セブンスソード

奏せいや

72

 それでも、

「ぐ、う!」

 一花は両腕を動かし、顔を持ち上げた。もう戦えない体で。それでもなお立ち上がろうとしている。まだ戦おうとしている。

 その目は、諦めていなかった。

「止めろ一花、もう終わったんだ」

 そんな彼女を聖治は制する。するだけ無駄だ。勝負は付いたのだ。

「この能力で付けられた傷は俺が解くまで治らない」

 聖治は構えを解く。スパーダを片手に持ったまま一花を見下ろしている。

「俺の勝ちだ。もう止めろ」

 この状況、誰が見ても聖治の勝ちだ。認めていないのは一花だけで、どう足掻いても聖治の勝利は揺らがない。

「いいえ、まだよ……」
「一花……」

 それなのに、頑なに認めない。

「お前の負けだ」
「まだ」
「一花」
「負けてない」
「一花!」

 認めない一花に怒鳴る。それでも一花は止まらない。四肢に力を入れて、体を起こそうともがいている。

 止まらない流血。全身から発せられる激痛。頭が飽和しそうな痛み。それでもなお動かして、一花は懸命に立とうとしている。

 その目からは、涙が流れていた。

「私はまだ!」

 叫びはまるで心の悲鳴のようで。

「負けてない!」

 大粒の涙を流しながら、一花は、立ち上がった。どんなに痛くても、どんなに苦しくても。それでも止めない。斬られた痛みより、敗北の方が痛いから。

「一花……」

 その思いに聖治は見入っていた。彼女は本物だ。本当に、本当にその思いは強い。感服すらする。傷だらけなのは相手なのに圧倒されてしまう。

 彼女の思いは、本当に強いんだと。

 一花はゆっくりと聖治に近づき腕を振り被る。

「はああああ!」

 その拳を打ち出す。

 聖治は、なにもしなかった。

 一花の拳が頬に直撃する。一花は拳を振り抜き聖治の顔が僅か傾く。

「はあ、はあ、はあ!」

 一花に殴られた。痛みが頬に残る。しかしそれだけだ。聖治は正面を向き一花を見る。

「これで満足か?」

 殴られたが、それだけだ。普通の女子に殴られたのと変わらない。カリギュラの弱体化と天黒魔のダメージ。今の一花にはもう、それだけの力しかなかった。

「分かっただろ、お前はもう戦える状態じゃないんだ。勝負は、付いたんだ」

 もう、どうにかなる状態じゃない。逆転は不可能だ。

 一花の頬から涙が落ちる。必死な目つきをしている瞳から今も流れ続けている。

 頭ではもう理解している。勝てないと。だけど心が拒んでいる。負けていないと。

「私は、負けるわけにはいかない……」

 そう言うと闇を展開し校庭の丘の上に現れた。ダメージの残った体をなんとか立たせ前屈みになっている。

「止めろ! その傷は治らないんだぞ!」

 そう言っても一花は止まらない。

「クソ!」

 聖治は天黒魔の呪いを解く。それですぐに治るわけではないが魔人の生命力なら安静にしていれば回復するだろう。

 それが分かったんだろう、一花が聖治に振り向く。

「駆を縛っている術はすでに解いたわ。あいつなら三階の教室にいる」

 おそらく嘘じゃない。少なくとも聖治には嘘とは思えなかった。

「あんたに私を殺す気がないのなら、ここは一旦退かせてもらうわよ。でも勘違いしないで。あんたは倒す。そして」
「願いを叶える、だろ? 分かってるさ、一花。お前がなにを叶えたいのかは知らないが、その思いが本物だっていうのは分かったよ。悔しいけどな」
「……ふん」

 聖治の態度を鼻で払い、一花は闇の力を使って消えていく。同時にリンボも消失する。
 元の世界に戻ってきた。辺りはすでに暗くなっている。校庭には聖治だけが取り残され夜気を含んだ風が流れていく。

「一花」

 もう見えない彼女の名を呼んでみる。

 戦いの中、聖治は間違いなく一花と命のやりとりをした。結果的には勝てたが下手をしていれば一花は聖治を殺していた。

 そんな戦いをした後なのに、どうしてか聖治の胸には彼女に対する怒りも憎しみもない。

 あるのは寂しさ。彼女の思いに沿うことも理解することも出来ない寂しさだった。

 殺し合ったのに、彼女のことを思う自分がいる。出来るなら力になりたい、助けてあげたいと思えるほどに。

 聖治は校庭で一人、敵である彼女のことを考える。

 夜空には、小さな星が輝いていた。

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