感想文

都槻 郁稀

仮想

 青い空だ。このフレーズは、作品の最初にも、最後にも登場した。同じ言葉から想像される景色はひとつだと思っていたわたしの価値観はひっくり返され、物語が始まる前と後との、人物の心情の変化を、無言で伝えてくる句だ。これに感動しない人などいないはずがない。
 さて、私がこの作品を手に取ったのは、夏休みがジリジリと迫ってくる日の放課後、学校近くの書店で、表紙に目をひかれたからだ。真っ青な空に浮かぶいくつかの雲と、細く黒で縁取られたタイトルが印象的だった。普段読まないジャンルで、全く知らない作者だったが、平積みされるくらいは売れている作品なのだろう、と思い、1週間弱のコーヒーを我慢してその文庫本を買った。
 表紙裏に綴られた作者の略歴は、ハッキリ言って無味乾燥な、つまらないものだった。ごく普通の高校を出て、地方の私立短大を出た人間だ。そう面白い作品をかけるようには思えなかった。しかし、次のページで、短絡的な私の意見は、プロが焼くお好み焼きのように容易くひっくり返されてしまった。

 青い空だ。という句は、初め、私に装丁のような青い空を想像させるに過ぎなかった。なんだ、表紙詐欺じゃないか。その、「単なる」情景描写だったはずの言葉に、次々と文が繋がっていく。主人公が如何にしてそこにいるのか。そこはどんな場所で、過去に何があったのか。主人公が今現在、立たされている状況や、今後何を目指して進むべきなのか


 たった1ページ。高々七百字強の文章で、目に涙が溢れてしまった。一分もしないうちに私は作品の世界に飲み込まれ、すぐ横で主人公を見ているような心情にさえなった。主人公と外界との境をうろつくような文体は、読者を得も言われない全く新しい世界へと引きずり込んでしまった。
 紙をめくる手は意思で止められるようなものではなく、およそ400ページの文庫本を、数時間で読み終えてしまった。

 2つの過去を結んだ事件は主人公を翻弄し、嗤った。その思い通りに進まない現実に、怒りさえ覚えた。片手で数えられる程の登場人物は、手を替え品を替え、それぞれがその群像劇の中で片手では数え切れないほどの側面を見せていく。なんでもない行動が事後に大きく影響し、狂わせていく。例え私がその世界にいたとしても、同じものを作ることはできないだろう。

 そして、つい3つの事件が解決した早朝に、彼は一人で岬の先を訪れる。もはや、彼は主人公と呼ばれる存在ではなくなってしまっているのだ。

 何も言えなくなる。心の底から揺さぶられ、理不尽な真実に涙が止まらなくなる。

 ここに断言する。この本はいずれ、飛ぶように売れ、心と記録に残るベストセラーになるだろう。この文章を書いている今でも密かに祝っている。私が、涙に溺れた1人の読者として存在できることに。

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