《完結》男が絶滅していく世界で、英雄は女の子たちをペロペロする
第76話~ケイテ城・中庭~
月が6つ。霧で覆われたオボロげな世界を、薄く照らしていた。そんなモウロウとした闇の中、カンテラをぶら下げて、セイとキリアは進んだ。
先頭にはニヤが歩いている。ケイテ城まで案内するからついて来いということだった。ニヤの極彩色のドレスと、3色の髪は目立つ。見失うことはない。
「ニヤには、前が見えてるんですか?」
セイが問う。
男の姿に戻っていた。
もう夜更けだし、この霧だ。ひと気もない。
男だと騒がれることもないだろうという判断だ。
「うにゃ。ワラワにもよくは見えん。しかし獣人族は多少は鼻がきくでな。他の獣人どもに探らせたが、この道で行くのがモンスターもおらんし安全だということじゃ」
ニヤは腰に酒瓶をたずさえている。
いつも酒を飲んでいる。
「手間をかけさせてすみません」
「気にすることはない。そもそも〝封印〟を奪われたことは、獣人の問題なのじゃからな。それを取り返すことにオメーらが協力してくれることは、ありがたいことじゃ」
「でも、誰か別の者をつけてくれても良かったんですけど」
ニヤは8獣長の最後の1人だ。
人間で言ったら、領主に道案内をさせているようなものだろう。非常識にもほどがある。
「なぁに、これはせめてもの我からの礼じゃ。それに少しでもオメーの傍にいたいしのぉ」
ニヤはそう言うとセイに、笑みを向けてきた
オッドアイが闇の中で輝いている。
ちょっと話は変わるんですが――と照れ臭くなったセイは話を切りかえた。
「さっき〝霊媒印〟を使わせていただきました
「ほぉ。どうじゃった?」
「それがうまく使えなくて……。死者を引き寄せるような感覚はわかったんですが、別のチカラで引っ張られているような感じで」
「そりゃオメー。亡霊に別の用事があった場合は、呼び出せん。人間だって愛人と妻の両方の家に、同時に行くことは出来んじゃろうが」
「はぁ」
理屈はわかるが、すごいたとえだ。
「別の者に呼び出されているのであろう。死者に関与する能力を持っている者は、他にもおるのじゃろうし」
「そうですか」
キリアの表情をうかがった。キリアはいつものように唇をかたく結んでいる。父親に会えなかったのは心残りなのか、すこし寂しげな表情にも見えた。
ここじゃ――とニヤが足をとめた。
いつの間にか眼前には巨大な城が屹立していた。堅牢といった雰囲気ではない。城壁や城塔がシッカリしている。だが、ほころびが見受けられた。
城塔には亀裂が入っている。城壁もくすんでいた。きっと砂を抱いた鉱山の風に当てられ続けてきたのだろう。
「不気味ですね。それにどことなく哀しい印象を受けます」
セイは率直な感想を述べた。
城があったということは、かつて人が賑わっていたということだ。きっとこの城が健在だったときには、男たちも元気に生きていたはずなのだ。物悲しい雰囲気を演出するように、女の泣き声のような風が吹いていた。
「たしかに不気味じゃな。先日降り続いていた雨のおかげで、水掘りだけは立派じゃ。あそこに跳ね橋がある。それを渡って行こう」
「はい」
跳ね橋も老朽化が進んでおり、激しくきしんでいた。穴でも開いて、水掘りに落ちてしまうのではないかと心配だった。無事にわたりきることができた。
城壁に囲まれた中庭があった。納屋や穀物庫と思われる小屋があった。いたってふつうの城だ。ただ異様に死体が多かった。肉片が散らばっており、異臭が鼻についた。虫が集っている。
「うっ」
と、ニヤは鼻をおさえていた。
セイも気分が悪くなった。
死体は何度か見てきたが、さすがにここまで無惨に散らばっているのは珍しい。
「モンスターの仕業でしょうか?」
「さあな。誰の仕業かはわからん。つい最近までは山賊どもの根城になっておった。殺されておるのは、その山賊どもじゃろうな」
足場がないほど、肉塊に満ちている。
踏み越えていくしかない。
硬くなった肉の感触が、足裏につたわってくる。
死の上を歩いている心地だ。
「何かいるな」
キリアがそう言って胸の前でコブシをつくって、前かがみになった。セイも背負っている槍を構えた。
たしかに禍々しい気配に満ちていた。
穀物庫の影から半透明の人物があらわれた。亡霊――。人の姿をしている。目や鼻の形も明瞭としていた。手には剣が握られていた。剣の部分だけは輪郭が瞭然していた。おそらく実在する武器だ。
亡霊がセイたちに襲いかかってきた。
セイのほうに来るかと思ったのだが、亡霊が剣を突きつけたのはキリアだった。キリアならば容易に受け流すだろうと思った。しかし、キリアに動く気配はなかった。
「危ない!」
セイはキリアのことを突き飛ばした。亡霊はキリアを斬りそこねて、セイの左腕を軽く斬った。そして姿を消してしまった。剣だけカランコロンと音をたてて、その場に残されていた。
「大丈夫ですか?」
「すまない」
セイはキリアを押し倒すようなカッコウになっていた。キリアの顔面は蒼白になっていた。唇も白くなっている。
「もしかして体調が?」
「いや……。いや、まさか……そんなはずは」
激しく狼狽えている。
活を入れる意味でやや強めに、キリアの頬を叩いた。キリアはハッとしたようにセイの顔を見返してきた。
「大丈夫ですか?」
と、もう一度尋ねた。
「すまない。私のせいでケガをしたのか。フォルモルの治癒魔法ですぐに傷を癒すと良い。私ならもう大丈夫だ」
「ええ」
手に白い光をまとって、傷口につけた。
傷がたちまちふさがった。
「知り合いだったのだ。おそらく見間違いではない」
キリアはそう言った。
「さっきの亡霊がですか?」
「傭兵団の団員だ」
おそらく何者かが傭兵団の亡霊を呼び出しておるんじゃろうな――とニヤが口をはさんだ。
呼び出されて操られているということだ。
「傭兵団の亡霊が呼び出されてるってことはですよ。もしかして、キリアのお父さんの亡霊もここにいるんじゃないですか?」
だからさっきセイが〝霊媒印〟で、キリアの父親を呼びだそうとしても、呼びだせなかったのだ。
「そうかもしれない。次は大丈夫だ。心配かけてすまなかった」
キリアは自分の脚で立ち上がった。
先頭にはニヤが歩いている。ケイテ城まで案内するからついて来いということだった。ニヤの極彩色のドレスと、3色の髪は目立つ。見失うことはない。
「ニヤには、前が見えてるんですか?」
セイが問う。
男の姿に戻っていた。
もう夜更けだし、この霧だ。ひと気もない。
男だと騒がれることもないだろうという判断だ。
「うにゃ。ワラワにもよくは見えん。しかし獣人族は多少は鼻がきくでな。他の獣人どもに探らせたが、この道で行くのがモンスターもおらんし安全だということじゃ」
ニヤは腰に酒瓶をたずさえている。
いつも酒を飲んでいる。
「手間をかけさせてすみません」
「気にすることはない。そもそも〝封印〟を奪われたことは、獣人の問題なのじゃからな。それを取り返すことにオメーらが協力してくれることは、ありがたいことじゃ」
「でも、誰か別の者をつけてくれても良かったんですけど」
ニヤは8獣長の最後の1人だ。
人間で言ったら、領主に道案内をさせているようなものだろう。非常識にもほどがある。
「なぁに、これはせめてもの我からの礼じゃ。それに少しでもオメーの傍にいたいしのぉ」
ニヤはそう言うとセイに、笑みを向けてきた
オッドアイが闇の中で輝いている。
ちょっと話は変わるんですが――と照れ臭くなったセイは話を切りかえた。
「さっき〝霊媒印〟を使わせていただきました
「ほぉ。どうじゃった?」
「それがうまく使えなくて……。死者を引き寄せるような感覚はわかったんですが、別のチカラで引っ張られているような感じで」
「そりゃオメー。亡霊に別の用事があった場合は、呼び出せん。人間だって愛人と妻の両方の家に、同時に行くことは出来んじゃろうが」
「はぁ」
理屈はわかるが、すごいたとえだ。
「別の者に呼び出されているのであろう。死者に関与する能力を持っている者は、他にもおるのじゃろうし」
「そうですか」
キリアの表情をうかがった。キリアはいつものように唇をかたく結んでいる。父親に会えなかったのは心残りなのか、すこし寂しげな表情にも見えた。
ここじゃ――とニヤが足をとめた。
いつの間にか眼前には巨大な城が屹立していた。堅牢といった雰囲気ではない。城壁や城塔がシッカリしている。だが、ほころびが見受けられた。
城塔には亀裂が入っている。城壁もくすんでいた。きっと砂を抱いた鉱山の風に当てられ続けてきたのだろう。
「不気味ですね。それにどことなく哀しい印象を受けます」
セイは率直な感想を述べた。
城があったということは、かつて人が賑わっていたということだ。きっとこの城が健在だったときには、男たちも元気に生きていたはずなのだ。物悲しい雰囲気を演出するように、女の泣き声のような風が吹いていた。
「たしかに不気味じゃな。先日降り続いていた雨のおかげで、水掘りだけは立派じゃ。あそこに跳ね橋がある。それを渡って行こう」
「はい」
跳ね橋も老朽化が進んでおり、激しくきしんでいた。穴でも開いて、水掘りに落ちてしまうのではないかと心配だった。無事にわたりきることができた。
城壁に囲まれた中庭があった。納屋や穀物庫と思われる小屋があった。いたってふつうの城だ。ただ異様に死体が多かった。肉片が散らばっており、異臭が鼻についた。虫が集っている。
「うっ」
と、ニヤは鼻をおさえていた。
セイも気分が悪くなった。
死体は何度か見てきたが、さすがにここまで無惨に散らばっているのは珍しい。
「モンスターの仕業でしょうか?」
「さあな。誰の仕業かはわからん。つい最近までは山賊どもの根城になっておった。殺されておるのは、その山賊どもじゃろうな」
足場がないほど、肉塊に満ちている。
踏み越えていくしかない。
硬くなった肉の感触が、足裏につたわってくる。
死の上を歩いている心地だ。
「何かいるな」
キリアがそう言って胸の前でコブシをつくって、前かがみになった。セイも背負っている槍を構えた。
たしかに禍々しい気配に満ちていた。
穀物庫の影から半透明の人物があらわれた。亡霊――。人の姿をしている。目や鼻の形も明瞭としていた。手には剣が握られていた。剣の部分だけは輪郭が瞭然していた。おそらく実在する武器だ。
亡霊がセイたちに襲いかかってきた。
セイのほうに来るかと思ったのだが、亡霊が剣を突きつけたのはキリアだった。キリアならば容易に受け流すだろうと思った。しかし、キリアに動く気配はなかった。
「危ない!」
セイはキリアのことを突き飛ばした。亡霊はキリアを斬りそこねて、セイの左腕を軽く斬った。そして姿を消してしまった。剣だけカランコロンと音をたてて、その場に残されていた。
「大丈夫ですか?」
「すまない」
セイはキリアを押し倒すようなカッコウになっていた。キリアの顔面は蒼白になっていた。唇も白くなっている。
「もしかして体調が?」
「いや……。いや、まさか……そんなはずは」
激しく狼狽えている。
活を入れる意味でやや強めに、キリアの頬を叩いた。キリアはハッとしたようにセイの顔を見返してきた。
「大丈夫ですか?」
と、もう一度尋ねた。
「すまない。私のせいでケガをしたのか。フォルモルの治癒魔法ですぐに傷を癒すと良い。私ならもう大丈夫だ」
「ええ」
手に白い光をまとって、傷口につけた。
傷がたちまちふさがった。
「知り合いだったのだ。おそらく見間違いではない」
キリアはそう言った。
「さっきの亡霊がですか?」
「傭兵団の団員だ」
おそらく何者かが傭兵団の亡霊を呼び出しておるんじゃろうな――とニヤが口をはさんだ。
呼び出されて操られているということだ。
「傭兵団の亡霊が呼び出されてるってことはですよ。もしかして、キリアのお父さんの亡霊もここにいるんじゃないですか?」
だからさっきセイが〝霊媒印〟で、キリアの父親を呼びだそうとしても、呼びだせなかったのだ。
「そうかもしれない。次は大丈夫だ。心配かけてすまなかった」
キリアは自分の脚で立ち上がった。
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