セブンスソード

奏せいや

2

 人生において最も変化が多い時期。その中でも進路というのは大きな選択だ。漠然とした未来に自分の道を切り開いていかなくてはいかない。立ち止まりたくても時間の流れはエスカレーターのように進み選択を迫る。

「でも、いつかは選ばないとね。駆はしたいことないの?」

 聞かれ、駆は少し考えた後顔を横に振る。

「そっか。ま、まだ焦る時期でもないけどね。まだまだ時間はあるし。その間はこうして一緒にいてあげるわよ」

 そう言って一花は肩肘でわき腹を小突いてきた。

「てかさ、あんた面接どうするの?」

 駆は超が付くほどの無口だ。というよりも喋ることができない。

 失声症。脳に損傷を負って言葉が話せなくなる失語症とは異なり、心因性によって発声ができなくなる病気だ。要は極度のストレスが原因で人と話すことができなくなってしまったのだ。コミュニケーションは取れるのでこうして一花と並んで歩くことはできるが話すことはできない。さきほどから一花が一方的に話しているのはそのためだ。それを知っているから一花も積極的に話しかけてくれる。そうしたところは駆も感謝している。

「進路にしたって進学にしたって面接はあるだろうし。そこでなにも話せないってやばくない?」

 一花の言うことは尤もで駆は伏し目がちになる。

「友達も少ない。コネもない。特技はハーモニカ演奏だけ」

 言葉が重い。駆の姿勢がどんどん前屈みになっていく。そして気持ちも俯いていく。

「頭が天才的にいいってわけでもないし、取り柄らしい取り柄はハーモニカくらいか。あ、これさっきも言ったっけ? あんた、考えてもぜんぜん出てこないわね」

 ひどい言いぐさだ。

「そんなんじゃ進学も就職もできず引きこもりになっちゃって、家から出ることもできず、次第には家族の目も気にして自分の部屋から出れなくなっちゃうわよ。うーわ、マジあり得ないんだけど」

 自分の未来をあれこれ勝手に想像され挙げ句に失望までされるとはひどい罰ゲームだ。

「あ」

 そこで隣に気づいた一花が振り向く。駆は負のオーラを全身に漂わせ顔が見えないほど俯いていた。

「ごめんごめん! 冗談よ冗談~、本気(マジ)にしないでよ!」

 無理だろ。

 一花は駆を慰めようとするが傷口は大きい。

「駆?」
「…………」

 声をかけてくるが返事を見せる気力もない。

「駆、ごめんってば。ねえ聞いて」

 一花は何度も謝ってくる。それで駆はそっと一花に振り向いた。自分の将来はお先真っ暗だ。絶望だ。そんな自分になにを言うつもりだろうか。

「さっきのはごめんって、でもさ」

 そう言うと一花は落ち着いた様子で話し出した。

「これから先、なにがあるかは分からないけどさ。私もあんたも。辛いこともあると思う。困難だってあると思う。あんたの場合は特にね」

 未来。将来。まだ分からない明日の連続。そこには無限の可能性があると誰かが言う。探せば歌詞にもあるだろう。

 けれど忘れてはいけない。その可能性はいいことばかりではないと。中には目を背けたくなるほどの未来もある。逃げ出したくなる困難もある。駆の場合その割合は高いだろう。

 改めて自覚する将来の過酷さに駆の視線が下がる。

 けれど、一花の声は明るかった。

「でもね、これだけは言える。あんたは無口で頼りない男だけどさ」

 なぜそんな声が出せるのだろう。彼女だって未来は不明で明るい未来なんて思い描くのも難しいのに。悲観することしか自分はできないのに、彼女はなぜ明るくなれるのか。

 駆は一花を見る。

 彼女は、微笑んでいた。

「私たち、ずっと一緒だからね」

 微笑んでいたのだ、まだ見ぬ不安な未来を前にして。それでも彼女は笑っている。

「約束する」

 自分と一緒にいること。先の見えない暗い道の中、その確かな可能性を希望にして彼女は笑う。

 それほどまでに、一花にとって駆は大きな光なのだ。不安な未来も笑顔に変える、大切な人。

「あんたみたいなやつでもさ、いないと寂しいのよ」

 一花は小さく笑った後、冗談っぽく言ってくる。

「感謝しろよ? あんたみたいな男心配してくれる女、そうそういないんだからね?」

 彼女の笑みは明るい。

 そんな彼女の笑顔を見て駆も小さく笑った。

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