セブンスソード
33
暗い部屋だった。カーテンはすべて閉められ明かりも点いていない。閉め切った生徒会室は静まり返り会議中の厳かな雰囲気はここにはない。静寂だ。
その中に、相川一花はぽつんと佇んでいた。長いテーブルに腰を乗せ背中を軽く反っている。長い髪が後ろに垂れて、机に付いた両手が体を支えている。音もない暗闇に一人取り残されて。一花は目の前の虚空をぼうと見つめていた。
『まさか、最初の男が彼と知り合いだったとはな』
そこへ声が掛けられた。
「ガミジン」
姿はない。しかし声だけははっきりと聞こえている。
「あいつの友人だってさ。驚いちゃうわよね。あいつ、友達できたんだ。いったいどんな魔法を使えば友達なんてできるんだか」
『君はそうだろう』
「私たちは特別なの」
まったくもって不思議だ。一花の知っている限り彼の友人は自分たちしかいない。そもそも喋れないのだから友人を作るのは不得手のはずなのに、よりにもよってできた友人が敵とは。
剣島聖治。自分たち以外の異端。そして儀式を阻もうとする障害。さきほどのやり取りを思い出しただけで端正な眉が曲がる。
「ムカツクやつだったな。偉そうに」
ついでに愚痴も出る。
ただ、その中であることを思い出していた。
「言われちゃったんだよね。自分がどんなに辛くても、相手を思いやる優しさを持つ人だっているって。そんなの、私だって知ってるっつーの」
これを言われた時、正直悔しかった。知っていることを偉そうに言われるのはなかなか癇に障るものがある。
「私さ、ほら、孤児でしょ?」
そこで、一花は自分のことを語り始めた。自分でも珍しいと思う。こんなこと滅多に話さないのに。それを悪魔に話している。それがどこか可笑しくて一花は笑みを浮かべながら話していく。
「母親がひどく金遣いの荒い人でね、貯金を勝手に使いまくった挙げ句に借金までしててさ。気づいた時には全部手遅れで。ひどいもんだったわ。知らないうちは和気藹々だったのがそっから修羅場。一変するってああいうこと言うんだろうね。それで家庭は崩壊して父親は不倫してそのままどっか行っちゃうし、母親は育てる能力がないってことで離ればなれ。親戚も不倫した父親の子供を育てる義理もなければ借金作った女の子供の面倒を見る責任もないってさ。それで私は見捨てられたわけ。けっこう上手くやれてたと思っていたけどそんなの全部思い込みだった。私がなにも知らない間抜けなだけだった」
本人はすでに吹っ切れている。話し方も清々しいくらいだ。だがその内容は決して楽なものじゃない。すでに気にしていないだけで十分悲惨な出来事だ。それに、これで終わりではない。
「そっからは孤児院暮らし。いるのは親を失った負け組みたいな連中ばっか。まあ、私もその内の一人なわけだけどさ。どんなに頑張っても元には戻らない。私は捨てられた落ちこぼれだって、それがだんだん分かってきてさ。いろいろすねて、ぐれて、いつしか周りもそういう目で私を見てた。私が悪いことしてもはいはいみたいな。同情されるか諦められてる」
人の性格は生まれつきの部分もあるが環境が与える影響も大きい。親に捨てられたという事実は少女の心に否定できないコンプレックスを植え付けた。結果、自他ともに認める不良となっていった。
「でもね、あいつは違った」
そんな彼女を、否定する人がいた。
「私が万引きして捕まった時、あいつは慌ててやって来た。そして私の頬を思いっきり叩いてきたのよ? その後も説教してきてさ。もちろんムカついたわよ。何様だって。ほんっとうにムカついた」
当時を思い出すが今でも腹が立つ。今からでもやり返しに行こうかと悩むくらいだ。
「でもね、あいつくらいだったんだ。その時、私にそこまでするやつは。あいつは私を人として見てくれた。対等なんだと思った。あいつは私を諦めてない。一人の人間だと認めてる。そして、それはあいつだけじゃなかった。私を認めてくれる人は他にもいて」
自然と、一花の表情が緩むる。
「友達。仲間。ううん、なんていうか、こんなこと言うの恥ずいんだけど」
それは、いつしか笑みになっていた。
「家族って、感じなんだよね。親に捨てられた私が言うのも馬鹿みたいなんだけどさ。でも、あいつらはそう」
思い出す記憶。思い起こされる気持ち。冷たい環境の中で、それは間違いなくあった温かい絆だった。
「一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に叱られて。いつも一緒だった。私みたいなやつを認めてくれて、そばにいてくれた」
それが、一花にとっての幸せ。
「特にあいつは放っておけなくてさ」
それが彼女の根源。掛け替えのない人。
「だから、私はここにいる。叶えたい願いがある」
そのために、彼女は戦う。この儀式に参加して、願いを叶えるのだ。
自己語りはこれで終わりだ。その間この悪魔は清聴してくれた。
「ごめんね、愚痴聞いてもらって。つまらなかったでしょ」
『いいや。イヴンの話は興味深い』
「ふふ。そう」
気を遣ってくれたのか本心なのかいまいち分かり辛い。
「勝たなきゃ駄目なの、私は」
勝たなければならない。その思いを今一度噛みしめる。
すると扉が開けられた。光が入り込み人影が映し出される。
それは生徒会長、真田秋和だった。一花の姿を見つけるなり緊迫した声を発する。
「始まるぞ」
その一言に一花の目も鋭くなる。秋和は精悍な表情で一花の視線を受け止めている。
「いきなり呼び出したかと思えばそういうこと。七人目が見つかったってこと?」
「さあな。ただ開始の伝令が届いた。明日だ。ようやく始まる。覚悟はできているんだろうな?」
「当然よ」
「それはよかった」
言いたいことはそれだけか秋和は背中を向ける。友人としてのやり取りはない。
「不戦勝など、望むところじゃなかったからな」
それだけを言い残し秋和は去っていった。
『一花』
そこでガミジンが話しかけてくる。
『次は私を呼べ』
「分かってる」
一花はテーブルに乗せていた腰を持ち上げる。手はいつの間にか拳を作り、痛いくらいに握り締められていた。足は重く全身も固くなっている。
けれど、一花は歩き出した。顔は正面を向いている。
その瞳は決意に満ちており、さきほどの笑みは一片もありはしなかった。
その中に、相川一花はぽつんと佇んでいた。長いテーブルに腰を乗せ背中を軽く反っている。長い髪が後ろに垂れて、机に付いた両手が体を支えている。音もない暗闇に一人取り残されて。一花は目の前の虚空をぼうと見つめていた。
『まさか、最初の男が彼と知り合いだったとはな』
そこへ声が掛けられた。
「ガミジン」
姿はない。しかし声だけははっきりと聞こえている。
「あいつの友人だってさ。驚いちゃうわよね。あいつ、友達できたんだ。いったいどんな魔法を使えば友達なんてできるんだか」
『君はそうだろう』
「私たちは特別なの」
まったくもって不思議だ。一花の知っている限り彼の友人は自分たちしかいない。そもそも喋れないのだから友人を作るのは不得手のはずなのに、よりにもよってできた友人が敵とは。
剣島聖治。自分たち以外の異端。そして儀式を阻もうとする障害。さきほどのやり取りを思い出しただけで端正な眉が曲がる。
「ムカツクやつだったな。偉そうに」
ついでに愚痴も出る。
ただ、その中であることを思い出していた。
「言われちゃったんだよね。自分がどんなに辛くても、相手を思いやる優しさを持つ人だっているって。そんなの、私だって知ってるっつーの」
これを言われた時、正直悔しかった。知っていることを偉そうに言われるのはなかなか癇に障るものがある。
「私さ、ほら、孤児でしょ?」
そこで、一花は自分のことを語り始めた。自分でも珍しいと思う。こんなこと滅多に話さないのに。それを悪魔に話している。それがどこか可笑しくて一花は笑みを浮かべながら話していく。
「母親がひどく金遣いの荒い人でね、貯金を勝手に使いまくった挙げ句に借金までしててさ。気づいた時には全部手遅れで。ひどいもんだったわ。知らないうちは和気藹々だったのがそっから修羅場。一変するってああいうこと言うんだろうね。それで家庭は崩壊して父親は不倫してそのままどっか行っちゃうし、母親は育てる能力がないってことで離ればなれ。親戚も不倫した父親の子供を育てる義理もなければ借金作った女の子供の面倒を見る責任もないってさ。それで私は見捨てられたわけ。けっこう上手くやれてたと思っていたけどそんなの全部思い込みだった。私がなにも知らない間抜けなだけだった」
本人はすでに吹っ切れている。話し方も清々しいくらいだ。だがその内容は決して楽なものじゃない。すでに気にしていないだけで十分悲惨な出来事だ。それに、これで終わりではない。
「そっからは孤児院暮らし。いるのは親を失った負け組みたいな連中ばっか。まあ、私もその内の一人なわけだけどさ。どんなに頑張っても元には戻らない。私は捨てられた落ちこぼれだって、それがだんだん分かってきてさ。いろいろすねて、ぐれて、いつしか周りもそういう目で私を見てた。私が悪いことしてもはいはいみたいな。同情されるか諦められてる」
人の性格は生まれつきの部分もあるが環境が与える影響も大きい。親に捨てられたという事実は少女の心に否定できないコンプレックスを植え付けた。結果、自他ともに認める不良となっていった。
「でもね、あいつは違った」
そんな彼女を、否定する人がいた。
「私が万引きして捕まった時、あいつは慌ててやって来た。そして私の頬を思いっきり叩いてきたのよ? その後も説教してきてさ。もちろんムカついたわよ。何様だって。ほんっとうにムカついた」
当時を思い出すが今でも腹が立つ。今からでもやり返しに行こうかと悩むくらいだ。
「でもね、あいつくらいだったんだ。その時、私にそこまでするやつは。あいつは私を人として見てくれた。対等なんだと思った。あいつは私を諦めてない。一人の人間だと認めてる。そして、それはあいつだけじゃなかった。私を認めてくれる人は他にもいて」
自然と、一花の表情が緩むる。
「友達。仲間。ううん、なんていうか、こんなこと言うの恥ずいんだけど」
それは、いつしか笑みになっていた。
「家族って、感じなんだよね。親に捨てられた私が言うのも馬鹿みたいなんだけどさ。でも、あいつらはそう」
思い出す記憶。思い起こされる気持ち。冷たい環境の中で、それは間違いなくあった温かい絆だった。
「一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に叱られて。いつも一緒だった。私みたいなやつを認めてくれて、そばにいてくれた」
それが、一花にとっての幸せ。
「特にあいつは放っておけなくてさ」
それが彼女の根源。掛け替えのない人。
「だから、私はここにいる。叶えたい願いがある」
そのために、彼女は戦う。この儀式に参加して、願いを叶えるのだ。
自己語りはこれで終わりだ。その間この悪魔は清聴してくれた。
「ごめんね、愚痴聞いてもらって。つまらなかったでしょ」
『いいや。イヴンの話は興味深い』
「ふふ。そう」
気を遣ってくれたのか本心なのかいまいち分かり辛い。
「勝たなきゃ駄目なの、私は」
勝たなければならない。その思いを今一度噛みしめる。
すると扉が開けられた。光が入り込み人影が映し出される。
それは生徒会長、真田秋和だった。一花の姿を見つけるなり緊迫した声を発する。
「始まるぞ」
その一言に一花の目も鋭くなる。秋和は精悍な表情で一花の視線を受け止めている。
「いきなり呼び出したかと思えばそういうこと。七人目が見つかったってこと?」
「さあな。ただ開始の伝令が届いた。明日だ。ようやく始まる。覚悟はできているんだろうな?」
「当然よ」
「それはよかった」
言いたいことはそれだけか秋和は背中を向ける。友人としてのやり取りはない。
「不戦勝など、望むところじゃなかったからな」
それだけを言い残し秋和は去っていった。
『一花』
そこでガミジンが話しかけてくる。
『次は私を呼べ』
「分かってる」
一花はテーブルに乗せていた腰を持ち上げる。手はいつの間にか拳を作り、痛いくらいに握り締められていた。足は重く全身も固くなっている。
けれど、一花は歩き出した。顔は正面を向いている。
その瞳は決意に満ちており、さきほどの笑みは一片もありはしなかった。
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