セブンスソード

奏せいや

75

「本当に大切なのは絆だって。俺を守ってくれる母さんとの繋がりが、俺を本当に守ってくれるものだと。俺はそう思っていたんだ」

 法律とは時に無力だ。道ばたに落ちている石ころでさえ拾えば武器になるというのに、いざという時にはまったく役に立たない。

 目の前で起きる暴行。それを法律では止められない。出来るのは事が終わってからで、痛みは際限なく広がっていく。

 それならば、本当に大切なものは痛みに立ち向かっていける絆だと、そう思うのも無理はないのかもしれない。

「でもな」

 その時、秋和は一花から顔を逸らし、どこか遠くへと目線を向けた。

「ある時、母さんは出かけたきり戻ってこなかった。最初は単に遅れているだけだと思ったが、翌日になって、腹を立てた親父に殴られてようやく理解したよ」

 その表情は、

「俺は、捨てられたんだってな」

 捨てられた子供のように、儚かった。

「…………」

 秋和の告白に、はじめ一花はなにも言わなかった。答えるまでに時間を置く。

「うん、知ってるよ」

 優しい声で。彼の傷を少しでも温めるような、柔らかい声だった。

「…………」
「…………」

 二人はなにも言わず、時間だけが静かに流れていく。

 けれど止まらない想いがある。抑えていた感情は高ぶり、秋和は拳を握りしめていく。

「一花、分かるだろう」
「…………」

 静かな問いが一花に向けられる。

 秋和は一花を見た。その顔は、激情を露わに叫んでいた。

「大人の身勝手で、いつも傷つくのは俺たち子供だ! 法律も、大人もまるで頼りにならない! 立場の弱い子供がいつだって犠牲にされている! そんな世の中を変えるには、真の秩序が必要なんだ! もう、誰も傷つかない世界が必要なんだ!」

 叫んだ、想いの限り。

 訴えた、痛みがあるから。

 この痛みを知っているから彼は主張する。世界に向けて。大人に向けて。

 この痛みをなくそうと、彼は必死に生きていた。

「千歌も同じさ。あいつも誰も傷つかない世界を望んでいる。方法は俺とは違うが、あいつも同じだ」

 秩序と自由を巡って幾度も衝突してきた友人を思う。彼女も秋和に負けないくらいの信念を持っている。

「そうね」

 それは一花も知っている。いつもそばで見続けていたから。

「あんたや、千歌の気持ちは私にだって分かるわ。私も、後者の人間だからさ。捨てられて、傷ついた痛みはよく分かる」

 同じ人間だから、同じ痛みが分かる。彼が必死になるのも、彼女が懸命になるのも。

「分かるんだ、それはすごく」

 一花は目をつぶった。そして感慨深く呟く。彼と彼女の必死さを認め、納得している。
 一花はつぶった瞳を、細く開いた。

「でもね、そうだとしても。二人の願いを蹴飛ばしてでも」

 二人の願いを知っている。その理由も納得できる。分かっているのだ、否定しようなんて思わない。

 けれど、その願いよりも叶えたいものがある。

 懐かしい思い出話はこれでお終い。これからは今を、戦うべく意識を切り替えていく。

「秋和。私には叶えたい願いがあるの。譲れない願いがあるのよ。そのためなら」

 一花は、秋和を見た。

「それ以外、なにもいらない」

 充満する戦意。迸る気迫。一花の鋭い瞳が秋和を捉える。

 秋和もまた戦うための心構えに変わっていた。友人との話し合いは終わった。今目の前にいるのは敵だ、願いに立ちふさがる障壁だ。ならば倒し乗り越えるまで。

「ああ、そうだな。同意見だよ、一花。俺も同じだ。お前の願いをつみ取り、俺の願いを叶えようとしている。世界の創造を司る悪魔との契約。これでなら誰しもが秩序に生きる世界にすることが出来る。この機会を逃すわけにはいかない!」

 鮮烈な戦意。広がる気迫。彼もまた、鋭い目つきで一花を見ている。

「お別れだ、一花。お前は願いを抱いたまま眠るといい」
「いいえ、秋和。夢半ばに倒れるのはあなたの方よ」

 秋和からの別れの言葉。対して一花は勝利の宣言を返す。

 一花は構えた。相棒から受け継いだ力を周囲に展開し、秋和の悪魔たちも構える。

「…………」
「…………」

 そして、戦いが始まった。

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