セブンスソード

奏せいや

36

 駆は睨むように見てくるが俺も退かない。このままみすみす行かせるなんてことは出来ない。

 駆は無理やり振り解こうとしてくる。

「駄目だ駆、行ったら駆まで危ない!」

 必死に説得する。危険だと。しかし駆は省みない。その行いが無謀であれ行く気だ。俺の顔を勢いよく睨み付けてくる。

「くっ」

 その勢いに、まるで黙れと言われたようだった。それほどまでの気迫、すさまじいまでの熱量だ。

 なんて強い気持ちだ。

 圧倒された、その瞬間は間違いなく。普段は大人しいのに友達のこととなれば誰よりも熱くなる。

 彼のことはほとんど知らないけれど、本当に特別な人たちなんだな。

 駆は俺の手を振りほどき走っていく。

「くそ」

 俺もすぐに後を追いかけた。



 崩壊した学校。この世の終わりを思わせる赤い世界が広がる。建物は風化して人類が滅亡した後のような空虚な雰囲気がこの場には満ちていた。

 滅びた世界、人が立ち入るべきではない異界と化した、それは現実と幻想の分水嶺。

 では果たして、ここに立つ二人の男女は人と言えるのか。

 この場所に一花は立っている。険しい表情ながらも気丈に前を見つめる先には。何体もの黒い異形の群れ。初めて見るそれに彼女にも怖気が走る。うねうねと動く奇妙な肉感が嫌悪感を刺激する。赤い目は獰猛さを隠そうともせず、揺れる爪は肉を裂くのに十分な鋭さがあると分かる。口を開けば鋭利な牙が覗いた。

 そして、なにより一花の目を引くのが。

 それらを率いる友人、真田秋和だった。下ろした前髪の下、知性を感じさせる眼鏡と視線が彼女を見つめる。

「一花」

 秋和は真剣な顔つきだ。自分の周囲に展開している悪魔は気にも掛けず、一花を真っ直ぐな眼差しで見つめてくる。

「始まったな」

 その言葉に、一花も表情を引き締めた。

 雰囲気は張り詰めている。友人だった二人は戦場で出会った敵のように緊張していた。しかしそこに弱気な態度は見られない。

「そうね」

 一花も同意する。いつかは来る。忌避したくも待ち焦がれたこの時が。ついに来たのだ。

「あの時から、俺たちは変わった。それはすなわち、死んだ、と言えることかもしれない」
「死んだ、か……」

 秋和の物言いに一花はふと思案する。彼の言うことを振り返り、小さく皮肉った笑みを浮かべる。

「ひどい言い訳ね。あんたは駆を殺そうとした」
「だからどうした。分かっているだろう一花。あいつは――」
「黙って」

 その表情が、怒気を滲ませ引き締まる。声は静かな裂帛(れっぱく)があり、秋和は押し黙った。

 怒りと敵意が二人の間を漂い始める。

 しかし、二人の関係はこんな殺伐としたものではなかったはずだ。

 二人の付き合いは長い。いや、駆と千歌を加えた四人というべきか。四人の関係は誰よりも長く、それだけに絆は深いものだった。

 決して、殺意をぶつけるような相手ではない。かつては共に遊び共に笑い合った仲なのに。それがどうすればこのようなことになるのか。目の前の一瞬に、長かった過去の方が嘘に思えてくる。

 感傷が一花にささやいた。

「思えば長い付き合いだった。ずっと一緒で、なにをするにしても隣にはあんたたちがいた。ずっと、そうなんだろうなって思ってた。でも、終わるのね」

 楽しかった思い出も辛かった思い出もある。しかし、振り返ってみればどれもいい思い出だ。友人として、親しい者として、なくてはならない大切な人たち。

 けれど、その関係は崩れ去る。自分たちの手で幕を下ろすことになる。

「そうだ」

 一花の哀愁に、秋和は断言をもって応じる。そこには力強い意志を感じさせる。戦意が、ひりひりと肌を刺激してきた。それは一花を友としてではなく敵として認識している証拠だ。

「ねえ、秋和」

 それでも一花は悠長に声をかける。隙はないが、しかし心にはまだ友としての余分がある。

 一花はなにも言わなかった。言えなかったのかもしれない。言っても無駄だと知っている。それでも声をかけずにはいられない。

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