《完結》男が絶滅していく世界で、英雄は女の子たちをペロペロする
第57話~幕間Ⅰ~
深夜。
都市サファリアにある邸宅の庭。霖雨に濡れたイティカ・ルブミラルは木剣を構えていた。目の前には藁人形がある。雨を吸ったのか変な具合にふくらんでいる。
「ふーっ」
ユックリと呼気を吐きだした。
剣筋が、安定しない。
雑念が入る。
考えてしまうのは、英雄王の印を持つ青年のことだ。すこし言葉をかわした程度で、会話という会話をした覚えもない。彼がケルベロスを退治したところを見たというだけだ。
それだけなのに、脳裏に青年の姿がよぎる。
(会いたい……)
こんな気持ちになるのは、はじめてのことだった。世界中の男性が健在だったときには、イッサイ興味がわかなかった。
剣に打ち込むことだけが、生きる道だと思っていた。まさか自分の胸の奥に、異性を求める炎が灯るとは想像だにしていなかった。
(やはり私も女ということなのか……)
人間という種族が息絶えようとしている。子孫を残さなければならないという本能が――理性よりもっと深いところから、異性を求めようとしているようだった。青年のことを考えるだけで、剣がぶれる。乳房の芯と下腹部が熱くなってくる。
「いかん」
口に出してつぶやいた。
雨に濡れた髪を払うように、かぶりを振った。
(淫らだ)
このような雑念に囚われていては、いつまでも剣筋が安定しない。腹の底からこみあげてくる欲望と、それを封じようとする理性が、イティカの乳房の奥で葛藤を起こしていた。
「夜分遅くに失礼します」
声がした。
幻聴かと思った。男の声だったからだ。視線を向けた。低木の影から現れたのは間違いなく、あの青年だった。あまりの驚きで思わず木剣を落としてしまった。目をコスる。間違いなく彼だった。
夜の暗闇になれたイティカの目は、暗雲の隙間からこぼれでる月明かりに照らされた青年の姿をとらえていた。
「なぜ、ここに?」
「ちょっと頼みがありまして」
「頼み?」
「込み入った事情がありまして……」
「こんなところで話もなんだ。私の家に上がるか?」
青年が濡れるからという気配りではなかった。この男を自分の巣の中に誘い込もうという計算だった。他の女たちの目に留まれば騒ぎになる。
「それでは失礼して」
「家にはメイドがいる。裏口から入ろう。私について来ると良い」
「はい」
自分の肉欲が見せている幻覚ではないかと疑った。しかし、たしかに彼はそこにいた。自分でもはしたないと思うほどに、歓喜を感じていた。いや。歓喜などという生温いものではない。喜悦とも言うべき感情だ。
「名前を教えてはもらえないだろうか?」
「クロカミ・セイです」
「クロカミ・セイ? 今日、《キングプロテア級》の冒険者になった女性と似ている名前だな」
「あ……えっと……あの人は、オレの姉ですから」
「そうだったのか。言われてみれば、すこし面影があるような気もする」
クロカミ・セーコという女とは親しくしておかなければならない。咄嗟に、イティカの脳裏にはそういう計算がはたらいた。
「さあ。こっちだ」
逃がしたくない。
その思いから恥じらいなどかなぐり捨てて、イティカはセイの手を握っていた。
都市サファリアにある邸宅の庭。霖雨に濡れたイティカ・ルブミラルは木剣を構えていた。目の前には藁人形がある。雨を吸ったのか変な具合にふくらんでいる。
「ふーっ」
ユックリと呼気を吐きだした。
剣筋が、安定しない。
雑念が入る。
考えてしまうのは、英雄王の印を持つ青年のことだ。すこし言葉をかわした程度で、会話という会話をした覚えもない。彼がケルベロスを退治したところを見たというだけだ。
それだけなのに、脳裏に青年の姿がよぎる。
(会いたい……)
こんな気持ちになるのは、はじめてのことだった。世界中の男性が健在だったときには、イッサイ興味がわかなかった。
剣に打ち込むことだけが、生きる道だと思っていた。まさか自分の胸の奥に、異性を求める炎が灯るとは想像だにしていなかった。
(やはり私も女ということなのか……)
人間という種族が息絶えようとしている。子孫を残さなければならないという本能が――理性よりもっと深いところから、異性を求めようとしているようだった。青年のことを考えるだけで、剣がぶれる。乳房の芯と下腹部が熱くなってくる。
「いかん」
口に出してつぶやいた。
雨に濡れた髪を払うように、かぶりを振った。
(淫らだ)
このような雑念に囚われていては、いつまでも剣筋が安定しない。腹の底からこみあげてくる欲望と、それを封じようとする理性が、イティカの乳房の奥で葛藤を起こしていた。
「夜分遅くに失礼します」
声がした。
幻聴かと思った。男の声だったからだ。視線を向けた。低木の影から現れたのは間違いなく、あの青年だった。あまりの驚きで思わず木剣を落としてしまった。目をコスる。間違いなく彼だった。
夜の暗闇になれたイティカの目は、暗雲の隙間からこぼれでる月明かりに照らされた青年の姿をとらえていた。
「なぜ、ここに?」
「ちょっと頼みがありまして」
「頼み?」
「込み入った事情がありまして……」
「こんなところで話もなんだ。私の家に上がるか?」
青年が濡れるからという気配りではなかった。この男を自分の巣の中に誘い込もうという計算だった。他の女たちの目に留まれば騒ぎになる。
「それでは失礼して」
「家にはメイドがいる。裏口から入ろう。私について来ると良い」
「はい」
自分の肉欲が見せている幻覚ではないかと疑った。しかし、たしかに彼はそこにいた。自分でもはしたないと思うほどに、歓喜を感じていた。いや。歓喜などという生温いものではない。喜悦とも言うべき感情だ。
「名前を教えてはもらえないだろうか?」
「クロカミ・セイです」
「クロカミ・セイ? 今日、《キングプロテア級》の冒険者になった女性と似ている名前だな」
「あ……えっと……あの人は、オレの姉ですから」
「そうだったのか。言われてみれば、すこし面影があるような気もする」
クロカミ・セーコという女とは親しくしておかなければならない。咄嗟に、イティカの脳裏にはそういう計算がはたらいた。
「さあ。こっちだ」
逃がしたくない。
その思いから恥じらいなどかなぐり捨てて、イティカはセイの手を握っていた。
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