セブンスソード
196 第十一章 七色の絆
その日は曇りだったことを覚えている。最近では一人でいることが多い部屋。そこが俺の家だった。そこが俺の居場所だった。そこが俺の家庭だった。
けれど今日、最後の家族が出て行くとこだった。
『なんで行くんだよ!?』
玄関で軍靴を履いている背中に叫ぶ。真後ろで呼んでいるのに軍服を着たその男は振り返らない。それどころか無視を貫いている。
『父さんはそれで死んだんだぞ? 母さんだって亡くなって、もう俺たちしかいないのに。行ったら兄さんだって死んじゃうって!』
必死に叫ぶのにこの人は振り返らない。靴紐をきつく結び終え俺の兄は立ち上がる。高校生の俺にとって成人している兄の背中は大きかった。
『俺たちは家族だろ? その家族だってもう俺たちしかいないんだぞ? それがバラバラになってどうするんだよ!? 一緒にいようって!』
このままでは行ってしまう。何度も説得した。何度も願った。行かないでくれと。
だけどこの人は行ってしまう。俺をここに残して。
兄さんの手がドアノブに触れた。
『そんなに俺のことが嫌なのか……?』
兄さんの手が止まる。
黙って出て行こうとする背中に俺は俯きながらつぶやいていた。
『俺のことが邪魔だから、出て行くんだろ?』
それは普段から感じていたことだった。
涙が零れる。出て行こうとする兄に、悔しさと悲しみが湧き上がっていた。
俺がここにいてもなんの役にも立てていない。兄の収入と国の配給に助けられてるだけのお荷物なんだと自覚はしていた。そんな無力感を常に感じて、日が重なる毎にこの人に対する負い目が増していた。
だからこの人が遠征を決めたと言われた時、俺は見切られたと思ったんだ。
『俺は、兄さんにとって邪魔かもしれない。だけど、だからって出て行くことないだろ? 俺だってやれることならやる。兄さんの仕事も手伝う。だから、行くなよ。一人にしないでくれよ!』
一人になりたくない。父親がいなくなって、母親がいなくなって。兄にまで見捨てられたら俺はどうすればいい?
家族という絆が俺の唯一の支えだったのに。それすら失おうとしている。
なのに、兄さんは扉を開けた。
出て行ってしまう、このままでは。
『俺を守ってくれるっていう、約束は?』
ついに、言ってしまった。卑怯だと分かっていたが言わずにはいられなかった。
『あれは、嘘だったのかよ?』
以前してくれた約束。まだ覚えてる。雨の日にずぶ濡れになりながらカエルを取ってきてくれて、俺に食べさせてくれた日のこと。そこで俺にしてくれた約束を。
嬉しくて、俺は今でも鮮明に覚えてる。
だけど兄さんは振り返ることなくなにも言ってくれない。さっきから一言も返事をしてくれない。
俺を、一度も見てくれなかった。
『なんでだよぉ!? そんなに俺と一緒にいるのが嫌なのかよ!? 俺だってあんたのこと苦手だけど、それでも家族だろ? だから一緒にいようって言ってるのに、なんで分からないんだよ! なんで出て行くんだよ!? 兄さんは薄情だ。どうせ俺のことなんてなんとも思ってないんだろ!』
裏切られた気持ちになって、悲しくて、悔しい思いが爆発していた。
すると兄さんは俺に振り返るとつり上がった目で睨んできた。靴のまま部屋に入り俺に近寄る。鞄から手を放し俺を思いっきり殴った。
『があ!』
背後の壁に激突しその場に倒れる。兄を見上げると拳を作ったまま俺を見下ろしていた。
『分からず屋はお前の方だ!』
殴られた頬に手を当てながら激情した顔を見る。それだけを言うと兄は鞄を手に取り部屋を出て行ってしまった。
兄の背中が消える。扉が閉まるその間、俺は大声で叫んでいた。
『大っ嫌いだ、あんたのことなんて! 大っ嫌いだ!』
涙が頬に伝わる。殴られた痛みに耐えながら、俺は何度も嫌いだと口にしていた。
そして、兄さんは出て行った。
なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。これがもしかしたら最後かもしれない。分かっていた。分かっていたのに。
俺は、ひどいことを言ってしまった。それをずっと後悔していた。
それから二年後、兄さんの死亡通知書を受け取った。兄さんは死んだ。そう告げられた。
だけど、俺はどこか生きているんじゃないかと漠然と思っていたんだ。どこかにいるんじゃないか、まだ生きているんじゃないかって。
信じられなかったんだ。紙切れだけ渡されて、あなたの兄は死にましたなんて伝えられてもさ。俺は最後まで生きていると心の底では信じていた。本当か嘘かは最後まで分からなかったけど。
だけど、その答えをようやく知れた。
やっぱり、生きていたんだな。
嬉しさと、どこか納得したような感情が沸いていた。
やっぱり、あんたは凄いよ。あの地獄みたいな場所で。たった一人で生き残るなんて。
仲間はやられ、一人になって、人類が敗北しても。
あんたは俺との約束を守るために戦い続けていたんだから。
なあ、俺になにができるかな?
あんたの恩にどうやったら報うことができる?
兄さん。
けれど今日、最後の家族が出て行くとこだった。
『なんで行くんだよ!?』
玄関で軍靴を履いている背中に叫ぶ。真後ろで呼んでいるのに軍服を着たその男は振り返らない。それどころか無視を貫いている。
『父さんはそれで死んだんだぞ? 母さんだって亡くなって、もう俺たちしかいないのに。行ったら兄さんだって死んじゃうって!』
必死に叫ぶのにこの人は振り返らない。靴紐をきつく結び終え俺の兄は立ち上がる。高校生の俺にとって成人している兄の背中は大きかった。
『俺たちは家族だろ? その家族だってもう俺たちしかいないんだぞ? それがバラバラになってどうするんだよ!? 一緒にいようって!』
このままでは行ってしまう。何度も説得した。何度も願った。行かないでくれと。
だけどこの人は行ってしまう。俺をここに残して。
兄さんの手がドアノブに触れた。
『そんなに俺のことが嫌なのか……?』
兄さんの手が止まる。
黙って出て行こうとする背中に俺は俯きながらつぶやいていた。
『俺のことが邪魔だから、出て行くんだろ?』
それは普段から感じていたことだった。
涙が零れる。出て行こうとする兄に、悔しさと悲しみが湧き上がっていた。
俺がここにいてもなんの役にも立てていない。兄の収入と国の配給に助けられてるだけのお荷物なんだと自覚はしていた。そんな無力感を常に感じて、日が重なる毎にこの人に対する負い目が増していた。
だからこの人が遠征を決めたと言われた時、俺は見切られたと思ったんだ。
『俺は、兄さんにとって邪魔かもしれない。だけど、だからって出て行くことないだろ? 俺だってやれることならやる。兄さんの仕事も手伝う。だから、行くなよ。一人にしないでくれよ!』
一人になりたくない。父親がいなくなって、母親がいなくなって。兄にまで見捨てられたら俺はどうすればいい?
家族という絆が俺の唯一の支えだったのに。それすら失おうとしている。
なのに、兄さんは扉を開けた。
出て行ってしまう、このままでは。
『俺を守ってくれるっていう、約束は?』
ついに、言ってしまった。卑怯だと分かっていたが言わずにはいられなかった。
『あれは、嘘だったのかよ?』
以前してくれた約束。まだ覚えてる。雨の日にずぶ濡れになりながらカエルを取ってきてくれて、俺に食べさせてくれた日のこと。そこで俺にしてくれた約束を。
嬉しくて、俺は今でも鮮明に覚えてる。
だけど兄さんは振り返ることなくなにも言ってくれない。さっきから一言も返事をしてくれない。
俺を、一度も見てくれなかった。
『なんでだよぉ!? そんなに俺と一緒にいるのが嫌なのかよ!? 俺だってあんたのこと苦手だけど、それでも家族だろ? だから一緒にいようって言ってるのに、なんで分からないんだよ! なんで出て行くんだよ!? 兄さんは薄情だ。どうせ俺のことなんてなんとも思ってないんだろ!』
裏切られた気持ちになって、悲しくて、悔しい思いが爆発していた。
すると兄さんは俺に振り返るとつり上がった目で睨んできた。靴のまま部屋に入り俺に近寄る。鞄から手を放し俺を思いっきり殴った。
『があ!』
背後の壁に激突しその場に倒れる。兄を見上げると拳を作ったまま俺を見下ろしていた。
『分からず屋はお前の方だ!』
殴られた頬に手を当てながら激情した顔を見る。それだけを言うと兄は鞄を手に取り部屋を出て行ってしまった。
兄の背中が消える。扉が閉まるその間、俺は大声で叫んでいた。
『大っ嫌いだ、あんたのことなんて! 大っ嫌いだ!』
涙が頬に伝わる。殴られた痛みに耐えながら、俺は何度も嫌いだと口にしていた。
そして、兄さんは出て行った。
なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。これがもしかしたら最後かもしれない。分かっていた。分かっていたのに。
俺は、ひどいことを言ってしまった。それをずっと後悔していた。
それから二年後、兄さんの死亡通知書を受け取った。兄さんは死んだ。そう告げられた。
だけど、俺はどこか生きているんじゃないかと漠然と思っていたんだ。どこかにいるんじゃないか、まだ生きているんじゃないかって。
信じられなかったんだ。紙切れだけ渡されて、あなたの兄は死にましたなんて伝えられてもさ。俺は最後まで生きていると心の底では信じていた。本当か嘘かは最後まで分からなかったけど。
だけど、その答えをようやく知れた。
やっぱり、生きていたんだな。
嬉しさと、どこか納得したような感情が沸いていた。
やっぱり、あんたは凄いよ。あの地獄みたいな場所で。たった一人で生き残るなんて。
仲間はやられ、一人になって、人類が敗北しても。
あんたは俺との約束を守るために戦い続けていたんだから。
なあ、俺になにができるかな?
あんたの恩にどうやったら報うことができる?
兄さん。
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