メンタリスト

むらもんた

松田亜矢1

 カウンター席に座り、オレンジジュースを飲んでいると、奥のテーブル席にいた若いカップルの話が聞こえてきた。


「今度さー、福井に旅行に行こうよー! あたし海が見えるホテルがいいなぁ」


 こんなどうでもいい話だが、メンタリストをしていると耳に自然と入ってくる。色々な情報を収集しようと五感が常に鋭くなっているからだ。


 すると
 ーーカランカランーー
 バーの扉が開き、マスターが「いらっしゃい」と客に声を掛けた。


 マスターの声に反応し扉に視線を移すと、2人組の女性客が入ってきた。
 顔つきや服装、髪型や化粧などを見る限り女子大生で間違いなさそうだ。


 2人はカウンター席に座ると
「あたしマスターおすすめの飲みやすいカクテルをください」
「じゃああたしも」と注文を済ませ、会話を始めた。


 2人の女子大生はお酒を飲みながら、彼氏やバイトの愚痴、大学のゼミの愚痴などを我こそは1番の不幸者だと言いたげにこぼしている。


 しばらくすると1人の女性に着信があった。


「もしもーし、なぁにぃ? 今は亜矢とバーで飲んでたよ。えっ!? 今から? わかったよー。今から行くねー」


 困ったように言っているが、声のトーンが一段高くなっているところを見ると嬉しいのが読み取れる。


 電話を切ると、もう1人の女子大生に向かって口を開く。
「ゴメン亜矢! 彼氏が近くにいるらしくてどうしても会いたいんだって! この穴埋めは必ずするから許して。てか駅まで送るけど、どうする?」


 その言葉を聞いて亜矢と呼ばれた女子大生が答える。
「えーわかったよー! なんだかんだラブラブじゃん! 今度なんかおごってよね! うーんと、あたしは今入ってるお酒飲んだら帰るわ。2人の邪魔しても悪いからね」


 亜矢の言葉を聞いて、もう1人の女子大生は申し訳なさそうなそぶりを見せながらも、足を弾ませ店を出て行った。


 するとマスターが、俺にアイコンタクトを送ってきた。そして人差し指を1本立てる。


「この子で10万円ね。まぁ余裕かな」と俺はポツリ呟いた。


 身長は155センチくらいで少し痩せ型。くりっとした大きな目と少し丸い鼻も印象的だ。茶髪のセミロングに化粧は少し濃いめで、服装は白をベースに可愛らしくまとまっているが、所々にアクセントで赤やオレンジの小物を持っている。
 口数も多く、ザ・女子大生という感じだ。
 近くの大学に通う3年生で、同じ演劇サークルの先輩と付き合っている。最近その彼氏が同じサークル内の女友達と仲が良く、手を繋いでるのを見てしまったらしい。問いただすと、次の舞台の演技練習に付き合っていたと言われたらしい。
 これらのことが外見や先ほどの友達とのやりとりで得られた亜矢の特徴や情報である。




 トイレから戻るフリをして、亜矢の隣の席に座り声を掛ける。
「すみません。もしかして今、お一人で飲んでいますか?」


 俺の問いかけに対して、かなり警戒した表情をしている。
 当然といえば当然だ。見ず知らずの他人にいきなり声を掛けられたら亜矢じゃなくても警戒するだろう。


「えっと、1人ですけどこれ飲んだら帰ります」


 そっけなく答える亜矢からは依然疑いの目が向けられている。


「そうなんですか……うーんとじゃあ、それ飲み終わるまでの間ですぐ終わるので、これだけ付き合ってもらえませんか?」と言って紙コップを見せた。


「紙コップ? すぐ終わるって何するんですか?」


 紙コップを見せられた亜矢は、目を丸くし、不思議そうな顔でこちらを見ている。


「紙コップにコインを入れてもらって、それを当てるってゲームをしたいんです。っていうのも実は俺K大学で心理学の講師をしているんだけど、発表用の研究データが少し足りなくて困っているんだよね。お願いします! 少し付き合ってください」


 そう言って頭を下げてお願いすると、亜矢は渋々ゲームに協力する事を承諾した。


「頭を上げてください。で、私は何をしたらいいんですか?」


 亜矢の表情や声のトーンが、僅かに変化した。このゲームに興味を示しているようだ。


「いいんですか? 本当にありがとう。助かります。じゃあ早速始めようと思うんですけど、自己紹介がまだでしたね。俺は松岡拓海、26歳です。さっきも言ったけど大学の講師をしています。差し支えなければ下の名前だけでいいので、教えてもらえませんか?」と嬉しそうな表情で言った。


「亜矢って言います。大学3年です」


 名前を聞かれて、また少しだけ警戒はしたが、こちらの嬉しそうな表情を見て亜矢は答えてくれた。


「亜矢ちゃん。宜しくお願いします」


 そう言って紙コップを亜矢から見て左から赤、青、緑、オレンジの順に並べ後ろを向いた。


 普通簡単には個人情報を他人には言わないのだが、相手に自己紹介をされ情報を与えられると、立場が不平等になったと責任感を感じ、答えてしまう事がある。ましてや今回こちらは職業まで教えているので、下の名前くらいならまず教えてしまう。
 また名前を聞いたのにも理由がある。人は名前で呼ばれる事で警戒心が弱くなる効果がある。下の名前だとその効果は更に上がる。特に女性の場合友人同士でも下の名前で呼ぶ事のほうが多いので、下の名前で呼ばれる抵抗も少ない。


「じゃあまず幾つか質問をさせてもらいます。1つ目、好きな食べ物は何ですか」


 落ち着いた口調でゆっくりと聞いた。


「好きな食べ物ですね。えっと……イチゴかな」


 少し悩みながら、亜矢は右方向に視線を向けて答えた。


「好きな食べ物はイチゴっと。てか俺もイチゴ好きだわ。赤くて甘いやつは特にね。けどケーキの上に乗ってるイチゴだけはダメだわ。酸っぱくて良さがわからないんだよなぁ」


「えー! その酸っぱさがまたいいんじゃん! それはイチゴ好きとは言えませんよー」


 質問を通して、少しだが緊張感や警戒心がなくなってきた。そして口調も僅かにラフになってきたのが聞いてとれる。


「それ友達にもよく言われるんだよねぇ。お前は似非エセイチゴ好きだって! あははっ」


 和やかな雰囲気になり、次の質問をした。


「じゃあ二つ目の質問です。亜矢ちゃんの趣味はなんですか?」


「なんか合コンみたいな質問ですね。趣味っていうと買い物かなぁ。オシャレとかするのはやっぱり好きだし」


「合コンじゃありませんから! 買い物かぁ。女の子は買い物好きだもんね。買い物で言うと俺も最近欲しいのがあって、少し話題になってたから亜矢ちゃんも知ってるかもしれないけど、〇〇の限定モデルの腕時計が欲しいんだよね。あのデザインと色、本当にかっこいいんだよなぁ!」


 俺の発言を聞いて、驚いた表情の亜矢が食い気味に口を開く。


「えっ? 嘘!? あたしその時計今してるよ。あたしもすっごく欲しくて並んで買っちゃったの。今1番のお気に入りなんだぁ!」


 勢いよく振り向いて、亜矢のオレンジ色の腕時計を見る。


「うわぁ! マジかよ! すげぇ偶然! 見せて見せて! やっぱりいいなぁ。生で見たらもっと欲しくなったよぉ。俺はこれの青色が欲しいんだよね! 次の給料日に絶対買おうっと。てか買ったら亜矢ちゃんと色違いのお揃いになっちゃうね」


 俺の嬉しそうな表情や、ビックリした表情を見て亜矢も嬉しそうだ。


「いいでしょー! 買っちゃえ買っちゃえ! お揃いだぁー。てかこっち向いたらダメでしょ! まだゲームの続きだよ」


 楽しそうに笑う亜矢の姿からは、完全に警戒心や緊張感はなくなっている。


「失礼しました。テンション上がって取り乱しちゃった。では最後の質問です。亜矢ちゃんは目玉焼きには醤油派、ソース派、それとも塩派?」と真面目なトーンで聞いた。


「ぷっ……ぷっ……あはははっ! 急に何それー! もう絶対ゲームに関係ないでしょー」


 コインを当てる事とは到底結びつかないような予想外の質問に、亜矢は不意を突かれ、堪えきれず満面の笑みを浮かべた。
 凄く楽しそうだ。


 そして真剣な表情で続けた。
「関係あるんだ。さぁ教えてくれ」


「何もうー! 絶対ふざけてるじゃん。じゃあ醤油派。真面目にやってくださいね」と頬を膨らませ、しかめっ面を見せている。


「なるほどね。大体分かったよ。これなら100%当てられます!」


「えっ? 嘘? 今のでわかったんだ……で、でもあたし一応演劇サークルだから表情隠すくらいなら出来るからね!」


 自信満々にコインを当てると言い切る俺に、亜矢も動揺しながら必死に抵抗しようとしている。
 2人の間に緊張感が漂い始めた。


「じゃあ好きな紙コップにコインを入れてください」と優しく言った。


 サッと紙コップにコインを入れる音がして亜矢が一言。


「入れました……」


 亜矢の声を聞き振り返る俺。


「それじゃあ一つずつ順番に入れましたかって聞いていくから全てに『いいえ』と答えてください」


「わかりました」


 目を見つめながら指示をする俺に、亜矢は緊張しながら答えた。



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