セブンスソード

奏せいや

88

 でも、此方は自分の命よりも他のことを恐れている。

「たまに思うんだ。その時がきたとき、私は、ちゃんと戦えるのかな? あの子を置いて、逃げるなんてことないか。それがね、怖いのよ」
「此方」

 そうか、それが怖いのか。

「もしあの子を見捨てるようなことがあれば、私は……。自分が許せない。大っきらいよ。そんな自分になりたくない」

 彼女の気持ちは、俺も分かる気がする。

 大切なものがあるのに恐怖に屈して自分だけ逃げる。そんな弱さを自分は受け入れられるか? そんな卑怯さを認められるか?

 もし俺が香織を見捨てるようなことがあれば?

 そんなのは、絶対に許せない。そんな自分になりたくない。

 でも分かるんだ、死ぬのは怖い。とても怖い。すごく怖いんだって。

「でもね、怖いの。死ぬのが怖い。殺し合うことが怖い」

 それは此方だって同じだ。いつも気丈としている彼女だけど此方だって女の子なんだ。いいや、男も女も関係ない、普通の人間なんだ。

 殺されるのが怖いなんて、当たり前なんだ。

「ダサいよね、自分でも分かってる」
「ダサくなんてない」

 だから、俺は強く断言した。

 彼女が俺に振り返る。俺は真っ直ぐと彼女の瞳を見返した。

「死を怖がる人の、どこがダサいっていうんだ。そんなの当然のことだろ。むしろ、死が平気なんてやつはどこかおかしいんだよ」

 荒廃した世界では、死が当たり前だった。いつも怖くて、いつも怯えて、生きていることが辛かった。みんなそうだった。

 みんな、死ぬことを恐れていたんだ。

「死が怖いのは此方だけじゃない。俺だってそうだ。誰だってそうさ。だから、そんなに自分を追い込むな。それにお前は逃げないさ」
「なんで? どうしてそう言い切れるのよ」
「…………」

 言うか言うまいか迷う。勢いで言ってしまったが、これ以上話していいのだろうか。

 迷ったが、俺は伝えるべきだと思った。

「……戦ったからさ」
「え」

 俺は、言った。

「言わなかったけどさ、前の世界で、お前とは一度戦ってるんだよ。だから言える。お前は逃げたりしなかった。自分の大切なものを守るために、お前は戦っていたよ」
「それは」

 此方が恐る恐る聞いてくる。

「私と聖治が、敵同士だった、てこと?」
「…………」

 答えられない。それを言葉にする度胸が俺にはない。

「どうなったの?」
「……俺たちは此方たちに話し合いに行った。でも、戦闘になった。お前は俺の友人を殺め、その後、俺が」

 声は尻すぼみに小さくなっていき、顔の向きも下がっていく。

「俺が、お前を……」
「…………」

 此方はなにも言わなかった。ただ静かに驚いているようだった。

「そこで俺はパーシヴァルを使い、この世界に来た。……もう終わった話だ」

 顔を上げる。話すべきことは以上だ。確かに俺たちは以前まで敵だった。でも今は違う。それで十分だ。

 十分なんだ。

「ごめんね」
「此方?」

 いきなり謝れて少しだけ驚く。まさか謝られるとは思わなかった。

「ごめんね。怒ってるでしょ? 私のこと」
「どうしてそんなこと言うんだ」
「だって、私はその友人を殺してしまった。聖治の大事な人を。あんたがどれだけその人たちが大事なのか、それは話を聞いていたから分かる。そんな人を、私は殺してしまった」

 気にしてくれているのか。前の世界でのこと。そんな記憶も自覚だってないはずなのに。

 けっこう、優しい女の子なんだな。

「ごめんなさい」
「謝るな。言っただろ、終わった話だ」
「うん」

 そう言って、俺たちはどちらからか小さく笑い合った。

 それから時間が経って時刻は夕方。茜色の光がベランダから部屋の中に入ってくる。

 俺はリビングのソファに座りながらぼうとその景色を見つめいた。

 ここに来てから世界の変化に混乱しっぱなしだったけど、ここに来られてよかった。

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