セブンスソード

奏せいや

39

「甘く見られたものだ」

 その声は、世界にヒビを入れるほどの重圧だ。力ある者はその声に魔を宿す。権力者であれカリスマを持つ者であれ、彼らが口を開けば人が動くように。

 ガミジンは魔性の塊だ。言葉が放たれる度に世界が軋む、それだけにこの声には魔が、霊的な質量が宿っている。

 ガミジンが喋るたび、床に披裂が入った。

「ふん。それはどうかな」

 その重圧の中にあってなお秋和の平静は揺るがない。その態度になにより驚いていたのは一花だ。今まで一緒に過ごしてきたが、彼はここまで豪胆な人物だったろうか。
 ここには互いの悪魔が出揃った。秋和だけは眷属のみの召喚に徹しているが駒が並んだことに違いはない。

 魔と魔、現れ力交わる。

 異形同士の、戦火が切られた。

「行け」

 秋和の号令に三十体の悪魔たちが襲いかかる。地面を走り、もしくは宙を跳び、それか空を飛び、ガミジンに群がる様は黒い津波のようだ。視界は三十の黒に覆われる。さきほどは一体のみだったがこれほどの数、防ぎきれない!

「それだけか?」

 直後、発生するのは津波を呑み込む暗黒の大海だった。

「きゃあ!」

 その出現に一花が小さな悲鳴を上げる。

 ガミジンの前方。そこから漆黒の霧とでもいうべき暗黒が湧き出たのだ。地面から猛出する様は滝の逆流か。下から上へ黒煙は走り壁となってガミジンと悪魔を隔てた。

 突如現れた暗黒の障壁。しかししょせんは霧や煙の類、軍勢は止められない。第一波は暗闇に身を投げた。

 まずい、こちらに来る。一花は危機感に急かされるが、

「え?」

 焦りは驚きによって蓋をさせられた。

 悪魔たちが、出てこない。戻ってもない。この霧に、煙に吸い込まれたきり消えてしまったのだ。

 黒い煙は掻き消える。それでも彼らの姿はどこにもなかった。

 この攻防、攻め手は秋和であったが、損失したのもまた秋和。いきなり十体近い悪魔が消失していた。

「…………」

 なにが起こったのか、傍で見ている一花も分からない。

「失せろ」

 ガミジンは再び影を前方に出した。今度は壁ではなく津波のように前に押し付ける。漆黒は宙を走り悪魔たちを呑み込んでいく。いくつかの悪魔は霧に呑まれ、いくつかは離れた。秋和の傍にいた悪魔は彼の前に立つ。この場は闇が漂っている。

 その闇が、消え去った。

 それより起こるのは何体もの悲鳴だ。

「ギャア!」「ギャア!」

 人の者ではない声がいくつも上がる。それもそのはず。さきほどの闇に腕が触れていた者は腕を、足が触れていた者は足を、闇が消えると同時に失っていたのだ。体の一部を欠損した悪魔たちは傷口から黒の瘴気をまき散らし悲鳴に喘ぐ。だが、それでも最悪ではない。

 最悪なのは、体の大部分か、頭部が闇に触れていた者だ。闇が消えると同時に消失したことにより、彼らは致命的なまでに体を、頭部を失った。

 いわば即死。気づかぬ内に死が訪れる。ここは悲鳴が木霊し体を欠いた悪魔が転がる地獄絵図。

 そこで君臨する者、魔を歩く者。

 ガミジンは、ゆっくりと惨状を見渡した。

「フン」

 鼻を一息、忌々し気に鳴らす。

「すごい……」

 ガミジンの無双ぶりに一花は感嘆を通り越してただただ圧倒されていた。過去に戻れるならさきほど数の優劣に不安になっていた自分に教えてあげたい。

 敵の悪魔はもう十体を割っていた。秋和は盾となった悪魔の犠牲により無傷ではあるが裸の王様も時間の問題だ。

 だというのに。

「どうした、これだけか?」

 彼は、平静のままだった。ここまでくると異常だ、精神がおかしいのではと勘ぐってしまう。有効打は与えておらず、自陣の悪魔だけが数を減らしていく現状に立たされて、なお秋和は鋭い視線で立っている。

「…………」

 その不気味さをガミジンは無言で睨みつけていた。油断なく、秋和の一挙一動、あらゆるものを見落とさんと観察眼を働かせている。

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