セブンスソード

奏せいや

65

 赤い色の翼手目を思わせる二つの翼。腰から生える尻尾。衣服は赤い色をした胸の谷間が見えるボンデージ状の服に変化しており、腰から先の裾がロングコートのように伸びている。肘まで覆う手袋を付け、足はブーツを履いている。

「分かったでしょ。私はもう人間じゃない。あんたとは違うの」

 駆は唖然と見つめる。変わり果てた幼馴染の姿を。

「この姿になればもう元には戻れない」

 一花はもう人間ではない。悪魔になってしまった。完全に駆とは生きる世界が、種族すら変わってしまった。

 これではもう、一緒にいることは出来ない。共に学校に行くことも。これから先一緒に同じ学校に進学することも、同じ職場に就職することも。

 いや、一緒にいることすら出来ない。完全に。完全に変わってしまった。

 二人の将来が、閉じていく。

「もう一緒にいられないのよ。あんたはね、普通に生きて、学校卒業して、進学なり就職なりして」

 一花は未来を語る。以前、二人でデパートに行く途中で話をした時のように。進学か、就職か。誰もが迎える問題を、その時は楽しく話していた。

 でも、一花の将来は閉じられた。

 彼女は悪魔だ。人間としての未来は永遠に失ってしまった。これからは悪魔として生きていくしかない。

 そんな自分の代わりに、一花は駆の将来を語る。自分では不可能となった、人間らしい未来を。

「そこで好きな女でも見つけて、結婚して、家庭でも作って……! そして、そして、そしてッ!」

 話していて一花の感情が高ぶっていく。声は必死になって、口調が荒れる。昂った感情が弾けるように、一花は叫んでいた。

「あんたは、幸せに生きればいいのよォ!」

 叫んでいた。吐き出すものを全部吐き出して、溜めていたものをぶちまけた。その後熱が急激に引いていき押し黙る。駆を見続ける。

 目を細めて。

 今にも、涙、落としそうな顔をして。

 見るのだ。駆のことを。今にも泣きそうな顔で。

 そして、踵を返した。

「私のことは、ほっといて」

 彼女の後ろ姿が遠ざかっていく。

 なにを言っているのかは分からない。意図が分からない。でも、このままでは一花は行ってしまう。

 駆は止めようと必死にもがく。どうすればいい、どうすれば。

「!」

 そこで駆は体を揺らし転倒するとポケットからハーモニカが落ちる。手は使えない。それでもなんとか咥え息を吹きかける。

 この音を。母親は聴いてくれなかった。その悲しみを一花は知っている。

 大切な人に裏切られた痛みを知っているからこそ、一花は聴いてあげると約束してくれた。

 この音はいわば絆だ。自分が吹き、それを聴く。絶対に見捨てない。

「止めて!」
「!?」

 それを、一花は払った。

 駆の口からハーモニカが離れていく。

 絆が、捨てられた。

「そんなのいくら吹いたって、私は行くわ!」

 駆は一花を見上げる。離れていく彼女の姿に涙が溢れる。

 誰も聴いてくれなかったあの音を、一花は聴いてくれると信じていたのに。

 最も信頼していた人に、またも裏切られてしまった。

 彼女は去っていく。

 駆は泣いた。大泣きした。



 リンボ。人が住む世界と悪魔が住む世界の中間、この場所に人はいない。表沙汰にはできない異能の決闘をするには相応しい空間だ。

 薄暗く、けれど空は赤く輝く異界。

 その校庭に一花は立っている。これから戦いをする相手が来るのを待つ。

 これから、殺し合いをする。こちらが殺す気なのだから向こうも当然殺す気でくるだろう。

 デビルズ・ワンで魂を生け贄として捧げるためには殺す必要がある。同情も容赦もいらない。

 願いを叶えるためには殺すのみ。

 本気だ。どちらかが死に、どちらかが生き残る。

 一花は今一度自分の体を見渡した。コウモリを思わせる赤い翼に赤いしっぽ。人のものではない体。これは人間との決別と、なにより覚悟の証だ。

 後戻りできない。

 一花は拳を握りしめ、静かに瞳を閉じた。

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