臭いが漂ってくる。


『な、なにかしらそれはっ!?』
「あ、グリューネが居たっけ・・・まぁいいか。」
『か、甘味!?
甘味なのっ!?
ちょ、頂戴っ!!
なんでもするから頂戴よぉっ!!』
「ば、ばかっ!!
これはただの甘味、というかこれは食べ物じゃなくて・・・」


箱を抱えて、甘味を求めるグリューネから黄金色の液体を守る。
こうなることが読めていたので秘密にしておいたのだけど、いや、読めてない。
反応が予想以上に激しくて押し負けそうだっ。
仕方ないので1つあげて、満足させることにしよう。
渡すとおそるおそるビンに詰まったコルクを抜いて、ビンを傾ける。
そして―


『・・・あふぅ。』


ゆっくりと飲み続け、すぐに飲み干した。
虚空をうつろな目で見つめ続けながらぷるぷると震え続ける。
ふふふふ。
そうだろう、そうだろう。
作った僕自身も驚くほどの自然な甘さ、コク、ほのかな緑の香り。
はっきり言って街で食べた砂糖の塊なんてこれに比べたらゴミである。


『に、にゃにこれ?』


呂律が回らなくなるほどの美味しさといったところか。
苦労した甲斐があった。
さて、この黄金色の液体。
これは別に珍しいものではない・・・はずだ。
にしてはやけに美味しい気がしたが、まぁ異世界補正というやつだと勝手に納得している僕である。
森、黄金色、甘い液体。
この三つから求められる食べ物とは何か?


それは蜂蜜。
ではない!!
苦労したといったはず。


ハチ程度このガチムチボディにかかれば恐れるに足らず。
針なんてささりません。
ささっとしても毒が全身に回りません。
筋肉をしめるだけで毒が勝手にぴゅっと出るだろうから。
すなわち蜂蜜程度なら割と簡単に手に入れることが出来たりする。
ハチの巣も森であるためさまざまな種のハチがいて、それぞれの種が花粉を集めてくる花の種類が違うのでそれに応じて蜂蜜にもさまざまな種類が存在して、これはこれでなかなか面白い食材かつ美味しいものなのだが、とにかく苦労はしない。


では何か?


「メープルシロップだよ。」
『にぇーぷる?』


いまだ恍惚とした表情で腰が抜けた状態で女の子すわりをしながらこちらを見上げつつ、首をかしげるグリューネ。
すっごい可愛いなぁとか思いながらも彼女の疑問に答える。


「簡単に言うと木の樹液を集めて、煮詰めて作った水・・・かな?」
『は?』


簡単に、とは言ったものの今言った簡単な工程と、冬越しのために葉を落としたカエデの木から取れるとしか知らない状態で作ったのでそれはもう苦労した。
何が苦労したって、まず冬場でもないのにカエデの木を探しても意味がなかったろうし、そもそも名前だけでどんな木がカエデなのかも分からなかったから片っ端から樹液を舐めて甘い木を探のに苦労したし、樹液をためおくバケツなんかもわざわざ街に行って買いに行き、樹液を流しだすためのストローのような金具も当然作ってもらったりして大分大変だった。


幸いにも煮詰めること事態は特に苦労はせず、それこそ食堂で使うような大きな大きな円錐状の鍋を特注し、それを持ち帰ったのが今からやく2週間前のこと。
あとは煮詰めて水分を飛ばし、樹液の糖分の割合を上げる作業をつづけること6時間くらい。
満足いく甘さになるまでに、もとあった量の100分の1くらいになってようやっと完成だ。
鍋いっぱいの樹液を集めても、一回にこの小瓶2~3個分くらいが限界という非常に貴重な食べ物なのである。
街から帰ってきた僕は包丁などの調理器具で料理をするようになったのだが、それの隠し味としてメープルシロップを使っていたり。


『こ、こんな美味しいものをずっと独り占めにしてたの・・・?
ていうか、タコがなんでそんなことを知ってるの?わけがわからないわ。』
「いや、グリューネは基本的に僕の家でずっとご飯を食べてたじゃん。
あれらにも入ってたから別に独り占めというわけでもないし、これ、回復薬の変わりだし、今みたいに全部を食べる勢いで飲み干されると困るんだよ。てい。」
『あいたっ。』


懐のメープルシロップに手を伸ばしてきたので叩き落す。
言ってるそばからこれだ。


『・・・いたた・・・回復薬?』
「うん。これを飲むと体に力がみなぎって、ある程度の重症も即完治というすぐれものだよ。すごい樹液もあったもんだ。」
『・・・?
そんな特性を持つ木なんてあったかしら?
・・・確かに近い効果を持つ木はあるけれどせいぜい傷がちょっと早く直る程度・・・だったはずよ?』
「煮詰めて凝縮したから、回復に必要な成分も凝縮されて効果が上がったんじゃないかな?」
『・・・いや、それにしてもそんな効果は・・・一応聞いておくけど、どうやって作ったの?』
「え?
今言ったとおりだけど?
樹液集めて煮詰めながら漆黒を使ってかき混ぜる。これだけ。」
『漆黒?
ああ、あの漆を使った黒い剣のようなもののことね』
「そうだよ。」
『あ、あれ・・・?あ、ああああああ、あなたっ!!
なんて罰当たりなことをっ!!』
「・・・?」
『じ、自覚がない・・・後、後が怖い怖すぎるわっ!!あれには・・・ああ、でもそんなはずないし。
いや、でも・・・あれ?
しかし・・・けれど・・・でも・・・いや、普通に気のせい・・・そう気のせいよ。
私は知らなかった。知らなかったの。
それで行きましょう。
そもそもこの子の魔力をこめたからといって、そんな上等な物が出来るなんて、いかに私が優雅で上品なパーフェクトレディだったとしても予想が付くはずがないわ。
だって、ただの漆とその辺の生物の一部を使っただけ・・・触媒が足らないはずだもの・・・そう、きっと。・・・気にしないわ。』
「・・・久々に自分の世界に閉じこもってしまったか。
まぁいいや、今はそれどころじゃないし好都合。」


再度小屋に戻ると、なんか柄の悪い男に寄ってたかられてた。
しかも全員、下半身にあるべき衣服がずりおち、汚いそれはいきり立っていた。


「・・・誰?」


ついと出た言葉。
いや、我ながらもっとつっこむべきは他にあると思う。
ていうかこいつらもいくらエロい女性を目の前にしたからといって四肢が動かせないほどの女の子を襲い掛かるとはどんだけ女日照りなのだろうか?
・・・襲うとしてるんだよな?


「ん?
なんだ?
仲間か?いや、あの親子に仲間がいたなんて話は聞かないが・・・まぁ良い。こっちも上玉だ。
犯っちまえてめぇらっ!!」
「しかも問答無用と。」


何もしてこなければこちらからどうのこうのするつもりは無かったのだけれども。
とりあえず一番近い男の顔面を掴み、万力のように締め上げ、かるく骨にヒビを入れた後に投げ飛ばす。
当然家の外へだ。
男は木に叩きつけられて沈黙した。


「は?」


リーダーっぽい男が素っ頓狂な声を上げる。
特に装備もしてない華奢な女の子に大の男が投げ飛ばされるとは思わなかったのだろう。
あ、当然手加減はしてるので、死んでいないはず。
こんなところで血をぶちまけたら変に他の生物をおびきだすかもしれない。


「どこかへ行くなら追い討ちはしないけど?」
「・・・ちっ。いくぞ、おまえら。」


僕との力量差を感じ取ったのだろう。
男達は意外と素直に去っていった。
が、もちろん。




「あがっ!?」


男の背後からタコ脚キャノンを繰り出し、串刺しにする。
それを見て驚いた部下達もまた串刺しだ。


「ごふ・・・てめぇ・・・」


あそこでむやみやたらに襲い掛かってくるだけならば本当に殺すつもりは無かったのだが、こうも引き際がいいと相手はなかなかの玄人と思える。
そして殺す理由はあっても殺さない理由は無い。
ここで殺したほうが僕の安全につながるだろう。
どういう目的であっちの少女に近づいたのかは分からないが、後で僕まで報復を受けるかもしれない。
ならばここで殺しておこうという考えだ。
我ながら物騒な考えかただなぁと思うのだけれど、森の中にひとたび足を踏み入れればそこは弱肉強食の世界。
弱いものが死んでも文句は言えない。


何よりもこの男。


背を向けたら即攻撃をしようとしていた。
その証拠が彼の右手に握られたナイフだ。
僕の美少女形態のタコ脚キャノンは確かに威力もスピードも落ちるが、それでも人間が背後から放たれて反応できる速さの域ではない。
もともと攻撃をしようとした瞬間に僕の攻撃を受けたと考えるのが自然だ。
ちなみに他の男達は僕の持っている別の触腕に貫かれてお陀仏だ。


「ごふっ・・・まったく、予想外のことばかり起きやがる。亜人とは・・・
貴様の顔、覚えたからな。」
「・・・?
死者が生者を覚えて意味があるの?」
「カカカッ。言うねえ。だが、こんなスキルもあるんだよっ!!」


そう言った男が突如、消えていた。
え?


目の前に居た男が本当に突如として忽然と消え去った。
確かに・・・そう確かにこの手で貫いていた男の体の感触も無い。




という夢を見たんだ。


「なっ!?」
「・・・ん?」


・・・疲れている?
というのは違うだろう。
きっとこれが彼の奥の手だったのだ。
おそらく幻惑にかける何か。魔法なのかスキルなのかは分からない。
とにかく、幻惑をかけて逃げようとしたのだろうが、僕の触腕の性能は折り紙つき。
タコの吸盤は人間よりもすぐれた味覚を持っているといわれている。
言われている、というかこの体になってなるほどと納得したのだが、とにかく五感の中で一番優れているのが味覚だ。
いかに得たいの知れない魔法だかなんだかとは言えどもタコの吸盤まではごまかせなかったということである。


突出した味覚という穴から一気に幻惑を突き抜けたというのが感覚としては一番、しっくりくる。
内心結構びびってたりするけれど。


とにかく。


「終わりだよ。」


首の骨をぽっきりとやって終わった。




後残すところ、死体の処理と少女の治療。
たかだか治療に変に手間がかかったものである。





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